機動戦艦ナデシコ

第三部 a castaway






 本当にそれは小さな甘さだった。

 クリスマス・イヴ。聖夜の夜に奇跡は起こった。

 そう、奇跡は起きて僕はここにいる。

 ほんのちょっと甘さと奇跡で……





第1話 「あなたは悪魔よ!」





 ネルガル会長室では珍しくいらついた感じでアカツキが主席秘書のアケミからの連絡を受けていた。

 「会長、今日の予定は……」

 「今日の予定はいいよ、バッチリ頭に入っているから。それより、月はどうなっているかな?」

 アカツキに問いただされあわてて秘書は時計を見る。

 「そろそろシャトルがつく頃ですね……」

 「何か不安そうだね、どうしたんだい?」

 自分より不安そうに時計を見ているアケミを不思議そうに見た。

 「私事ですから」

 「おいおい。そんな不安そうな顔をしたまま仕事はしてほしくないよ」

 「仕事とは割り切っていますから」

 「おやおや。そんなに不安かい、カイト君の目が」

 アカツキの鋭い視線にアケミはたまらずため息をついた。

 「珍しくご執心ですね。不安よりもただ私が何かできる事がないかなって考えてしまいますね、今のカイトさんの瞳からは」

 「昔は違ったと?」

 「ええ。前にたった一度会長にご用があってお越しになられ逢った時はまるで吸い込まれるような感じでしたけど、今は危うい感じがします。何時壊れても不思議じゃないガラス細工のような……」

 「そんなに心配する程弱い男じゃないさ、彼は」

 「そうですよね。カイトさんなら、きっと出来ますから」

 そう言うとアケミはぽぉっとした表情で月のある方角を見ていた。

 “はぁ、カイト君。やたら目ったら女を魅了するのは止めてくれないかな。鋼鉄の秘書と呼ばれた彼女をここまでたらすなんて”

