カイトは探偵の女性からもらった写真を見て唖然とした。
写真の中央には丸いクレーター状のものがある。これが戦地なら何ら不思議に思わなかっただろが背景にあるのはごく普通の街中だった。
「この写真はミナヅキさんに依頼されていたミシシッピー河での事件があったすぐ近くです。調査員が戻ってこない事を考えるとおそらく……」
「消されましたか。それもかなり大きな魚を釣ってしまったから」
沈痛な思いで二人とも顔を伏せる。何らかの妨害が入る事は予想していたが、こうも直接的な手段でるとは思っていなかった。
「こちらとしては申し訳ありませんが、これ以上は手を引かせてもらわざるを……」
「それは当然ですよ。こんな事をされちゃあ、これ以上頼むのは気が引けます。これを。今回の依頼料と心ばかりですが香典代わりです」
カイトはそう言ってマネーカードを差し出す。
「そんな。受け取れませんよ」
「いえ、受け取ってください。無茶を言った分ですから」
そう言って女性の手を取るとカードを握らせる。
「……解りました。依頼料は受け取ります」
「いえ、今までありがとうございました」
女性はカードをバックの中に入れて頭を下げると帰っていった。
「さてと、エリナさんに問いただすしかないか……」
第六話 開かれる扉
アカツキ・ナガレは会長室でのんびりと椅子にもたれかかっていた。ここ最近、ろくでもない事が多いので仕事時間に会長室でサボるのは密かな日課になっていた。
しかし、その時間は大抵ろくでもない事によって破られる。
「おやおや、またサボりですか、会長。敏腕秘書が居ないからとは言え、そうそう遊ばれては困りますな」
プロスペクターはその日課を知っているので、平然とノック無しで入ってくる。
「会長秘書室所長の君が言うなかな。で、なんのようだい?」
「ウォン月面支部宇宙事業開発本部長から通信が入っています」
アカツキの目が鋭くなる。事の重大さを悟ったのだろう。
「解った、繋いでくれ」
プロスペクターはうなずくとエリナとの回線を繋ぐ。
『会長、予想通りカイト君がやってきました。指示通り居留守を使いました』
エリナは焦っているのか、前置きもなく用件を話した。
「ごくろうさま」
『何故居留守を使わなければならなかったの!』
アカツキのどうでもよさそうな返事についエリナは怒鳴ってしまう。
「そりゃ、エリナ君……君だとばらしちゃうでしょ」
『ばらせる訳ないでしょ、あんな事!』
「だめだよ。君がばらす気がなくても彼が話す気にさせちゃうからさ」
『これでも私だって!』
「彼を甘く見ちゃだめだよ、エリナ君。彼はそこを、甘さを容赦なく突いてくるから」
アカツキは軽く息を吐くと手を組み、少し顔を伏せた。
「ともかく、エリナ君には王子様とお医者様を預けてるんだからそっちに専念してくれ。彼はこっちで何とかするよ」
『……わかりました。それでは失礼します』
エリナは頭を下げると通信を切った。
「さすがに"王子様"を出すと素直だねぇ」
アカツキは戯けるように肩をすくめる。
「笑い事ではありませんぞ、会長。事実、任されているエリナ女史にはかなりの負担になっているはずですから」
「だから、彼はこっちで何とかするんでしょ。まあ、三人セットだけどさ。さて、彼との会談のセッティングはどうかな?」
「彼の方は何時でも構わないでしょうが、問題はこちらのスケジュールでしょう。まあ、クリスマス明け頃と言う事になるでしょう」
「わかった。それじゃ、もういいよ」
アカツキは帰れ帰れと言わんばかりに手を振った。
「はい、それでは失礼いたします」
プロスペクターは頭を下げて部屋を出ようとしたが、アカツキが呼び止める。
「プロス君、彼らの警備は万全だろうね……」
「ベストを尽くしています、ハイ」
24日の繁華街となれば、完全なクリスマスムード。あたりには恋人と中むつましく腕を組んでいたり、家族連れやプレゼントを買い忘れてあわてて駆け回っている人などで賑わっている。一部の男達は積み上げられたプレゼントを人混みの中、苦労しながら運んでいた。まっ、この男も例外ではない。
「ふ、二人とも。なんでこんなに買うのさ……」
カイトは両手の上に容赦なく載せられたプレゼントの山を見ながらぼやいた。
「あ、ルリちゃん。あそこの店にかわいい服があるらしいわよ。行ってみる?」
