機動戦艦ナデシコ
                   E I V E   L O V E
〜 The blank of 3years 〜
記憶のかなたで逢った人たち






 第9話 やったら『やりかえせ』  〜 深き闇 〜 前編



 太陽の日を浴びながら、火星の荒野を砂煙を上げながら進んでいく火星極冠遺跡探索隊の大型トレーラ10台がいる。

 その周辺には、地球側と木連側が用意した護衛隊で囲まれている。

 木連側は、通称"ゲキガンタイプ"と呼ばれる大型機動兵器のジン・タイプが5機、空から併走している。

 地球側、というよりナデシコ側よりはパイロット3人娘が陸戦フレーム、アキトとカイトが月面フレームといった、エステバリス5機が陸空で併走している。

 数が一緒なのは政治的配慮であろうが、機動性面ではエステバリスのほうが数段上。ゲキガンタイプとの実戦経験も地球側のパイロットの中でも一番があるので実質はエステバリス隊のほうが戦力的には上だろう。

 月面フレームが2機もいるのは、陸戦フレームとトレーラに重力波を供給するためである。

 この供給システムに、

 『こんなこともあろうかと!!』

 と、誰かが得意げに叫んだかどうかは不明である。

 ともあれ、昨日の今日と警戒を強めなくてはいけないのだが、ナデシコクルーときたら……

 「アキト。昨日は大変だったよね……」

 「そーだな……このまま寝てしまいそうだ」

 「だらしねーぞ。おめーら。ちっとはしゃきっとしろ、しゃきっと!」

 「けど、何があったの? イズミー、何か知らない?」

 「昨日の夜のこと? 深夜にライス……しやらいっす……くくくっ」

 エステバリス組はのんきな事である。

 昨日のやりとりのあと、極冠遺跡探索がピクニック気分で行けなくなったため、人選を絞ることにしたがその案で大もめになった。

 ルリとエリナはあっさりと説得できたが、ユリカとメグミはそうはいかなかった。

 ユリカは、アキトと離れるのがいやだと言い張り。メグミはのけ者にされるのがいやだと言い張った。

 この2人がだだをこねだした瞬間、アカツキらネルガル組は「明日の仕事があるから」、ウリバタケは「トレーラのメンテがあるから」、イネスは「さて、遺跡のデータをまとめておかないと」と逃げ出した。

 となると、そこに残った人物が説得ということになる。

 もちろん、そのときの生け贄役もとい説得慣れしているジュンはユキナの護衛中。サブロウタはナデシコ慣れしてないので説得は出来ない。リョーコ達パイロット3人娘は帰ってきていない。

