機動戦艦ナデシコ
                   E I V E   L O V E
〜 The blank of 3years 〜
記憶のかなたで逢った人たち






 第10話 また、『会える』日を(前編)



 昨夜の事がなにもなかったかのように進むキャラバン。

 とかいえ、ナデシコクルーになにもなかったわけではない。

 現在、カイトの乗っていた月面エステバリスにはアカツキが乗っている。

 当のカイトと言えば……

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 「あ〜、うるさい。男の子だから少しは静かにする」

 「右肩を思いっ切り叩いてそれですか?」

 昨夜の激戦のあと、カイトは死んだように眠っていたが、朝になればけろっと起きていた。

 切り傷や打撲はたいしたことはなかったが、刀を受け止めた右肩だけは骨折していた。とかいえ、少しだけ亀裂が入っているだけなので、安静にしておけばいいとのことで皆安心した。

 だが、それと独断行動をして心配をかけたのは別話。

 起きてからすぐに説教地獄。

 で、最後にイネスの張り手で説教は終わったようだ。

 「まあ、それだけ皆さんがカイトさんのことを心配されていたという事ですので。今度からは、御自重なさりますように。はい」

 プロスペクターがやんわりと言うが、大量の武器を渡して一度の戦闘で全部パーにしたの事もあるので心中はいかほどか。

 「ともあれ、ミナトさんがちゃんと戻ってきてよかったです。けど、起きて大丈夫ですか?」

 「うふふふっ……平気、平気。女には優しかったから」

 ミナトはにっこり笑って元気だということを表現する。

 その側にはユキナがにこにこしながら寄り添っている。ミナトが戻ってきてからはずっとこの調子だ。

 「けど、そこがいかにも木連らしいよね」

 苦笑気味にジュンがいう。

 「しかし、人質を無事取り戻したのはよかったのですが、敵を1人も拿捕できなかったというのは、失敗ですな」

 困り顔でプロスペクターがいう。確かに、1人でも捕まえられれば情報を聞き出すなど出来れば有利になっただろう。

 「うぐぅ。すみません」

 「仕方ねえよ。人命優先だったんだからよ」

 カイトをフォロするようにウリバタケが言うが、なにげにカイトの右肩を叩いている。

 「まあまあ。最低、敵は二派いることはわかったのですから。それが収穫ですよ」

 このときカイトは、編み笠男"北辰"のことについては誰にも話していない。

 あくまでターゲットは自分であって、今回の"遺跡の調査"に関してはほぼ無関心ではないという事とあれだけのダメージを追わせた以上、すぐには攻撃してこないと思っていた。

 「まあ、それはおいて。あのダイマジンは、いったいどうなったんですか?」

 「おそらく、時間の環に囚われたのでしょうね」

 「時間の環、ですか?」

 カイトは右肩の調子を調べながら尋ねる。

 「そう、正確なところはわからないから、推論でしかないけど……まず、間違いないでしょう。ユキナちゃん、お願い」

 「は〜い。がらがらがら……」

 すでに専属助手なのか、ユキナはホワイトボードを持ってくる。

 「ありがとう」

 イネスは、そのホワイトボードにペンで左右に線を引き、その上に3つの点を違う色で描いた。

 そして、その点に時刻A、時刻B、時刻Cと名前を付けた。

 「この横軸は時間の変化で、左から右に時間が流れていると思って。そして、左側から順に時刻A、時刻B、時刻Cの3つの時点を取ります。そもそもの問題は、時刻Cにボソンジャンプをはたした誘拐犯のロボットが、時間をさかのぼってそれより前の時刻Aに出現した事にあります」

 「だから、一瞬だけダイマジンが2機現れたんですね」

 「そう」

 「その原因はあれかい。例のボソンジャンプのずれ」

 ウリバタケがもっともな事を指摘する。

 「ええ、ナデシコの場合は時間が遅れる方向にずれたけど、あのロボットは時間をさかのぼる形でずれたんだわ。さて、ここからは推測がはいるのですが、我々以上に、もう1機のロボットのパイロットは出現に驚いた犯人は途中、つまり時刻Bでボソンジャンプを中止してしまったのだと思われます」