「イツキさん、これ以上服を買わなくてもいいんじゃないですか?」
「だめだめ。ルリちゃんは元が可愛いから何でも似合うけど、いざというときのためにある程度のレパートリーがないと困る事になるわよ。それに、最近身長がまた伸びたでしょ」
「はい。でも、今買ったのだけで十分だと思いますけど」
「人の話、聞いちゃいないよ……」
カイトはミナトとユキナからもらったガイドを見ながら話す二人を呆れながら見ていたが、まんざらいやな気分ではなかった。
つかみ所がなくてふわふわしているけど、平和って事なんだろうなぁ。でも……予想が間違ってなければ……やめやめやめ。せっかくルリちゃんも立ち直ってるんだし、こんな時に不安がらすような事を考えるのはやめ。今日は楽しいクリスマスだ。
カイトがいやな考えを振り払うように頭をふっていると店から箱を抱えたイツキとルリが出てくる。
「思ったより、いいのがありましたね」
「ここら辺の趣味の良さはさすがミナトさんね」
「おーい……って、人の話聞いてないね」
「ちゃんときいていますよ。荷物持ちご苦労様です」
「ほんとうにカイト兄さんがいて助かりました」
にこやかに微笑みながら、イツキとルリはカイトの腕の上にさらに箱を乗せていった。
「どうせそんな役ですよ……あれ、二人ともその指輪とネックレスは?」
普段、イツキとルリは貴金属をつけないので珍しかった。
「まったく、おぼえてないんですか?」
ルリが怒った風にカイトを睨む。
「あ、そっか。あの時プレゼントしたやつか。普段、そういうものを着けないから何となく違和感、感じてたんだ」
「ほかの女性なら気付いて、なぜ私達のは気付かないのかしら?」
「何となくかな。内面的なのはすぐわかるんだけど、二人ともそういうのをしないでも十分綺麗だから」
カイトは困ったように微笑んだ。そのほほえみを見てルリは頬を赤く染めたが、イツキはカイトと同じように困ったように微笑んだ。
「内面的な事を気付いてくれるのは十分うれしいのだけど、外見も綺麗にしようとしている努力も気付いてくださいね」
「今度から気をつけるよ。さてと、ふたりともそろそろ買い物は終わりにしないとミナトさん達が待ちくたびれる時間になるよ」
「そうですね」
「そうね」
そういうと二人はカイトの横に寄り添う。
「こらこら、これじゃ歩きにくいじゃないか」
「良いじゃないですか、クリスマス・イヴなんですから」
「それに雪が降ってきたから寒いのよ」
空を見上げると白い雪がひらひらと舞っていた。これからの道が白く綺麗であるかのようにきらきらと。
クリスマス・イヴという事で過剰なライトアップは避けられ、静かな夜。空からは白い粉雪がしんしんと降り続いている。
その中を傘ひとつでカイトとイツキが寄り添って歩いていた。
「今日は珍しくべったりと甘えるんだね」
「可愛いサンタクロースからの贈り物だからよ」
イツキはそう言うとより一層カイトの腕を抱きしめる。
「こ、こら。そんなにくっついちゃ歩きにくいじゃないか」
イツキのひとつひとつの動作に愛らしく、カイトは顔が熱くなるのを感じた。
「くすっ。どうして私だとそんなに顔を赤くするのかしら? ルリちゃんと一緒の時は照れてなかったのに」
童女のような笑みを浮かべる。
「あのね。それとこれとは違うでしょ。イツキはその……こんな恥ずかしい事言わないよ」
カイトはぶっきらぼうに言うと真っ赤になった顔を背ける。
「ほんと、ルリちゃんには感謝しなくっちゃ。けど……くすくすっ」
イツキはそのときの情景を思い出して吹き出してしまう。
「そこまで笑っちゃ可哀想でしょ。まあ、あそこまで酔っぱらってハイになったルリちゃんはまれにしか見れないだろうけど」
「でも、あれはあれでかわいらしいと思うわよ。"イツキさん、カイト兄さんをさっさとらちって行っちゃってください。お邪魔しませんから、おほほほっ!!"まだ、さまにならないけど、最後の高笑いなんか将来有望ね」
「兄としちゃあ、そんなもん有望でなくってかまわないんだけど……」
「くすっ。でも、どうしてかしら、ルリちゃんの話になっちゃうわね」
「それだけ、僕たちにとって大切な娘って事でしょ。家族なんだし」
「そうね、始めは受け入れてもらえるか心配だったけど、ルリちゃん、いい子だったから」
「まあ、今日はそのご厚意に甘えようよ。あんまりうだうだしてると凍えそうだ」
