「ふぅ。今、"彼"に感づかれるとやっかいだねぇ」

 逆光で表情までは分からないが男はそう言うと手に持っていた書類を重厚なデスクの上に放り投げる。

 「いやはや。完全に気付かれるのは時間の問題ですな。今まで時間がかかったのもひとえに"スーパーコンピュータ・オモイカネ"が使えなかっただけですからな。使われたら一瞬です」

 「さすがにそれは使えないだろうねぇ。使えばさすがの"彼"でもバレバレだもの」

 「では、いかがされますか?」

 「困ったねぇ……」

 「"彼"にとってはいずれ身にかかる火の粉です。早めに何らかの方針を立てておくべきでしょう」

 「"彼"については木星に行ってもらっている間に考えるとしよう。その間は逆に安全だろし。さて、王子様の方はどうかな?」

 「いやはや、何とも。自棄にならなくなっただけ……いえ、自棄になっていた頃の方がまだましだったのかもしれませんな……」

 「本当にどっちがよかったのか……やりきれないねぇ……」

 「そうですな……」





機動戦艦ナデシコ
〜 lost a person 〜






第五話 誰かの帰る場所は



 『……という事なのだよ。これから君たちには木星へ行ってもらう』

 「唐突ですね。その件はとっくに終わったものだとばかり思っていましたが」

 ナデシコBの艦橋ではルリ、カイト、イツキがコウイチロウからの指令を聞いていた。

 「調査が遅々として進んでなかったからなんだよ。正直、わざと遅くしている節があったけど」

 「おかしいですね。ナツキさん、この場合はキリシマ大佐ね。大佐の能力から考えてこれだけ遅くなる事はありえるのでしょうか?」

 『イツキ君の疑問はもっともだが、彼女はヒサゴプランの航行警備隊の司令も兼任しているから仕方あるまい』

 「それならさっさと宇宙軍に捜査権を渡せばいいのに」

 『すまないねえ。うちは肩身が狭いから』

 コウイチロウは申し訳なさそうに頭を下げる。

 「わかりました。で、詳細はどうなってるんでしょうか?」

 『うむ、その件に関してはキリシマ大佐から連絡が入るので彼女から聞いてくれ。では、がんばってくれ。正月までには終わらせて四人で楽しもう』

 そう言うとコウイチロウは通信を切った。

 「さて、どーしますか、艦長さん」

 「どうもこうも待つだけです」

 「グッドタイミング。ちょうどきたわよ」

 イツキはそう言うとウィンドウを広げる。

 『久しぶりね、ルリ艦長。あとの二人も元気そうで何よりだわ』

 「「「お久しぶりです、キリシマ大佐」」」

 三人はナツキに敬礼をする。

 『そう堅くならなくてもいいわ。今回はこちらからのお願いだもの。おおざっぱな事はミスマル指令から聞いているわね?』

 「はい。しかし、何故今頃なんですか?」

 『旧木連圏内での軍事行動はなにかと問題が多いの。それらの整理に手間がかかっていたし、議会はつまらないメンツやなにやらで揉めていたみたいだからよ』

 「はぁ……」

 政治には疎いルリ達にとって、ナツキの苦労は今ひとつ理解できなかったので生返事をする。

 『でも、あなた達はそんな事を気にしなくていいわ。今回の調査は私の責任の元、あなた達の好きにしていいわ。立場的には一時的に宇宙軍から統合軍へレンタルって事になるけどいいわね』

 「かまいませんが、統合軍から命令があった場合、私達には拒否権があるのでしょうか?」

 『拒否していいわ。それでもうるさいようなら私を通すように言ってちょうだい。そう言う馬鹿達は黙らすから』

 「容赦ありませんね」

 『そうね。統合軍の都合で宇宙軍の仕事を絞っているのだから、少しぐらいは融通を利かせてあげないとつまらないいざこざが多くなってたまらないわ。そうそう、そう言うわけじゃないけどスバル・リョーコ中尉とラビオ・パトレッタ少尉を監察官扱いでお貸しするわ。知らない仲じゃないからいいでしょ』

