第10話 また、『会える』日を(後編)
カイトが映っているウィンドウはだんだんノイズ混じりなっていく。
『あれ……
どうやら、通信システムは完全に壊れたらしく唐突にウィンドが消える。
とりあえず、大丈夫そうなので皆安堵する。
何人かは、『カイト君だからこのくらいじゃ死ぬわけないでしょ』と呟いた。
そのとき、全員のコミュニケにイネスの映像が割って入ってきた。
『はいはい。茶番はそこまで!』
注目を集めるようにぱんぱんと手を叩くイネスのコミュニケウィンドウが遺跡周辺にいる全ての者に対して乱入する。
カイトの豹変ぶりとイネスの突然の乱入により、戦場と化していた遺跡周辺は、水を打ったように静まりかえった。
ああ、いつもの事かと見ているナデシコクルー達とは対照的に敵は開いた口がふさがらない。
『いいですか。太陽系規模の歴史的事件が起こります。それこそ、地球だ、火星だ、木連だ、なんていっているのが恥ずかしくなるくらいの大事件がね。
私が自分の子供の頃から預かっていたプレートには、今日これからこの大事件が起こる事を人類に伝えるメッセージが込められていたの。だから、くだらない忍者ごっこや戦争ごっこはやめて、こちらに注目!!』
強引な登場のため、アキトやカイトを助けなければいけない事を忘れてしまう。
『それでは始めましょう。なぜなにナデシコ"超古代遺跡の謎と古代火星文明の秘密"』
「ああ、まただよ。ここまできたなら、今回こそはないだろうと思ってたのによ」
うんざりしたようなウリバタケを無視してイネスは続ける。
「古代火星文明。今まで私達はそう呼んできたけど、それでは古代火星人とはいかなる生命体だったのか。ミナトさん、あなたはどの程度、知っているの?」
「えっ。あたし?」
急な指名に驚くミナト。
「今回はバカうさぎやガキおねえさんもいないから、あなた達にがんばってもらいます。よろしく」
ミナトはやれやれという格好をしながらもやる気を出したようだ。
ルリは怪訝な顔をしたが、イネスは気付いていない。もしかすると、無視しているだけなのかも知れない。
「しかたないわねぇ。
え〜っと、どういう格好をしてるのかは全くないわよね。だって、家具とか生活を思わせるものがなにもでてきてないのだもの。
だけど、遺跡内部の通路の大きさや、イネスさんがもらったプレートのサイズから、考えるとあたし達とあんまり変わらないんじゃないかなぁ? でも、なにを食べてたかとか、息をしてたかどうかもまったくわからないよね」
「えー? 古代火星人って呼吸しなくてよかったの?」
ユキナが、不思議そうな顔をする。
「そうは言わないけど、木星のガス雲の中やテラフォーミングの前の火星でしか彼らの遺跡が発見されていない事を考えると、酸素呼吸生命体だとは考えにくいわね。
ただし、それは彼らがこの太陽系内で進化したと仮定した場合の話だけど」
「なにぃ。それなら、古代火星人はほかの太陽系から来たって言うのか!?」
古代火星人というのだから、火星で進化したものだとばかり思っていたウリバタケは驚きをあらわにする。
「そうよ。
今回、木連の資料を見せてもらって初めてわかったのだけど、木星にある遺跡の方が、火星のものより若干古いのよ。つまり、古代火星人達は、まず太陽系外から木星に飛来し、そのあと、火星に移住したと考えた方が自然でしょう」
「じゃあ、古代火星人てのは別の太陽系からぼーんっとボソンジャンプで来たって言うのかよ?」
「というわけにはいかないのよ……
ボソンジャンプはチューリップからチューリップに向かって行うか、コントロールしているもののイメージした場所に行く事しかできない。さっきのカイト君みたいにね。けど、イメージングが曖昧だと、ナデシコみたいに地球に帰り着くまで8ヶ月もかかったり、アキト君みたいに2週間前の月に飛び出したりしちゃうわけ」
『あっちゃぁ。それでかぁ』
アキトはごまかすように頭をかく。
「だから、彼らはまず目的に向けて、亜光速で進む無人艦隊を送り込み、資源のある惑星に到着したところで工場を建設、移住可能な惑星に都市と大規模なボソンジャンプの制御装置を作り上げてから移住を行う」
