「ご苦労様」

「あれ、主任はまだ仕事ですか。これって前回の戦闘結果のまとめですか?」

「そうよ。さすがという数値がでているわ。見てみる?」

「へぇ……主任が無理を言ってテストパイロットとして、呼んだだけはありますね」

「でも、予想より低いのよ。あれのデータを見たでしょ」

「主任の予想が高すぎるんですよ。それに、いきなり乗ってこの結果。十分すぎるじゃないですか? 明日からのテスト、バッチリ期待できますよ」

「そうなのだけど何かが足らないのよ」

「まあ、会長直々のプロジェクトの一部だからって気負い過ぎじゃないですか。第五は今まで雑用みたいな事ばっかりさせられていましたから」

「雑用って事はないでしょ。局地戦仕様開発もちゃんとした仕事よ」

「ですけどね、五研にあってない仕事ばっかりじゃないですか。Cの回収が出来なかったのをいい事に第三と第四がどうでもいい雑用ばかり押しつけてくるし……」

「忘れたの、あの日を?」

「そりゃあ、忘れた事はないですよ。だから、あの日のリベンジのためにここまでがんばってきたんじゃないですか」

「なら、明日からもがんばりましょ」

「そうっすね。後少しですから。それじゃ、お先に失礼します。お疲れさまでした」

「おつかれさま」

 同僚の男がオフィスを去っていくのと同時にフィリア・フォートラン第五開発課主任はディスプレイに視線を戻した。そこにはTYPE−Dのデータとカイトのデータが写っていた。