 夢見ごごちになっているアケミを呼び戻すのにアカツキは5分の時間を要した。





 そのころカイトはネルガル月面基地に到着し、シャトルから降りていた。

 カイトは手をポケットの中に入れたままあたりを見渡す。すると、ゲートの方からエリナが歩いて来ていた。

 それを見ると手を振り合図した。

 「ちゃんと来たわね。事故でも起こらないかと心配したわ」

 エリナは安心したように少し微笑んだ。

 「大丈夫ですよ。真相を知って警戒しまくっている相手を狙う程、相手は馬鹿じゃないでしょ。来たってただの捨て駒ですよ」

 「そうね。それじゃ、行きましょうか」

 「そうですね、お忙しいエリナさん直々のご案内ですから」

 「その科白、前にも聞いたわね」

 遠い昔を懐かしむようにエリナはつぶやいた。

 「そうですね、あの時はシャトルじゃなくナデシコでそして3人で。もう、そのときから気付いてたんですよね、こういう事が起こってるって」

 「そうよ」

 2人はゲートの方に歩み出す。

 「ふがいないですね、そんな事も気づけなかったなんて。あの時、どれだけエリナさんが苦労されたかを考えると情けなくなりますよ」

 「普通は知らなくて当たり前よ。私達だってあなた達には知られたくなかったもの。知れば手を貸したでしょ?」

 「まあ、自分にかかる火の粉ですから」

 「こうなっちゃうと早く知らせた方がよかったのかもね」

 「それは結果論ですよ。僕らは、こういう事が嫌いなのを知ってたからこそ、知られないうちにって考えての事ですから、仕方ないですよ」

 「そう言ってもらえると助かるわ……」

 無言になった2人はそのまま歩いていく。

 カイトはゲートにさしかかると足を止め、ふと後ろを振り向く。

 「どうしたの、カイト君?」

 立ち止まったカイトに気付いたエリナも立ち止まる。

 「……本当にたった1人で来ちゃったんですね」

 エリナからはカイトの表情は見えなかったが、背中が少し寂しそうだった。

 「さて、行きましょうか。何時までも感傷に浸っていても仕方ないし」

 「そうね」

 再び歩み出す2人。

 ゲートを出て、移動用のモノレールに乗り込む。乗員はほかにいない。

 しばらくして、エリナが口を開く。

 「ここに来た訳は知っているのかしら?」

 「表向きはテストパイロットとして。あと、誰か知りませんけど1人鍛えてほしいって。ほかはエリナさんに聞いてくれってナガレさんが言ってました」

 「あのぼんくら会長は。いやな事は全部私に回すんだから」

 「まあまあ。別にどんな事を言われたってやりますよ。あくまでギブアンドテイクと言う事でナガレさんとは話をつけてますから」

 「そう言われると逆に罪悪感が増すわね。どうしてそう1人で背負い込もうとするのかしら?」

 カイトは苦笑いを浮かべて誤魔化そうとしたが、エリナの表情が想像した以上に真剣だったため頬をかいて口を開いた。

 「単に、自分で出来る事は自分でしたいだけですよ。それに、これ以上よしなにしてもらうと恐縮しちゃいますよ、マジで」

 「だからって自分で、全部背負い込む事無いじゃない。いざというときその重さで動けなくなっても知らないわよ」

 「ありがとうございます。でも、そんなにヤワじゃないですよ」

 「ふぅ。困ったわね。あなたがそう言うと本当にそうじゃないかなって信じちゃいそうで」

 「あははっ。信じてくださいよ。僕は、このくらいの事しかできないから」

 「そうね、信じるわ。あのゲートを5人でくぐれるといいわね」

 「そうですね」

 ち〜ん

 モノレールが目的地に到着する。

 カイトはエリナの笑顔を崩したくなかったのであえて間違えを指摘しなかった。だが、すぐに間違えでなかったと知る事になる。





 ネルガル特別棟。

 ここにはネルガルでそろえられるトレーニング機器やシミュレータがそろっており、シークレットサービス(SS)など、荒事を行う部門の御用達の訓練地である。

 その中を慣れたようにエリナは奥へ歩いていく。

 三重チェック構造の通路を通り過ぎたあと、何部屋もある部屋の一つに入った。

 その部屋は畳張りの柔道場であった。その中央では2人の男が組み手をしていたが、エリナに気付きやめた。

 髪の長い男は道場隅にあるタオルを取り、汗を拭く。エリナに関わる気はないようだ。

 黒い胴着もう1人の男はほとんど汗もなく、エリナに近づいていった。

 「ここに来るなんて珍しいな。ネルガルは、上に行けば行く程暇なんだな」

 「暇じゃないわよ。暇なのは会長ぐらい……今日は用事があってきたのよ」

 伏せ目がちに言うエリナ。

 「任務か?」

 「何言ってるの! リハビリも終わって間もないあんたがそんな事出来るわけないでしょ!!」

 「そうだな、こんな俺じゃあ、ただの足手まといだったな」

 男は自嘲気味に笑ったが、俯いていたので目は見えなかったがエリナはその笑いが痛ましかった。

 「で、なんのようだ?」

 「……今日からあなたに新しい指南役がつくわ」

 「指南役? 体術は月臣、射撃や工作はゴートからじゃなかったのか?」

 「SSはあなた1人にかまい続けられる程、暇じゃないの。今後、今日来た人と3人交代に変わるわ」

 「役に立つのか、そいつは?」

 「そうね……」

 エリナは言いよどんでしまった。間違えなく、自分の知りうる限りでは最高の人材だろう。だが、それを今教えていいものか迷った。

 「……会って、見ればわかるわ」

 「そうか。で、そいつは見あたらないが?」

 「今は宿舎の方よ。準備でき次第こっちに来る事になってるけど、もう暫くかかるでしょうね」

 ちょうどタイミングよくエリナのコミュニケが鳴る。

 『本部長。今、ロビーにいらっしゃっていますが、どうしましょうか?』

 「私が直接案内します。少し待たせておいて」

 『はい』

 「と言う事だから、行くわね」

 男は何も言わずにエリナに背を向け、道場へ戻った。そう言う態度はいつもの事だが、少しエリナには辛かった。

 だが、これより辛い事はこれから起きる。本当に2人を対面させていいのだろうか。馬鹿会長は何を考えているのか。これら起こる事を考えるとエリナの足取りは重くなった。





 カイトはエリナの歩調に会わせて歩いているつもりだったが、ふとした拍子に自分が前を歩いている。

 「エ〜リナさん。どうしちゃったんです。ここに来てからおかしいですよ」

 怪訝に思い、頬をかきながら振り返る。案の定、エリナは俯いたまま歩いていてカイトが呼びかけた事に気付いていない。

 困ったな、これだとどこに連れて行かれるのかわかんないや。

 少し考えて、エリナの肩をたたく事にした。

 「エ〜リナさん♪」

 「えっ!? きゃっ!」

 ぷにっ

 カイトはエリナが振り向くと同時に指を立てて、柔らかな頬にあてた。

 「ああ、やっと気付いてくれた。何時になったら気付いてくれるのかって心配しましたよ」

 「なななな、何やってるのよ、あんたは!」

 エリナは一瞬唖然としたが、顔を真っ赤にして怒る。

 「ちょっと子供っぽいと思いましたけど、こーすれば気付くんじゃないかなって」

 ぷにぷに

 「気付いたからいい加減にその指を離しなさい」

 「さわり心地がいいんですけどね。それに婦女子の方には好評だったし」

 カイトは名残惜しそうにエリナから指を離した。

 「あ、指先に化粧が!」

 「うんなわけないでしょ!!」

 激憤するエリナをカイトはにこやかに笑う。

 「やっぱりエリナさんはこう、しゃんとしてなきゃなんとなく張り合いがないですね」

 「あのね、私でからかわないで」

 「あははっ。そんなにおこんないでくださいよ。ここに来てから暗い表情のままでしたからちょっとは気分転換になったでしょ?」

 「全く。相変わらずなに考えてるんだか」

 エリナは呆れたように肩の力を抜いてため息をつく。

 「まあ、誰がいるのか知りませんけど、なんて事無いでしょ。エリナさんが心配する程の事じゃないですよ」

 「えっ!? なんで知ってるの!!」

 エリナは心底驚いた表情をしているが、カイトは困ったように頬をかいた。

 「人が困った表情をして、足が渋るのは、大抵そこに見られたくないものがあるからじゃないですか。その見られたくないモノの見学者は僕。だから、ありえるのなら人ぐらいかなって思ったんですよ。物じゃ、動じませんし」

 「そうね。最近、疲れがたまっているのかしら。どうもあなたにはばれちゃうみたいね」

 「そんな事、無いですよ。ただ、なんとなくですから」

 「こんな事が終わったら軍なんて辞めてホストにでもなったら。カイト君ならどこでもナンバー1よ」

 「いやだな。中学校の進路相談の時の先生みたいな事を言わないでくださいよ」

 ずるっ

 エリナの顔に縦線が入る。

 「本当に言われたの?」

 「冗談半分で第2希望に書いたんですよ。そしたら、マジに取られちゃって。で、そんな事はまたあとにして、誰に会わせるんですか?」

 エリナは誤魔化そうかと思ったが、カイトの拒絶を許さない視線がそれを許さなかった。

 「……会えばわかるわ。そして、その人を死なないようにしてほしいの」

 カイトは諦めたように肩を落とす。これ以上の追求は酷というものだろう。

 「わかりました。でも、死なないようになら軟禁しておけばいいでしょ。そのくらいネルガルなら簡単なはずです」

 「閉じこめておけば、逆に自殺しかねないわ……」

 「なるほど、同類っぽいですね」

 「そう……かもしれないわね。さあ、このゲートを抜けて左の2つ目の道場にその人はいるわ」

 「そうですか」

 2人は何も喋らずに道場の前まで行く。エリナが道場に入ろうとを扉に近づいた時カイトが口を開いた。

 「エリナさん、これって冗談ですか? 冗談なら笑ってすませますけど、マジだったらたちが悪いですよ」

 エリナはそのままの姿勢で固まる。

 「なんでアキトが生きているんですか? それもあんな暗い瞳で」

 カイトのガラス窓越しには、月臣に挑んでいるアキトが見えていた。

 「エリナさん!」

 カイトはエリナの肩をつかみ、振り向かせる。

 「いったいどういう事ですか!? 何がなんだかわかりませんよ!」

 「い、痛いわよ。離して!!」

 「す、すみません」

 興奮状態を恥じて、あわてて肩から手を離す。

 「もう、焦らないで……見ての通りよ」

 相当強くつかんでしまったのだろう、エリナはつかまれた肩をさすっている。

 「アキトが生きていたのはうれしいですよ。でも、なんであんな瞳してるんですか。あんな暗い怨念の瞳をしたアキトなんか知りませんよ!」

 「ちょっとここだとなんだから、場所を変えましょ」

 エリナが向かいにある控え室にカイトを促す。激情のさざ波にさらわれそうだったが、かろうじてカイトは平静さを保ち、それに従った。

 「で、いったいどういう事なんですか?」

 控え室に入って、そうそうにカイトは壁にもたれかかり、エリナに問いただす。

 「そうね……どこから話したらいいかしら……」

 「出来れば、あの日からお願いします」

 カイトは腕を組んで目を閉じた。こうしておかないと感情が何時、吹き荒れるかわからないからだ。

 「あの時点では、まだ何がどうなっているかおぼろげしかわかってなかった。ただ、あの事件がきっかけになって、事態がわかってきたのは皮肉だったわね。そこら辺の経緯は聞いてるわね?」

 カイトはそのままの姿勢でうなずく。

 「8月になって、やっとアキト君とユリカさんの所在がわかって救出に向かったのだけど、アキト君が精一杯でユリカさんまでは助けられなかった……」

 「どうして、アキトだけだったんですか?」

 震える体を無理矢理拘束する。

 「それは……」

 さすがに言いよどむ。

 「A級ジャンパー、ボソンジャンプ……何らかの生体実験。アキトは実験の末、破棄寸前でユリカさんはまだ研究対象じゃない故に厳重に保管されていたから……ですか?」

 「大体あっているわ」

 「ボソンジャンプの原理が解ってない以上、手っ取り早い解明方法はそれしかないですからね。で、アキトはユリカさんを取り戻すために……ですか?」

 「一番の理由はそうだろうけど、それだけじゃないわ……その実験過程でアキト君は……五感のほとんどを。特に味覚をね、喪失したわ。今、彼にあるのは未来への希望を奪われた事への復讐……それだけよ」

 「なんで、なんで止めなかったんですか。復讐だってほかにやりようがあったはずだ!」

 感情をひたすら抑えた言葉の語尾が震える。

 「あんたは知らないから言えるのよ!! あの救出されたばかりのアキト君を。あの無気力で生にも何に対しても何も関心を持たなくて生きる屍みたいで、人の目が無くなればそこら辺にある物で自殺しようとしたのよ!! もう見てられなかったわ……」