「えっ。でも一番近い恒星からだって、太陽系から光速で何年もかかる距離でしょ。無人艦隊がここに到着するのを待ってると、何百年たっちゃうかわかんないわよ」
「古代火星人ってものすごーい長生きだとかとか?」
「ひじょーにいい疑問だわね。ミナト君」
「ミ、ミナト君って」
ミナトの表情が引きつる。
イネスは知らぬ顔で説明を続ける。
「しかし、あなたもユキナちゃんもボソンジャンプのもう一つの特徴を忘れているわ」
「えっと……あ、時間移動の事ね」
頭の回転の速いミナトはすぐさま気付く。
「そう。目的地の用意が出来る時間を予測して、その時間分未来に向けてボソンジャンプすれば、本人達はいっさい年を取らずに目的に到着できるでしょ」
納得顔でうなずく、ミナト、ユキナ、ウリバタケ。
『イネスさーん! 本題ってまだなのー! 大事件っていつ起こるのー!』
いいかげん本題に入らないので、しびれを切らしたユリカがウィンドウを開く。
「相変わらず鈍い子よね〜。じゃあ、あなたに聞くけど、どうしてこんな高度な文明を築いていた古代火星人が、今じゃいくつかの遺跡を残しただけで影も形も無くなっちゃったの?」
『えっと……えっと……どっかにいなくなっちゃったから!』
指を唇に当てながら考えたユリカが元気に答える。
「そのまんまでしょー」
なに当然の事を言ってると、あきれた調子でユキナ。
「そう、その通り。相変わらずお馬鹿の割には妙に冴えているわね、艦長」
イネスは褒めているのか貶しているのかわからない表情で言う。
「えっ!?」
「あ、わかった。また、別の星系に同じ様にしていっちゃったんだ」
「そう。プレートのメッセージによると、私達の太陽系は単に本当の目的に向かうための停留所に過ぎなかったらしいの。そして彼らは、次の停留所に向けてまた無人化艦隊を送り出し、準備が出来た頃合いを見計らって、また未来に向かってボソンジャンプするの。
そう、それが今から起こるの」
そして、イネスは遺跡上空を指さす。
静寂を保っていた遺跡上空が突然、放電を起こし、雲が散りれ飛び、風が巻き起こる。
そして、遺跡の真ん中に丸く漆黒の時空の孔がぽっかりと口を開ける。
その開く姿はチューリップを連想させる。ただ、規模は桁違いだが。
「なるほど。今から古代火星人達が大ボソンジャンプをしてくるって訳よね」
「「ええっ!!」」
ミナトのぽつりと言ったに驚くユキナとウリバタケ。
「そうよ。そして、ほかの太陽系にジャンプするためにね」
イネスの言葉を合図とするように、漆黒の孔から、木連の無人艦に似た大船団がぞくぞくとボソンアウトしてくる。
出てくる船団の後ろには、ぼんやりとだが大量の隕石群が見える。
そこが彼らの故郷なのだろうか。それとも、ここと同じように停留所だったところなのだろうか。
全ての船団が出終え火星の空を埋め尽くすと、すぅと漆黒の孔は元通り閉じていく。
ナデシコクルーは、イネスに全幅を置いているので唖然としながらその光景を眺めるだけだったが、ほかの者はこの圧倒的な船団の前に冷静さを失い、恐怖に任せて武器をむける者が出てきた。
「そろそろ、アクションが出るはずなのだけど……」
イネスの呟きが無視され、恐怖が引き金を引かせようとした瞬間、船団のなかでもひときわ大きい艦より、1人の女性が映し出された。
『皆さん、落ち着いてください。彼らは、皆さんに危害を加えるつもりはありません。
私は、地球連合軍第103独立部隊所属艦ナデシコの元エステバリスパイロット、イツキ・カザマです』
かつて、ボソンジャンプに巻き込まれ、行方不明になったイツキだった。
服はそのときの着ていたパイロットスーツだった。
『カザマさん!?』
『あんときの新入りか!』
『えぇ〜、なんでなんで?』
『……』
イズミがギャグすら出せないほど、ナデシコクルーは驚いている。
彼女、イツキは彼らの前でボソンジャンプに巻き込まれ死んだはずだったから。
驚いているみんなを落ち着かせるようにイツキは穏やかに微笑み、静かに語り始めた。
『私は戦闘中に木連ロボット兵器の時空跳躍に巻き込まれ、時空の狭間を彷徨っていたところを、彼ら異星人に助けられました。
