機動戦艦ナデシコ
〜 lost a person 〜






 第一話 始まりはいつも唐突に



 パーティー会場の大勢の人間が談笑しながらテーブルを囲んでいる。

 舞台脇では司会者が、いろいろしゃべっているが誰も聞いていない。お偉いさんじゃない限り、こんな場所ではあまり話を聞く人も少ないだろう。

 パーティー会場にいる、旧ナデシコクルーもそんなのお構いなしに騒いでいた。

 「あーあ。リョーコも来ればよかったのに」

 「それは無理ですよ。月面でパイロット候補生を教えているんですから」

 「リョーコちゃんは鬼教官って呼ばれてるらしいぜ。らしいよなぁ」

 「そー言えば、班長はどーしてるんっすか?」

 久しぶりに集まったのだが、遠方にいるものや用があるものまでは集まっていない。懐かしさ任せ、暇任せと言うことだろうが徐々にだがナデシコ離れしている。

 そうやっている間にお偉いさんの長い前振りも終わり、ようやく新造艦の名前とそのクルーの発表になった。

 みんなの視線がステージに向かう。ここでまた新しいrecordが生まれる。

 「こっほん。ではここで紹介しよう。宇宙軍の新しい船とその艦長を。ナデシコB,艦長テンカワ・ルリ少佐、前に」

 ミスマル総司令がそういうと会場はざわめきに包まれた。主な場所は旧ナデシコクルーがいるところである。

 それもそのはず、ほんの数日前までは"ホシノ・ルリ"と名乗っていたのが、"テンカワ・ルリ"に変わっているのだ。驚かないはずがない。

 そんな驚きを無視したかのように呼ばれた主はマイペースに舞台に上がる。

 「先ほど紹介にあった、"試験戦艦"ナデシコB艦長、テンカワ・ルリです。どうも。クルーのみなさん、がんばりましょう」

 ルリはそれだけを言うとすたすたと舞台際に去っていく。

 まるでそう挨拶するのが当たり前かのように。

 「おいおい、ルリ君」

 それを見たコウイチロウは苦笑する。こういったお披露目をするのには反対されたが、こちらが強引に決定した。その代わりといっては何だが、挨拶などは任せるという形をとったがこうしてくるとは。オブラードで曖昧に隠していたことをぶちまける。全くこのやり方は誰に似たのだか。

 このことを聞いた連合軍関係者は"試験(戦)艦"という言葉に失笑する。あのナデシコの後継艦の進水式があるというのでいさぎ込んでみればただの試験艦か。さすが落ち目の宇宙軍。なりふり構わず子供を艦長に据えてパンダ人気を誘おうとするか。など、辛辣なことを考えていたが、一部の人間は"ルリルリかぁ。かわいいじゃないか。統合軍に入ったのはいささか軽率だったか?"と、ずれた考えをしていた。