 エリナはそのときを思い出し、今にも瞳から涙がこぼれ落ちそうだった。

 カイトにはエリナにかけられる言葉はなかった。自分もアキトと何ら変わるところは、ない。

 「それでも、アキトにそういう感情を抱いてほしくなかった。そんな汚い事は僕がすればいい事だから」

 こう呟く事しかできなかった。

 2人とも感情の嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。

 「エリナさん、改めて聞きます。僕はアキトに何をやればいいんですか?」

 いち早く感情の処理を済ませたカイトは瞳を開き、エリナの様子を見計らって問いかける。

 「……復讐の途中で死なないようにしてほしいわ」

 「いやですよ、復讐のすべを教えるなんて」

 「わかっているわよ」

 カイトは、エリナの頬にひかる何かが流れるのが見えた。

 「ふぅ。どんな理由であれ、アキトは真っ直ぐなままなんですね。恩人をこの世界に入れるのはいやですけど、このままほっておいて死んでしまうともっといやになるので引き受けます。ただし、一切の口出しはしないでください。情けをかけると死ぬ確率が高くなりますから」

 「わかったわ」

 カイトはエリナがうなずいたのを確認して部屋から出ていこうとしたが、足を止める。

 「エリナさん……ここから先は立ち入らない方がいいと思います。エリナさんは優しい人だから、よけいに傷つくだけですよ」

 「何言ってるの。私には最期までアキトを見届けなきゃいけない義務があるのよ。復讐者にしちゃったから」

 ここで初めてカイトは優しく笑った。

 「エリナさんは強い人でもありましたね。

 最後に聞きます。アキトをこの世界に入れてもいいんですね?」

 「それが彼の望みだから……」

 「わかりました。じゃあ、アキトの所へ案内してください」

 「わかったわ」

 エリナはカイトの開けた扉から、アキトのいる道場へ向かった。





 アキトと月臣はエリナとカイトが入室したのにも気付かず、特訓を再開していた。

 「ちょっといいかしら2人とも、新任が来たから紹介したいのだけど」

 エリナはぱんぱんと手を叩いて、2人を呼び寄せる。

 振り向いたアキトはカイトを見た瞬間ぼぉっと顔が光ったがすぐに収まった。

 「エリナさん、さっきのあれはなんです?」

 めざとく気付いたカイトが小声で尋ねる。

 「あとで教えるわ。今は胸にしまってて」

 カイトはうなずくと何ごともなかったようお気楽にアキトに手を振る。

 「たしか、ミナヅキというやつだったか?」

 「ああ……」

 写真でも雰囲気はあったが、表面上は笑っていても実物は別物だな。

 月臣はカイトを一度写真で見た事はあるが、あまり違うので念のためアキトに確認を取る。

 「2人とも多少なりに知っているだろうから、詳しく紹介する必要はないわね。ミナヅ……」

 「待て、エリナ。何故カイトがいる?」

 アキトの暗い瞳がカイトに突き刺さるが、カイトは何吹く風と平然としていた。

 「いちゃ悪い?」

 「おまえがここにいる理由がない」

 「理由があればいいの? どんな理由であれ、いいわけないでしょ、こんなこと。まちがってんだから」

 「……」

 「あ、いけない、いけない。ここにいていい理由がなくなっちゃった」

 からかうようなカイトの口調がアキトの感情を逆撫でにする。うっすらとアキトの顔にナノマシンパターンが輝く。

 「まあまあ、アキトとはあとでじっくり話し合うかもしれないとして。月臣さん、ですよね。はじめまして、ミナヅキ・カイトです。これからよろしくお願いします」

 「月臣 元一朗だ。シークレットサービスの一員としてネルガルに飼われている」

 「面白い紹介の仕方ですね。いきなり、お仕事の話ですけど、リハビリも込めてアキトを鍛えているのはどのくらいですか?」

 「おおよそ3ヶ月だ」

 「なるほど、大体の状況がわかりました。あ、そうだ。今から、一手願えませんか? ぐだぐだ話すより手合いをした方が実力とかわかりやすいですし」

 「ちょ、ちょっとまちなさいよ!」

 自分のあずかり知らないところでどんどん話が進んでいくのでエリナがストップをかける。

 「今日はただの顔合わせでしょ。そんな事は明日でもできるでしょ」

 「そうじゃないんです。今日、今じゃなきゃだめなんです。さ、やりましょうか、月臣さん」

 月臣はうなずくと道場の真ん中へ歩いていく。カイトもそれにつづく。

 唖然としたエリナはその場で固まり、無視された形のアキトはふてたのか、道場の壁により掛かり腕を組んで2人を見ていた。

 だが、中央の2人は構えもせずに対峙したままだった。

 「いったいいつまでああやってにらみ合ってるのよ」

 「知るか」

 一向に動かない2人に業を煮やしたのか、アキトに当たるエリナだったが、アキトも同様だった。

 「どーします? あちらさん、しびれを切らしてますよ」

 「当然だ。ウォン女史は当然としてテンカワもまだこれがわかる程、鍛えた訳ではない」

 「それじゃ、わかりやすくやりますか。風間流を見せるので木連式を見せてくれませんか?」

 「わかった。木連式柔、まいる」

 以前あったホクシ・カイト戦のようにゆったりとした始まりではなく、2人ともかなりのハイスピードで技を繰り出す。

 風のように流れるカイトと柔よく剛を制すを教科書にしたような月臣が交錯する。

 2人とも自分のペースに徹し、技を繰り出しているが、不思議と1つ1つがちゃんとかみ合っている。

 そのうち、月臣が放った目突きで2人の動きが止まる。

 「こんなもんですかね」

 眼前に指があるのをものともせず微笑むカイト。

 「そうだな……」

 傍目には勝利者である月臣の方が汗だくになっていた。

 満足したカイトは腕を二度回して入り口にいるエリナの元へ歩いていく。

 「さてと、エリナさん。今日の所は帰ります。それじゃ」

 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。何、勝手に終わらしちゃってるの!?」

 全く事情が飲み込めないエリナは横を通り過ぎていくカイトの裾をつかむ。

 「今日は終わりですよ。今日は月臣さんと教える相手の確認だけですから」

 「確認って……アキト君には何もして無いじゃない」

 「何もって。一応、元教官ですよ。アキトの事は多少知ってるから、だいたい見ればわかりますよ。何を教えても目先の事しか理解しようとしないって事ぐらいは。単なる負け犬ですね」