この時代に向けて時空跳躍を計画していた彼らは、私達人類が彼らの装置を使って不完全な時空跳躍を繰り返し、小規模なタイムパラドックスを起こしては時空連続体にダメージをあたえている事を知り、我々への注意と、自分たちの接近を告げるため、私と同じようにボソンジャンプに巻き込まれた少女にそのメッセージを込めたプレートを渡したのですが、うまく行かなかったようですね』
イツキは一呼吸おき、一瞬だけイネスに視線向けた。
『ともあれ、彼らはこれから別の星系へと旅立っていきます。残していく制御装置を我々人類が使うのは自由ですが……"今回の大跳躍の前後2年ほどは、その影響で跳躍に誤差が生じる可能性があるので注意するように"との事です』
イツキはただのメッセイジャーの様に語ったが、特にナデシコクルーにとっては重大な事だった。
「なるほど、この間からのジャンプのずれは、それが原因だったのね」
『前後2年って、今頃言わないでほしいわ』
エリナはあきれたように言うが、イネスはジャンプのずれを自分で解明できなかった悔しさが言葉ににじみ出ていた。
「よかったぁ。俺達のせいじゃなくってほんとによかったぁ〜!」
「賠償金ゼロ。やれやれ」
「「「はぁ?」」」
ウリバタケとプロスペクターの反応は非常にわかりやすかった。
イツキの突然の告白に驚く者。再度言葉を反芻して納得しようとする者。ここにいる者が事態を個々に受け止めていると、再び時空の扉が開き始める。
今度は、先ほどの隕石混じりの宇宙空間ではなく、風になびく緑の草に覆われた見果たす限りの大草原の星。
そこが彼らの行き先かどうかはわからないが、とても穏やかな風がふいているように見える。
そして、完全に開き終わったと同時に、艦が一隻ずつ、その星に向かってボソンジャンプしていく。
そして、イツキを映し出している最後の艦だけになった。
『彼らの最後の忠告です。"跳躍装置は未来に向かってならいいですが、過去にさかのぼる方向に使用しない事。それから、今回開けた跳躍門は、銀河系内に存在する他の全ての門に向かって跳躍可能ですが、銀河系内に存在する数百を越える知的生命体の中には粗暴な者も多いので、接触には細心の注意を払う事……"だそうです』
『ぜ、全銀河に……』
『数百だとぉ!?』
『ひょぇ〜』
イツキが何気なく言った一言の重大な意味を地球側、木連側のリーダーだけでなく、めったな事がない限り動じないユリカですら間抜けな顔をするしかなかった。
『払う事って……君な』
『向こうから来ちゃったときはどーすんだよ?』
サブロウタやアキトですら、このくらいの反応しかできない。
『いきなり銀河市民の仲間入り、か。こりゃ確かに内輪で戦争なんかしている場合じゃないね。エリナ君、至急重役会議招集して。人類の夜明けだ、夜明け!』
『はいはい……』
がらにもなく興奮しているアカツキをエリナはあきれたように見た。エリナ自身もよく整理ができていないのだろう。
『ナデシコの皆さん、元気そうでよかったです。私は約束の場所へ行きます。また、会いましょう。それでは、さようなら』
イツキが礼をすると同時に映像も消え、最後の一隻も時空の孔に入る。
そして、ゆっくりと時空の孔も閉じていく。
『……あ、ちょっと待った、イツキさん。ここにはカイトのやつが、ミナヅキ・カイトがいるんだよ!!』
アキトの呼びかけに、はっとしたナデシコクルーは次々にイツキに呼びかけるが、すでにボソンジャンプをしているのだろう、もう反応はなかった。
極冠遺跡を巡る攻防劇はひとまず終結した。
結局プレートは古代火星人−というのは、もうおかしいだろう−の大規模ボソンジャンプとジャンプによる時空連続体へのダメージのへの警告だった。
ボソンジャンプの核心に関わる事の収穫がない事を悟った地球側、木連側の暴走グループは早々に撤収していった。
ナデシコの方も暴走グループを捕まえようとなど思わなかったので、追いかけはしなかった。
彼らにとってはそんなことよりも、アキトとカイトの救出が先決だった。
アキトの方は、アサルトピットにダメージはなく早々に救出されたが、カイトの方はそう行かなかった。
爆風と着地時のダメージでコックピットハッチ部分はひん曲がっていて、強制解放でも開かない状況。
ナデシコに回収して、カッターでコックピットを切り開けたが、カイトはぐっすり眠りこけていた。
「ふぅん……あんな大セレモニーがあったのに寝ていた訳ね……」