 ということは、必然的にアキトとカイトになる。

 一緒になって説得していたが、ユリカのわがままとメグミの策略でどうにもならなくなり、苦肉の策でアキトはユリカをカイトはメグミを一対一で説得するという策に出た。

 やはり、あの2人にコンビを組ませなかったのがよかったのか、朝日が出る少し前に説得し終わったのである。

 「そういえば、アキトの奴ルリから何か貰ってたよな? なんだ?」

 「リョーコめざとい」

 「そうね。艦長が何も言わなかったところを見ると、2人は公認……やるわね、アキト君」

 「そうだったんだ。一緒に暮らしていて気付かなかった。けど、二股は止めたほうが良いよ。血を見るから」

 まるで実体験があるような顔でカイト。

 「カイト。それをおまえが言うか、おまえが」

 すかさずアキトがつっこむが、カイトは飄々とした顔で切り返す。

 「酷いな。二股かけた記憶なんかないよ。それより、何貰ったの?」

 皆興味津々でアキトのウィンドを見る。

 「そんなに注目してもたいしたものじゃないよ。それに、カイトは知らないほうが良いと思うぞ」

 「なんで?」

 カイトの頭に疑問符が浮かび上がる。

 「あ、アキト君。もしかして……ルリルリからのってウリピーからのあれ?」

 ヒカルが何かを思いだしたのか怪しい"にやっ"とした笑みを浮かべる。

 「多分そうだと思うよ」

 アキトもつられて、にやっとする。

 「すっごくやな予感……」

 なぜか命の危険すら感じるカイト。冷や汗全開だ。

 「おいおい、2人でもったいぶるなよぉ。なんなんだよ、アキト」

 そろそろリョーコがしびれをきらしつつあるので、アキトは笑いを堪えながら、懐からそれを取り出す。

 「ルリちゃん、君って子はぁ……」

 「ほらな、知らないほうが良いだろ」

 懐から取り出した物は、ウリバタケ特性のスタンガンだった。

 「カイト。おまえ、ルリに尻ひかれてるなぁ」

 「そんな。リョーコさん、心底同情するような目で見ないでください」

 「といってもねぇ〜」

 「それはむりってもんでしょう」

 「僕ってそこまで信用がないんですか?」

 そろそろ勘弁してと言う表情になるカイト。

 「うんうん。2代目大関すけこましを継げるよ」

 「それは謹んで辞退させて貰います」

 「アカツキほどカイトは酷くないよ。節操なく手を出していることには変わりないけど、その人達から文句が出てないんだからな。そこはアカツキと違うよ。

 そろそろ休憩の時間だぞ、カイト」

 なんだかフォロになっているのか、暗におまえはもっとすごいと言っているのか分からないことを言うアキト。

 ともあれ助かったカイトはワイヤーでトレーラまで降りていった。

 フォロをいれたアキトはほんの少ししてこのことをものすごく後悔することになる。

 リョーコ、ヒカル、イズミの標的が自分自身になったから。

 合掌 ち〜ん





 今ナデシコクルーが乗るトレーラを運転しているのはアカツキ。そのとなりにプロスペクター。ジュンが一番左側に座っている。

 後部貨物室には、イネス、ユキナ、ウリバタケがいる。

 残りのクルーは、ミナト探索のため隠密行動を取っていたりするが、誘拐犯の足取りが追えるとしたなら遺跡に関することでコンタクトを取ってきたときでしかないだろう。

 「上の方はにぎやかでいいねぇ」

 「少しは緊張感を持ってもらいたいものですな」

 アカツキとプロスペクターはやれやれと言った風になる。

 「結局、犯人から連絡はありませんでしたね」

 ジュンは少し目元にくまを作り落ち込んでいる。

 ユキナと似たような意味で監視が必要と言うことでここに座らせている。

 「こうも派手に警備されちゃな」

 「とはいえ、こうなることがわからないほど犯人も馬鹿ではないと思いたいですな」

 「馬鹿だと困りますよ。とにかく、犯人からの出方待ちですね……」

 はぁと溜息をついてジュンは視線を下げる。

 「走り回っているゴートさん達には気の毒ですが、結局そーゆーことになるでしょうな」

 「しかし、えらくご執心だね。さては、ユリカ君のことをすっきり諦めてミナト君に乗り換えたか?」

 にんまりとしながらアカツキがジュンを見る。

 「何を言ってるんですか、不謹慎ですよ。それに、このままだとユキナちゃんが可哀相ですし、このままだといつ精神的にまいってしまうか心配じゃないですか」

 

「おーい……あけてくださーい」

 「皆まで言わない。皆まで言わない。誰もがわかっていることですよ」

 と言いつつも頬が引きつっている。

 「プロスさんまで何納得してるんですか!?」

 顔を真っ赤にして怒鳴るジュン。

 

「あけてくださいってばーー」

 「ま、なんに納得してるかはおいて。アオイ君、窓を開けたらどうだい? さっきからカイト君が入りたそうにしてるよ」

 アカツキに指摘されて、ジュンは左側の窓を見ると逆さまになったカイトがガラスに張り付いていた。

 「うわぁぁぁぁぁぁ。って、何やっているのカイト君」

 そういいながら窓を開ける。

 「後ろの天上が開かなかったからこっちに来たんですよ」

 カイトは器用に体勢を入れ替えてから、トレーラの中へ入る。

 「それでしたら、イネスさんが荷物の配置を換えたのでしょう。多少狭くなっているかも知れませんが後ろで休んでください。あと、頼まれものはアタッシュケースの中に入れてベッドの所においてありますのであいた時間に確認してください。ただ、特殊なものは時間の都合上無理でした。すみません」