 「なに!!」

 暴言に対して怒りを露わにするアキト。

 ナノマシンパターンが浮かぶ顔を見ても、平然としたままだった。

 「安心してよ。今のアキトにだって簡単にわかりやすく復讐の仕方を1から10まで教えるからさ」

 「馬鹿にするな!! 何故、おまえにそこまで言われなければならないんだ!」

 「それはアキトが馬鹿だから。復讐ごっこをするなら誰にも迷惑にならないところでしろよ。遊びじゃないんだ」

 「何言い合ってるの。止めなさい2人とも!!」

 エリナの制止も聞かず、2人の間合いは縮まっていく。

 「ふざけるな! 俺はあいつらに復讐すると決めたんだ」

 「決めたね……今なら、せいぜい返り討ち。眼中にも入らないだろうね」

 「だから、こうやって修行してるんだろ!」

 「復讐という意味も、この世界にはいるという意味も……何も解っちゃいない人間に修行なんて無意味だよ」

 「まるで自分なら判っているという口調だな、カイト」

 「判っているよ。生まれたときからこういった世界に住んでいたんだから。また、戻るだけ」

 「なら、何故この世界に来る。おまえにはイツキさんとルリちゃんがいるだろ!」

 カイトからほんの一瞬だけ、殺気が零れる。

 「関係ないよ。誰かさんがピーチクパーチク言ってる方がよほど耳に触る。だから、黙らせに来ただけだよ」

 「おまえは……おまえはその程度であの2人を見捨てるのか!?」

 「見捨てる? そんなわけないだろ。あの2人は大切な、かけがえのない存在だもの。だから、こっちにいる間は当面騙されてもらうよ。2人とも騙すのは簡単だからね。いや、利用した方がいいかな。その方があっさり終わるだろうし。あ。けど、ルリちゃんが悲しむかな。こんなに腐ったアキトを見ると」

 「っっっっ!!」

 「ミナヅキ、度が過ぎるぞ。テンカワは落ち着け。挑発されているだけとわからないのか!」

 月臣の制止も無視して、アキトはカイトに近づくが、カイトはその場で動きを止める。

 「しかし、こんなにいい指南役を与えてもらって、未だにこの程度か。全く、北辰あたりが“未熟者め”という光景が浮かぶよ。こんなやつといたからユリカさんは……愚かだね」

 「きさまぁ。貴様に何がわかる!!」

 激昂したアキトは拳をかざしてカイトに迫る。

 当然のごとく予測されていたので簡単にかわされる。すれ違いざまに足をかけられアキトは無様に転んだ。

 「せっかく、月臣さんが警告してくれたのに。本当に目先のものだけしか見えてないんだね」

 先ほどまでからかい馬鹿にしていた口調は消え、悲しく寂しい口調に変わった。

 「アキト……立て」

 「なにを……」

 「いいから、立て。ここまで馬鹿にされて悔しくないの?」

 「!!!!!!」

 カイトがこういう事を言わないやつだとは解っている。だが、何故ここまで挑発するのか、熱くなった頭では理解出来なかった。

 それに、出会ったときはてっきり自分の復讐を止めるように言うものだとばかり思っていたが、逆に教えると。かつてのカイトからは考えられない言葉ばかりだ。

 ただ、眼前で威圧感を持って自分を見下ろしているのだけは解った。

 「おまえ……何を考えている?」

 ゆっくりと立ち上がる。時間があったおかげで少し冷静になれた。

 「さあね。それは自分で理解してよ。解ろうと思わない限り、何も解らない」

 「……なら、力尽くで吐かせる」

 「なら、吐かせてみてよ。迷いがあれば……何も解らない」

 先ほどの猪突猛進のような拳ではなく、ちゃんと狙い澄ましたアキトの右回し蹴りがカイトの顔を狙う。

 カイトは目を瞑り、一寸見切りでかわす。

 かわされるのを見越していたアキトは慣性を利用し、駒のように左後ろ回し蹴りを放つ。

 さすがのカイトもそれは予測出来なかったので、腕でガードする。蹴りを受けた場所が少ししびれる。

 「いい蹴りだね。でも、そんなんじゃだめだ」

 アキトの鋭い攻撃を平然と受け流しているが、内心は感心していた。

 本当にリハビリ込みで3ヶ月? 正直、信じられないよ。五感に障害を受けてるって話だけど、軍の高段者とさして変わらない。才能の前に、真っ直ぐな性格が大きいんだろうな。でも、悲しいな。本当はこんな事、だれも望んでないのに。一番アキトが望んでないのに……このままじゃその真っ直ぐさで死んでしまう。死なせたくない、死んでほしくない。だから、みんなからどれだけ憎まれてもいい。だから、だから……

 「それじゃあ……人は殺せないよ」





 アキトが一方的な攻撃をし続けて、10分が過ぎようとしていた。

 「まったく。何やってるのよ、2人は。カイト君もカイト君だわ。言うだけで1つも反撃出来て無いじゃない。過剰評価だわ」

 「そう見えるのか、ウォン女史」

 「それ以外に見えないじゃない!」

 先ほどから、自分そっちのけで事が進んでいるので、かなり苛立ったエリナがヒステリック気味に言う。

 エリナのうっぷんのはけ口となっている月臣は、少しげっそりしている。本当は2人の動きに集中したかったが、自分までエリナを放置しておくとどうなるかわからないので、いやいやながらつき合っていた。

 「ミナヅキの左足をよく見てみろ。始まってから一歩たりとも動いていない」

 「えっ、そんな!?」

 「次第にペースが上がっていったから、目が慣れてしまい、よくわからないだろうが、テンカワの動きはいつもより速い。これもミナヅキがうまくテンカワを誘導しているからだ」

 たったあれだけの時間で、相手の才能を引き出せるカイトの手腕には、月臣のプライドが傷つく前に感心させた。

 エリナも指摘され、カイトのすごさはわかったが、釈然としなかった。カイトの言動がめちゃくちゃだからだ。

 事前に話していて、アキトの心理状況をある一定理解しているカイトが、イツキやルリを利用し、ユリカを冒涜するような事を言う。そしたら、今度はちゃんと格闘技を教えている。矛盾だらけだ。前の彼なら、こういう言い方はしないだろう。ただ1つわかった事と言えば、どう言いつつも乗り気でない事だけだった。

 エリナの思考がはっきりとしない間に、アキトとカイトのやりとりは最終局面を迎えていた。





 「ハアハアハアハア……」

 アキトは肩を大きく上下させ、荒い呼吸をする。

 「今は、それが限界だね」

 完全に受け手に回っていたカイトは、汗も息も上がった様子はなく、終始、悲しみと冷酷さの入り交じった瞳のままだった。

 「本当にこっちの世界に来る気なんだね。もう、止めても無駄なのかな?」

 「俺は……復讐を果たさなければ……」

 呼吸が整わなくても、その声には強い意志が込められていた。

 「僕はアキトがそんなに弱いやつじゃないと思ってるけどね。

 ならいくよ、これに耐えられたらこっちの世界に来るすべを教えるよ。ただ、この世界に入れるかどうかはそれからのアキト次第だけどね」

 アキトは構え直し、整わない呼吸を出来る限り整えようとしたが、出来なかった。今までの囁くような空気ではなく、ねっとりとまとわりつき、人を束縛し、堕とそうとする空気にかわった。

 な、なんだ、この空気は。本当に目の前にいるのは“あの”カイトなのか。まるで外見だけまねした別物だ。

 月臣は体中から冷や汗を流し、エリナはあまりの豹変さに腰を抜かして地べたに座り込んだ。

 カイトがたった一歩、足を踏み出す。

 びくっ!!