 「カイト君。あれってどういうこと?」

 ブリッジクルーの紹介も終わり、艦の始動まで空いた時間にミナトがカイトに詰め寄ってきた。

 「わっ。いきなりなんですか」

 会場の隅でのんびりとくつろいでいたカイトはミナトの剣幕に押された。

 「何でルリルリがテンカワの姓を名乗ってるのよ?」

 「あ、改姓のことですか。それはルリちゃんに聞いてくださいよ。別に僕が変えた訳じゃないんですから」

 「ルリルリの姿が見えないからあなたに聞いてるんでしょ」

 「いや、だって。ルリちゃんが自分でみんなに説明するって言ったから……」

 「じゃあ、どこにいるのよ」

 「ミナトさん、あっちですよ」

 「邪魔しないでって、ジュン君。いつの間にいたの?」

 ミナトの後ろには引きつった笑みを浮かべたアオイ・ジュンがいた。

 「ついさっきです。ルリちゃんなら、あそこです。みんなに質問攻めにあっていますよ」

 ジュンの指さした先に大きな人混みができている。その中央には特徴的な銀色のツインテールが見え隠れしている。

 「全く。油断も隙もありゃしないんだから。じゃ、またあとでね」

 ミナトはくるっとカイトたちから背を向けて人混みの中に紛れていった。

 「助かりました。あのままだとつい喋っちゃいそうになりましたから」

 カイトはそう一言言うとワインを口にする。

 「ついでだったからべつにかまわないよ」

 「ふぅん。ユキナちゃんがミナトさんを捜してきてくれって言われたからですか?」

 「そうそう。って、なんでわかるの?」

 顔を真っ赤にして焦るジュン。誰もわかるってば。

 「ともかく、今回はジュンさんにいろいろとお世話になりました。ありがとうございます」

 軽くだが、頭を下げる。

 「気にしないでよ。仲間だろ」

 照れたように笑いジュンは軽くカイトの肩をたたいた。

 「そうですね」

 カイトも微笑む。

 カイトとイツキがルリにつききりだった頃や改姓などの手続きに一番協力してくれたのはジュンだった。

 よく気が利くというか、苦労人というか。その割にはあまり報われていないような気がする。

 「で、実際のところはどうなんだい。ちゃんとやっていけそう?」

 「ブリッジクルーの大半はナデシコ部からそっくりそのまま移動ですから大丈夫でしょう。まっ、なんだかんだ言ってルリちゃんはまとめ役があってますよ」

 カイトは壁に寄りかかり、人混みを見ながら優しく微笑んだ。そして、会場を見回す。

 「そういえばカイト君。今日はナンパをしないのかい?」

 「とーとつにどーやったらそーゆー科白が出るんですか?」

 カイトは顔に縦線を入れてじと目でジュンを見た。

 「はははっ。前にユキナが言っていたよ、イツキさんやルリちゃんの前でナンパをしたんだって? それにぼくの部署でも君から声をかけられたってよく聞くよ」

 「まったく、誰が言ったか大体想像つきますよ。でも今日はしませんよ。したらこのあとのレセプションでどうなるかわかりませんから」

 「しないのかいと言っていてなんだけど、もうナンパなんか止めた方がいいんじゃないかい?」

 「別にナンパって訳じゃないんですけどね。ただ、お茶でも飲みながら楽しもうよってぐらいの気持ちですから」

 「相手はそうは思ってないんだよ」

 「う〜ん。もてる男の宿命ってやつかな。ジュンさんも一緒にどうですか?」

 ジュンはほんの少し考え込んだが、すぐさまあわてたように断った。カイトはその仕草にはじめは驚いたが、戯けたように笑った。そして、ジュンもつられるように笑った。

 しばらくこうやって、たわいもない話をする。

 カイトの視界に一人の女性が入ってくる。黒く艶やかな髪を結い上げ、オーキッド色のドレスを鮮やかに着こなしている。容姿に幼さを少し残すが、一つ一つの動作が実年齢以上の風格をまとっていた。

 「こういう話をすると何とやらですね。ジュンさんにかな?」

 「まったく、よく言えるね」

 二人の会話を気にもとめないのか女性は正面に立つ。

 「よろしいかしら。ミナヅキ大尉、アオイ中佐?」

 「ええ。どうぞ」

 「かまいませんよ」

 カイトとジュンはにこやかに答える。

 女性も気をよくしたのか微笑み返し、スカートの裾をつかみやんわりと一礼する。

 「初めまして。わたくしは統合軍大佐、キリシマ・ナツキ。と言ってもプライベートで来ているから階級は気にしないでね」

 あわてて敬礼するジュンに対してカイトはのほほんとしたままだった。

 「カイト君、まずいよ。仮にも上官なんだから」

 ジュンが肘でカイトに示唆するが、

 「プライベートだからナツキさんでしょ。彼女もそう望んでますし、ね?」

 「その通りね。都合よくするかもしれないけど」

 夏樹も笑いながら、気にしないわよという。

 「階級うんぬはおいといて、何用でしょうか、お嬢さん?」

 「ただ、新ナデシコとそのクルーを見に来ただけよ。だって、前大戦を実質的に終わらせた艦の後継艦ですもの。クルーの大半はいれかわっているとはいえ、ホシノ・ルリ少佐がいるのだからそれだけで興味があるわよ」