機動戦艦ナデシコ
〜 lost a person 〜






 第四話 技術と現実と



 朝、ルリが何気なく部屋から出るとトレーナー姿のカイトが戻ってきた。

「おはようございます、カイト兄さん。珍しいですね、朝早いなんて」

「おはよう、ルリちゃん。まあ、何となくね。今日は遅いほうだよ」

「遅い? 早すぎるの間違えじゃないですか」

「あ、そーだね。う〜ん、最近時間感覚がずれてるのかな。まあいいか。それじゃ、シャワー浴びてくるから。先に食堂に行っててよ。それとも一緒に入る?」

「ば、馬鹿言ってないで早くシャワーを浴びてきてください。イツキさんが作った朝食を全部なくしちゃいますよ!!」

「それは困るから早く行ってきます」

 顔を真っ赤にしたルリをおいてカイトは急いで部屋に入っていった。

「でも、何で遅いと言ったんでしょうか。冗談は言ってもうそは言わないのに」

 思案しながらルリはイツキの朝食が待っている食堂に歩いていった。





「「ごちそうさまでした」」

「おそまつさまでした」

 そう言うとイツキは3人分の食器を持って返却棚の方へ歩いていった。

「そう言えば、カイト兄さんってイツキさんのお手伝いってほとんどしないんですね」

 歩いていくイツキを見ながらルリがぽつりとつぶやいた。

「なんか不思議かな?」

 食後のお茶をのんびりすすりながらカイトが答える。

「女性に関しては“異常に甘い”カイト兄さんがイツキさんだけにはなんかドライに見えるときがありますから。強いて言えば、尻に引かれているはずなのに亭主関白」

「あのね……単にイツキは家庭内の事を僕に手伝われるのを嫌うの。えっと、男子厨房に入らずだったけ。たぶん、それだと思う」

「イツキさんは古風な人だと思っていましたが、ここまで古風だとは思いませんでした」

「そのおかげで楽してるけどね」

「カイト兄さんはイツキさんの優しさの上にあぐらをかいている訳ですね」

「怒ると怖いからね、イツキは」

 断じて自分が甘えているわけじゃないと言い張るようにカイトは湯飲みに口を付ける。

「私が何ですか?」

「ごぶっ。イ、イツキ!?」

 突然背後に現れたイツキに驚き、飲みかけていたお茶で咽せるカイト。

「はい、私だけど。どうしたの?」

「いや、別にどういうって事じゃないんだけど」

「ふぅん。そう言う事にしておきますね」

 そう言うとイツキは手招きをして金髪の女性を呼んだ。

「そちらの方は?」

「紹介しますね。この人はこれからカイトが乗る実験機開発責任者フィリア・フォートランさん」

「フィリア・フォートランです。テンカワ艦長、初めまして」

 そう言うとフィリアはルリに手を差し出す。ルリも手を差し出し握手をする。

「初めまして、テンカワ・ルリ、ナデシコB艦長です。ミナヅキ大尉をよろしくお願いします」

「どうしてこうも信用がないのかな。まあ、いいか。これからよろしく、フィリアさん」

 カイトは頬をかきながら立ち上がりフィリアに頭を下げる。フィリアはにっこりと笑う。

「私はあの時より大尉を信用していますから、これからもよろしくお願いします」

「あの時からとは恐縮ですね。それじゃ、もう行きましょうか」

 カイトはそう言うと席を立つ。

「えっ。でも、食後すぐですよ。そんなので乗っても。それに機体知識などちゃんと確認しないと」

「それは歩きながらしましょう。フィリアさんは結構徹夜してるみたいだし早くテストをすませてスタッフ全員が早く休めるようにがんばりますよ」

 微笑みながらカイトはみんなを促す。フィリアだけは唖然としたまま立ち上がる。確かにあの襲撃事件以来、今日の日までの準備で満足に眠ってはいないが、今まで悟られた事はなかったからだ。

「ほんの少し目元の化粧が濃いですよ。がんばるのもいいですけど、ちゃんと休みましょうね」

 カイトの言葉通りテストの時間は繰り上がり三時にはその日の予定は全部消化した。ついでにナデシコと機動兵器との連動のテストもだ。このことによってナデシコBとTYPE−Dのテストスタッフは手持ちぶさたになったのをいい事にバーチャルルームや遊戯室をつかって合コンをしていた。ただ、一部の当直はうらやましそうにその光景を見ていた。





 そのころ、合コンを企画した勇気ある男はがんじがらめにされて会議室に監禁されていた。

「性懲りも無いというか、何とかには付ける薬はないようですね」

「あったら苦労してないわよ。もう、本能みたいなものだから」

「ふーはーーふ〜〜〜〜〜〜〜」

「何か言ってますけど、わかりますか?」

「わかるけど、わからない事にしましょう」

「むーむーむーむーーーーーー」

 性懲りもない男のカイトは無実を訴えるが、完璧にさるわぐつをされているせいでどう喋っても言葉にならない。まあ、イツキとルリのいる真ん前で「時間も余ったから交流がてらに合コンでもしようよ」と言ったのが運の尽きというよりは自爆だろう。

「さて、どうしましょう……」

「今日は未遂でしたからね。このくらいで勘弁してあげますか?」

「そうね……一応、“未遂”だったから」

 イツキはカイトの背後に回り、さるわぐつだけはずした。

「ぷはっ。ひどいな、二人とも。たんに時間が余ったから遊ぼうって事だったのに。それより、いい加減縄といてくれない?」

「艦長権限で却下します」

「それって横暴だ」

「あなた、それなら日頃からナンパなどを控えたら? 私達が男性から声をかけられたらむっとした顔になるのに」

「それは、その……ごめんなさい」

「全く。謝るぐらいならしなければいいのに」

「仕方ないのよ、この人は。だって……」

 イツキが言いかけたとき会議室のドアが開く。

「ミナヅキ大尉はいらっしゃいませんか。オモイカネさんに聞いたらここだと聞いたのですけど……しばられていますね。隠れてこういう事をしているなんて……」

 現れたフィリアは部屋を見て口元を押さえよろけてドアにぶつかる。

「まさかナデシコってこう言うところだったなんて……」

「違います。何、勘違いでるんですか!」

「ましてや、あんな事や、こんな事までしているなんて……速く逃げないと私もルリ艦長の餌食になってしまいます」

「ちーがーいーまーす!!」

「人の趣味はそれぞれと言いますけど、清純可憐冷静沈着と名高いナデシコB艦長テンカワ・ルリ少佐の知られざる趣味がこんなだなんて。夢、壊れますね」

「うんうん。ルリちゃんって絶対にサドだよ、サド。イツキはイツキで悪魔だし。げぶっ!」

 カイトの不用意なつっこみはルリとイツキの鋭い肘打ちで沈黙させられる。カイトは白目をむいて口から白いものが飛びかけているが当面はフィリアの説得の方が優先なのでほっておかれる。