 アキトは反射的に足を一歩下げる。

 「怖いか……怖いだろ……これが命のやりとりを生業とする“バケモノ”だよ。何かがあればその命を終わらせる事を、ためらいもなく出来る。まるで、そこら辺の虫を踏みつぶすようにね……そう、ここにある命すらもね」

 アキト達は、あるはずのない刃物で体中を撫でられているような気分だった。

 「っっ!!」

 アキトはあの日の事を思いだしていた。あの日、このような空気を纏ったあの男が総てを奪った事を。

 「他人の事など関係ない。ただ、あるのは己のなす事のみ。……テンカワ・アキト。この世界に何を見いだす?」

 冷たく突き放すカイトの姿が、アキトには次第にあの男とだぶっていく。

 あの日、あの時、自分の守るべき未来を奪ったあの男を。

 「俺は……俺は、俺はあの日、守れなかった未来を奪い返す!!」

 総てから解き放たれたアキトは、果敢にも再びカイトに立ち向かう。

 カイトはそのアキトの純粋で一途な瞳がうらやましく思え、消えてほしくないと心底思った。

 自分にはもてないものを持ったもの。それは単なる憧憬であったかもしれない。だからこそ、こう思ったのかもしれない。

 こんな世界で死なせちゃあ、絶対にいけない。

 カイトの瞳が(あお)く染まる。

 突進してくる、アキトの拳を紙一重でよけ、足払いをかけ、姿勢の崩した。

 「はぁぁぁぁぁ!!!」

 カイトはアキトの額めがけて渾身の裏拳を放った。

 「ぐぁっ!」

 受け身もとれずに道場の壁まで吹き飛んでいくアキト。

 カイトはゆっくりとアキトの元へ歩いていく。

 「……アキト、大丈夫かい?」

 そこにはもう、他を圧迫するような空気はない。

 「…みら………俺は…………もう……いち………」

 それでも立ち上がろうとしていたアキトから力が抜け、道場に倒れこむ。

 「そっか……わかっていたんだよな、こうなるって。意地張るんじゃなかった。馬鹿、だな……」

 カイトは倒れこんだアキトを背負うと、エリナ達の元へ戻って来た。

 「エリナさん、エリナさん。おーい、おーい。って、やっぱやりすぎちゃったか。月臣さん、エリナさんを医務室へ連れて行きたいので彼女を背負ってください」

 「……ああ」

 カイトの余りの変化に唖然としていた月臣だったが、さすがに気をすぐに取り直し、エリナを背負う。

 丁寧に優しく背負う所など、さすがは元木連軍人である。

 カイトは道場から出て、すぐに廊下の真ん中で立ち止まった。

 「どうした、ミナヅキ。医務室に行くのではなかったのか?」

 月臣の問いに困ったように振り返ってカイトは頬をかいた。

 「あの。ほんと恥ずかしい質問なんですけど。医務室ってどっちですか?」

 背負われているアキトとエリナがずり落ちかけた。





 「すみません。誰かいませんか?」

 カイトが医務室のドアを開けたが、中には誰もいなかった。

 ひとまず、アキトとエリナをベッドに寝かせ、一通り部屋を調べたが、誰もいなかった。

 「困りましたね。先生がいない」

 「ここのドクターは科学者でもあるから、研究室の方にいるのかもしれないな。ここに入ったら、ドクターまでこのことは伝わっている。もう暫くしたら、来るだろう」

 カイトは少し憂いのある笑みを浮かべる。

 「どうした、ミナヅキ?」

 「いえ、昔知り合いにそういう人が居たなって。科学者であり医者であり、説明させたら右に出るものはない、通称“説明おば、がぶっ!!!」

 カイトの脳天にボードが突き刺さる。

 「あにうすんれすかぁ!!!」

 思いっきり噛んでしまった舌の事を多少は考慮しながら、振り向きざまに怒鳴る。が、その表情は驚きに変わる。

 「噂をすれば何とやらですか、イネスさん!! なんで生きてるのって質問は後回しで、いきなりバックアタックって何考えてるんですか?」

 カイトの言うとおり、昨年の研究旅行の時に死んだはずの炎の説明……おねーさんこと、イネス・フレサンジュが少しへこんだボードを持って立っていた。

 「あら、とんだご挨拶ね。私がいないのをいい事に言いたい放題言っていたのはどなたかしら?」

 「き、気のせいでしょう。説明おねーさんのイネスさん。あはははっ」

 笑ってはいるが、大きな冷や汗が流れ、ボードで叩かれたところがずきずき痛んだ。

 「で、なんのようかしら。たまたま来たらここでしたって訳じゃないでしょ。月臣君もいる事だし」

 「ええ。ちょっとアキトとやりすぎちゃって……そのショックでエリナさんが倒れたんです。2人は、奥のベッドで寝かせてあるので診察をお願いします」

 「わかったわ。後は任せてちょうだい」

 イネスが白衣をひるめかせて背を向けたとき、カイトは声をかけた。

 「イネスさん。あなたが生きているのに死んだふりをしていた訳、あとでじっくり説明してくださいね」

 「そうね……私もあなたが何故ここにいるのかを説明してもらいたいわ」

 この2人の会話を聞いていた月臣は、いろいろな意味でここにいる事が危険だと悟った。





 2人の処置を素早く終え、エリナのオフィスにこのことを連絡した後には、月臣の姿は見えなくなっていた。

 自分の直感に従い、逃げたのだろう。

 イネスとカイトは互いの説明したあと、診察用のデスクを挟んで蜜柑を食べながらお茶を飲んでいた。

 「イネスさんも人が悪いですね。香典を返してくださいよ」

 「私はもらってないから返せないわよ」

 「事が終わったあと、どうなっても知りませんよ」

 「それは、私よりカイト君の方でしょ。あの子は本気で怒るわよ」

 「怒ってくれるんなら、いいんですけどね」

 カイトの遠い目を見ながら、イネスは蜜柑を一房口に入れた。

 「あなたはどうする訳。単純にイツキさんとユリカさんを助けるだけじゃあ、終わる性格じゃないでしょ」

 「終わらせますよ。こんな世界、深入りなんか……したくない」

 不思議とその言葉に拒絶は感じられなかった。確かに、深入りなどしたくないのだろうが、そこで何かを知ってしまえば、確実に深入りしてしまう事を自分自身でわかっているのだろう。

 だが、何故そこまで“したくない”というのだろうか。誰もが、深入りしてしまうのはカイトの優しさとでもいう部分からでるものだとわかっている。

 イネスは興味深そうに、苦悩しているカイトの顔を凝視した。

 「どーしたんですか、顔に何かついてますか?」

 「何もついてないわよ。ただ、どうしてそこまで1人で抱え込もうとするのかと思っただけよ」

 一瞬カイトはきょとんとした顔をした。

 「みんな、何でそういうかな。別にそんなつもり無いですよ。これから先、やる事がどれだけ汚いか、知っているからです。そんな汚い事を“はいどうぞ”ってわたせるわけないですよ。僕はそうやって渡されるのはいやですから。自分のいやな事は他の人でもいやでしょ?」

 「普通はそうね。でもね、女ってそういうものじゃないのよ。あなた達、男みたいに理屈じゃないの」

 「なんですかそれ? そんな観念的な言い方、科学者のイネスさんの意見とは思えませんよ」

 怪訝そうに自分を見るカイトを、少し呆れたようにイネスは見返した。

 「おかしな話ね。私はこれでも科学者の前に女よ。しかし、女遊び慣れしているカイト君がそんな事を気付かないなんて、案外ね。言葉にしないと互いの気持ちって解らないものなの」