 ルリはこっくりとうなずく。カイトとイツキも異論はない。どのみち誰が来ようが、ナデシコに強いてはルリに害をなさねば特に問題にしないからだ。

 『今件についての調査はこの話のあとに転送するわ。調査報告はスバル中尉に渡してちょうだい。では、ほかに質問は? ……よろしい。面白い報告書を期待しているわ』

 ナツキは期待に満ちあふれた瞳でルリ達を見て通信を切った。

 「いったい何を期待されてるんでしょうか?」

 ルリは呆れたようにウィンドウのあった空間を見ていた。

 「さあ?」

 「"私達らしく"をじゃないかしら?」

 「どのみち好き勝手出来る分、気が楽でしょ」

 「あの過度に期待された瞳を見るとそうも思えないんですけど」

 「……さて、データ解析しないと。お仕事お仕事」

 「カイト兄さん、思いっきり誤魔化さないでください。兄さんも期待されている一人なんですからね」

 気持ちルリの声が冷たくなる。

 「……だってねぇ」

 「だってもどしてもありません!!」

 「過大に期待されても、過小に期待されても僕は僕でないからね。出来るだけがんばりますとしか言えないから」

 カイトは困ったように頬をかく。

 「限界以上の無理な事をしてだめになりたくないし」

 「カイト兄さんだと限界以上の事をしても平然としているような気がしますけど」

 「そう見えるのかな……自分じゃ、限界100%以上の事はしてないよ」

 「そうね。この人は限界が100%なら、100%きっちりするけど、ちゃんと限界を101%にする努力はしているわよ。それを普通にしているからそう見えるのかしらね」

 「そんなことしているんですか?」

 「しているのよ、この人は。恥ずかしがり屋だから、あまり気付かれないようにしているのよ。だって、あとでびっくりさせるのって得意でしょ?」

 「そう言えば、何度かありましたね、人に内緒でって事が」

 ルリはそういう性格のカイトは好きだが、そうそう内緒でされるのは好きではないのでぎろりと睨む。

 「まあまあ、そんな事はいいからさ。別に難しく考えず、やる事をきっちりやればいいと思うよ」

 カイトはイツキが言った事が照れくさいのとルリの視線がいたいので話を、終わらせる。

 「それじゃルリちゃん、リョーコさんとラビオの来る準備をしましょ」

 「そうですね」

 「がんばってね」

 カイトは手をひらひらとふって席から離れようとしたがそうは問屋がおろさなかった。

 「「あなた"が"するんです。副長でしょ!!」」

 「ご、ごもっともです……」

 これらの準備は全部カイトに押しつけられたのは言うまでもなかった。





 それより時間は少し前に戻る。ラビオとリョーコはキリシマ・ナツキに呼び出されていた。

 『きたわね、二人とも。現時刻より、両名の教官としての任を解くわ、一時的にだけど。その間は試験戦艦ナデシコBへ監察員兼パイロットとして向かいなさい。以降はテンカワ・ルリ少佐の命令に従いなさい。何か質問は?』

 ナツキは前振りもなく、簡潔にラビオとリョーコにそう言った。

 「大佐、自分たちが教官としての落ち度があったのでしょうか? 納得できません!」

 リョーコはいきり立ってナツキに怒鳴る。一教官としてのプライドもあるが、それ以上に今育てている生徒を途中で手放すのが悔しいからだ。

 スクリーンのナツキはそのリョーコをつまらなそうに見る。

 『スバル中尉。あなた、ナデシコクルーだったのでしょ。わたくし、多少なりにナデシコクルーの実力は買っているのだけど、見当違いかしら?』

 「なっ!!」

 「リョーコ教官、落ち着いてください。大佐は"一時的"って言ってるじゃないですか。逆を言えば、今回の任務が終われば教官に復帰できるんですよ」

 『パトレッタ少尉の言うとおりよ。あなた、もう少し冷静に人の話を聞いたらどうかしら?』

 呆れた顔をしてナツキはラビオの言う事を肯定した。

 リョーコは"任を解くわ"のところで聞くのを止めてしまった事に気付き顔を赤くして俯いた。

 『まあ、いいわ。それだけ真面目に打ち込めるお仕事なのでしょうね。それとも良い生徒に恵まれたからなのかしら。ともかく、早く教官に復帰したければナデシコへ行き、任務を果たしなさい。そして、報告書をわたくしに渡した時点で復帰を認めるわ。ほかに文句はないわね?』