 「それなら、カイ…ミナヅキ大尉でなく、テンカワ少佐のところへ行くべきじゃないですか?」

 ジュンはルリのいるほうを差して、至極当然な質問をした。

 「その通りなのだけど、あれだけ人ごみ。それに旧知の仲って感じで話をしているから行きづらいわよ。それでよく見回したら、アオイ中佐とミナヅキ大尉が2人きりでいるじゃない。あっちよりはこっちの方が話しやすそうだなと思ったから来たの。ただ、それだけじゃなくって、ミナヅキ大尉、貴方にも興味があったからなのだけど」

 ナツキは意味ありげに微笑む。

 「僕も興味ありますよ。何しろ木蓮出身で女性佐官はナツキさん、貴方だけだし、何より美人だから。ジュンさんもそう思うでしょ?」

 急なアクションのためにどう言っていいのか分からないジュンはなぜか顔を赤くして慌てる。

 「えっ。そのキリシマ大佐は十分美人ですしその……」

 「さん……でしょ?」

 夏樹は微笑んだまま"大佐"呼ばわりしたジュンの鼻を指で抑えて窘める。

 ジュンは顔をさらに真っ赤にして少しうつむき、小声で「すみません、キリシマ……さん」と謝った。

 「で、ナツキさん。僕に興味って何でしょうか? 普段から種も仕掛けももっていないつもりなんですけど」

 「あら、いろいろあるわよ。兵器の操縦テクニック、戦闘レベルでの指揮、物事の教え方、などね。それより興味があるのは、何でそれだけもてるのかってところかしら。確かに、ルックスとか雰囲気は結構いい線行っていると思うけど、それだけじゃ説明つかないでしょ」

 ナツキは指を頬に当て小首を傾げる。

 「困ったなぁ。僕もそんなに意識している訳じゃないですからどう言っていいのか。そうだ。その秘密を探るために今晩つきあいませんか?」

 「あらあら、ほんとお上手ね。それじゃぁ、エスコートしていただけるのならよろこんで」

 まんざらでもない表情で誘いを了承するナツキ。その後も二人で話が盛り上がる。時々ジュンにも話が降られるが相槌を打つぐらいで視線は宙に浮かびがちだった。

 (カイト君、本当にこういうとき生き生きするんだね。はぁ、ボクもこのくらい話せていたら、もっと変わっていただ……げっ!)

 宙に浮かんでいた視線はとある場所を見て止まってしまった。

 

 

 

 話は少し前後する。

 ミナトは人混みをかき分け、ジュンの教えてくれたところにいるルリの前にやっとたどり着いた。

 「ルリルリ、遅れてごめんね」

 「ミナトさん、こんにちは。ユキナさん心配してましたよ」

 「ほんとだよ、ミナトおねーちゃん。ぷんぷん」

 ひとまずルリに挨拶をしてユキナに拝み倒すミナト。それでもユキナは憮然とした態度を崩さなかった。

 「まあまあ。ユキナちゃんもそう怒らないで。さっきまであれだけ心配してからってのもあるでしょうけど」

 ユキナの後ろにいたイツキがなだめるように両肩をぽんぽんとたたく。

 「もぅ。じゃ、おわびに今度亀屋のケーキを食べにいこっか?」

 「う〜〜。2個」

 「はいはい。わかりました」

 みな甘えているだけと言うことはわかっているのでほほえましく見ている。

 「そうそうルリルリ、どうして姓を変えたの?」

 一瞬ルリは不思議そうな顔をしたが、普段通りの表情で答える。

 「あの人たちからいただいたんです。だた、それだけです」

 「そ、それってルリルリ……」

 「安心してください。もう、吹っ切れていますから」

 ミナトはルリの瞳に迷いが見えなかったので安心した。

 「でも、どうして今なの?」

 「少しまえに養子縁組届けをカイト兄さんが渡してくれましたから」

 ミナトは何となくカイトがこの時期にルリに手渡したのかわかった。葬儀あとの遺品整理はカイトとウリバタケがほとんどを仕切っていた。そのときにすでに見つけていたのだろうが、今は渡してはいけないと思って一時的に隠し預かっていたのだろう。