「まあまあ、フィリアさん。あまりルリちゃんをからかわないでください。あまり冗談が通じないのですから。それに被害はこの人に全部行くので今後の事を考えるとあまりよろしくないですよ」

「あら、カザマ中尉もルリ艦長もなにやらものすごく楽しそうだったけど、冗談なのですか?」

「何で私がサディストなんですか。私は少女です!!」

「あらら。ごめんなさい、私てっきりちょっと危ない趣味を持っているのだとばっかり。単にカルシウム不足なのね」

「そうなの、ルリちゃん。そうね……艦長職は責任重大だからプレッシャーになっているのね。今晩からちゃんとそういう事を考えたメニューにするわね」

「イツキさん、真に受けないでください。私は別にカルシウム不足じゃありません」

「そうそう。ルリちゃんにまだ足らないのは……」

「カイト兄さん、たまには三途の川を渡ってみますか?」

「ナンデモゴザイマセン、ルリカンチョウサマ」

 ルリの殺気に気圧されたカイトは涙を流しながらカクカクと首を振った。

「う〜ん、なるほど。3人で漫才をしていたのですね。それじゃ、もう少し待ちますから。終わったら呼んでくださいね」

 3人の息のあったやりとりを見てフィリアは完全に勘違いしたようだ。

「はあ、違いますよフィリアさん。カイトに……いえ、ミナヅキ大尉の不埒な言動に対しての粛正です」

「ルリちゃん、今更カイトの事を大尉って呼んでも説得力無いわよ。さっきまでずっと“カイト兄さん”って呼んでいたもの」

 イツキの言う事をきいて、うんうんとうなずくフィリア。その姿を見てルリは顔を真っ赤にした。

「くすっ。ルリ艦長って、冷静な人だと思っていましたけど、お茶目な人なんですね」

 そういって笑うフィリアを見て、ルリは自分の中の冷静沈着な部分ががらがらと音を立てて崩れていくのが聞こえた。

「まあ、冷たい人と思われるよりはいいでしょ。ほら、笑いは世界を救うって言うし。ほらほら、笑って笑って」

「私のキャラクターを壊している人がそういう事を言わないでください!!」

 ルリは顔を真っ赤にして怒る。もうすぐ血管が切れる寸前だ。

「あなた、そろそろルリちゃんをからかうのをやめなさい。フィリアさんは用事があなたにあるみたいだし。ルリちゃんが本当に怒っちゃいますよ」

 イツキの一言にカイトは声のトーンを抑えて答える。

「妹が冷静だと兄のいい加減が目立つだろ。だから、多少は壊れてくれないかなって思うときがあるんだ。イツキも冷静だしさ……」

「で、フィリアさん。カイト兄さんに用事とは何でしょう?」

 容赦なくしかとされたカイトがいじけているがルリはそれも無視をする。でないと話が進まないからだ。

「そうですね、こうやっていると面白いの名残惜しいですけど。

 ミナヅキ大尉に用というのはこれからの新型機開発の方針について相談しようと思って来ました」

「新型ってDの事じゃなくって?」

 興味をそそられたのかカイトは縛られたままずりずりとテーブルへ動く。

「はい。TYPE―Dの開発はアカツキ会長直々ですので、私達の案ではないのです。私達五研の考えは“マルチロール”ですから」

「なるほど、確かにDだと重力下での戦闘は不向きだよね。エステだとマルチロールと呼ぶにはちょっと疑問だし。となるとCが基本?」

「いえ、TYPE―Cは最終形の一部だけを実現化しようとした機体です。あのままだと陸上と宇宙空間だけしか行動できませんから」

「となると陸海空宙での行動を可能……あ、二人には特にルリちゃんにはつまらない内容だったかな、退屈そうだし」

 カイトは目が点になったルリとイツキに気を配る。イツキはちょっと困ったように、ルリは不思議そうに小首を傾げる。

「別に退屈じゃないです。ただ、新しいものを作るときのカイト兄さんって子供っぽい顔をするんだなって思ってたんです」

「そうね。いつも子供っぽいけどそれに輪をかけてね」