 プロスペクターが眼鏡のブリッジを指で押さえながら控えめの声で言う。

 「謝るのはこっちですよ。かなり無理っぽいものまで言いましたから。忙しい時間の中、ありがとうございました」

 「何を頼んだの?」

 少し興味を覚えたのかジュンが聞いてくる。

 「ちょっと、使いやすそうなものを何点か」

 カイトはごまかすように笑う。

 『カイト、休憩にしては遅いかと思ったら、そこにいたか。ちょうど良い、ジュンと一緒に来てくれや。イネスさんがお呼びだよ』

 いきなりウィンドにウリバタケが出てきた方と思うと言いたいことだけ言って閉じてしまった。

 「……どーします?」

 「いこっか、カイト君。それじゃ、すみませんがしばらく席を外します」

 そういって、2人は後部貨物室に行った。

 しばらくして。

 「プロス君……カイト君に何頼まれたの?」

 「ちょっと昔の杵柄の伝から頼まれただけですよ」

 「それは大変だ」





 後部貨物室は所狭しと研究機材が並べられて、ほとんどイネスの移動研究室とかしている。

 その狭苦しい通路を通った先は少し開けていて、イネス、ウリバタケ、ユキナが待っていた。

 「カイト君、アオイ君。あなた達のコミュニケは今何時を指しているの?」

 前置きもなく唐突にイネスが尋ねる。

 「時間なら、時計がそこにあるじゃないですか」

 カイトが貨物室にある時計を指さす。ジュンも不思議そうな視線をイネスに向ける。

 「誰がそんなことであなた達を呼びますか。聞いているのはあなた達のコミュミケの時間!」

 まるでできの悪い生徒を見るような目でイネスは2人を見返した。

 「はぁ? 今は太陽系標準時で、2357時ジャストです」

 「ぼくはカイト君より3秒遅れです」

 「そう。最後に時間設定をあわせたの、何時だったか覚えている?」

 2人とも訳がわからない表情でイネスの質問に答えていく。

 「僕はあのときナデシコで貰ったままですよ」

 「二ヶ月前ぐらいにコミュニケを角にぶつけて修理とついでに時間合わせをしました」

 「なるほど。とすると、狂っているのはやはりナデシコの時計だった訳ね」

 「話が全く見えてこないんですけど」

 このままだと訳のわからないまま説明モードに入られそうになるのでカイトは質問をした。

 「ナデシコのが最後にボソンジャンプしたとき、時間がずれちゃったんですって」

 その疑問には事前に話を聞いていたユキナが答える。

 「でも、初めてのボソンジャンプだと8ヶ月ずれていましたし、テンカワのジャンプもそれなりにずれていたじゃないですか。それなら3秒ぐらいずれていても問題はないと思いますが?」

 ジュンがかつてのジャンプを比較して指摘する。

 確かに過去のジャンプは時間のずれは著しい。とはいえ、そのほとんどはアキトなのだが。

 「あま〜い! 今回のずれには、大変な問題が含まれているのよ。ユキナちゃん」

 「は〜い。がらがら……」

 イネスのお呼びに、どこから持ってきたのかユキナがホワイトボードを押してきた。

 どうやら、昨日のいざこざは2人の中でしこりを残さなかったようだ。

 「あ〜、はいはい。また説明がはじまっちまうのか」

 「まあ、良いじゃないですか。もう少しコンパクトに話してくれればと思いますけど」

 外野が話している間にイネスはベレー帽をかぶり指し棒を手にする。

 「ボソンジャンプが、物体を素粒子レベルにまで分解し、各種フェルミオンから、時間を遡行するボソンに変関することで時間移動をおこなって、空間移動にかかかった時間を相殺する、というのは、もう知っているわよね?」

