機動戦艦ナデシコ

第三部 a castaway




プロローグ 「君はそれでいいのかい?」



ここ、ネルガル会長室ではカイト、アカツキ、プロスペクター、ゴートの四人がお茶をしていた。
「この羊羹は美味しいですね。どこのですか?」
「たしか、村沢だったよね、プロス君」
「ええ、村沢さんよりの品です。本当は柿羊羹を入れる予定でしたがあいにく品切れとの事で」
「それは残念だな。まあ、取り敢えずまた今度って事で」
今日集まったのは先日あったイツキ誘拐の事についてなのだが、その緊張感を全く感じられない程和んでいた。
いや、その緊張感を隠すために和んだふりをしているのだろう。
誰一人として目が和んでいなかった。
羊羹も食べ終え、湯飲みの中のお茶も減ったときに今まで沈黙していたゴートが口を開いた。
「カザマ・イツキの行方ですが、調査のすえ、まだネムロシティー近辺にいる可能性が高いと出ました。おそらくはそこから飛行機をチャーターしてアメリカ州へ渡るものと思われます」
「詳しい場所は?」
「はい。前大戦時に放棄された基地が市内より20kmほど離れたところにあります。年末から年始めにかけてから人を見たという証言がありましたからほぼ間違えないでしょう」
「配置はどうなっていますか?」
「午後には配置は完了します。ただ、敵の規模がわからないため不安材料がないとはいいかねます」
プロスペクターとゴートが状況報告をしているのにもかかわらず、カイトはのんびりとお茶を飲んでいた。
「カイト君、余裕だねぇ」
少し呆れた表情でアカツキは言った。
「まあ、今更あわててもしょうがないですよ。ここはゴートさん達の手腕を信用するしかないんですから」
「おやおや。一度失敗したのに信用してくれるんだ」
ひょうひょうとはしているが、瞳には自虐が浮かぶ。
「別にシークレットサービスが失敗した訳ではないでしょ。僕がへまをしただけです。あんな単純な罠にかかった僕が悪いんですよ」
カイトは気落ちしないようにと微笑む。まるで、総ての罪は自らにあるように。
「さてと、起こってしまったものは仕方ない。今考える事はこれからどうするかだ」
珍しく真面目な顔をしてアカツキは手を組み、あごを乗せた。
「まあ、取り敢えずはその廃基地へ殴り込みに行く、ですか。予定はどーなってます?」
「明朝に襲撃予定だ」
「朝駆けですか。今から現地に飛んで一眠りは出来ますね」
「余裕だね、カイト君。寝過ごさないでくれよ」
「はははっ。それはないですよ、今からどうやって利子を付けようか考えてるんですから」
まるで死神に頬を撫でられたような冷たい言葉が流れる。
「あれ、どうしました?」
カイトは三人の冷や汗に気付いているのかいないのか、いつものぽややんとした表情で尋ねる。
「いや、なんでもないよ。さて、プロス君とゴート君は前に現地に行っていてくれ。僕はもう少しカイト君と話がある」
「それでは失礼します」
プロスペクターはそう言うと席を立ち、寡黙なゴートは一礼して部屋を出ていった。
ぱたんっ……
二人だけ残された部屋には静寂とぴんっと張りつめた緊張の糸だけがあった。
「ナガレさん、お茶のお代わり入りませんか?」
「そうだね。貰おうか」
急須から湯飲みへお茶が流れる音だけが流れる。
つぎ終わってからしばらくしてアカツキはお茶を一気に飲み干す。
「さて、カイト君。今回のミッションだけどいきなりで大丈夫かい?」
「さあ、どうでしょうか。やっぱり不安ですね、リハビリもなしにそう言う事をするからやりすぎちゃいそうで」
アカツキは冷や汗が止まらなかった。過去にカイトを敵に回したくないと思ったが、そのときにはどうしてかはわからなくただ漠然としてだった。しかし、今ほんの少し話しただけでわかった。目の前にいるミナヅキ・カイトという人物は敵に回せば必ず悪夢を見せさせられる。それだけの実力を秘めている。
「あ、そうそう。今回の人事は助かりました。ほんと、実はどうしようかと悩んだんですよ。いきなり失踪する訳にもいかないし。ありがとうございました。でも、どうやってコウイチロウさんを丸め込んだんですか?」
「ミスマル指令もお台所が大変だからねぇ。そこで交換条件を出したんだよ。どのみち君はこっちでテストパイロットをして貰う予定だったし」
「ドナドナみたいに売られたんですか。なんとなくキロいくらか知りたいような知りたくないような」
カイトは普段通り笑って言う。だが、アカツキはその瞳の奥にある残忍さが見えた。今までのカイトでは決して見えなかった暗い光。
そこでアカツキは間違えに気付いた。カイトはナデシコに縛っておくべきだったと。もはや、ここにはカイトを留めておくためのものはない。イツキはしかり、ルリすらいないのだから。
(僕はもう1人修羅を生み出す手伝いをしているのか?)
表情には出してはいないが思考が深く沈んでいく。
「あれ、もう時間か。さてと、そろそろいきますね。さすがに初ミッションで遅刻はやばいですから」
「そうかい。気をつけては、愚問か」
「そーですね。無茶しますから。茶菓子、ありがとうございました」
そう言うとカイトは立ち上がり部屋を出ていこうとするが、ドアを開けて立ち止まる。
「そうそう、一つ言い忘れてました」
「なんだい?」
「別に気にしないでください。ナガレさんが悪い訳じゃないんです。つまらないミスをした馬鹿がそのつけを払いにいくだけなんですから。ただ……感謝します」
カイトは振り向くと優しく微笑んだ。昔と同じように。そして、昔とは変わったように瞳だけは悲しく。
ぱたんっ
「カイト君……」
アカツキはカイトの立ち去ったドアをしばらく見ていたが、ソファーに身体を投げ出す。
「君はそれでいいのかい?」
ネクタイを緩め、天を仰いだ。