 「それなら、なんでもともともとの位置にいた機体まで消えちまったんだ。ジャンプを中止したんなら、最初の機体はそのままのはずじゃないの?」

 「う〜ん……タイムパラドックスですか?」

 「その通り。

 時刻Bでボソンジャンプを中止したために、過去にさかのぼって時刻Aに第2の機体が出現する事もなくなったわけでしょう?」

 「そりゃそうだ」

 「ということは、時刻Bにボソンジャンプを中止する理由もなくなるでしょうが」

 理解したようにぽんっと手を叩き、カイトがイネスの言葉を続ける。

 「故に、再び時刻Cにボソンジャンプを実行し、刻をさかのぼって時刻Aに第2の機体が出現して」

 「それに驚いて時刻Bにジャンプを中止」

 「そして、またまた時刻Aには第2の機体が出現しなくなるから、時刻Cにジャンプを実行してしまう」

 「とまあ、時刻AからCの間で、延々とループを繰り返しているのよ」

 「わけわからん……」

 ウリバタケがみんなの気持ちを代弁するように言う。

 実際に理解できたのはカイトだけだろう。

 「時間の流れが2本あるとして考えるんですよ。α軸がボソンジャンプをした場合、β軸がボソンジャンプを中止した場合。

 α軸の時刻Cはジャンプが成功したため、β軸の時刻Aにつながります。それに驚いたβ軸の犯人は時刻Bで中止。ボソンジャンプのずれによってタイムパラドックスが発生し、α軸の時刻Aにつながります。それ故にα軸とβ軸間で永遠にループしてしまい、時刻Cを過ぎてしまったら僕らには見えなくなった訳なんですよ」

 「悲惨な末路だね」

 ジュンが同情するように言う。

 「本人は何が起こっているのか、気付いていないでしょうね」

 「あのときヒカルさんが止まらなかったらあのループに捕まってたんですよね?」

 「ええ。けど、なぜあのとき、ああなるとわかったの?」

 イネスは頬に指を当て、不思議そうに尋ねる。

 「ただ何となくイツキが、近づいたらいけないと言った気がしたからです」

 のほほんとしながら、カイトはYシャツに袖を通した。

 「つっ……肩より、上がらないな。ま、いっか。あんまり支障もなさそうだし」

 「ちょっとまった。なに1人で納得しているのよ。イツキってイツキ・カザマの事?」

 「ええ。そうですけど」

 「え〜。イツキ・カザマって、確か死んだんじゃなかったけ?」

 ユキナが何の気なしに言うが慌てて口を押さえる。

 「ご、ごめんなさい」

 「別に気にしてないよ。それに、何となく死んでない気がするんだ。イツキってしっかりしてる風でおっちょこちょいだからなぁ」

 「ふぅん。そうだったんだ」

 カイトは微笑みながら、ユキナを安心させる。

 「もしかし、カイト君記憶が戻ってない?」

 いち早くカイトの変化に気づいたイネスが詰め寄る。

 「……そー言われてみればそうかも」

 「はぁ〜〜」

 周りから落胆の溜息が漏れる。

 「まあまあ。全部記憶が戻った訳じゃないんですから、そう落ち込まなくても」

 