 「だから、何でそう女、女って話になるんですか? それに遊び慣れてません」

 「あなた、ルリちゃんを置いてきたんでしょ。だから、そう例えただけじゃない」

 カイトの表情がむすっとしたものに変わる。

 「ルリちゃんには独り立ちさせただけですよ。可愛い子には旅をさせろって言うじゃないですか。それに、ルリちゃんは妹ですよ」

 「それはあなたの意見でしょ。ルリちゃんは違うでしょうね」

 「まだ、子供でしょ。何でもかんでも恋愛感情を混ぜくるのはナデシコクルーの悪い癖ですよ」

 「はいはい。そういう事にしておくわ」

 「そーゆー事にしておいてください」

 イネスはお茶を飲み、カイトは背もたれに寄りかかり、背を伸ばす。

 「それじゃ、今日はもう帰ります。また、明日」

 これ以上話すと、ぼろが出るどころではすまなさそうなので、カイトは帰るために立ち上がった。

 「ちょっと待ちなさい。帰るなら、右手を出して。ずっと隠しているでしょ」

 「めざといですね。今まで何も言わなかったから、気付いていないと思ってたのに」

 「言い出してくれると思っていたのだけど。このくらい判らなければ、医者としての資格はないわね」

 少し怒ったイネスにカイトは、おずおずとポケットに入れておいた右手をさし出す。

 イネスの予想通り、甲の部分が腫れている。アキトを殴るとき、微妙に位置をずらしたせいだろう。

 どのくらいの腫れなのか、優しく時には強くさわって調べる。しかし、カイトの表情は変わらなかった。

 「やせ我慢しないで、少しは表情に出してほしいわ」

 「いやですよ。男の子ですから」

 イネスは、からかうように言うカイトの右手の甲をつねる。さすがのカイトも目尻に涙がたまる。

 「っっっ。ちょっとだけ、怨んでもいいですか?」

 「なら、痛いなら痛いと言いなさい。言わないとわからないでしょ。言えばしなかったわ」

 ただの腫れなので、酷くならないように甲の部分を軽く消毒して湿布を貼り付け、包帯を巻いていく。

 「……大きな手ね。繊細で暖かい。でも、一対の手だけでは、全部の水は救えないのよ」

 「………………」

 腫れの痛みは和らいだが、心の痛みは強く、感じた。





 これより、3ヶ月程訓練の時間は過ぎた。

 しかし、それを師事したのはほとんど月臣とゴートだった。

 カイトが何をしていたのかは、訓練プログラムを制作したあと、SSオペレーションチームの一リーダとして任務に従事したり、SSの総合力アップの訓練を師事していた。

 週に一度にアキトの元に現れても、決定的な実力の差を見せつけ、例え何時間であろうとアキトが指一本すら動かせない程、容赦なくしごき倒すだけだった。それは、教えるとはほど遠い行為だけにしか見えなかった。





 「やれやれ。カイト君、珍しく女性に嫌われているじゃないか」

 「どういう事ですか?」

 ネルガル月面基地に視察に来たアカツキはカイトを自分の泊まっているVIPルームに呼び出していた。

 「エリナ君の事だよ。やけにテンカワ君に冷たくするから非難轟々だよ。君に面と向かって言ってるんじゃないかい?」

 カイトはソファーに深く身体を沈め、頬をかき、困った顔をする。

 「まあ、仕方ないでしょう。あれでわかるほどエリナさんも人生を卓越してるわけじゃないでしょうから。まあ、その点ナガレさんならその意味がわからなくても、その本質は理解出来るでしょ」

 「おやおや。ずいぶんと評価してくれてるんだね」

 アカツキは戯けるように肩をすくめ、テーブルにあるグラスを手にする。

 「じゃなきゃ、こんなところでだべってないですよ」

 「エリナ君もナデシコに乗って、少しは人が丸くなったけど、まだまだだからねぇ。本当の意味でネルガルのためになってもらうには」

 「厳しいですね。エリナさんが聞いたらどういう事やら」

 「はははっ。きっと青筋を立てて怒るだろうね」

 「でも、そこまでする必要性があるのかい? 素人のぼくが言うのはなんだけど、一言いってやれば済むことじゃないかな」

 「まあ、そーなんですけど。それじゃ、本当にわかった事にならないんですよ。ナガレさんだって、自分で理解したでしょ?」

 「はははっ。これは一本取られた」

 ひとしきり笑うと、アカツキは窓辺へ歩いていく。

 眼下には色とりどりの夜景が舞っていた。

 その色は、夜の暗さを誤魔化すための色。だが、この部屋には誤魔化すためのモノは互いに持ち合わせてはいない。

 「本題に入りましょう。今日、視察に来られたという事は、準備が出来たって事ですよね」

 カイトは手を組んであごをあてる。瞳はテーブルを見ていたが、心あらずだった。

 「そうだよ。ここに来るのに理由付けするほうが大変だったけどね」

 振り返りもせずに答える。

 「カイト君の方はどうなのかな?」

 「こっちは月臣さんに協力してもらって3日前に調達済みですよ。調整が少々ことかもしれませんけど、まあ大丈夫でしょう」

 顔を上げ、机の上にあるグラスを手にする。琥珀色の液体が薄明かりに照らされて、ゆらゆらと揺れた。

 「なら、明日決行だね」

 「そうです。この結果次第で総てを決めます」

 2人は苦いブランデーを飲み干した。





 翌日の夕刻近く、アキトはエリナのBMWを運転していた。

 こうやってBMWの運転をするのはカイトからの指示である。

 自動車に限らず、移動する際に使用するものは、総てアキト自ら操縦するようにとの指示がでている。

 始めの頃は意味がわからなかったが、最近はその意味がわかってきた。何時、何が起きても確実にその状況を利用する体勢を作る一環なのだろう。

 エリナがBMWを持ってきてからも、アキトは「ここから、俺が運転していく」と言ったきり終始無言だった。

 アキトは目覚めたときに『今日は別の場所で訓練を行います。自分で必要と思う武器を持ってくるように。ちなみに、重火器は禁止、あとは個人携帯できるレベルで。場所と時間は……』とカイトから用件だけのメールを受け取った。

 カイトからの唐突な呼び出しはいつもの事だったが、今回の用件はあまりに簡潔すぎた。いつもなら完結ながら、何をするとか注意ごとが書かれているからだ。それゆえに危険な匂いを感じさせた。

 エリナの方も、早朝カイトから直接『アキトに自動車を貸してやってください』と、一方的に頼まれた。

 今日の予定は、アカツキにつき合って月面基地の視察であったが、事前調査をしていたのだろう。その視察は予定の時刻より速く終わり、そうそうにお守りから解放されていた。

 普通なら、接待の準備にてんやわんやだが、アカツキは馬鹿殿様っぷりを発揮して、1人ふらりと姿を消した。

 すぐにSSが所在を確認したので、大事には至らなかったが、アカツキ慣れしているエリナはともかく、他の職員は肝を冷やした。

 これらの事からエリナもまた、危険さを察知していた。

 実質的にネルガルの裏側を仕切っているのはアカツキであり、最近はカイトというブレーンを得ている。実行部隊の統括者は月臣であるが、この2人が実質的に動かしているのは間違えないだろ。