夕日もすぐに暮れそうな時間、ネムロシティーのはずれにあるとあるホテルの一室にカイト達は集まっていた。
「先ほど部下から新しい情報が入った。敵の規模は40〜50人程。そのうち、7割程は重火器で武装している。近辺には光学センサーや赤外線センサーなどと明らかに放棄される前の基地にはなかった装備がある」
「かなりの重装備ですな。増員を考える必要があると思いますが、これ以上時間をかけるのも……」
プロスペクターはちらりとカイトの表情を伺う。
当のカイトはぼんやりと窓から夕暮れの街を見ていた。
「カイトさん?」
「……あ、どうかしました?」
「何か珍しいものでも見えましたか?」
「別に。そろそろ、みんな家に帰る時間なんだなって」
カイトは振り向いて二人を見るとはにかんだように笑った。
「で、どーするんですか? 僕はどっちでもかまいませんけど」
「いえ、このまま決行します。どのみち、これ以上時間をかければ相手が有利になるだけです。それにアメリカ州へ逃げられれば、我々では追うのが難しくなります」
「そんじゃやりますか。やりたい人だけで」
そう言うとカイトは立ち上がって部屋を出ていこうとしたが、ゴートが引き留める。
「ミナヅキ、どこへ行くつもりだ。作戦時間までまだあるぞ」
「ちょっと遊びに行こうかなって思っているんですけど、いいですか?」
普段、表情を変えないゴートだが、さすがに表情に呆れが浮かぶ。
「やっぱだ……」
「いえ、行ってもかまいませんよ。ただし、時間に遅れないように」
「ミスター!」
ゴートの表情が驚愕に染まる。プロスペクターからの言葉とは信じられなかった。
カイトは頭を下げると部屋を出ていった。
「ミスター。何故許可をしたのです」
カイトが部屋から遠ざかったのを確認してゴートがプロスペクターに詰め寄る。
「ゴート君、気付きませんでしたか。あの人があまりに穏やかな事に」
「いや。別に普段と変わらないと思ったが」
「失礼。ゴート君はあの日のカイトさんを知りませんでしたな」
プロスペクターは立ち上がると先ほどまでカイトが外を見ていた窓から街を見下ろした。
ホテルからカイトが歩いていくのが見える。
「あの人はのうのうとしていて人を驚かしたり、楽しませたりするのが好きな人です。ですが、その裏には深く暗い感情が渦巻いていますよ。我々には人なつっこい表の顔しか見せていません。何も起こらねばよいのですが……」
「まさか、独断専行を!?」
「いやいや。さすがのカイトさんでもあの規模の敵に一人でつっこむという事はないでしょう」
「まあ、それもそうだな」
安心しているゴートを後目に、プロスペクターの心中は穏やかではなかった。
カイトは紛れもなくこういった事のプロだろう。同類の匂いとでもいおうか、そういった風格がある。これはゴートも納得している。おそらく、あの日のカイトを見なかったらゴートと同じ考えだっただろう。あの日、イツキのさらわれたあとのカイトを。
今思い出すだけでも冷や汗がでてくる。先ほど会長室で聞いた冷たい言葉など比較にならない。
「ふぅ……今回の任務、無事にすむといいですが」
夕日はビルの谷間に消えていった。