「「「「「「あんたがフォロしてどーする!!」」」」」」

 ごもっとも。





 「今日のルリちゃんって、怖かったね……」

 「怖かったってもんじゃないですよぉ。艦長は上にいたからあまりわからなかったでしょうけど、あたし達は隣にいたんですよ!」

 「たしか、アキト君からの定期連絡があってからよね」

 「そうですよ。ミナトさんが助かたんだから、少しは喜んで良いと思うんですけど……」

 「そっか。メグちゃん、甘い。カイト君が怪我をしたってところからだよ」

 「でも、なんでカイト君が怪我をしたぐらいであそこまで不機嫌になるの?」

 ぷしゅー

 後の扉がいきなり開く。

 「3人ともなに遅くまで話してるんですか。特に艦長。朝起きれませんよ」

 そして、すぐ閉じる扉。

 「うわぁ、こわぁい。禁句かなぁ?」

 「かもしれませんね」

 「じゃ、さっさと寝る事にしましょ。ほんとに明日寝坊でもしたらたまんないわよ」

 ルリは自分の割り当てられた部屋へ歩いている。

 「オモイカネ。今日の私ってそんなに怖かった?」

 急に呼ばれたオモイカネは困ったので思考回路をフル回転させる。

 オーバーロード寸前まで考えた結果、無難な返答を出した。

 『え……その、あの。怖くないですよ。ルリさんは真面目ですから』

 しかし、ウィンドに汗マークをつけていては説得力がない。

 「くすっ。明日は怖くないようにします。おやすみ、オモイカネ」

 『おやすみ。ルリさん』





 キャラバンは進み、極冠遺跡に到着し、遺跡調査を開始して3日。

 機材が大量に降ろされ、調査しているがめだった進展はない。

 「あ、日の光だ……」

 黄昏れたようにテント側に座って手をかざしながら、空を見上げるカイト。

 ここは極冠遺跡最下層部。ここまで光がはいってくると言う事はそろそろ正午だろうか。

 「そう言えば、カイト君はイネスさん直々のサポートだったよね」

 ジュン達ナデシコクルーの男組はへたって座っている。

 「うん……イネスさん、化け物だよ……少しはつき合わされる僕の事も考えてほしいよ」

 「カイトよ。もしかして、イネスさんに三日三晩徹夜でつき合ってるのかよ」

 「そうです」

 「いやはや。イネス先生もタフですが、それにつき合えるカイトさんもタフですな」

 プロスペクターも同情の視線を送る。

 「こんな事なら、二つ返事でナガレさんに警備の仕事を譲るんじゃなかった……」

 「その考え甘いぜ。落ち目の会長の事だ、こうなるだろうと予測できてただろうから二枚舌で言いくるめられるのがおちさ」

 「いやいや。そう言う事でしたらカイトさんもなかなか強引ですから」

 きな臭い方へ話が向かっていきそうなのでカイトは話を変える。

 「ま、ともかく早くプレートに記録してあるものの再生法がわからない事にはずっとこのまんまですね。わかれば解読方法は楽勝みたいですけど」

 「たしか、テレパスみたいにわかるらしいんだったよな」

 「テレパスですか?」

 ジュンが不思議そうに尋ねる。

 「原理はIFSと同じらしいですけど、それより洗練されてるみたいですよ」

 「ま、物理的接触もなしもなしに、直接イメージをやり取りできるらしい。どういう仕組みかさっぱりわからんので、テレパスみたいなとしか言えねえんだ」

 「それに、アキトとかサブロウタさんみたいにジャンパーじゃないときちんとやり取りできないみたいです」

 「なるほど、ボソンジャンプのイメージを伝えるのと一緒って訳なんだ」

 「だから、あのプレートのメモリにアクセスできりゃ、内容はイネスさんにわかる形で伝わるはずなんだよな」

 「どんな内容かも気になるけど、ボソンジャンプのずれはどうなるんですかね?」

 「あれさー、やっぱ、おれたちが遺跡のコアを放り出しちゃったからなんじゃないの?」

 内容が内容なので顔を合わせひそひそ声になる。

 「ウリバタケさん、そんな事いっちゃ駄目ですよ」

 「一応イネスさんの説明では、遺跡のコア内部は時間と空間が反転していて、遺跡と離しても問題はないと言う事でしたが……」

 「でも、変な時間のずれって、あれ以来大きくなってんだろ。となると、どう考えても……」

 「だから言っちゃ駄目ですってば。もしそうなら、僕達が太陽系に居場所がなくなるだけどころか、セイヤさんの家族やコウイチロウさん達まで言われない迫害を受けるかも知れないんですよ」