「……すぅすぅ」
「確か、ここら辺に注射器が……」
「起きてます!」
がばっとベッドから起きあがるカイト。
イネスは何となく悔しそうな顔をする。
ここはナデシコA艦の医務室。
ここにいるのはカイト、アキト、イネス、ユリカ、ルリ。
あとのクルーは事後処理に追われている。
3日後には統合軍の艦隊が来てその作業を引き継ぐ予定だ。
「で、どんな事があったんですか? なんだか、すごい音がしてましたけど」
「はぁ〜。いい、こういう事があったのよ……」
珍しい事だがイネスは一部始終を"かいつまんで"説明した。
「くくっ……あははははっ。イツキらしいや」
「おい、カイト。それでいいのかよ」
アキトが心配そうにカイトを見る。いきなり笑い出したら、確かに危ない奴だと思われても仕方ないだろう。
「いいって、いいって。通信できなかったのは仕方ないし。話からするとイツキは過去へ行ってないはずだから、いつかは会えるだろ?」
「ほぇぇぇ。カイト君、自信あるんだね」
不思議そうに見るユリカにカイトは微笑む。
「あんまり自信ないよ。イツキはしっかりしてるようでおっちょこちょいだから。ほんと今回のがいい例。委員長とか代表役をすると自分の事が見えなくなるんだもんな。お人好しで責任感強いから」
カイトの話を聞いていると違和感があるのかイネスは少し考え込む風になるが、すぐひらめいてカイトに詰め寄る。
「カイト君。もしかして、記憶を思い出したの?」
「ええっ!! そうなのカイト君!?」
イネスにつられるようにユリカも詰め寄る。
「ええ。足らなかったパズルのピースがそろった感じかな?」
カイトは手を頭で組んでベッドに倒れ込み、ぼーっと天上を眺めた。
「張り合いがないわね。記憶を思い出したのだから、もう少し喜んだらどうなの?」
「別に記憶が戻ったからって、ドラマみたいに何かが変わる訳じゃないですし、エリナさん達が必死に調べた結果がほとんどあってましたから何となく新鮮みにかけるんですよ」
顔をみんなに向けて、ちょっと困ったように微笑み、期待に添えられなくてごめんなさいと、言った。
「それに、今は喜ぶより感謝してるんですよ」
「感謝……ですか?」
「うん、感謝。自分らしくいれた事に。よくテレビとかだと、記憶が無くなったり戻ったりすると性格が変わるとかあるじゃない。けど、そうならなかった。それは、ナデシコのみんなが"自分らしく"を大切にしていたから、僕は僕であった。だから、ナデシコのみんなに感謝を。特に、ルリちゃん、ユリカさん、アキトにね」
今までで一番澄んだ笑顔を4人に向ける。
この笑顔が本来の顔なのだろうか、全てを思い出し、新たなる想い出を受け入れた故の笑顔なのか。
どちらの笑顔だとしても、その笑顔を向けられた当事者達はカイトが自分らしくいてくれた事を素直に喜んだ。
ただ1人ルリを除いて。
「記憶が戻ったとはいえ、イツキさんの事、詳しいですね。……どうしてですか?」
ルリは伏せ目がちに尋ねる。
「唐突に聞かれるとこまるな。う〜ん、幼なじみだったし、何よりイツキの事だからだよ」
カイトは笑みを崩さず答える。
ルリは手をきゅっと握り、下唇を噛む。
「そうですか。私はこれで失礼します。ミナトさんやメグミさんにお仕事をこれ以上任せておくのも気の毒ですから」
そう言うとルリはさっさと医務室を出ていった。
「あ、ルリちゃん待ってよ〜。アキトも元気になったら厨房でがんばってね。ルリちゃ〜〜ん」
あわただしくユリカはルリを追いかけて行った。
「慌てるほど忙しいのかな?」
カイトは2人が慌ただしく出ていったドアを眺めた。
「そうだよな。2人とも慌てなくてもいいだろうに」
アキトもカイトと同じように不思議そうな顔でドアを見ていた。
「あ、あなた達。本気で言っているわけ?」
「「はぁ、そうですけど」」
アキトはともかく、女たらしのカイトが気付かなかったという事実にイネスは溜息をつくしかなかった。
ルリは医務室から出てすぐの角を曲がり壁に寄り掛かり、ぼぉっと天上を眺めた。
「どうしたって言うんですかね……
カイトさんがイツキさんの事をあんな風に言ったぐらいで……なんなんですかね、この気持ち」
後半部分は声に出るかでないかの小さな声で呟く。