「そのわりには鼻の下がのびていますけど……はぁ。帰るのやめようかしら?」
「それはないでしょ」
「うふふっ」
言葉ではこう言いつつも笑っているところをみるとイツキまんざらではないらしい。
『ぴぴっ』
いい雰囲気の所をカイトのコミュニケの電子音が邪魔をする。ただの呼び出しなら居留守を使うところだが、秘密回線の呼び出し音となれば別である。
カイトは器用に片手でコミュニケのイヤホンを取り出し耳に付ける。
『シキュウ、ゴゴ十一ジニキタコウエンニコラレタシ プロス』
おかしいな……次の連絡はクリスマスの午後のはず。何か急ぎのようでも出来たのかな。
カイトの思案顔をみたイツキはそっとカイトの腕を離す。
「なんの用事かわからないけど、急ぎのようなのでしょ? 行ってらっしゃい、でも早く帰ってきてね。待っているから」
「そりゃ急いだ方がいいけど。どんな内容か聞かないでそんな事言っていいの?」
「あなたがそんな顔をするときは必ず重要な事があったとき。だから、早く行って早く用事を済ませてきてね」
「ここまであっさり言われると喜んで良いのやら悪いのやら。まっ、さっさと済ませてくるよ」
カイトは頬をかきながら持っていた傘をイツキに手渡す。
「それじゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
イツキはカイトの姿が見えなくなるまでその後ろ姿を見送った。
春から秋にかけては夜のデートスポットとしてカップルの一つや二つはいる北公園だが、雪の降る冬とあって人気はなかった。
新雪という絨毯で敷き詰められた北公園にカイトは足を踏み入れる。時間はジャスト。
「プロスさん、遅いな。あの人の性格から考えて、遅れるのは考えにくいんだけど……うぅぅ、さむいなぁ」
しばらく待ったあと、カイトは頭の上に降り積もった雪を払い落とす。
後ろを振り向くと自分の足跡が少しずつ消えかかっていた。よく見るとその先から走ってくる人物がいる。みているといつもの赤いチョッキを着たプロスペクターだった。
「はぁはぁ。すみません、カイトさん。ご指定の時間に遅れて」
相当急いできたのかプロスペクターの息は荒かった。
「いえ。で、急ぎのようってなんです? 出来れば早く終わると良いんですけど」
「おや。私はカイトさんに呼ばれてきたのですが?」
二人の目が点になる。
「またまた、冗談でしょ。あの話が前倒しになったんじゃないんですか?」
「あの話には明日、予定をお教えする事になっていたはずですが?」
「じゃあ、誰です。僕らをここに呼んだ……まさか!!」
カイトは反射的に駆けだした。カイトの行動にプロスペクターは一瞬、驚くが一緒に駆けりだす。
「いったいどうしたというんですか?」
「プロスさん、今ルリちゃんの護衛は誰がついてます?」
「ゴート君ですが、それが?」
「っ。僕らの担当はプロスさんでしょ。それを知っててこう呼び出した。奴らのねらいはイツキですよ。帰還者、古代火星人との接触者、S級ジャンパーのカザマ・イツキですよ」
「なっ!! いや、しかし、警護の黒服もいますからそう簡単に」
「相手は知ってて僕らをイツキから離したんですよ。僕らがいなければやれるって自信の現れですよ」
二人はさらに足を速めた。
イツキは積もった雪を傘でくるくると回した。傘の上にとどまれない雪が月明かりにされ銀色に輝きながら舞う。
曲がり角をあと一つ曲がると宿舎の所で足が止まる。
「よこしまな気を振りまいていれば隠れていても無駄ですよ。でてきなさい!」
ばさっと傘を畳む。傘に付いている雪が、剣のように輝く。
「ほぉ……我が気を見切るとは。さすがは"作られしモノ"のつがいよ」
影より編み笠の男が現れる。表情は暗くて見えないが義眼であろうか、赤い瞳だけが不気味に浮かぶ。
「ただの痴漢、ストーカー、物取りなら失せなさい! それとカイトをそんな名で呼ばないでください!!」
イツキの視線が鋭く赤い瞳をにらみ返す。
「くくくっ。そのようなゴミと一緒にしないでもらおうか。我が名は北辰。汝は我々の結社のラボにて、栄光ある研究の礎になるがよい」
「遠慮します。私には帰るべき所があり、今は待つべき人がいます」
「くくくっ」
北辰は雪の足場をものともせず、突進してくる。
イツキは突進してくる北辰を見据え、畳んだ傘を額めがけて突き出す。
がしっ!!