 「論文を読みました」

 「げっ。マジ?」

 「大マジ。読むだけで10日もかかった」

 「すごいな。あるのは知っていたけどさすがに読む気がしなかったよ」

 「で、理解できたのかよ?」

 「おおざっぱな所ぐらいは」

 「カイト君が賢いことはわかったから、話を聞く!」

 イネスが本格的に怒る前に皆、びしっと注目する。

 「ともかく、そうなの。この時間遡行ボソンに、私は発見者の特権として、レトロスペクトと名命名したの。

 ボソンジャンプをする場合、消失地点ではこのレトロスペクトが、そして出現地点では通常の様々なボソン、つまり……

 光子・π中間子・Wボソン・重力子なんかね……が、それぞれ検出されるの。

 正確な例えじゃないけど。まあ、海に潜るときと海から出てきたときの水しぶきみたいなものね」

 「話がなげぇよ、イネスさん」

 「セイヤさん、もう少し我慢しましょうよ。すぐ終わりますから」

 ウリバタケがイネスに説明をやめさせようとするが、カイトがそれを止める。

 「ぬぁんだとぉ。おれさまにたて突く気かぁ?」

 「下手にイネスさんの話をこじらすと余計に時間がかかります」

 「もぅ、うるさい。あと少しだから静かにする!」

 イネスは皆を睨みつけると手にあるリモコンのスイッチを押し背後のホワイトボードに、グラフが2枚浮かび上がらせた。

 どちらも、二次元のグラフで釣り鐘状の正規分布曲線を青い線で描いており、横軸は、時間、縦軸はボソンの検出量を表している。

 グラフの左側が、ジャンプをして消失したときの場合、右側が出現した場合。

 「普通は、消失点のレトロスペクトも出現点の通常ボソンも、こんな風にボソンジャンプの瞬間に最大値となり、その前後では正規分布を取るの。ところが……」

 「「「「ところが?」」」」

 イネスはもう一つのスイッチを押す。

 「右側のグラフを見てちょうだい、山が右にずれ、もともと最大値を指していた時刻の所に、するどいピークがピンク色の線で示されているわね

 これが前回のナデシコのボソンジャンプの記録がこれ。消失時には通常通りなのだけど……」

 「この山の部分が右にずれていることは、出現が3秒遅れたっていうことですよね。でも、この色違いの急な線はなんなのですか?」

 みんなの疑問を代弁するようにジュンが尋ねる。

 「それは、通常では出現点では観測されないはずのレトロスペクトなのよ」

 「たしか……論文には出現が遅れたからといって検出される例はなかったと思いますけど?」

 「ええ。通常は時間にずれが生じても、出現点にはレトロスペクトは観測されないの」

 カイトはやっぱりという表情になる。とかいえ、これが深刻な問題かどうかまでは理解していない。

 「も〜。で、それが観測されたからなんだってのよー?

 早く結論を言ってよ、ぷんぷん」

 ユキナは話が難しく退屈したのか、もう飽きたようだった。

 「これはまだ仮説に過ぎないのだけど、このレトロスペクトは、ナデシコが最初に出現した時刻を指しているのだと思うの……」

 「最初に出現? ……ってことはもしかして」

 「おそらくカイト君の想像と同じ結論にたどりついたわ。つまり、本当はあのとき、ナデシコはきちんと時間のずれなく、ジャンプに成功したのだけど……」

 「けど、この一年ほどで3秒、出現時刻がずれたということですよね」

 「その通り。だから、そのときのパラドックスがレトロスペクトの形で検出されているのよ」

 事の重大さが、カイトだけでなくみんなにも伝わる。

 ウリバタケの口がいち早く動く。

 「って……ちょいまち。なにかい? おれたちの知らない間に、ボソンジャンプのずれがどんどん拡大していってるのかい?」

 「そうなのよ。戦争中の木連部隊のジャンプの記録もつき合わせて検証中なのだけど、まず間違いないわ」

 「間違えないわ、って、そりゃ大変じゃねえかよ!」

 「だから、何がどーしたってゆうのよ!?」

 訂正。まだ、1人事の重大さがわかってないのがいた。

 「今は秒単位だから、余り変化はないけど、時間単位。いや、分単位でも狂ってみたらどうなると思う?」

 「それってものすごくやばくない?」

 「すごくヤバイと思うよ……」

 ジュンの簡単な説明でユキナも理解する。

 「下手したら、アキトとユリカさんの再会もなかったことになる可能性も出てきますよね?」

 「そう。ましてや時間単位で狂いだしたら、本当に歴史の流れが変わっちゃうわ。もっとも、変わったとたんにそちらの時間線にみんなそろって乗り換えちゃうから、誰も気付かないでしょうけどね」