 「「はっ。それでは任務に就きます!!」」

 びしっと敬礼を決めるリョーコとラビオ。ここら辺はなんちゃって軍人のナデシコBとは違う。

 ナツキは通信を切ろうと思ったが、ふと思い出す。

 『そうそう、パトレッタ少尉。これから個人的なお話があるのだけど、お時間は良いかしら?』

 「は、はい。かまいませんが……」

 ラビオは表向き平静を保っているが、足が震えている。

 「それじゃ、自分は席を外しましょうか?」

 『そうね。そうしてもらえると助かるわ。それじゃ、今度会うときはナデシコBでのお話を聞かせてちょうだいな』

 「はっ。それでは、失礼します」

 微笑みながら敬礼するナツキにリョーコも幾分か落ち着いた敬礼をして、部屋を出た。

 部屋にはラビオとウィンドウに写ったナツキだけになる。

 「キリシマ大佐、お話とはなんでしょうか」

 ラビオは震えて今にも逃げ出したくなる気持ちを抑えてそう言った。

 そのラビオの表情を読みとったのか、ナツキはため息をついたあとまるで困った妹を見るような顔をして口を開いた。

 『そうね、昔話をするわ。わたくしがまだ木星にいた頃の話。つまらなかったら、つまらないと言ってもいいわよ。ちょこっと長くなるから』

 ラビオはこっくりとうなずいてナツキを促した。

 『あのころは地球に攻める三年ぐらい前だったわね。そのころのわたくし達は自由が無く、飼われているも同然だったわ。そのある日、とある科学者からひとつのコロニーの管理を任される事になったわ。木連のコロニー群は総て把握しているつもりだったけどそのコロニーの名前は知らなかったわ。そして、何も知らないままそこに連れて行かれた。そして言われた事は、ここにいる子供達を育てる事。正直、そのもの正気を疑ったわ。わたくし達はたった十数歳の子供。あまりにおかしな話と思ったわ。でも、それは事実で変わらなかったわ。そして、わたくし達はそのコロニーに置いてかれたわ。自分の事で精一杯だったこともあって初めはそこの子供達に辛く当たった事もあったわね。でも、その子達はいつも一生懸命で健気でがんばりやさんだったわ。その中でも一番年長の女の子は特にだったわ。わたくし達に邪険にされても"あたしが一番年上だからがんばるの"って。その子のがんばりもあって焦りもあったわたくし達のわだかまりも解けて仲良くなって"家族"って呼んでも差し支えなくなったわ。そうそう、その年長の女の子だけど、いつも先走ってわたくしに怒られていたわね。ほんと短い間だったけど今までで一番幸せな時間だったかしら……』

 ナツキは少し間をおいて慈しむようにラビオを見る。

 「……ぁ、あの。その話ってどぅ」

 『もうちょっと続きがあるから聞いてちょうだいな』

 複雑な顔で話を止めようとしたラビオをナツキは制する。

 『話の続きだけど、楽しい時間は過ぎていくもの。日が暮れて家に帰らなければならないのと一緒で。そう、そのころ木連対地球の戦争が始まろうとしていたわ。そして、地球へスパイを送る事になってわたくし達の所へ白羽の矢がたったわ。何度となく断っていたけど、どうしようもなくなったとき年長の女の子が志願したわ。"あたしががんばるから"としなくていいと言ったのにきかなくて……気付けば勝手に志願者扱いにもされていたし、仕方なく地球へ送ったわ。そうやって、戦争間の行動は極秘扱いにされてその子はどこで何をしているか全然わからなくなったの。まあ、それは仕方ない事だったから、戦後ちゃーんと調べたわよ。生きていたし元気にしているみたいだからよかったのだけど……』