 「こうなると、イネスさんの調査で別の原因が判明する事に期待するしかないですね」

 「そうならないためにも微力ながら、がんばりましょう」

 「カイトさんは本当にタフですな。怪我をしているとは思えない」

 プロスペクターの心配を振り払うかのようにカイトは右腕を振り回す。

 「まだ、少し重いですけど、大丈夫です」

 そうしてみんなが仕事に戻ろうと立ち上がりかけたとき、遺跡内部の壁の至る所が輝きだした。

 「キャーーーーーーーー」

 それに連動するように遺跡の奥の方から、女性の悲鳴がこだましてくる。

 「イネスさん?」

 「の、声だな、ありゃ」

 カイトを先頭にして慌てて駆け出すナデシコ男組。

 依然遺跡の壁面は輝いている。

 中枢エリアと思われるその部屋の中央部分には、周りの造りとは明らかに様相が違うところがあった。

 何かが、備え付けられていたものをどかして、その代わりに研究用の機械類を、煩雑に並べたと言った感じだった。

 実はそこが、以前、遺跡のコアがあった場所であり、そこに設置された様々な機械類が、いろいろな太さのケーブルで互いに接続されている。

 その機械の1つの側に立っているイネスが、まばゆい光に包まれている。

 その目は、なにも見えていないかのように焦点が合っていない。

 イネスと取り囲み、心配そうに見ているサブロウタ、ミナト、ユキナ。そこへカイト達ナデシコ男組が駆け込んでくる

 「いったいどうしたんですか!?」

 「イネスさんが、プレートの差し込み口を見つけたとかいって……」

 「差し込んだ瞬間、この始末だ」

 「ひとまず、プレートを抜きましょう」

 「抜いていいんだね。かちゃかちゃかちゃ」

 カイトの指示でユキナがイネスのそばにある、床から着きだした柱のようなものをいじろうとする。

 「まって!」

 「えっ!?」

 「イネスさん。大丈夫なんですか?」

 だんだん、イネスを取り巻く光が消えていき、波打っていたイネスの髪の毛も元通りになった。

 「驚かせてごめんなさい。急にメッセージの再生が始まったものだから」

 「なんか、キョーレツなシステムみたいですな」

 「臨場感抜群よ。ヴァーチャルルームが大昔のTVゲームに見えちゃうわ」

 「僕はてっきり不可視の力に目覚めたのかと」

 どうでもいいつっこみと同時に遺跡内の発光も収まり、イネスの側の柱からプレートがせり出してきて、ユキナの手の中に滑り込む。

 「あっ」

 イネスの焦点も徐々にあいはじめる。

 「ときに、今何時?」

 「あ、はい。1226時ですけど」

 素早くコミュニケを見てジュンが答える。

 「しまった。もう始まっちゃうわね。もう少し早く解ればよかったのだけど」

 「なにがです?」

 「あのプレートのメッセージにはこれから起こる事を予告してくれていたのよ。本当なら1年以上も余裕があったのに、事の起こる直前になるまで、それを知る事が出来なかったなんて」

 「だから、なんなんだよ」

 じれたようにウリバタケが聞く。

 「とても、すばらしい事よ」

 イネスは、静かに微笑みながら答えた。

 イネスが言い終わると同時に、再び遺跡の壁面が輝きだし、少しずつ床が振動し始めた。

 「ゆ、揺れてる!」

 「んっ? な、なんだか、段々床がせり上がってない?」

 「実際、せり上がってますよ」

 さらに震度は激しくなり、ユキナはバランスを崩したがジュンが支えた。

 「ユキナちゃん、大丈夫」

 「うん。大丈夫」

 ジュンに支えると言うより、抱きしめられている格好のユキナの顔は真っ赤になっていた。

 『どうしたっ! 何が起こっているんだ!?』

 いきなりコミュニケのウィンドが開き、ゴートの顔が映し出される。

 日頃、あまり表情を変えないゴートの顔には焦りがある。

 「いや、私達にもまだ解らないのですが、どうやら床ごと上昇していっているようでして……」

 『最下層部が上昇しているだと!!』

 「どうなるかわからないので、ひとまず遺跡から離れてください」

 安全を第一にと考えたカイトがゴートに言う。

 『うむ、すでに我々警備班はすでに遺跡の外に避難中だ。しかし、遺跡上層部を幾重にも防護しているディストーションフィールドが次々に解除されていっている。いったいどうなっているのだ!?』