「ルリちゃ〜ん。待ってよぉ〜〜ごっ!」
ルリを追いかけてきたユリカは、壁に寄りかかっていたルリの足に引っかかり廊下を数メートル顔面スライディングしていく。
「艦長。生きてますか?」
「あはははっ。生きてるよ。それに今はユリカだよ」
「は、はぁ……で、なんのようですか、ユリカさん」
「うるうる。ルリちゃん素っ気ない」
ユリカは涙目で立ち上がり服に付いたほこりを払う。
「ここじゃなんだから、展望室にいこ」
そのまま展望室に2人は行き、中央ら辺に並んで座った。
「で、なんのようですか、ユリカさん」
ルリはここに来る間もポーカーフェイスだった。
「ルリちゃん、カイト君の事、異性として好きでしょ」
ユリカの率直な聞き方にさすがのルリもはっとする。すぐさまポーカーフェイスに戻すが遅かった。
ユリカはああやっぱりという表情をしたが、困った表情も混じっていた。
「このままなにも言わないと、カイト君イツキさんの事ずっと待ってるよ」
ずきっ
痛む心を隠すようにルリは顔を膝に埋めた。
ユリカはルリを優しく包み込む。
「言うのは勇気がいるけど、言わないのは辛いよ。何事も行動よ。何かしてみないとなにも変わらないもん」
「……でも、拒絶されたら、拒絶されて今が壊れるかも。そうなるなら、
「カイト君って、そういう子かな? ミナトさんともちょこっと話したけど、その心配はいらないよ、カイト君だってそういうのいやだろうし。何より、カイト君を信じられない?」
ユリカは母が娘に優しく諭すように言う。
「ユリカさん、それって卑怯な言い方です。信じてるって言うしかないじゃないですか」
ルリは赤い目をしたままゆっくり顔を上げ、微笑む。
「あははっ、ごめんね。けど、そうでも言わないとルリちゃんため込んじゃうから。アキトのときだってそうでしょ?」
ぼんっと言う音が聞こえそうなほど、ルリの顔は真っ赤になる。
「あのそのだからって事じゃなくって、二股かけたとか、代わりとかじゃなくって……あうあう」
普段のルリでは見られないパニックになった表情を優しく見ながら、ユリカはささやく。
「大丈夫だって、誰もそんな事思ってないから。そんな事言う人はユリカがぶっ飛ばしちゃうんだから」
「やめてください。ユリカさんが言うと冗談になりません」
「ルリちゃん酷い。けどね、女は行動力だよ」
「そうですね。ユリカさんを見ているとそれだけしかないですものね」
「ル、ルリちゃん、なにかいった」
ユリカの顔が引きつる。
「私、少女ですからよくわかりません。けど、いい言葉ですね"女は行動力"って」
「お母様から教わった最後の言葉なんだよ。ルリちゃんにも引き継いでもらえると嬉しいな」
ユリカは優しく母のように微笑んだ。ルリもつられて微笑む。
「心配してくれてありがとうございます。あとは、自分らしくしてみます」
「うん、ルリちゃんふぁいと!」
「それじゃ、ブリッジに戻りましょう」
「えっ。今からカイト君のところに行かないの?」
「今回の遺跡事件の事後処理をしないと二人っきりになるって難しいので、ちゃっちゃとすました方がチャンスは多いはずです」
「そっか。じゃ、がんばろ!」
2人は本当の親子のように手をつないでブリッジへ向かった。
ルリの待っているチャンスは、それから2日後におとずれた。
「もぐもぐっ……だから、今日は行きたい場所があるの? ごっくんっ」
「ユリカ、口の中にものを入れたまま喋るなよ」
「あははっ、アキトの料理美味しいからついつい。ごめーん」
ここはナデシコA内の食堂。
旧ナデシコを模倣して作ってあるだけに各所はそっくり。
キャンプの方は片づけて、ナデシコAにそっくりそのまま移動しているので食堂内はかなりにぎわっている。
「行くのはいいけど、どこに行くの?」
「ここから、100kmほど離れたところにある渓谷にです」
「ふ〜ん。だから、昨日お仕事がんばってたんだ。じゃ、艦長権限で許可します」
「ありがと、ユリカさん」
ほっとしたカイトは食事に戻る。
今日の朝ご飯は、白飯、お麩のみそ汁、アジのひらきと卵。
食べながら昨日あった事とか別れていたときの話で盛り上がる。
食事も終わり、食堂から出るとカイトは服を引っ張られているのに気付く。