 「まったくもぉ。びっくりしたじゃない。カイト君も人が悪いわ」

 「はい。それがカイト兄さんですから」

 二人ともにっこり笑いあう。

 「あの、そのカイトですが、ミナトさんは見かけませんでしたか? そろそろナデシコに乗る時間なので集まっていないとこまるのですが」

 イツキがあたりにカイトが見えないのを不安に思ってミナトに聞く。

 「カイト君なら、さっき会ったわよ。まだあっちの壁際でジュン君と話してるんじゃないかな?」

 「あ〜、ジュンちゃんミナトおねーちゃんを連れて来てってたのんだのに、カイトさんと話し込んでるなんて、ぷんぷん」

 「もう、あの人ったら。仕方ないわね。ルリちゃん、あの人を今から連れてくるから、ちょっと待っていてね」

 「イツキさん、私も行きます。ユキナさんも行くみたいですから、この際みんなで行った方がいいでしょう」

 ルリの提案通り、みんなでカイトとジュンのいる方へ歩いていく。

 「イツキさん、何でカイト兄さんを野放しにしたんですか? 羊の群に狼を放しているようなものじゃありませんか」

 「いくらあの人だからって、そこまで節操なしじゃないわよ。それにここでそんなことをすればすぐ私達にばれちゃうでしょ。たぶん、そんな事してないわよ。ほとんど自信がないけど」

 イツキはルリの懸念を困った笑みで肯定する。

 「やっぱりそうですね」

 カイトの姿が見えたとたん、ルリのあきれた言葉が出た。

 

 

 

 カイトは横で小突くジュンのおかげで険悪な空気が前方から迫ってくるのに気付いたが、もう遅かった。

 ナツキはカイトの変わり様を不思議に思ったが、後方から迫る雰囲気で納得した。

 「あ、あはははっ。イツキにルリちゃん、みんなもどうしたの。

 ……ちょっと待った、イツキそれは危険という前にどこから取り出したのさ!」

 瞳の笑っていない笑みを浮かべたイツキは"お仕置きはんまぁ1t仕様"を軽々と片手でもっていた。

 「ほんと、楽しそうにお話しされていましたね。昨日、今日だけは絶対に止めてくださいねとお願いしましたよね。まさか、忘れた訳じゃないでしょうね?」

 「わ、わわ忘れた訳じゃないよ。話の流れでついつい……」

 壁際で話をしていたのですでにカイトの逃げ場はない。

 (これから修羅場かしら? 思った以上におもしろそうなところなのね)

 「キリシマ大佐、何余裕かましているのですか。早くさけないととばっちりを食らいますよ」

 「これから面白くなりそうなのにどうしてかしら。それにわたくしは"さん"で呼ぶようにって言っているでしょ」

 ジュンが注意するが、階級で呼ばれるのがいやなのかナツキはむっとした顔になってつめよる。

 「じー。ほんとはジュンちゃんが浮気してるんじゃないの?」

 いつのまにかジュンの横に立っているユキナが疑惑の目を向ける。

 「……あれ、う〜〜ん。この人どこかで見たような気が」

 それもつかの間、ジュンを睨んでいるナツキに興味が行く。

 「あら……この子……もしかして、ゆきちゃん?」

 「えええ〜〜〜〜。なつおねーちゃん?」

 「そうそう。ナツキよ。ナデシコのクルーに引き取られたって聞いていたけど、まさかこんなところで会うなんて。久しぶりね。元気だった?」

 「うん。元気だよ。今はね、ミナトおねーちゃんと一緒に暮らしてるんだよ」

 「ちょ、ちょっとユキナ。その人は?」

 いぶかしげに見ていたミナトは二人の関係を疑問に思う。

 「えっ。なつおねーちゃんは木星にいたときの友達。お兄ちゃんがいないときとかよく遊んでもらったんだ」

 「そうなの。いい人と会えたわね。

 私はハルカ・ミナトです。今、この子と一緒に暮らしてます」

 「わたくしはキリシマ・ナツキよ。よろしくね。

 そう、ゆきちゃんに謝ろうと思っていたことがあるのよ。木星の反対側にいて知らなかったとは言え、九十九さんがあんな事になっていたなんて。ごめんね」

 頭を下げるナツキ。その姿を見たユキナはあわてて声をかける。

 「なつおねーちゃん、頭あげてよ。なつおねーちゃんが悪い訳じゃないんだから。それにね、あたしは大丈夫。こっちのミナトおねーちゃんのほうが大変だったんだから」

 「ユ、ユキナ。もう、恥ずかしいこと言わないの」

 あわててユキナの口をふさぐミナト。その姿をちょっと寂しそうに、そして優しく見るナツキ。

 「くすっ。つもる話はいっぱいあるけど、今はあちらを見ましょう。リアルタイムでああいうのはあまり見られないものだから」

 そして、3人の視線がカイト達に移ろうとした瞬間、"ぐしゃっ!"という音がした。

 「あらあら。おわっちゃったのね。残念」

 本当に残念そうな声が漏れた。

 