「ほぉ……ためらいのない一撃、見事」
北辰は額に当たる寸前に傘をつかみ取る。
イツキは傘を引き戻そうとしたが、傘がぺきぱきと悲鳴を上げたので断念した。
再び間合いを取る二人。
「滅」
「はっ!」
互いに気合いの入った一撃を繰り出す。イツキは格の差を少しでも埋めるために、北辰は勝利を確実にするために。
「くっ……」
「未熟」
北辰の拳がイツキのみぞおちに入る。そのままゆっくりと崩れ落ちる。
「隊長、お見事です」
ネルガルの黒服を片付けていた北辰の部下が現れ賞賛する。
北辰は気絶しているイツキを抱え上げる。
しかし、下せんな。"作られしモノ"と対峙するなと……ヤマザキめ、我らを見くびっているのか?
賞賛する部下を後目に北辰はカイトと対決できなかった事に苛立っていた。
無論、戦った場合この住宅街でそれ相応の騒ぎになりうやむやになるかもしれないが、負けるなどとは思っていないからだ。
「任務は完了した、これより帰還する」
雪をかき分け、部下が北辰の周りに集う。
「……ちょ」
「まてぇ!! その汚い手からイツキをはなせぇぇ!!」
ショートカットしてきたカイトは屋根の上から北辰を睨む。いや、自分からイツキを奪う総てのモノを碧き瞳で睨む。
屋根を走り降り飛びかかるカイト。その碧い瞳は北辰に久しく感じていなかった恐怖を思い出させた。顔が恐怖に歪む。
「ちょ、跳躍!」
ずざざざぁぁ……どかっ!!
カイトの伸ばした手はわずかにとどかず宙を切り、地面を転がり塀にぶつかって止まった。
「かはっ……はあはあ……ちくしょぉ…………ちくしょぉ……」
カイトは痛む肩を押さえながら立ち上がった。そのとき、肩から何かが滑り落ちた。
雪に埋もれた何かを拾う。イツキの指輪だった。
「くくっく……はははっ……」
カイトは指輪を強く握りしめた。握りしめた手の隙間から血が流れる。
「……カイトさん。その様子では」
遅れてきたプロスペクターが現場を見て、総てを察する。警護に当てていた黒服からの連絡がない事から推測できたとは言え見るに忍びがたかった。
しかし、一向に動かないカイトをそのまま放置しておく訳にもいかず声をかけようと一歩前に踏み出そうとしたが、踏み出せなかった。プロスペクター程の人物ですら踏み入る事を許さない程の殺気がカイトから発しられていた。
な、なんという殺気ですか。これがカイトさんの放つ気ですか、信じられませんな、いつもおだやかな方がこれほどまでになられるとは……
ちらちらと舞う雪もカイトを避けているように見える。
「さってと、こんなところで怒っても仕方ないか。う〜ん。しかたない、プロスさん。今からナガレさんの所に行っていいですか? せっぱ詰まっちゃいましたから」
カイトの何ごともなかったような声が今まで場を硬直していた殺気を霧散させる。まるで、深夜に友人宅に押し掛けて悪戯しようと言っているような声だった。
だが、プロスペクターはその変わり様についていけず、硬直は解けなかった。
「おーい。プロスさん。早く行かないと雪で埋もれちゃいますよ」
カイトはぽんっとプロスペクターの肩をたたいて通り過ぎた。
それはとても自然で透明で、夢か幻かそれとも現実か、区別の付かないモノだった。
「あーあ。まったく、僕はサンタじゃ無いというのに。ましてや、一番大事なものをあげる程お人好しじゃないっての」
白い息とともに独白は冷たい空に消えていった。
あとがきというか……なんか?
ひ〜ろ:エピローグにしては短いし、一応ここで区切らないと中途半端になりそーなので区切りました。終わり。
ルーシア:あの……根性の話はどーなったんですか?
ひ〜ろ:…………
ルーシア:思いっきりばくれましたね。
ひ〜ろ:まだ、がんばってるんだからよ。勘弁して。ほんとに次がエピローグで終わるから。
ルーシア:はぁ。こんな情けない背後さんですけど、がんばってるので見捨てないでくださいね。わぁ、とーじょー人物さん達は次には出れますから、でてこないでくださーい。次が進まないんですぅ。
がたんごとんという扉を後目に閉幕(笑)
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