「二人とも……」

 三半眼で睨むカイト。

「くすっ。実務の時の真面目な表情とそういう子供っぽいところもミナヅキさんの魅力だと思いますよ」

「なんか、誉められてるのかけなされてるのか……」

「「「もちろん、両方です」」」

 カイトは困ったように頬をかく。いつの間にか縄は解いたようだ。

「喜んでいいのやら悪いのやら……まあ、話を戻そう。イツキとルリちゃんはこれからどうする? ここで話を聞いていく?」

 イツキはすぐうなずいたが、ルリは少し考える。

「居たいのは山々なんですが、もう少しわかりやすく話してもらえませんか?」

「いいよ。僕らの復習にもなるし」

 カイトはルリの願いをこともなげに了承する。

「こういう事は僕らよりフィリアさんの方が詳しいだろうからフィリアさんにお願いします」

「わかりました。ルリ艦長のためにもエステバリスとTYPEシリーズの相違点から話した方がいいでしょうね」

「よろしくお願いします」

 ぺこりとフィリアに頭を下げるルリ。フィリアは軽くうなずく。

「TYPEシリーズに関しては先ほど話したとおりですから、エステバリスのことを話しますね。エステバリスの開発コンセプトはご存じですか?」

「対木星トカゲですよね。近接戦闘の強化、敵機動兵器以上の機動力、火星・月などの施設への強襲などを前提として開発されたんですよね」

 自信満々でルリは答えたがフィリアは人差し指をあげて左右に振る。

「ざんねん、95点です。本当は火星極冠遺跡の研究施設などに強襲される事を見越し、それを守ることを前提とした機体としてまず作られたのです」

「だから、私達の所にエステがあったんですね」

「その通りです、カザマ中尉。実戦的な評価をするためにシュトゥール隊の方々に貸し出したのですが、結局エステバリスしか回収できませんでした。それも理由のひとつで社内コンペは私達が負けました。ただ、それだけじゃないですけどね」

「あの時はそうするしかなくってすみません……」

 申し訳なく謝るカイトをフィリアは優しい目で見る。

「謝るなんてとんでもありませんよ。あの時ミナヅキさんが出てなければ私達が生き残れたかどうか。感謝はしても怨んでなどいませんよ。

 さて、そのときの木星トカゲの襲撃で先ほどルリ艦長に答えてもらったように近接戦闘の強化、敵機動兵器以上の機動力が追加として求められるようになりました。そこで私達と第三開発課との考えの違いが顕著に出てきました。オモイカネさん、あのファイルを出してください」

 オモイカネは素早くフィリアのファイルを二枚出す。戦前と戦争開始時のエステバリスとTYPEシリーズの構想ファイルだ。

「見ておわかりのように、戦争前と後でエステバリスに変更が出ました。徹底したサイズダウンとジュネレータ排除などの軽量化です」

「質問。何故、フィリアさん達は小型軽量化をしなかったんですか? 可能だったはずです」

 ルリが言う事にフィリアはうなずく。

「ルリ艦長の言う事はもっともだけど、あまり軽量すると近接戦での攻撃力と防御力の低下につながると考えたからです。このころ、ディストーションフィールド技術はまだ、未完成でしたから防御は装甲を厚くするしかなかったのです。重さでの例えとしてはその身体に適した体重であるなら体重が重い人の方が強いという事と同じです。

 サイズの方は単独で長距離長時間行動を可能にするためにジュネレータを排除出来なかったからです」

「ナデシコとの運用性を考えれば機体ごとにジュネレータをつけなくてもバッテリーで十分賄えましたけど」

 ルリのつっこみに苦い顔をするフィリア。

「あのころのナデシコ級の建造は相転移エンジン搭載を前提にしている艦だとわかっていましたが、ただ高出力エンジンとだけしかわかって無くて。どれだけのものかわかっていれば、私達も何らかの対策を考えられたのですが……」