 

 

 「イツキさん、この位にしておきましょう。これ以上はあとで差し支えますから」

 「そうね、ルリちゃん」

 ハンマーとともに沈むカイトをものともせず、二人はまるでテニスが終わったあとのようにさわやかな笑みを浮かべる。

 (((((え、えぐい……これだけされるのによく懲り無いなぁ)))))

 と、そのとき会場に警報が鳴り響く。

 「イツキさん、強く叩きすぎましたか?」

 「警報が鳴るほど強く叩いたつもりはないのだけど」

 不思議そうに小首を傾げるイツキ。ルリは、原因はここでないことを悟ると管制室に連絡を取る。

 「ナデシコB艦長テンカワ・ルリ少佐です。この警報はなんですか?」

 『エマージェンシーコールです。原因はわかりませんが、"バッタ""ジョロ"と言った旧木星トカゲの兵器が急に襲ってきました。出所、数ともに不明です』

 ウィンドウに現れたオペレーターはあわてて答える。

 「わかりました。目的はおそらくナデシコBでしょう。ナデシコB緊急発進します。それでは」

 用件だけを言うとウィンドウを閉じる。

 「イツキさん、クルーのみなさんにれ……」

 「ブリッジクルーは各自ナデシコの持ち場に着くように連絡しておきました。あと、ほかのクルーには会場の方を誘導するように指示しました、艦長」

 「ありがとうございます。では、カイト兄さんはエステバリスにて出撃。イツキさんは私についてきてください」

 「はい!」

 「ひゃい……」

 つぶれている一人を除きてきぱきと行動し始める。

 「ほら、あなたも起きて。寝ている場合じゃないでしょ」

 「……ぁ、あれだけぶったたいておいて言うこと?」

 「それは不埒なことをしていたあなたが悪いのでしょ?」

 「ご、ごめんなしゃい。と謝ったのでひとまずそれはおいて、ルリ艦長。ナデシコBにはエステは積んでありませんが、どうするつもりですか?」

 地べたにはいつくばったままシリアスに言っても決まらないが、カイトの疑問もしかり。

 「この基地にある予備機を借りてきてください。ブリッジにミナヅキ大尉がいてもこの場ではその能力をフルに活用できません。それに緊急時です」

 「りょーかい、ルリちゃん。で、そのエステはどこにあるの?」

 「今は艦長です、ミナヅキ大尉」

 「でも、一番はじ、ぐえっ」

 よけいなつっこみをイツキが黙らせる。もちろん、誰も見て見ぬ振りをする。

 「ま、まぁ。ボクが知っているから案内するよ」

 イツキは地べたにはいつくばっているカイトを起こすとジュンの前に差し出して、「よろしくお願いします」と頭を下げて引き渡した。

 そして、カイトはルリに敬礼して「まかせてよ」といい、節々をさすりながらジュンを追って走っていった。

 「それでは行きましょうか」

 「ええ、ルリちゃん」

 「イツキさん、今は艦長です」

 

 

 

 「大尉、近辺に街があるので銃器の使用は禁止されています。それですので装備はイミディエットナイフのみです。ご武運を」

 「フィールドランサーとか長い得物はない? しかたないな、これでがんばりますか。じゃ、でるよ」

 陸戦フレームにアイドリングが十分かかったのを確認してカイトは、整備兵を下げさせ外に出る。

 外は盛大にバッタ達が飛び回っていた。

 「これだけの相手をナイフのみでってさ、自殺行為だよ。さて、味方はと」

 識別反応を表示してあるモニターを見ると味方が各個撃破されているのがよくわかった。

 (実戦からこうも遠ざかるとこのざまか……いけない、いけない。本当はこんな事が起こっちゃいけないんだ。普通に生きるなら)