 「もうすぐ最下層部が外にでます。それまで、遺跡の外で待っていてください」

 『なんだって!?』

 遺跡の外では、警備班の人々を腕や肩にのせた各エステバリスやジンなどが、遺跡の外にキャンプを張っているキャラバンに向かって避難している。

 遺跡の口の部分からは、内部のディストーションフィールドが次々に解除されていき、その下から最下層部の床がせり上がってくるのが見える。

 キャラバン付近まで避難したゴートは遺跡の方を振り返り呟く。

 「これはいったい……」

 とうとう全てのフィールドが解除され、最下層部が地表に姿を現した。

 巨大なドーム状の屋根が半開きになっているスタジアムと言った外観のものだった。

 底辺部では、せり上がって来る際の地響きに合わせて、雪煙が厚く舞っている。

 「お外だ……」

 せり上がっていく間、ずっと上を見ていたカイト達の心情を代弁するようにユキナが呟く。

 「あの距離を……たったあれだけの時間で登りあがったのかよ!?」

 最下層部が、登り切ったところで、再び遺跡壁面の発光が収まった。

 「はぁ〜。これも驚いたけど、これで終わりって訳じゃないですよね?」

 「もちろん。メインディッシュはこれからよ」

 「これで前菜ですかぁ?」

 あっけにとられてカイトは座り込み、これから何が起こるのかをちゃんと見ようとイネスの視線の先にあるものを見ようとした。

 しかし、遺跡の外から銃撃戦の音が聞こえ、一行の注意はそちらに向かった。

 「全く。こんなときにかよ」

 サブロウタがあきれたように呟く。

 「今度はどっちだ! 地球側か? 木連側か? せいがでるねぇ」

 「こんな事でなく、戦災復旧に力を注いでほしいものですな」

 遺跡周辺では、キャラバンを包囲し、砲撃を繰り返す月面エステバリス20数機の姿が見える。

 『遺跡の謎の解明は進んでいるようですな、フレサンジュ博士。

 無駄な抵抗はやめて、全てを我々に渡していただこう。我々は地球のため、ひいては正義のために行動している。そこの所を理解していただきたい』

 そう言っている間にも、被弾して倒れていく警備班のジン。

 無茶苦茶弱いぞ。

 それに比べて、左右の散開して敵の包囲網の隙に的確に砲撃していくアキトとアカツキの月面エステバリス。

 その援護を受けながら突撃していくリョーコ達陸戦エステバリス3機。

 『何かってなことをほざいてやがる!!』

 『遺跡の力を手に入れたら、また木連と戦争を始めようって腹だろう。そんな連中に説明おばさんもとい、イネスさんを渡せるか!』

 「アキト君……あとでお仕置きね」

 『えぇ、イネスさん。勘弁してくださいよ』

 「遊んでいる場合ですか!」

 『そうだ。そうだ』

 『舵を取る。操舵』

 言葉遊びをしているようだが、これがいつもの戦い方なので油断に直接つながっているわけではないが、数が違うせいで徐々に押されていく。

 「これだと早めに援護が必要ですね。セイヤさん、あれいけますか?」

 刻一刻と押されていくアキト達を見ながら、カイトは落ち着いた様子でいう。

 「おうよ! こんな事もあろうかと。あ、こんな事もあろうかと。人数分の機体は用意してあるのよ!」

 「え〜。どこにもないじゃん?」

 ユキナがあたりをきょろきょろと見回す。

 「ちょっとまってな。ぴっぽっぱと」

 と言いながらウリバタケが、コミュニケを操作すると、キャラバン内にあるトレーラのうち3台がかってに走り出した。

 いきなり走り出すトレーラにゴートが巻き込まれそうになったのは余談だ。

 それもつかの間、3台のトレーラはまるでルービックパズルを目にもとまらぬ早さで展開するかのごとく、あっという間に空戦エステバリスに変形してしまった。

 変形し終わると、ジャンプ一閃カイト達の前に着地する。

 「みたか。完全変形トレーラーバリス!!」

 「うんうん。やっぱ。変形はいいですよね」

 カイトとウリバタケは自分たちを仕事の結果を満足げに見上げた。

 「ウリピーにカイト君。いくらなんでも、これはないんじゃないの?」