「その情報がフィリアさん達にはリークされなくて第三課の人にはリークされたって事ですか?」

「いいえ。単に火星から地球へ戻るのに苦労した分、情報が遅くなっただけです。あの時はたいへんでしたよね、カザマ中尉」

「ええ。あの時はみんなで生き残ることで精一杯でしたものね」

 そのときに命を預け合った仲だからだろうか、二人の間に不思議な連帯感があった。その空気を微妙に感じたカイトはあまりいい顔をしなかった。

「イツキさん、カイト兄さんが嫉妬仮面になりかけてます」

「そ、そんなわけないじゃないか。イツキに同性愛の趣味があるわけじゃあるまいし。あははははっ」

 カイトは引きつった笑みを浮かべる。イツキはそのカイトを見て静かに微笑む。

「それはないので安心して。ともかく火星から地球へ戻るのに約四ヶ月かかりましたからフィリアさんの開発が遅くなったのは仕方ないでしょうね」

「そうですね。その間に本社の方で方針が決まっていましたから。でも、情報がちゃんと入っていても私達はジュネレータを装着させたでしょうね」

「なぜですか。ナデシコ級……いえ、総転移エンジンを搭載した艦ならそれ自体がジュネレータになるじゃないですか」

「そこがエステバリスと私達の考えの違いです。基本的にエステバリスは常に重力波ビーム圏内にいる事を義務づけられます。理論上、重力波ビームの射程は無限ですが、ある一定の距離を離れると照射装置がエステバリスの機動に追いつけなくなります。それに何らかの陰に入ればいかに圏内といえども重力波ビームが届きません。その代わり、ジュネレータを装着しておけばそれらの問題点はかなり解決できます」

「でも、コンペで負けたんですよね。もしかして、そういった考えよりエステバリスの方が相転移エンジンもセットで売れるからってのが一番の理由じゃないですか?」

「それは言わない約束です……そのことでかなり上司に小言を言われましたから。『マーケティングを考えろ』と」

「はぁ。あのころから商魂たくましかったんですね、アカツキさんは」

 思い出すのもいやそうなフィリアを見ながらルリが呆れたように言った。

「ともかく、総転移エンジンによる高出力攻撃が可能になり、巨砲主義が台頭してきて、その波に乗れたエステバリスに軍配が上がった訳です」

「そのわりには余裕そうですね」

「ええ、エステバリスサイズにもDFが展開できる以上、戦艦の優位性は低いですから」

「どういう事でしょうか?」

 疑問に思ったルリが質問する。

「少し歴史の話になりますが、過去の戦争では戦艦対戦艦がメインの時代がありました。その後、航空機が台頭してからは空母というものが生まれ、戦術が変わってきました。航空戦力と海洋戦力の二次元での作戦展開です」

「それならば、別にエステバリスでもかまわないんじゃないですか?」

「この作戦を展開させるにはエステバリスだと通常では不可能。エネルギー供給を母艦に頼り切っている以上、常に同行しないといけないから。単独だと作戦に必要とする航続距離が得られないためです。それに作戦ごとにフレームを変更しなければいけないとなるとスペース的問題も出てきます。クリムゾングループは次世代機として重力波エネルギーではなく内蔵の高出力ジュネレータを使って母艦に依存しない機体に仕上げているみたいですから」

「で、フィリアさん達はマルチロールですか」

「ええ。ロールといっても『巻く』ではなくて、『任務』『目的』のロールです。これでしたら一機あたりのコストは上がっても総ての作戦において使用できるので、何機も買い入れないといけないエステバリスよりはいいはずです」

「「「はずです?」」」

 フィリアのトーンの下がりぐあいが訝しく思った三人はそろって言う。

「実機制作の前にシミュレート提出が義務づけられているのですが、それでそのとき一緒に出す予算申請が機動兵器部門過去最高額だったみたいで……」

 フィリアは顔を赤くしてうつむく。

「まさか、ナデシコ以上だったって事はないですよね?」

 心配そうにフィリアを見ながらイツキは言った。

「ほんの少しで超しちゃうところでした」

 うつむいたまま小声で答える。

「その代わり中身はすごい事になってるんでしょ。Cみたいにあの時ですらグラビティーブラストを撃てるぐらいのが」

「えっ……Cってカイト兄さんが過去に行ったときに乗った機体でしょ。あの時でもうグラビティーブラストが撃てたんですか!?」

「うん。フルパワーでぶっ放したら二発で壊れたけどね」

「事前説明でフルパワーでは砲身強度が持たないと言ったのですけどね。ただ、機体そのものも持たないとは思いませんでしたが……」

 無茶を平気でやってのけるカイトがそう言う事をするのはいつもの事なのであまり驚かない(心中はともかく)が、それだけの技術力をフィリアが持っていた事にはさすがのルリも驚いた。ウリバタケでさえ、機体強度の関係上、一発も撃てない機体しか作れなかったのだから。