 唐突な朝の連絡、あまりに速く終わった視察、そして、失踪。SSからの連絡も正直、怪しいだろう。ましてや、自分が確認した訳ではない。

 アキトの運転するBMWの中で自分の疑問を尋ねてみようかと思ったが、アキトの雰囲気からは声を発する事も出来なかった。

 しばらく進むと、エリナも知らない場所にでる。

 コミュニケで所在を確認する。廃棄エリアに入っていた。ここから先にはデータにはでてこない。直すなら、新しく作った方が予算的にましと判断して放置した場所だ。

 BMWの進む前には3階建ての廃ビルと前に止まっている2台のベンツと外に立っている男女3人が見えた。





 「ようやく来たようですね。全く、ナガレさんがそうそうに逃げ出すから、こう待ちぼうけを喰らうんですよ」

 「はははっ。だって、はやる心ってのがあるじゃないか」

 「全く。あなた達ってのは……」

 ベンツの近くに立っていた3人、カイト、アカツキ、イネスは砂煙を上げてやってくるBMWを見た。

 BMWは3人の前で止まるが、カイトがそのまま降りるなと指示を出した。そして、わざわざコミュニケで一つ二つ指示をする。

 そして、カイトは手を上げ、指を鳴らす。

 3人から少し離れているもう一台のベンツから、手錠をかけられた男がSSに連れられてでてきた。

 「やあ、ご機嫌はいかがですか?」

 「貴様……いずれ我らの正義の元、地獄に堕ちるがいい」

 カイトのさわやかな挨拶は男には通じなかったようで、代わりに怒気をはらんだ視線を向けた。

 「まあ、正義なんて安物はどーでもいいです。これから、あなたにチャンスを差し上げます。手錠をはずしてあげて」

 SSが男の手錠をはずす。

 男は手錠をかけられていたところをさする。さすがにこの状況下で、逆襲をかけると言う事はしないようだ。

 「覚悟はもう出来ている。さあ、言え!」

 「まあまあ、焦らないで。あなたにはあそこにある廃ビルに行ってもらいます。探せば、銃とか爆薬とかちゃんとあるんでじっくり探して見てください。けど、あなたがビルに入って5分後、こちらから刺客を差し向けます。それを10分ぐらいしのいでください。そしたら、あなたを自由にしてあげます。おまけにアカツキ・ナガレとイネス・フレサンジュ付きです」

 カイトはそういってにっこりと微笑むと男に時計を渡す。

 いつの間にかおまけにされたアカツキは肩をすくめ、イネスはつまらないモノを見るように男を一別しただけだった。

 予想外の提案に男は状況が判断できなかった。てっきり、組織の情報を話さなければ殺すと言われるものだとばかり思っていたからだ。

 それが、賭け事であるとは言え、生き残れば奸賊アカツキ・ナガレと死んだはずのBJ研究者の第一人者イネス・フレサンジュをくれてやるというのだ。いぶかしむのも当然である。

 「この2人を草壁の前に連れて行けば、たいそう喜ばれるだろうね。あの北辰の鼻もあかせると思うし」

 「本物だろうな?」

 草壁と北辰の名を出すとカイトの予想通り、相手は食らいついてきた。

 「本物だよ。DNA鑑定書でも出そうか?」

 「アカツキ・ナガレはともかく、イネス・フレサンジュは信用しかねる」

 「う〜ん。死んじゃったはずの人ですからねぇ。じゃ、イネスさん、跳んでくれませんか?」

 カイトはポケットからCCを取り出し、イネスに投げ渡す。

 「カイト君、もしかして、こんなくだらない事のために私を呼んだの?」

 投げられたCCは受け取ったが、眉間にしわが寄っている。

 「まあ、そういわれると心苦しいんですけど、そうです。それにいつも施設にこもってばかりだとストレスがたまってよくないですよ。たまには気分転換してもいいじゃないですか」

 「逆にストレスがたまるわ。全く、ここ最近のカイト君は気が利かないわね」

 「ええ、わかっています。それでも……あえてお願いします」

 頭を下げるのを見て、イネスはBJする姿勢に入った。CCのきらめきがイネスを包む。

 跳んだ位置はほとんど変わらないとは言え、ボース粒子を見ては男も信用せざるを得なかった。例え、それがイネス・フレサンジュではないとしてもA級ジャンパーである事には変わりないのだから。

 「これで信じてもらえたね……それじゃ、がんばって。賞品は3つの命だ」

 カイトがにやりと笑う。まるで命を弄ぶ魔のように。

 男は腕時計をはめると、まるで恐ろしいものから逃げるように走って、廃ビルへ向かった。

 「やれやれ、あそこまで脅さなくていいんじゃないかい?」

 今まで沈黙を保っていたアカツキが、カイトの肩をたたきながら話しかける。

 「それより、アキトを呼びましょう。待ちくたびれてるでしょうから」

 カイトは手を上げ、アキトをBMWから呼び出す。

 「お、久しぶりだねテンカワ君。元気だったかい?」

 「ああ……」

 「おやおや、これじゃあエリナ君も苦労するはずだ」

 ぶきらぼうなアキトの挨拶につづいて降りてきたエリナを見ながらアカツキは苦笑した。

 「別に苦労してないわよ。別の方で苦労してるけど」

 エリナは顔を赤くしてアカツキに言い返す。

 「カイト、いったい何のようだ」

 2人のやりとりを無視するようにアキトの冷たい言葉が流れる。

 「さっきの人を見たね」

 「ああ」

 大きな声で話してはいなかったので、BMW内にいたアキト達には何を話していたのかは解ってはいない。

 「今回の訓練を伝えるよ。さっきの人を殺してくる事。時間は10分以内」

 「な、なにかんがえてんのよ!!」

 いきり立つエリナを不思議そうにカイトは見た。

 「唐突に人を呼んで人を殺せって。頭がおかしくなったと思われても仕方ないでしょ」

 「エリナさん、余人は黙っててください」

 ぴしゃりと言い切った。

 「今はアキトと話をしているんです。アキト、どうする? 今回に限り拒否権があるよ」

 「カイ……」

 「エリナ、少し黙ってろ」

 アキトにも黙っているように言われたエリナは力が抜けたようにその場にぺたりと座り込んだ。

 「もう一度聞く、やるかやらないか。どっちだ?」

 「肯定だ」

 「装備は?」

 「リボルバーとコンバットナイフだ」

 「先日カスタマイズしたやつか……予備の弾は置いていくように。ターゲットは1人だ」

 「わかった」

 アキトは腰のポーチに入っている予備の弾を地面にバラバラと捨てた。

 「一応、相手はプロだ。僕らの敵、火星の後継者とは無関係の人だけど、彼クラスが敵の最低ラインだと思ってくれ」

 「……」

 アキトの表情に揺るぎはなかった。

 「さあ、時間だ。アキト、生きて帰ってこいよ」

 アキトは廃ビルへ向かった。





 「エリナさん、立てますか?」

 カイトはアキトが廃ビルに入ったのを確認して、座り込んだままのエリナに手を差し出した。

 エリナはキッとカイトを睨みつけると差し出された手を叩き、自分で立ち上がった。

 「本格的に嫌われちゃったみたいですね」

 「あなた、自分が何やっているのか解ってるの?」

 「解ってますよ。アキトに、何も関係ない人を殺させようとしている」

 「あなたから軽々しく“人を殺す”なんて言葉が出るとは思わなかったわね」

 「軽々しく…ですか。そう、ですね。そうおも……」

 「だったら!!」

 パシン!!