 ナツキの目が少し険悪になる。それを見たラビオはびくっと身体をすくめた。

 『別に元気にしていて"今"の生活を大事したいって言うのは全くかまわないのよ。ただね、あの時の約束を忘れているのは許せないわ』

 「ど、どんな約束だったんですか?」

 『どんな返事でもいいから、戦争が終わったら連絡する事。あの子、しなかったのよね。あーこれだけは、思い出すだけでも腹が立つわ』

 ナツキの整った眉毛が逆八の字になる。

 「あ、あのぉ、それでどうしてあたしに話してくれるんでしょうか?」

 おそるおそるラビオはナツキを見た。

 『んっ? 単にその子にあなたが似ているからよ』

 「は、はぁ……」

 そう気のない返事をしているが、ラビオの背中にはびっしりと冷や汗をかいていた。

 『ん〜。あまり時間をとってもなんだから、これでお終い。ただわたくし達はその子が幸せならそれで良いの。だって、子供はかならず親元から離れるもの。それが早いか遅いかだけ。わたくし達全員が願っている事』

 「あああ、そ……」

 『あら、わたくしとした事がもう会議の時間ね。一方的に話して悪いけど、失礼するわ。任務、がんばってちょうだい』

 そうやって微笑むとナツキは通信を切った。

 何をしていいのかわからないラビオは途方に暮れた表情をしたままそこに一人立ちつくしていた。






           そら
 「う〜ん、こうやって宇宙の見える展望室で飲むモンラッシュは最高だなぁ〜〜」

 「展望台で作戦会議をするのは常識的とは言えませんが、その場でお酒を飲むカイト兄さんの非常識さの前にはかすみますね」

 「ルリちゃんもそう言いつつ、ちゃっかりオレンジジュースを持参しているところは参ります」

 現在、ナデシコBは木星衛星軌道より半日程離れた場所で待機している。早々に木星に行けばいいのだが、政治的にというか旧木連圏ではナデシコの受けは非常によくないのを考慮したためだ。それもあって、展望台で作戦の確認を行っている。