「まあまあ、今度はぶっ壊れない丈夫なの作ってるから大丈夫。で、どういう風にマルチロール化するんですか?」

 のほほんのほほんとしながらカイト。

「A〜Dは人型にこだわってきましたけど、EからはVariable System(以後VS)を採用して航空力、ロスの少ない推力ベクトルを得る事にしました。エネルギーと航続距離問題は新型ジュネレータを二基掛けにする事で解決。センサー系も改良して偵察任務もできます。火力に関しては各種ミサイルを状況に応じて内蔵可能。あと大気圏突入離脱も可能の予定です」

「予定?」

「VSと言うより、Aircraft Form(以後AF)の開発にかなり予算がかかるのでもしかしたら導入しないかもしれないの」

「AF? 戦闘機みたいなものですか?」

「その通り。そのAFの開発では現在の戦闘機データが使えないので、一世代前のデータを参考にしてHuman Form(以後HF)との兼ね合いをどうまとめるのかが目下の課題です」

「そうだね。ちゃんと摺り合わせをしないと大気圏突入なんて無理だし、ステルス性も下がる」

「ええ、それですからこのデータを見て、時間がありましたら何か意見してもらえないでしょうか?」

 フィリアはそう言うと胸ポケットからデータディスクを取り出し、カイトに手渡す。

「わかりました。でも、感覚で乗るタイプだからあまりいい意見は期待しないでくださいよ」

「いえ。大いに期待していますから」

 まるで自分の事のように自信たっぷりに言うフィリア。

 カイトはまんざらではないが、困ったように頬をかく。

「期待してもいいと思いますよ。何しろ“美人”にはめっぽう弱いカイト兄さんですもの」

「そうね。こういう事はなんだかんだいっても几帳面だから」

「二人とも、最近ほんと思うんだけど、誉めてるのけなしてるの、どっち?」

 ルリは何食わぬ顔で視線をずらし、イツキはいつも通りそのくらい当ててみてくださいという顔でカイトを見ていた。

「まあ、三人とも期待過剰だよ、と思っておくよ。僕は僕が出来る事以上はできないからね」

 カイトは戯けるように肩をすくめる。

「「「くすくすくすくす」」」

「まったく。イツキとルリちゃんはともかくフィリアさんまで。どうしてそう笑うかな?」

「相変わらず自意識がないのね」

「処置なしですね」

「けど、いい人みたいですね」

「それじゃぁ、もっと互いに知り合うために今晩……」

「「調子に乗るな!!」」

 ごきゅ♪

 イツキとルリの容赦ないハンマー攻撃がカイトに炸裂する。カイトと一緒にテーブルもあの世に行ったようだが、誰が弁償するのだか。まあ、言わずとも決まっているが。

「私は別にかまいませんよ。それに今晩は私達が腕をふるってお食事を作る事になっていますから、その会場でプライベートな話をしましょう。それでは、その準備があるのでこの辺で失礼します。安心してください、お二人からミナヅキさんを取るような事はしませんから」

 そう言うとフィリアは立ち上がって会議室を出ようとするが、

「あ、そうそう、フィリアさん。最後に僕からお願いがひとつあるんですけどいいですか?」

「はい、なんでしょうか?」

 フィリアはカイトの呼びかけに不思議そうに振り向く。

「生まれる前のTYPE−Eをすごく愛しているのはよく解りました。だからこそ、TYPE―Dも愛してください。でないと、Dが拗ねちゃいますよ」

 そう言うとカイトは優しく微笑む。まるで、娘を諭すように。

「そう……ですね。ありがとうございます」

 フィリアは頭を下げると会議室を出ていった。

「うんうん。さすが、大人の女性は違うね。素直に聞いてくれるんだから。全く二人には年相応の落ち着きとい……」

 ほけぇ〜とフィリアの後ろ姿を見送っていたカイトの何気ない一言で再びツインハンマーが振り上げられる。

「こらぁ〜。ルリちゃんは殺る気満々で、イツキもさりげなく振り上げるなその凶器」

「ほぉ……まだ言いますか、その減らず口は」

「本当に、私達にはトコトン甘えて言いたい放題な癖、止めろとまでは言いませんがルリちゃんのお兄さんだと言い張るなら、程々にしなさい。でないと涙をこらえて奈落に突き落としますよ」