 ミナトはあきれ、ジュンやサブロウタは開いた口がふさがらないようだ。

 「しっかし、こんなんで大丈夫なんっすか?」

 乗り込まなければならないだろうという機体に一抹の不安を感じるサブロウタ。

 「バカいえ。オレ様の作ったものになんの問題があろうや」

 「でも、なんで3台もあるの?」

 ユキナは不思議そうな顔をしていう。パイロットと言えば、カイトとサブロウタだけのはずである。

 「ジュンさんだってIFS持ってるならパイロットのまねごとぐらいした事あるでしょ。なら、乗れるって」

 「ちょ、ちょっとカイト君」

 さすがに慌てるジュン。

 確かにIFSはつけているがパイロット経験はほとんど無しである。

 「安心しな、IFS対応は1機だけ。あとのは手動だから、おおざっぱに方向や速度を操作すればあとは機械がやってくれるんだよ!」

 「で、でも」

 「あぁんっ。なんか文句あんのか?」

 「いえ。……行ってきます」

 「大丈夫ですって、いざとなれば援護しますから」

 「そうそう。任せなさいって」

 カイトとサブロウタの心暖かいフォロもありジュンもトレーラーバリスに乗り込んだ。

 元はトレーラなので、コックピットは、車の運転席をベースに変形したものである。

 なので、ステアリングが真っ二つにわかれそれを握って操作するようになっている。カイトの場合はその中央にある2つのIFSコントロールボールを握って操作する。

 「はぁ、こんなので大丈夫なのかな」

 『大丈夫ですって。あと武器は背中のコンテナの中にライフルとバズーカがありますからそれを使ってください』

 「了解、あんまり期待しないでよ」

 『ほんじゃま、行きますか!』

 サブロウタのかけ声で、トレーラーバリス3機は飛び立っていった。





 『お待たせ』

 『美味しいとこ、残してくれてた?』

 『カイトにサブロウタさん。助かるよ』

 「ボクもいるのだけど」

 『わ、わりい』

 相変わらずジュンの影は薄い。

 援軍が増えた事により、勢いを取り戻すナデシコ組。

 フォーメーションを組み直し次々に地球側月面エステバリスを落としていく。

 サブロウタも初めてのコンビネーションながら、上手くやっている。

 「スバル機、後ろ」

 『なに! くっ』

 サブロウタの声に反応して攻撃をかわすリョーコ。

 すぐさま攻撃に転じ、撃墜する。

 『助かったぜ』

 「いやいや。よくあれで避けれたもんだな。さすが」

 『世辞をいってもなにもでやしねーぞ。ほら、次!』

 「ほいほい」

 けっこういいコンビのようである。

 地球側の戦力もあと少しとなったとき、真後ろの方からブラビティーブラストと一緒にジン・タイプの大部隊が現れた。

 『待て待て待てーーーい! 人類の至宝ともいうべき"都市"の遺産を、貴様らのような矮小な輩に渡すわけには断じていかん。あれは、我々選ばれた優秀な人間が管理運営するのが人類のためである!!』

 リーダーらしき男の怒鳴り声がする。

 『今度は木連の過激派か……』

 「実にありがちな悪役のセリフですね。どこで習ってるんでしょうか?」

 『いやぁ、同胞ながらお恥ずかしい』

 アカツキとカイトの言葉にサブロウタは恐縮して頭を下げる。

 『しかし、さらにあの連中まで相手にすると大変ですね』

 「何とかやってみましょ。そうすれば、どーにかなるでしょ」

 カイトのお気楽なセリフでみんなの士気が少し回復する。

 とかいえ、エステバリスの大半は無傷だが、このままの戦力で新手のジン部隊を相手にするのは物理的に難しい。

 遠くで見ていたのか、パイロットとして不慣れなジュンや機体の性能の低さに泣かされているカイトやサブロウタを中心に狙われ出した。

 なんだかんだ言ってもにわか仕立てのトレーラーバリス。性能の低さが露呈した結果だ。

 ジュンは後方に下がり、バズーカで支援に回る。

 カイトとサブロウタの空戦コンビとリョーコ達陸戦隊で攻めるが、ジン・タイプ特有の分厚いディストーションフィールドに阻まれ決定打が出せない。効いているのはアキトとアカツキのレールガンぐらいだ。