 「カイトよ……さすがに作戦行動中にアルコールはやっぱまずくないか? イツキはなんにも言わないのかよ」

 そう言いつつもリョーコはカイトからもらったモンラッシュに口を付ける。

 「景気づけですし、飲み過ぎるって事もありませんから、大丈夫ですよ。いざとなったら、酔い覚ましを飲めばいい事ですし」

 「イツキさん、一応ここ、軍艦です。いつもながら、どうやってナデシコの中に持ち込んでいるのやら」

 「別に特別な事はしてないよ。普通に私物と一緒に持ち込んでるけど」

 こともなげに答えるカイト。

 ぴくりと眉が跳ね上がるルリ。

 「オモイカネ、持ち物チェックはどうなっているのですか!?」

 『……………』

 オモイカネにしては珍しく、ルリの質問に答えず、あらぬ方向にウィンドウを展開させる。

 「オモイカネ!!」

 『ひぃぃぃ!!』

 ルリの怒気にウィンドウが恐怖に歪む。

 「まあまあ、オモイカネだって言いたくない事の一つや二つはあるよ」

 『そ、そうですよ、ルリさん!!』

 「ほぉ……二人して何隠し事をしているんですか?」

 「べつにねぇ……」

 『そうですよ。カイトさんの言うとおりです』

 事実を否定する二人だったが、その態度はあらぬ方角を見たりと露骨に怪しかった。

 「二人への追求は後回しにしましょう。どうせ、カイト兄さんがオモイカネの弱みを握ったか、買収したかに決まってますから」

 「そんな、二人の利害が一致したといってよ」

 「お酒を入れるのの代わりに何をですか?」

 「最新バージョンアップぷろぐら……はっ!!」

 「語るに落ちたとはこのことですか……」

 「それじゃ〜今日のお話はこの辺で〜〜〜」

 すでに逃げる体勢のカイトを見て、素早くルリはぱちんと指を鳴らす。

 「ぐえっ。イツキ、何時からルリちゃんの刺客に!?」

 「あなたが、いつも馬鹿やっているからでしょ……」

 いつの間にかカイトの首に装着された首輪をイツキがしっかりと握っていた。

 「なぁ、ルリよぉ。いっつもおまえらってこんな調子なのか?」

 「ええ。本当に困っています」

 「カイト隊長はむかしっからこんなんですよ。あははっ」

 今まで黙っていたラビオが力なく笑った。

 「調子といえば、おまえの方は大丈夫か? キリシマ大佐と話したあとからなんだかよくないぜ」

 「そうね。いつもの元気さが無いというか、悩んでいる感じね。どうしたの?」

 リョーコとともにイツキも不安そうにラビオを見る。

 確かに、リョーコの言うとおりナツキとの会話後より、ラビオは悩んだり唐突にぽけっとしたりといつもの調子ではなかった。

 「あははっ。なんでもないですよ。そうそう、今は作戦のおさらいなんですから、先輩方、話を逸らしちゃいけませんよ」

 笑ってはいるが無理しているのは一目瞭然だった。

 ルリは少しだけラビオを見ると全員を見た。

 「ラビオさんの言うとおり、話を戻します。今回は木星コロニーのひとつ、第66コロニー。通称"失われた楽園"の調査です。現在は破棄されて久しいコロニーです。本来すでに機能停止しているはずですが、実はまだ起動してるという報告が入っています。それに宇宙軍基地襲撃事件に使用されたバッタ・ジョロはここより生産された可能性があるとまであります。ですので、まずはTYPE―Dとエステバリスカスタムによる偵察を行い、安全が確認された後、ナデシコBで揚陸。調査と言う順序で行います。先行偵察にはカイト兄さんとリョーコさん。ナデシコBの護衛はイツキさんとラビオさんです」