 何かを振り払うようにカイトは頭を振る。

 「こちらナデシコB所属のミナヅキ大尉。隊長機、応答を願う」

 『こちらスペアコマンダー、タカツ軍曹であります。現在自分が隊長であります』

 「各機が散開しすぎている。このままだと各個撃破のいい的だ。それに外にも広がりすぎだ。このままだと市街地に被害がかもしれない。基地中央に集まった方がいい」

 『りょ、了解』

 「自分が敵機を攪乱して引きつける。その間に逃げ遅れた人や負傷者の救援にむかってくれ」

 カイトは確認をとる前にウィンドウを閉じる。すぐ近くにバッタが現れたからだ。

 機体を軽く左右に振り、一気に間合いを詰めていく。

 「まったく。こんなナイフ一本で」

 ぶつくさ言いながらもイミディエットナイフをバッタに突き立てる。が、思うように刃が突き刺さらない。

 じわじわと力を込めていき、Dフィールドと装甲を破り機能を停止させる。

 (おかしい、シミュレータより堅い。それに前に戦ったときよりも確実に。どうなっている? 和平反対派が嫌がらせとして送ってきたとしては遅すぎる。ただの暴走? 違う、何かの意志が必ずある。目的がナデシコであることは間違えないだろうけど、でも、何故落ち目の宇宙軍の試験戦艦相手に……)

 しかし、それ以上のゆっくり考えることは出来なかった。まるで仲間がやられたからその仇討ちだと言わないばかりにバッタとジョロがわき出てくる。

 「……ナデシコが出てくるまでどれだけつぶせるかな?」

 カイトは先ほど機能停止させたバッタを突撃してくるバッタ達に投げつけた。

 

 

 

 ナデシコBのブリッジは大慌てだった。幸い、レセプション間近だったので急発進するにはなんの支障もなかったが、いきなりの実戦と言うことで実戦経験のないクルーは軽いパニックに陥っていた。

 「艦長より、連絡。みなさん、急なことになりましたが、別にあわてる必要はありません。現在、ミナヅキ大尉がエステバリスで出撃中です。彼の実力はみなさんも知っての通り。十分時間は稼いでくれます。丁寧にすれば大丈夫です。ミスをしても一人で解決しようと思わないで、私かカザマ中尉に連絡してください。ちゃんとフォロします。最後に、カイト兄さんにおいしいところを全部持って行かれないようにしましょう」

 ブリッジ内にあった緊迫した空気は、ルリの言葉で消えてしまった。

 「上手よ、ルリちゃん。みんなリラックスできたみたい。でも、カイト兄さんというのはいけない言い方じゃなかったかしら?」

 「イ、イツキさんこそルリちゃんでは困ります。今は艦長です」

 イツキのつっこみに顔を赤くさせたルリだが、ウィンドウに出されたカイトの戦況には難しい顔になる。

 「さっきはああは言いましたが、カイト兄さん、かなり苦戦してるみたいですね」

 「そうね。あの人らしくないかなり強引な戦い方ね。いくら射撃武器使用禁止や被害を周りに及ぼしてはいけないとは言っても陸戦フレームで空中戦はパフォーマンスとして、することはあってもこういうときにはしないものね」

 もちろんこの会話とカイトの戦況状況が映し出されているウィンドウはほかのクルーにばれないように秘密回線にしてある。

 ウィンドウに映し出されるカイト機は、Dフィールド付きワイヤードフィストを使い、まるでターザンのように敵から敵へ移りわたっていっている。

 敵が散開しているならまだしも密集しているのでほぼ直線に飛ばざるをえないこの行動は自殺行為に近い。簡単に行動先がわかるからだ。

 むろんターザンの物まねだけをするカイトではない。相手のDフィールドを利用して義経の五舟飛びならぬ、エステバリスの五機飛びもしている。

 「ふぅん。すごいわね。IFS対応機は個人個人のインターフェイスの都合上、汎用設定だと性能をフルに発揮できないはずなのにこれだけのことをやってのけるなんて。改めてすごいわ」