 片手で涙を拭くようにハンカチで目元を押さえるイツキ。無論、誰もが解る嘘泣きだが、『奈落に突き落とす』という言葉につっこむ事はカイトには出来なかった。

「えっと、その。いやまあ、二人だと言いやすいんだって。ちゃんと聞いてくれるし、そのまあ。あはっ、あははははっ。勘弁してよ」

「まったく、誤魔化されてあげましょうか、ルリちゃん?」

「仕方ないですね。あまりいぢめるといじけますから」

「どーもありがとうございます」

「「くすくすくすっ」」

「あははっ」

 三人とも自分たちのしている事が面白くて笑い出す。

「ははっ。さてと、夕食は期待できるけどまだ時間があるから少し買い物でもしてこようか」

「もちろん、おごりですよね」

 ルリが上目使いでカイトに言う。

「それはもちろん」

「それなら、荷物持ちもね」

 いぢわるそうに笑いながらイツキも言う。

「はいはい。でも、程々にしてよ。前みたいにクルー全員分なんてごめんだからね」





 カイトが月でパイロットの特別講師とテストパイロット、さてまたナデシコBの副長という三足わらじをはいてしばらくの刻が過ぎ、一二月になって間もない日の午前三時ごろ、カイトは一人ベッドを抜け出した。部屋を出るときはそばで眠っている二人に細心の注意を払ってだ。

 そのまま寝室を出るとパジャマを脱ぎ、用意していたジャケットに着替え、防寒用にコートを羽織り、部屋を出た。

 行き先は二四時間営業の喫茶店だ。

 その喫茶店に入ると辺りを見回す。青いリボンを付けた女性を見つけると、案内しようとしたウェイターに『待ち合わせだ』と言いそこに向かった。

「待たせたようですね」

「気にしないでください。クライアントより前に来るのは当然ですから」

 女性のティーカップは湯気の立たないコーヒーだった。カイトはウェイターを呼ぶと、コーヒーの入れ直しと自分のために紅茶を頼んだ。

 カイトは紅茶に軽く口を付ける。

 女性もそれにならいコーヒーを一口飲む。そして、鞄から分厚い茶封筒と光ディスクを取り出す。

「すみませんでした、あまりに情報が膨大だったためまとめるのに時間がかかりました」

「想像以上の量ですね」

 予想以上の分厚さにカイトは驚いた。

「これでもかなり情報は欠落していますよ。おそらくは氷山の一角だと思います。けど、これ以上調べるとなると民間ではとても」

「じゃあ、どう言ったところなら?」

「国家……いえ、国際情報機関ぐらいにならないと。私達ではもう限界です」

「それなら、仕方ないか。ご苦労様でした」

 カイトは頬をかく。

「調べていく過程でクリムゾン、火星の後継、ネルガルとあとアイゼンシュタットこの四つのキーワードに当たるとその先からは調査できませんでした」

 カイトは少し考え込み俯いた。そして、顔を上げる。

「火星の後継というのはよく分かりませんが、アイゼンシュタットというと、ここ最近、軍事部門に力を入れていて、特に兵器だけではなく人も輸出している、あのアイゼンシュタット財閥ですか?」

「アイゼンシュタットに関しては推論ですが、おそらく間違えありません。火星の後継に関してはさっぱり。とにもかくにもこれらの名前がでてくると目的すらさっぱり解らないのです」

 女性は申し訳なさそうに顔を伏せる。

「解りました。これは今回の報酬です」

 カイトはマネーカードを取り出し、女性に渡す。

「調査の方はこれからどうしましょうか。続行しましょうか?」

「これ以上、調べても……そうだ、あと一件だけ調べて欲しい事件があります。八月にアメリカ州ミシシッピー河でフェリー沈没事件がありましたよね。あれをもう一度洗ってください。出来れば二十二日までに」