「あれ、ルリちゃんどうしたの?」
ルリに視線を合わすため少し身体をかがめるカイト。
しかし、ルリは服を掴んだまま顔を伏せている。
「もしかして、さっきの生卵に当たったとか?」
「違います!」
「ごめんごめん。で、どうしたの。黙ってたらわからないよ」
カイトは少し困った顔になる。ルリがこういった風になった事がないからだ。
「わ、私も付いて行ったら、いけませんか?」
ルリはまだ顔を伏せたまま尋ねる。
「別に付いてきてもいいけど、なんにもないよ。3年前の記憶だからもしかすると何かあるかも知れないけど」
「かまいません。私、することありませんし。なにもなくても私には知らない土地です」
ルリは顔を上げて一気に言い終えるとまた顔を伏せた。
カイトはなぜルリがここまで必死になるのかわからなかったが、その態度がほほえましく優しくルリの頭をなでる。
「それじゃ、僕には準備があるから。そうだな、1000時にルリちゃんの部屋に迎えに行くから待っててくれないかな?」
「は、はい」
顔を伏せたままのルリを不思議に思いながら、それじゃ先に行くからと言い手を振りながら去っていた。
「はぁ……第1関門突破ですね」
安心して顔を上にあげた少女はトマトのように真っ赤だった。
カイトとルリを乗せた月面エステバリスは一路渓谷へ向かい飛び立った。
雲一つない快晴。アキトはこういった日の事を"火星晴れ"と言った。
「ルリちゃん、急ごしらえのサブシートだけど座り心地はどう?」
「いつも座っているオペレートシートと比べると落ちますけど、悪くはありません」
「あははっ。厳しいね。ちょっとの間だから我慢してよ」
「別に座り心地が悪い訳じゃありません。あの、紙袋に入っている花と瓶は何なのですか?」
このままだと椅子の話ばかりになりそうなのでルリは話題を変えた。
「……僕はルリちゃんの膝の上にあるバスケットの中身の方が気になるな」
ほんの一瞬だけ間をおいてカイトは尋ねた。
「そ、それは着いてから話します」
「それじゃ、到着するまですごく楽しみにしてるね」
にっこりと微笑むカイト。その顔をちゃんと見る事の出来ないルリは顔を赤くしてうつむく。
しばらくの間2人はなにも話さずにいた。
ルリは何とか話しかけようと口を開きかけたとき、センサーに機影がかかる。
カイトは素早くチェックを行う。
「敵じゃないよ、ルリちゃん。どうやら、先客みたいだ。ほら、赤白にペイントされた悪趣味なエステが見えるでしょ」
ルリは目を凝らしてカイトの指さす先を見るが、そのようなものは見えない。しばらくそのまま見ているとようやくカイトの言う"悪趣味な"エステが見えてきた。
「カイトさん、よく見えましたね」
「ま、昔から目はよかったから」
月面エステバリスを赤白のエステバリスの隣に着地させる。
「……何にもないところですね」
バスケットを持ってエステバリスから降りたルリはぽつりと呟く。
「言ったでしょ、なにもないって」
カイトも苦笑しながら、紙袋を持って降りてくる。
「じゃ、ちょっと歩くよ。それ持とうか?」
「軽いから大丈夫です。それに……」
ルリは言いよどむと顔を赤くしてうつむく。
「そういうなら無理には言わないよ」
カイトはルリの調子が朝からおかしいのを不思議に思いながら歩いていく。
崖を少し下ったところに先客である男がいた。
「アイリアか。もうもど……!?」
男は振り返りカイトを見ると驚愕した。
「て……てめぇ……なぜ生きている事を言わなかった!!」
男はそういうとカイトに向かって殴りかかってきた。
だが、カイトには予想通りの事だったので半歩ずれて男の足を引っかけて扱かした。
「いきなり何をするんですか!」
「いいんだって、ルリちゃん。このおじさんは僕にこうする権利はあるんだから。ただ、素直に殴られるつもりは微塵もないけど」
怒り出すルリの頭をナデながらカイトは言う。
「いけしゃあしゃあと言ってくれるな、カイト」
「さらに追い打ちしてほしい?」
男は服に付いた砂埃をはたきながら立ち上がる。
「久しぶりですね、アラン・ファルメーラ"元"中隊長」
「ああ、そうだな、ミナヅキ・カイト"元"第5小隊長」
2人はびしっと敬礼をかわし、笑い出す。
「相変わらずですね。昔なら追い打ちは当たり前、肘も追加してる」