 カイト達はルリの言う事にうなずく。ただ、ラビオだけが思い詰めたように俯いていた。

 「ラビオさん、どうかしましたか。本当は体調が悪いんじゃ……」

 「だ、大丈夫ですよ。ただ、あたしもプラントに行ってみたいなって思っただけで。すみません」

 みんなが不思議そうにラビオを見る。

 「あのコロニーへ? 危険だぞ、正直なところリョーコさんだって連れて行きたくないんだから」

 カイトが困ったようにラビオを見る。だが、リョーコは足手まとい扱いされたのでいい顔はしなかった。

 「カイト。そんなにオレが信用できないのかよ……」

 「違いますよ。単に危ないからです。そーゆー所ではデートはしません」

 「おい。何時からデートになったんだよ!」

 「だって、男女二人っきりで人気のいないところへ……それがデートでなくなんでしょうか?」

 「ばっきゃろぉ!!! エステに乗ってデートも糞もあるかぁ!!」

 にこやかに微笑むカイトにリョーコは顔を真っ赤にして怒鳴る。

 「えっと……十回以上は経験がありますよ。ちなみに、そこにいる三人も該当してるから」

 カイトは三人を指さす。

 「私はちなみに一回だけです。イツキさんは確か五回でしたよね。ラビオさんは?」

 「えっと……三回ですよ。どう足し算しても十回以上になりませんね。あははっ」

 「う〜ん。やぶ蛇か……訂正、そこの三人は一緒にデートした事あります」

 「誤魔化してもだめよ。あとで追求します。で、ラビオの事はどうするの?」

 「う〜ん。まあ、今回はラビオの方がいいだろうね。中途半端な気持ちで護衛についてもらうとかえって大変だし。という訳で、リョーコさん。かまいませんか?」

 「……まっ。しゃーねーな。今回はラビオに譲ってやるよ」

 リョーコは手を挙げてやれやれと言った感じで了承した。

 「という訳でルリちゃん、いいかな?」

 「勝手に話をつけてて良いも悪いも無いと思いますけど……イツキさんはどうですか?」

 「私もルリちゃんと一緒よ」

 「そんじゃ、全員一致だね」

 「えっ。その……あの……ありがとうございます」

 立ち上がってラビオはぺこぺこ頭を下げた。





 『これより、作戦行動を行います。みなさん、所定の位置についてください』

 格納庫に緊張感のかけらもないルリの声が響く。

 パイロットの四人はすでに各マシンの中に身体を埋めている。

 『ミナヅキさん、準備できましたか?』

 カイトがぼーっとシートに身を埋めていると、オペレーターのクロサキ・サクラ准尉がウィンドウを開いて尋ねてくる。

 「ふぁぁぁっ。いつでもOKだよ」

 『あんまり眠そうに言われるとちょっと……』

 サクラは困ったような笑みを浮かべるが、一応信じてはいるようだ。

 「まあまあ。そうだ、ちょっとお願いがあるんだけど」

 『はい。なんですか?』

 「今から、ラビオと話をしたいんだけど、二人だけの秘匿回線を開いてくれないかな?」

 『そんな事勝手にしたら艦長が怒っちゃいますよ。前に私と話をしたときもそうだったじゃないですか』

 「違う違うって、そーゆー話じゃないんだからさ」

 自然と二人の声が小さくなっていく。そんなにルリの事が怖いのだろうか。

 「ちょっと、散歩する前に疑問を片付けておきたいだけなんだって」

 『それなら普通に話をすればいいじゃないですか』

 「プライベートに関わるかもしれないからだよ」

 半分寝ぼけた顔から一転してあまり見せない真面目な顔になる。

 『……わかりました。ほんと、怒られても知りませんよ。あ、そうだ。私も貸し1ポイントくださいね♪』

 「まったく、どーしてこうナデシコに乗る女のこってのは。いいよ。貸し一だね」

 二人は笑いながら通信を切る。しばらくすると秘匿回線と書かれたウィンドウがでてきてラビオに繋がる。

 「ラビオ、今時間は良いかな?」

 『ぁ、隊長ですか……』

 ふさぎ込んでいたラビオが顔を上げる。その顔は未だに悩みの色が濃い。

 『なんですか。あたしはいつでもいけますよ』

 「……ほんとにあそこに行っても大丈夫なんだな」

 『隊長やみんなが心配していてくれてるのは正直心苦しいです。でも、大丈夫ですから。それにあたしはあそこに行かなきゃならないんです。理由は……理由は話せませんけど……』

 また顔を伏せる。

 「まあ、理由がどうあれ、僕はラビオを信じるよ。ラビオは優しい子だからね」

 カイトの声は優しくラビオを撫でる。もちろん、直接話している訳ではない。カイトの声を機械が合成して作り出しているだけだ。それでも、心に優しく響いた。顔を上げると誰もを安心させるぽややんとした顔があった。