 いつの間にかルリの後ろからナツキがウィンドウをのぞき込んでいた。

 「キリシマ大佐、安全保護のためにナデシコに乗艦することは許可しましたが、ブリッジにまであがっていいとは言ってません。食堂のほうで待機していてください」

 さすがに気になったのでルリは少し声を荒立てて言う。

 「あら、だって上がってきてもいけないとも言ってないでしょ」

 「それは詭弁です」

 「けど、ブリッジが一番安全でしょ。ここが落ちたらおしまいだもの。だから、ここが一番安全なのよ」

 「クルーの士気に関わります」

 ナツキは微笑みながら一歩も引かない。ルリも艦長としてこの場は引くわけには行かない。

 このまま不毛なにらみ合いが続きそうなのでイツキが妥協案を出す。

 「大佐、そのように後ろから除かれるとテンカワ艦長も気になりますので後ろのほうで座っていてもらえませんか? ミナヅキ大尉の戦況も静かにして見られるのならお見せできますよ」

 「イ、イツキさん。それだと」

 ルリはさすがにそれはよくないと言いかけたが、

 「このままだと職権乱用されかねないから、こっちから情報を出して静かにして貰いましょう。それならいいでしょ、キリシマさん」

 「ずいぶんな言いようね、カザマさん」

 「あら、違いますか?」

 じと目で睨むナツキをイツキはやんわりと受け止める。

 「わかったわよ。後ろでおとなしくしてればいいのでしょ」

 「お菓子とかありますけど、いかがです?」

 「貰っていくわよ!」

 どこから取り出したのか、イツキはポテチの袋と魔法瓶をナツキに差し出す。

 いいようにあしらわれたナツキはその不機嫌さを隠そうとせずイツキの差し出したポテチと魔法瓶をひったくるように取って、入り口近くにあるソファーに座り込んだ。

 「ほらほら、ルリちゃん。映像を送らないと」

 「あ、はい」

 ルリはナツキの前にウィンドウを唐突に出す。

 ささやかな仕返しのつもりだったが、ナツキは当たり前ようにポテチの袋を開けて観戦モードにはいる。もちろん、いい気はしない。

 「ルリちゃんもほしいの。ポテチ?」

 「いりません。何でブリッジに持ち込んでいるんですか!」

 ルリの態度に一瞬だけイツキは驚いたが、ちょこっと困ったように答える。

 「乙女の備品よ」

 「……分かりました。でも、控えてくださいね」

 「分かりました。今度からルリちゃんの分も用意しておきますね」

 「葉っぱせんべいでお願いします」

 「わかりました。それではお仕事をしましょうか」

 二人の手と目の動き、ウィンドウの展開速度はさらに上がった。

 その姿を横目でちらっと見ていたナツキはカイトが写っているウィンドウに視線を戻す。

 「さすがテンカワ・ルリのお仕事ぶり。まだ慣れてなくて手助けして貰っているけど、あと2、3回の航海で何とかなるわね。けど、こっちはもっとすごいわね。さすが死を舞うものカイト。Dフィールド出力1.5割り増し、その他いろいろも増している強化型バッタ、ジョロ相手にノーマルエステでよくここまで出来るものね。ほくちゃんでもこんな事できないわよ……感心するまえにあきれるわ」

 肘を膝につき、ポテチを食べながらつぶやいた。

 

 

 

 等のカイトは彼女らの信頼に応えるために奮戦していた。

 基地司令部から送られてくるデータを元に、苦戦しているところがあればそこに行き敵を引きつけて次へと行く。

 今のところ基地などに被害は出ているが、人や市街地への被害は全くのゼロ。

 釈然としなかった。市民や人的被害が出ないことは喜ばしいことだ。だが、これだけの戦力で奇襲されてとなるとわからなくなってくる。

 奇跡? そんなことがあるわけがない。やられたエステを見ても明らかにコックピットを極力狙わないように攻撃しているのがわかる。

 「ますますわからなくなる。って、左手残骸か。かれこれ何機落としたか覚えてないからな、さすがに壊れるか……どー戦いましょうか」

 サブモニターの大半は赤く染まっている。ナイフは何機目かを落としたときにぽっきり折れて、右手はワイヤーが切られた。左手はおそらく殴った拍子にそのまま壊れたのだろう。盾みたいな事も結構したので装甲もかなりやれている。