 カイトは機体ハンディを技量でカバーしつつ肉薄し、フィールドを中和しようとするが、その隙を狙われて攻撃されるので思ったように行かない。

 数でも兵器の質でも上回れ、技量だけではどうしようも出来ない。

 「このままじゃ、じりびじゃないか!」

 焦るカイトは叫ぶ。と、そのときここにいないはずの人物の写ったウィンドが開く。

 『それなら、援護はいりませんか?』

 「はっ?」

 『そうそう。焦っちゃ駄目駄目』

 『メグちゃん?』

 アキトの驚いた顔。

 『だから、あとは私達に』

 『エ、エリナ君かい?』

 ノリノリのエリナにちょっと引いたアカツキ。

 

『おーまーかーせ!!』

 ユリカののーてんきな声とともに天空からのグラビティーブラストが雲を切り裂き戦場を一閃した。

 グラビティーブラストはジン部隊の手前の大地に割り込むように直撃し、雪原は一瞬にして消滅した。

 ジン部隊の動きどころか、ナデシコ組のエステバリスの動きも止まる。

 先ほど切り裂いた雲の間から姿を現すナデシコ級戦艦。

 その勇姿はちょっと太陽に阻まれ、逆行気味でシルエットしか解らないか、象徴カラーのホワイトボディは健在である。

 『じゃんじゃじゃーーん! へっへっへー、真打ち登場。機動戦艦ナデシコA艦長ミスマル・ユリカただ今婚約中で〜す。

 みなさーん、ケンカをやめないときつーいお仕置きがまってますよ〜!』

 『艦長、はしゃぎすぎです』

 素早くルリがつっこむ。

 『だってだって、早くアキトに逢いたかっただもの。それに、こんなピンチのときに登場できたんだもん。がんばらないと』

 『私はピンチじゃないときの方が楽でよかったんですけど』

 『それに、ピンチになるまで待とうって言ったのは艦長じゃないですか』

 『おい、ユリカどういう事だ!』

 『あはははっ。まさか、冗談だって』

 睨むアキトにおっきな汗を浮かべるユリカ。

 『エリナ君……君に任したのは間違えだったみたいだよ』

 『な、何を言っているのよ。これでも急いできたのよ!』

 『あ、艦長。敵のみなさんから通信が入ってますけど?』

 『ほいほ〜い。回して回して』

 とりあえず、内輪もめは置いておくようだ。

 ウィンドを開くと、そこには木連の忍者が映った。

 『どーゆー事だ。火星大気圏内では木連・地球両陣営の戦艦の乗り入れは禁じられているのだぞ!!!』

 もう一つウィンドが開いて、地球側の過激派が映る。

 『卑劣な! そうまでして貴様らは遺跡の秘密を独占したいのか!!』

 『皆さん、自分のやってる事を棚に上げて、論旨がめちゃくちゃですね』

 あきれたようにルリが言う。

 『言えてる、戦艦を使わなきゃ、なにしてもいいと思ってるの?』

 メグミは怒ったように言う。

 『まあまあ、メグちゃんも落ち着いて。

 ふたたび、ナデシコ艦長ミスマル・ユリカで〜す。6月10日にアキトと結婚しますので、祝福してくださいね。

 お二人の言い分はわかんなくもないんですけどー

 うちって民間の艦なのでぇー

 今回の地球軍と木連軍の停戦条約とは無関係なんですぅ〜

 そんなわけだから、ばんばん攻撃しちゃうつもりなんで、さっさと降伏してくださいね』

 まさに開いた口がふさがらないとはこのこと。

 『おいおい、エリナ君。確かにあれ持ってくるのに適当な理由を考えてくれって言ったけど、こんなあざとい事を言うかい?』

 『仕方ないでしょ、文句があるなら艦長に言ってちょうだい』

 アカツキの苦情にふてたように答えるエリナ。

 「あはははっ。これはいいや。ここまであからさまにすると……あはははっ」

 カイトは心底楽しそうに笑う。これだけ、愉快な事があるのだろうか。ナデシコらしいやり口である。

 しかし、それとは正反対な輩もいる。

 『ふざけるな!』

 『我々を愚弄する気か!』

 地球木連の両隊長機は部下もかえりみず果敢にもナデシコへ特攻をおこなう。

 そのとき素早く反応できたのはアキトとカイトだった。

 『「貴様ら、いい加減にしろ!!」』

 2人の怒りがユニゾンする。

 カイトは地球側の月面エステバリスの背後に、アキトは木連側のダイマジンの背後につく。