 『あ、あの隊長!』

 ラビオは何かを言いかけたが、カイトは自分の口に指を付けて喋らなくてもいいよと言うジェスチャーをする。

 「おっと、もう散歩に行く時間だよ。この話の続きは全部終わらせてからにしようよ。じゃないとルリちゃんがうるさそうだ。さっきから、通信を開けって」

 『えっ。ええええ!!! いつの間に秘匿回線にしたんですか。うわぁ、イツキ先輩とリョーコ教官からも入ってる〜〜〜ふたりともすっごく怒ってるし』

 「ラビオ……グッドラック♪」

 何故かしら、にこやかに親指を立てるカイト。もう、この手の事は慣れきった猛者だからだろうか。すでにカタパルトに乗っており、カウントダウンが開始されていた。

 『ひ〜ん。って、隊長、一人で行かないでくださ〜い。ずるいですよぉ!!』

 ラビオは一人で出撃しているカイトを追って、カタパルトへ走っていった。





 カイトのTYPE―Dとラビオのエステバリスカスタムが、線を引きながら第66コロニーへ接近する。

 ナデシコBのセンサーと比較しながら慎重に接近するが特に目立ったエネルギー反応もなく、容易に到着できた。

 だが、何もなく港と思われるところに到着できた事が逆に不気味さを思わせた。

 『……ここまで何も無しで来ると逆に不安だな』

 「で、どうしますか。ここから先は降りていかないと無理ですよ」

 二人ともしばし頭を悩ませる。

 『僕が取り敢えず、降りて先行するよ。ラビオはここで待機。いざとなったらさっさと逃げる事』

 「あたしも降ります!! ここで待ってたんじゃ、何しに来たか解らないじゃないですか!!」

 『ご、ごめん。ごもっともな意見です……』

 カイトはラビオの気迫に押されて縮こまる。

 ラビオはうんうんとうなずくとコックピットを開いて降り立つ。

 『こら、だからって勝手に行くなって』

 「大丈夫です。あたしは研究ブロックに行きますから、隊長は工場ブロックに行ってください。二人で手分けした方が早いですよ」

 言うは良いが、ラビオはそのまま研究ブロックの扉を開いていってしまった。

 『まあ、いいか。今回はラビオの好きにさせるか。さてと、ナデシコB応答願います……』

 カイトは一応の連絡を入れるためにナデシコBとの回線を開いた。





 はあはあはあ……

 あたしはかけっていた。

 何故、ナツおねーちゃんがあたしをこのコロニーに行かせたのかは解らない。

 でも、いつもあたし達が遊んでいたあそこへ行けば全部解るんだという確信はあった。

 だから、あたしはかけってるんだろうと思う。

 そう、あの扉を開けば……





 ラビオが開けた扉の先には一人の男が立っていた。

 「やっぱり居たんだね。ホクおにーちゃん……」

 「やっと来たか、ラビオ。久しぶり、と言った方がいいか」

 振り向いた男はフワ・ホクシだった。

 「どうして、ナツおねーちゃんはあたしをここに呼んだの? それにみんなは。どこにも居ないじゃない!?」

 ラビオは一番の疑問を率直にぶつける。

 「ナツがおまえを呼んだ理由はこのコロニーを破壊するからだ。おまえの生まれ故郷の最後だからな。何も知らずにってのもなんだろ」

 「そんな……だって、ここはみんなの故郷だよ!」

 「もう、決まった事なんだよ、ラビオ」

 ホクシの突き放すような態度にラビオの瞳にじわりと涙がたまる

 「ひどいよ……そんなに怒ってるなら、そうだって言ってくれた方がましだよぉ」

 「はぁ。なんで怒ってんだ?」

 泣いているラビオをホクシは不思議そうに見ていた。

 「だって、だって、あたしだけ普通の生活が出来て……だから、みんな怒ってるんでしょ!!」

 「なんでだ。それはみんな喜んでるんだぞ。おまえがちゃんと幸せに暮らしている事は。大体それはナツが言っただろ。単に、おまえが手紙を出さなかった事以外は喜んでるって。おまえ、人の話聞いてないのか?」