「二十二日ですか。解りました。連絡法は今回と同じで」

「ええ、それでお願いします」

「それでは失礼します」

 女性が伝票を持って立ち上がろうとしたが、カイトはその手を止め微笑む。

「ここぐらい僕が持ちますよ。それにこんな時間ですし、家まで送っていきますよ」

「そんな、悪いですよ。これも仕事のうちですから」

 顔を赤らめているが拒否はしていない。

「まあ、会社までは送りますよ。そこから先は解りませんけど」

 そう言うと伝票を取ってレジへ歩いていった。





「ずいぶんと長い散歩なのね」

 カイトが部屋へ戻るとその前にはイツキが夜衣にショールを羽織って待っていた。

「ちょっとトレーニングがてらに走ってきたんだよ」

「嘘。なら、なんでコートを着ているの」

「たまたまそういう気分だったんだよ」

「どうして目をそらすの?」

「怒ってるイツキがこわ〜いから」

「ちゃかさないで。今までも時々こうやって私達が眠ってから部屋を出て何かをして んんっ!?」

 カイトはイツキを抱きしめると無理矢理唇を奪う。しばらく口吻をして、イツキの力が抜けたのを確認して戒めを解く。

「……ずるい」

 イツキは少し息をつくと力無く、とんっとカイトの胸を叩く。

「今は言えないけど、危ない事はしてないから。もう少しだけ待ってくれないかな……もう少しだけ」

「そう。そこまでいうなら待ってあげる。でもね、あまり心配をさせないで」

「うん。約束する」

 そういって二人はもう一度口吻をした。












  あとがきというか、懺悔のコーナー

 ひ〜ろ:おっし。第四話終了!!! 日本のワールドカップも終了!!(ぉぃ)

 ルーシア:あわわわっ。何危ない事をいってるんですか、背後さん。

 ひ〜ろ:いいじゃん、事実なんだしさ……

 ルーシア:それは置いて。なんでここまで遅くなったんですか? GW明けには完成じゃなかったんですか?

 ひ〜ろ:GWはね、バイトで書く暇なかったのよ。そのときにメモ無しでエステバリス論を考えていたから記憶が飛ぶ飛ぶ。

 ルーシア:全く、ナデシコプラスの事を教えてくれた豊斟渟さんと相談に乗ってくれたマナナンさんに申し訳なくないんですか?

 ひ〜ろ:すっげー申し訳ないです。ごめんなさい。

 ルーシア:心から謝っているみたいなので許してあげてもらえるとうれしいです。(ぺこっ)

 ひ〜ろ:一応今回は自分なりにナデシコの機動兵器というものに対する考えを出してみた。全部じゃないけど。

 ルーシア:マニアックですよね。今回のために戦闘機の本を買ったりして……

 ひ〜ろ:空は漢の浪漫〜〜〜〜

 ルーシア:はぁ。そーゆーもんですか。

 ひ〜ろ:そうそう。書いていて疑問に思った事がひとつある。

 ルーシア:ほぇ?

 ひ〜ろ:エステにはジュネレータがついてないはずだがアカツキカスタムには何故につい取ると!!

 ルーシア:えっと……(ビデオを見ている)。あ、ありました。アカツキカスタムを初めて見たときのウリバタケさんのセリフですね。『ジュネレータがこんなにコンパクト』

 ひ〜ろ:そーだ。何故ついてるんだか。会長専用に内部動力でも付けたんか!!!

 ルーシア:まあ、まあ。落ち着いてください。何かこの点で解った事がありましたら教えてくださいね。

 ひ〜ろ:まあ、今この疑問は置いてそうそうに第五話を書く。一応、つぎとエピローグでlost a person編は終了だ。次の章へれっつすたーとあげいん。

 ルーシア:平仮名なところが情けないです……

 ひ〜ろ:という訳で、これにて失礼。

 ルーシア:それではまた逢いましょう。あ、そういえば背後さんって、感想メールが二話連続で来なかったからいぢけてるので送ってもらえると助かります。執筆速度が一枚につき1.2倍上がるそうですので。



 補足!!  一部にて本家ナデシコとは設定を変えています。特にエステバリスについては第一次火星会戦には存在しないのに、無理矢理理由をつけて存在させました。ほかにもちょこちょことありますので気になったら質問してください。ちゃんとお答えします。








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