丑の刻の真ん中にかかろうという時間。プロスペクター達は廃基地より1キロ程離れた場所で待機していた。
『遅い。ミナヅキは何をしているのだ!』
「ゴート君、声が大きい。仕方ありません、我々だけで行くとしましょう」
インカムから聞こえるゴートのいきり立つ声を制止ながらプロスペクターは自分のチームに指示を出す。ゴーサイン。
(カイトさん、時間にはルーズじゃなかったはずですが。どこかで指示を間違えましたか。それとも……)
カイトがホテルから出ていったあとプロスペクターは念のために部下の1人に尾行させたが、簡単に巻かれてしまい行き先不明になっている。
(いけません。もう作戦は始まっているのです。カイトさんの事は後回しに)
どのみちカイトの役目は陽動チームの1人であったので人手的には困ってはいない。
部下達がゆっくりと前進していく。ほかのチームも行動を開始している。だが、後回しにと思いつつも不安がぬぐえない。
ぱぱぱっ
低い銃声があたりに響く。
「αリーダーより各リーダー。交戦状況に入っているのですか?」
『βリーダーだ。まだ、交戦エリアに進入していない』
『σリーダー。βと同じ』
まだ、銃声は鳴りやまない。
見た訳ではないが、確信は持てた。
「ジョーカーが交戦に入っている可能性があります。各エースのみで速やかに前進。あとのものは撤退準備を」
『どういう事だ、αリーダー!!』
「とにかく、指示に従ってください!」
珍しく有無をいわせないように怒鳴るプロスペクター。
バン!!
ひときわ大きな銃声が響くと総てが静寂に戻った。
プロスペクターは走った。まさかという思いでいっぱいだった。しばらく走り、夜目にも廃基地がしっかり見えるところまで来ると唐突に廃基地が爆発した。
素早く、爆風から身をかばうために地に伏せた。
伏せたとたん熱風が通り過ぎる。
「プロスさ〜ん。かくれんぼですか?」
プロスペクターが顔を上げると所々に返り血と擦り傷、対戦車ライフルを担いだカイトが初めてあった頃よりもすこし長くなった髪を揺らしながらいた。
「か、カイトさん……?」
「一応、足はついてますよ。う〜ん、どうやら早く来ちゃったみたいですね。2時スタートじゃなかったんですか?」
「困りますね、3時スタートですよ、カイトさん」
「あはははっ。勘違いしてたんだ。相当焦ってたんだな」
カイトは片手で対戦車ライフルを担ぐとプロスペクターに手をさしのべる。
プロスペクターはその手を握り立ち上がる。
「いやはや。焦る気持ちはわかりますが、こういう事は今回だけにしてもらえますかな?」
「すみません。猛反しています」
ぺこぺことカイトは頭を下げた。
『ミスター、さっきの爆発はなんだったんだ?』
プロスペクターのインカムにゴートからの通信が入る。
「任務は完了です。ジョーカーも見つかりました。成果は戻ってからにします」
『……了解』
インカムをオフにするとポケットの中にしまう。
「カイトさん、その様子だと居られなかったようですな」
「ええ。どうやら、僕が動いたのがばれたようです。お昼頃に跳べる人たちが来て運んじゃったらしいですよ」
そう言うとカイトは困ったように頬をかいた。
「さってと、お姫様はどこに行ったのかな。あんまり遠くに行ってると浮気しちゃうぞ」
対戦車ライフルを抱え直すと轟々と燃えさかる基地を背に歩き出した。



僕は扉をくぐった、二度と明日に戻れない扉を……





娘達の雑談

ルーシア:ダークなスタートを切りました、第3部。今回からあとがきゲストには背後さんじゃなくて電子の妖精テンカワ・ルリさんをお呼びします。ルリさん、どうぞ♪
ルリ:どうも、こんにちは。ルリです。
ルーシア:あ、今日は暴れないんですね。
ルリ:どういう風に私を見ているんですか!
ルーシア:だ、だって……暴れているところをよく見るから……
ルリ:私は冷静沈着なんです。それに暴れるのは周りにいた人たちの悪い影響で私のせいではありません。
ルーシア:(話題変えなきゃ、ページもあんまり無いし)さてさて、第3部、別名黒の章と呼ばれるシリーズが始まりました。プロットを見る限りルリさんの出番ってほとんど無いんですよね。
ルリ:と言うより、ほとんどの表側の人たちはでてきませんよ。
ルーシア:表の人に気付かれたらルリさんまで筒抜けになるじゃないですか。
ルリ:……はぁ。仕方ありませんね、本編で気付いたらしっかり尋問します。
ルーシア:それでは、次回は?
ルリ:次回のステージは月面。カイト兄さんが月面で見たひとは変わり果てたあの人だった。
ルーシア:次回、機動戦艦ナデシコ  〜 a castaway 〜  第1話。
ルリ・ルーシア:『あなたは悪魔よ!』
ルリ:カイト兄さん、あんた何やってんの?



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