 「へっ?」

 ラビオは泣き顔のまま固まった。てっきり、自分は責められるものだと思っていたからだ。

 「おまえ……相変わらず、抜けてるな。ともかくだ、おまえをここに呼んだ理由はここをなくすから見納めにとちび達からのメッセージを伝えるためだ」

 そう言うとホクシはラビオにディスクを投げ渡す。ラビオはディスクを二、三度お手玉したあと胸に抱きしめる。

 「あ……みんな、元気なんだ……」

 「ま、元気だ。あとは帰ってからそのディスクをみな。そして、ちゃんと返事を出せよ」

 ホクシはぽんぽんとラビオの頭を撫でる。

 「ぐすっ。ありがと、ホクおにーちゃん……でも、どうして生徒としてあたしの元にきたの?」

 目元をごしごしとこすりながらラビオは尋ねた。

 「単におまえが教官として真面目にやってるかを見るため」

 「マジ?」

 「ほかに何があるんだ? おまえが俺に一度でも勝てるようになったのなら話は別だけどよ」

 ラビオはむーっと口をへの時に曲げてホクシを睨む。

 「ま、もう一つ目的があったけどな。そこでこそこそ盗み聞きしているやつをな」

 そう言うとホクシは拳銃を抜き、ラビオが入って来た扉に銃口を合わせる。

 「そう銃口を向けないでよ。こっちも狙うよ」

 そう言いながら、カイトが両手を挙げて影から現れた。

 「何時から居た?」

 「ディスクがどうこうと言うところからだよ。全く、ラビオを追っかけるのは苦労するよ」

 戯けた調子で歩いてくるカイトだが、ホクシは決して銃口をずらさない。

 あと十歩と言うところでカイトは歩みを止める。

 「ラビオ……行け」

 「えっ?」

 どうしていいのかわからないラビオにホクシが声をかける。

 「振り返らず、おまえのエステまで行け。そして、ナデシコへ帰れ」

 「え? え?」

 「行け!」

 「……はい」

 ラビオは立ち上がると振り返らず扉の所まで行くが足が止まる。

 「……ラビオ、大丈夫。ホクシは僕を撃たない。先に帰ってるんだ」

 気配を察したカイトの言葉がラビオの背中を押す。

 「ふ、二人ともバトっちゃだめですからね!!」

 そう言うとラビオは本当に振り向かずに走っていた。その足音を二人はほっとした表情で聞いていた。

 「で、ついでに僕も見逃してくれると助かるんだけど」

 「この状況でよく言えるな」

 「怪我はしても、負けはしないからね」

 ラビオの言葉を忘れたかのように二人は不敵な笑みを浮かべた。

 「でも、怪我をして帰りたくはないだろ?」

 「まあね。出来るなら五体満足で帰りたい」

 「そこで条件がある。それを約束してくれるのならそのまま帰ってもらっていいぜ」

 「了承!」

 「はやっ!!」





 「以上で、今回の任務の報告を終わります」

 『う〜ん。85点』

 「はっ?」

 『さっきの報告、85点』

 「……」

 さすがのリョーコも目が点になる。まさか、報告時に採点されるかと思わなかったからだ。

 ナツキは楽しそうにリョーコがどういうリアクションをするか待っている。

 「キリシマ大佐、リョじゃなかった、スバル中尉をからかわないでください。それにスバル中尉も簡単に引っかからないでくださいよ。大佐はこうやってからかいやすい人をからかうのが趣味みたいな人なんですから。それでは報告に不備がありましたらまたおよびください。それは失礼いたします」

 ラビオはびしっと敬礼すると強制的に通信を切る。

 切る寸前にナツキが何か言おうとしていたがもう解らない。

 「ラ、ラビオよ。さすがにありゃあ、まずくないか?」

 リョーコがおそるおそる振り返ってラビオを見る。

 「いいんですよ。どうせあのままリョーコ教官がからかわれるのを見るのは忍びなかったんですから」

 「はぁ。帰ってからなんというか、変わったなぁ、ラビオ。コロニーが爆発したとき頭に何か当たったのか?」

 「ひっどーい。あたし、そんなんじゃありません」

 そう、あのコロニーはカイト達が脱出後、即座に爆発した。報告書にはコロニー内のプラントの暴走、それによる不可のための自爆。と言う事になっている。もちろん真相はホクシの手による自爆だ。

 なんのために基地強襲があったのか、と言う事はラビオの平穏な生活と引き替えにカイトが黙殺したので真相は完全に闇の中だ。それにそれがわかったとしてもナツキのところで抹消されていただろう。

 ともかく、公式見解は木連コロニー内でのプログラム暴走と言う事で片付けられた。

 別にこの事件が解決したからと言って、何かが変わる訳でもなかった。

 「あ、そう言えばクリスマス前にカイト隊長達って地球に帰っちゃうんですよ〜。寂しくなりますね」

 「あっちで約束してたみたいだからな。しゃーねーだろ」

 報告も終わりしみじみと答える。

 「う〜、仕事さえなければついていったのにぃ〜〜」

 「ばーか、今のオレ達は教官なんだ。任務に行っていた間にたまった仕事を片付けるぞ」

 「クリスマスプレゼントは楽しい楽しい残業ですか?」

 ラビオは瞳を潤ませながらリョーコにしがみつく。

 「だー。ひっつくな。そんな目をするな! どうせ、おまえ独り身だろ」

 「うわぁ〜。その科白だけはリョーコさんに言われたくないですよぉ」

 「おっ。じゃあ、おまえにはいるのかよ?」

 「あはっあはははっ。そういうことはまたまた。それじゃ、今日は飲みに行きましょ〜」

 「そうだな、教官復帰と任務達成に乾杯だな」

 そう言って二人は笑いながら部屋を出ていった。





 ナツおねーちゃん、ホクおにーちゃん、そしてみんな。ラビオは元気です。また普通に逢えるようになったら、かならず逢おうね。待ってるから。












 あとがきのコーナー

 ひ〜ろ:諸事情で飛ばして書きました。終わり。

 ルーシア:でも、時間が足らないんじゃ……

 ひ〜ろ:いいんだ。根性!!!

 ルーシア:い、一番無いものを(汗)

 

 エピローグへ続く








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