「てめえが今まで黙っていたのが悪いんだろ」
「どうしてしなかったのかではないぐらい察しろ」
「わぁってるさ。で、そこのお嬢ちゃんは"また"か?」
「ルリちゃんは違う。"また"なら、こんな所連れてこない」
ルリはカイトの影から、むっとした視線をアランに向ける。
「そのお嬢ちゃんが睨んで怖いから俺は去る。じゃあな」
おどけた態度を取りながら、アランは背を向ける。
「ああ、アイリアさんによろしくな。これ、アイリアさんにと彼女と一緒に飲んでくれ」
カイトは紙袋の中にあったボトルと花束の中の花を一本抜いてアランに投げ渡す。
「お嬢ちゃん。カイトの奴はいいやつだが、女には節操がない。手が早いから気をつけな」
アランは振り返らず、けらけら笑いながらボトルと花を受け取りその場から去っていった。
少しするとエステバリスが遠ざかる音がする。
「あの失礼な人は誰ですか」
「かつての上官だよ。礼儀のいい人だとは言わないけどいい人だよ」
過去を思い出すように。そして、ルリをなだめるように微笑む。
「連れてきていて何だけど、ちょっと待ってくれないかな。ここでする事をしてくるから」
「はい。でも、何をしに来たんですか?」
カイトはちょっと寂しい顔をして崖に顔を向ける。
「僕を助けるために死んだ仲間の墓参り」
そう言うと花束と紙袋を持って崖っぷちまで行く。
手に持っている花束を崖底に手向け、紙袋の中にある酒瓶を開いて花束と同じように崖底にかける。
そして、カイトは瞳を閉じ黙祷する。
あのとき別れたときからの事、今生きている事の感謝を述べ、瞳を開くと隣ではルリも黙祷をしていた。
「ルリちゃん?」
「カイトさんは終わりましたか?」
「うん。ルリちゃん、もしかして、黙祷してくれてたの?」
「はい」
「ありがと。みんな喜んでると思うよ」
カイトはルリの頭を優しくなでる。
その手が心地よく、ルリは目を細めてカイトを見上げる。
「死んだという事は悲しい事ですけど、大好きなカイトさんが今生きているのはこの人達のおかげですから」
「ありがと。彼らに変わって感謝を。
ルリちゃんから大好きだなんて言われるなんて嬉しいな。情けない兄からランクアップかな? 僕もルリちゃんの事大好きだよ。本当の家族のように思ってる」
「違います。家族としてじゃなく、1人の男性としてカイトさんの事を好きなんです!」
真っ赤になってすねたように怒鳴るルリの言わんとする事をやっと理解したカイトはルリの頭をなでたままの格好で固まる。
カイトは確かにルリの好意を感じてはいたが、それは家族として。アキトやユリカと同じような想いだとばかり思っていた。そのため、どう答えていいのかわからない。
ルリはとっさに言ってしまった事と二人っきりになるという事ばかり考えていて場所まで考えてなかった事で頭がいっぱいになった。
2人ともなにも言わず、そのままの姿勢で時が過ぎていく。
最初に口を開いたのはカイトだった。
「ごめん、その気持ちには答えられない」
静かだったが、はっきりとした言葉。
だが、不思議と拒絶だけには聞こえない。
「やっぱり、イツキさんが好きなんですか?」
「うん」
「返ってこなかったとしても?」
「うん」
「どうして、私じゃ駄目なんですか!?」
「僕にとってイツキが一番だから。ルリちゃんが真剣に僕の事を思ってくれるからこそ僕はその思いに答えられない。それともう一つ……僕とルリちゃんの生まれにある」
カイトの瞳が碧く深く澄んだ色になる。
「それは……それは、私がマシンチャイルドだからですか?」
「そう……」
ルリは悔しかった。自分をそんな理由で嫌う人を好きになった事を。
そう思うと後ろを向き走り出そうとしたがカイトが手を握っていて走り出せなかった。
ルリはカイトの手をふりほどくために暴れ出す。
「放して、放してください!!」
「まって、誤解だよ。それにまだ、続きがあるんだ!」
「聞きたくありません! そんな言い訳!」
「言い訳じゃない、僕もマシンチャイルドなんだから!」
びくっとして、ルリの動きが止まる。
カイトはルリを掴む手を放す。
「腕、痛くない?」
「はい、痛くないです……」
「よかった、心だけでなく身体まで傷つけるところだった」