 「あとは蹴りか。こういうときウェイトが軽いのは欠点だよな。がんばりましょ」

 盾にしていた建物の影から出て、蹴りのみで果敢に戦うが、じわじわと追いつめられる。

 「あと3分は耐えなきゃいけないのにもう崖っぷちか。腕が鈍ったかな」

 カイトの後ろにはすでに広い海しかなかった。

 まえにはまだ数十機のバッタ・ジョロが待ちかまえている。

 「仕方ないか、柄じゃないけどつっこんで何機か道連れにして後は任せますか」

 カイトは不敵な笑みを浮かべてバッタ達に突撃しようと思った矢先にウィンドウが2枚開く。

 『そんな無責任なことを許すと思いますか?』

 『そういうわけで、グラビティブラスト発射まで3……』

 ウィンドウに現れたイツキとルリは表面上にこやかだが、言葉に刺がある。

 カイトは本能的にバックステップで海に落ちることにした。逆らって生きていた場合ろくでもないことをされるに決まっているからだ。いや、こうしても手遅れだろうけどたぶん、こっちの方がましだろう。

 陸戦フレームがバックステップで崖から落ちると同時にナデシコBが浮上する。

 海へ落ちていく中グラビティブラストの黒い光がかつていた場所を通過していくのが解った。

 そしてそのあと、ナデシコBが急浮上したために起こった波にさらわれることも解った。

 (ああ、ああ言う考えを口にしただけで相当怒ったんだろうなぁ……)

 カイトはぼんやりと考えながら、陸戦フレームごと波にさらわれた。












 あとがき

 

 ひ〜ろ:始まった始まった、やっと始まった第3部。

 ルーシア:本当に長かったですね……

 ひ〜ろ:……おい。おみゃーはこの世界の住人じゃないだろ。

 ルーシア:ええ、そーですけど気にしない気にしない。

 ひ〜ろ:気になるわい。カルディネアサーガ最終章にて神としてまで奉られた最強おっぺけ娘。世界干渉は重大な問題だぞ。

 ルーシア:ほぇ? ナデシコの世界にですか? 違いますよ、ナデシコに干渉する気はありません。ただ、背後さんの遅筆に対しての苦情処理係ですから。

 ひ〜ろ:ひでえよ。希望と慈愛をつかさどりながらそんな残酷なことを言うなんて……

 ルーシア:さぼり過ぎの自業自得じゃないですか?

 ひ〜ろ:猛反します。

 ルーシア:終わらない物語、命を吹き込まれた物語は終わらないとすすり泣くんですよ。悲鳴を上げるんですよ。

 ひ〜ろ:シーズウェアの蜜柑のこと?

 ルーシア:そうです。物書きさんにはこのゲームの導入部分はつらいものがあるかもしれませんけど。

 ひ〜ろ:まぁ、これは最後まで書くってしつこく宣言してるからさ……

 ルーシア:がんばってくださいね。(にこっ)

 ひ〜ろ:うーっす。

 ルーシア:それじゃ、次回の展開はどうなっているんですか?

 ひ〜ろ:この話の始まりの部分を読んで貰ってわかるように『「思いで」は刻のかなたに』をベースとしています。とかいって、かなり話は違いますけど。

 ルーシア:同じだったらイツキさんが2人出ることになりますもんね。

 ひ〜ろ:まあ、これ以上はネタばれになるのでここまで。

 ルーシア:口、軽いですもんね。

 ひ〜ろ:(ぐさっ)と、とにかく早く書きます。

 ルーシア:それじゃ、次のタイトルは?

 ひ〜ろ:あー、それはやめ。自分の首を絞めるから。

 ルーシア:素直にレベルが足らないからって言えませんか?

 ひ〜ろ:おまーは本当に希望を司どってんのか!

 ルーシア:きゃ〜〜〜。認めて成長してくださ〜〜い。(逃げ出す)

 ひ〜ろ:そーぞーぬしをばかにすんな〜〜い。(追いかけていく)

 

 注:カルディネアサーガ=アラベスクEX ホビーデータというPBMの会社のゲームの一つ。最終章はエピソード27だったかな?








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