 「気付くのが遅い!」

 カイトはナデシコを襲う月面エステバリスが霞んで巨大なバッタに見える。

 違う。何が見えてるんだ。

 違和感を振り払うように月面エステバリスの機関部に拳を二度三度と浴びせ、とどめに蹴り落とす。

 何か叫びながら落ちていったが、カイトの注意はすでにアキトへと向かっていた。

 そのアキトはマイクロミサイルに襲われていた。





 アキトは、ダイマジンのフィールドを中和して肉薄する寸前だった。

 『おのれ。ゲキガンパンチ!』

 ダイマジンからパンチが飛んでくるがその速度は遅く十分かわせた。

 かわせた瞬間、パンチがいきなり分解しだしたかと思うと、装甲の下よりマイクロミサイルが現れ、一斉にアキト機を襲う。

 「うわぁぁぁぁ!!」

 回避も空しく被弾し墜落していくアキト機。

 『アキト!!』

 『アキトさん!!』

 『テンカワ!!』

 『テンカワ君』

 『アキトさん!!』

 『アキト君』

 墜落する途中、何とか体勢を立て直し着地したが、その衝撃で月面エステバリスの四肢が壊れる。しかし、コックピット部分にはたいしたダメージはないようだ。

 「っ……俺は大丈夫だから。くそっ。うごかない」

 通信システムも支障がないようで傷のないアキトの顔はちゃんとみんなに送信された。

 『どこまでやれば気が済むんだ……』

 冷たい声が戦場に響いた。





 「どこまでやれば気が済むんだ……」

 リミットクリア。ナデシコとのライン強制接続完了。

 僕は今あるナデシコにかつて乗っていたシャトルがだぶり、落ちていくアキトのエステバリスにあのとき僕を守って死んだ親友のエステバリスがだぶって見えた。

 そして、自分が何者であるかも思い出した。

 だが、今思う事は、自分の大切なものを奪おうとするものを排除すること。

 これがIFS仕様でよかった。強制的にプログラムを書き換えられる。

 ナデシコのディストーションフィールド制御を掌握。

 イメージ、構え完了。

 後は跳ぶだけ。

 「排除……開始、跳べ」





 なんて冷たい声なんだろ。ほんとにあのカイトさんなの?

 え、オモイカネ、ハッキングを受けてる?

 (はい。ハッキング先はカイト機からです)

 カイトさんから……フィールド制御だけを掌握された?

 私が慌ててカイトさんのエステバリスを見ると、ボースの煌めきを放っていた。





 「ふふふっ。残りの機体もすでに邪魔は出来まい。にっくきナデシコこれが最後……な、なにぃ!!!」

 ダイマジンの正面には、ボースの煌めきとともにカイト機が右腕にディストーションフィールドを剣のように纏わせ振り上げていた。

 『はぁぁぁぁ!!!』

 カイトは気合いもろとも右腕を振り下ろす。

 その剣はダイマジンを紙のごとく切り裂いた。

 『排除完了』

 そう言った瞬間、ダイマジンは爆散する。

 ダイマジンの頭部は即座に離脱していたが、カイト機は力を使い果たしたかのように固まっていたのでその衝撃をもろに受ける。

 暴風にあおられた木の葉のように翻弄され、雪原に落下し二転三転したところで止まった。

 皆カイトの豹変ぶりに驚き、心配する事すら忘れて何も声を発する事が出来なかった。

 『こちら、ミナヅキ・カイト。機体損………………違う違う! 僕はこんなキャラじゃな〜〜〜い!!』

 

『はい?』

 すっとぼけたいつものカイトの声がナデシコクルーを唖然とさせる。

 カイトが映っているウィンドウはだんだんノイズ混じりなっていく。

 『あれ……

ががっ
……おん…
ぴーがっ
……うまくつな……
がりがり
……ともかくだ……
ぴゅ〜
……あ……さき……
ざー
ぶちっ』

 どうやら、通信システムは完全に壊れたらしく唐突にウィンドが消える。

 とりあえず、大丈夫そうなので皆安堵する。

 何人かは、『カイト君だからこのくらいじゃ死ぬわけないでしょ』と呟いた。

 そのとき、全員のコミュニケにイネスの映像が割って入ってきた。





 後編に続く……








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