カイトの蒼い瞳は深い悲しみに彩られる。
「何でカイトさんと私がマシンチャイルドである事が関係あるんですか?」
「僕がルリちゃんの出生に深く関わっているからだよ。ルリちゃんの遺伝子パターンの一部は僕のを模倣している。そして、その計画立案者は僕だ。だから、なんだよ」
「そ、そんな……」
「ごめん、謝って済む問題じゃないね」
「違います、そんな事関係ないです。ただ、びっくりしました。カイトさんが父とも兄とも言える人だったなんて」
「けど、思い当たる節は何度かあったでしょ?」
「はい……けど、それだけでないですよね?」
「うん。ただ、それは言いたくない」
「何となく分かります」
「ありがと」
2人の表情は軟らかくなる。碧い瞳も黒い瞳に戻っている。
「私、ふられちゃいましたね」
「うっ、ふった当人の前で言う?」
「カイトさんだから言うんですよ。優しいからこういうと罪悪感がちくちくとするでしょう。やっぱり私をふった罰は必要でしょ」
「それじゃ、これで数多い貸しを減らしてもらおう」
「いいですよ」
2人は笑いながら並んでエステバリスまで歩く。
「う〜ん」
「どうしたんですか?」
急に悩みこんだカイトをルリは不思議そうに見る。
「ルリちゃんは絶対に美人になる。だから、そのさなぎから蝶に変わっていくそのときぐらいはって思うとものすごく損したなって……に、睨まないでよ、ほんの冗談なんだから」
「はぁ、カイトさんのためにサンドイッチを作ってきたんですけど、あげるのやめます」
「安心したような、残念だったような……」
「ちゃんとアキトさんのお墨付きです。残念でしたね」
「僕が悪うございました」
すぐ平謝りするところを見ると、情けない兄のままである。
「仕方ありませんね。貸しプラス10です」
「何でプラス10も……」
「いたいけな少女を傷つけたからです」
「いったいどれだけの貸しになってるんだか……」
「今貸し73です。さ、エステバリスまで行ってから、お昼にしましょう、カイト兄さん」
このくらいはいいですよね……
2人は手をつないでエステバリスまで歩いた。
雑談会その10
ひ〜ろ:う〜ん・・・予定より2週間も時間がかかってしまった。
ルリ:その前に、何か言う事があるんじゃないですか?
ひ〜ろ:そーそー。3話分ぐらいに長くなるし。ほんとルリちゃんをどう振るかを考えてかんが・・・誰ですかぁぁぁ!!!!
ルリ:ルリです。どうも。
ひ〜ろ:ちょっと待った。今回はウリバタケのはずだぞ。
ルリ:私が変わってほしいと頼んだら、快く変わってくれました。
ひ〜ろ:(嘘だ。ぜ〜〜たい嘘だ。きっと脅したに違いない。目が笑ってないっす(≧▽≦))
ルリ:覚悟は出来ているみたいですね。
ひ〜ろ:な、なんの覚悟でしょうか? 私にはやましい事なんて何にもないんですけど。
ルリ:私が振られたからです!
ひ〜ろ:それは私のせいじゃない・・・
ルリ:問答無用!! (背後から刀を取り出す)
ひ〜ろ:どこに刀なんか隠してたんだ! (ざしゅっ)うぎゃぁぁぁぁぁ!!
ルリ:悪は滅しましたね。この刀は・・・この人の中に隠しておきましょう。
カイト:ルリちゃんどうしたの? (血の臭いがするけど気のせいだよな)
ルリ:あ、カイト兄さん。別に何でもありませんよ。ただ、散歩してただけですから。
カイト:あそこにひ〜ろさんが倒れてるけど、どしたの?
ルリ:眠いから、ここで寝るそうです。
カイト:変わった人だな。まっ、そろそろかえろ。アキトとユリカさんが心配するといけないから。
ルリ:カイト兄さんは心配しないのですか?
カイト:もちろん心配するよ。さ、かえろ。
(2人仲良く手をつないで帰っていく)
ひ〜ろ:け、けっこう納得してるじゃないかよ・・・あ・・意識が遠く・・・次回11話は「ただいま、お帰りなさい」。その次のエピローグは「幸せの扉の向こう側」の・・・はず・・・これで、第2部完・・・第1部は何でしょうかぁ?
・・・だりかたすけ・・・て・・・がくっ
地面に血塗られた文字でこう書いてあった“ルリの遺伝子とカイトの遺伝子が似通っている場所はどこでしょうか? 考えてみてね”と・・・
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