 言葉を遮るように絶対に手を出さないイネスがエリナの頬をしたたかに打った。

 まるでししおどしの音が鳴ったあとのようにあたりがしんとした。

 「エリナさん、そうカイト君を責めるのは止めたらどうかしら。彼の人となりを全く知らないわけじゃないでしょ?」

 「知ってるわよ。だからよ!」

 「だったら、少しは察してあげたらどうなの」

 「そんなこと!」

 「2人ともいい加減にしてください!!」

 2人の争いにたまらなくなったカイトが大声を張り上げた。

 「今は、今は僕のとこなんかほっといてアキトが無事生きて帰る事だけを考えてください。ただ、アキトが死ななくてすむように」

 「そうそう。テンカワ君が帰ってこないと話にならないんだから。カイト君のことはひとまず置こうよ。今できる事をしようよ」

 アカツキの締めの言葉で熱くなった2人は冷静になれたのか、これ以上言い争わず離れた。

 「ナガレさん、助かりました。あの2人が言い合うのは見てて、心苦しかったですから」

 「なら、止めればよかっただろ」

 「止める資格なんて無いですよ。今は、アキトがどうなっているのかを考えるので精一杯ですから」

 「そのテンカワ君だけど、大丈夫なのかな?」

 不安げなアカツキの問いにカイトはチェーンを通した指輪を握りしめて答えた。

 「大丈夫です。アキトは死にません」





 俺が人を殺すのか。

 何も関係ない人を。

 手に持つものを包丁から銃へ変えて。

 そこまでする意味は?

 常にあいつが聞いてきた事だ。

 おそらく、誰よりも人を殺める事に長けていて、嫌っているやつ。

 あいつは何を思っているのだろう。

 堕ちるという意味。

 おそらく、テンカワ・アキトである限り解らないのだろうな……

 ターゲット・インサイト

 あとは堕ちるのみ





 ドンドンドンドンドンドン

 銃声が6度響く。

 皆の視線が廃ビルに向かう中、カイトだけが視線を向けず、指輪をいじっていていた。

 「カイト君、あの音はどっちの音だい?」

 「アキトのリボルバーですよ。あの口径ではなれてない分、音がこもるんです。あ、エリナさん、行っちゃいましたね」

 カイトとアカツキが話をしている間にエリナは走って廃ビルへ向かっていた。

 「さてと、テンカワ君が勝ったみたいだから僕は帰るとしよう」

 「ご苦労様でした」

 「ドクターはどうするのかい?」

 「私はもう少しいるわ」

 イネスの返事を聞いたアカツキは軽く手を振って、乗ってきたベンツに乗り込み去っていった。

 「カイト君、見に行かないの?」

 「少しだけ行ってきます。仕上げをしなくちゃいけないですから」

 そういうとイネスを残してカイトも廃ビルへ向かっていった。





 胸がむかむかする。血の臭いか……かぎなれたと思っていたがな。

 アキトは隣で血まみれになって倒れている男を一別するとふらりと立ち上がった。

 さむい……こんな感じは、久しく忘れていたな。

 はっきりとしない足取りで出口まで歩いていく。

 キィィィ

 開いた扉の前にはエリナがいた。

 「アキト君、大丈夫なの?」

 「見ての通りだ……」

 前に歩こうと思ったが、アキトの身体は思うように動かず、前のめりに倒れこんだ。

 「アキト君!!」

 「大丈夫だ!」

 あわてて駆け寄り抱えるエリナ。

 さむい、寒くてたまらない。

 「いったいどうしたの。撃たれたの?」

 「別に何でもない!」

 これが人を殺すと言う事か……あいつが、言いたかった事なのか。

 「そうだよ、アキト」

 顔を上げた前にはカイトが銃を突きつけて立っていた。

 「どうやら、殺せたようだね」

 「あ、ああ」

 さむい……

 「どう、初めて人を殺した感想は?」

 「何ともない。人の死ならいくらでも見てきたからな」

 「なら、何故震えているんだい? テンカワ・アキト」

 「なん…でもない」

 カチャリ 

 カイトの持つ銃の撃鉄が上がる。

 「そっか。さよなら、テンカワ・アキト。いらっしゃい、新しいテンカワ・アキト」

 ドォォン

 銃声があたりに響き渡る。

 アキトは憑き物が落ちたように安堵した顔で気を失った。

 「アキト君、アキト君!?」

 撃たれたと勘違いしたエリナはアキトを揺さぶる。

 「アキトは死んじゃいませんよ。ただ、眠っているだけです」

 カイトは銃を懐に収めると代わり指輪を取り出しいじった。

 「カイト君、いったいアキト君に何をしたの?」

 「過去の、優しいアキトを殺したんです」

 「何で、あなた達はそこまでするの?」

 エリナの目尻に涙がたまる。

 「しなきゃ、死んでしまうから」

 「あなたの恩人で友達でも?」

 「だからですよ」

 吐き捨てるように言うとカイトは背を向けた。

 「あなたは……」

 カイトは歩みを止めなかった。

 「あなたは悪魔よ!!」

 「そうですよ」





 カイトがベンツの中にはいるとイネスがそこで待っていた。

 「前に帰っていればよかったのに」

 「ここから、君を1人で歩いて帰らせる程、薄情じゃないわよ」

 「ありがとうございます」

 クッションの効いた座席にカイトが座るのを確認すると運転手はベンツを出した。

 イネスは密談用のシャッターのスイッチを押して前部座席に音が漏れないようにした。

 「深くは詮索しないけど、よほど辛かったのね」

 「な、何を言ってるんですか。別に辛くないですよ。そうしないといけなかっただけですから」

 「なら、何故泣いてるの?」

 「えっ?」

 カイトは指摘されて目元に手をやって初めてわかった。自分は泣いているという事に。

 「おかしいな。何も悲しくないのに。何も辛くない……のに」

 「……泣くのは恥じゃないわよ。耐え続けるよりはいいわ」

 イネスはカイトの涙を指で拭いた。

 「……ちくしょう……ちくしょう。なんで、なんで、アキトを。あんな世界に……。もっと、僕に力があれば……アキトも、イツキも、ユリカさんだって……」

 流れるのを忘れていた涙は堰を切ったようにとどまる事を知らなかった。






 誰を悲しませようと……俺はもう、引けない。









 娘達の雑談会

 ルーシア:やっとこかんせい第1話。う〜ん、長すぎます。1ヶ月と約20日。

 ルリ:ほんと1ヶ月ですませるんじゃなかったんですか?

 ルーシア:そうらしいですけど、ずいぶんと長くなっちゃいましたから。いつもより10ページぐらい長いですから。

 ルリ:それにWordが壊れて立ち上がらなくなったのもあるらしいですね。

 ルーシア:相変わらず、へっぽこですね。

 ルリ:だから、こんなにのびたんですね。

 ルーシア:さてさて、背後さんの近況はこのくらいにして。今回は狭間で悩む2人+2人です。

 ルリ:……前の2人は解ります。カイト兄さんとアキトさんですよね。あとの2人は誰なんですか?(怒)

 ルーシア:ほぇぇぇ。わかんないんですか?

 ルリ:だ・れ・な・ん・で・す・か?

 ルーシア:わかってるんならそんなに怒らないでくださいよぉ(涙)

 ルリ:よーするに、あの2人は浮気相手であり、不倫相手なんですね?

 ルーシア:それってちょっと言いすぎなんじゃ……

 ルリ:いいえ。娘として妹として見逃す訳にはいきません! ここでうまくすれば2人からの好感度もアップです。

 ルーシア:何時から策士になったんですか……

 ルリ:いいんです、そんな事。さあ、次回の予告に入りましょう。

 ルーシア:(う〜ん。ここをでちゃうとここでの記憶は封されちゃうんだけど大丈夫かなぁ)えっと、次回ですね。あ、これですよ。

 ルリ:次回、機動戦艦ナデシコ  〜 acastaway 〜  第2話

 ルリ・ルーシア:『久しぶりだな』

 ルーシア:なんだか、再会みたいですね。





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