 時間は、夕刻となり全車両は停止して食事や宿泊のための施設を準備し始めた。

 エステバリスやジンのパイロットは周辺を警戒するために施設より少し離れたところに等間隔で配置されている。

 真面目に監視している者もいれば、プログラムを組んだり、だじゃれのネタ、同人誌のネタを考えている者もいる。まあ、人の集中力とセンサーの持続時間を考えるとセンサー反応時に素早く動作に移れればたいした支障はない。

 ほかのナデシコクルーは料理の準備中。

 ざくりと切った野菜や肉を串に刺してバーベキューを作っているのはセイヤ。

 一方、ビーカーで計りながら米をといでいるのはイネス。洗剤を使わないだけましなのだろうか?

 プロスペクターは、手慣れた手つきで材料を切り鍋の中に入れていく。ラーメンの腕と良い、なんでもそつなくこなしていく。

 アカツキ、ジュン、ユキナはテーブルの準備。男がテーブルなどの重いものを、クロスなどはユキナの担当だ。

 「なーんにも無い砂漠を延々走って、遺跡まで片道10日……まるでラリーにでも出ている気分だね」

 「結局、宇宙船で移動するよりコストも時間もかかっちゃいっていますしね」

 アカツキの愚痴に苦笑気味で答えるジュン。

 「そうそう。食料に車の部品、燃料その他諸々、往復と調査期間をあわせて1ヶ月分。

 だいたい重力波を受けて動くトレーラなんて最新もの、よくここまで調達できたもんだ」

 「政治っていうのは、常に大いなる無駄の上に成り立っているのさ。

 それで両軍の指揮官が枕を高くして寝れるってならやすいもんだ」

 「よっ。さすが大物政商。言うことが大人だね」

 アカツキをちゃかすようにウリバタケが言う。

 「ずいぶん落ち目ですがね。何せ休戦何せネルガルの株は休戦この方スキャンダルやなんやらで連日ストップ底。責任とって引退しろと重役や株主連中に迫られていますから。わかっておりますか、会長」

 「カイト君に聞いていましたけど、そこまで大変なのにここにきてだいじょうぶなのですか?」

 プロスペクターの言葉に多少の不安を覚えたのかジュンが声をかける。

 「なに言ってるの。みんなナデシコの仲間じゃないか。

 何を水くさい」

 「とか言いながら……責任追及のがれの時間稼ぎのついでに、地球と木蓮の両政府に恩を売っておこうという魂胆でしょうな」

 「あはははっ……相変わらず鋭いねぇ、プロス君」

 さすがにアカツキの顔が引きつる。

 「いえ、古狸ですから」

 あのときの言葉を相当根に持っていたらしい。

 「まあまあ、そろそろ食事にしましょう」

 「お皿持ってきたよ。よいしょっ。……あれ?」

 タイミングよくユキナが現れたが、ユキナは置いたお皿の間から白いものがはみ出しているのに気付く。

 「どうしたんだい?」

 不思議そうにジュンがのぞき込む。

 「なんか、お皿の間に封筒が挟まってる。こんなの詰めた覚えないんだけどなー」

 「どれどれ、ちょっと拝見……」

 そこに、ひょいっとプロスペクターの手が伸びてきた。

 封筒の手紙を取ったプロスペクターの周りにみんなが集まる。

 「なになに……我々が預かっている女の命を助けたければ、フレサンジュ博士と彼女の持つ遺跡のデータを引き渡せ。交換場所は追って指示する……どうやら誘拐犯からのようですな」

 「え〜〜むぐぐぐっ」

 「駄目じゃないか、ユキナちゃん。大きな声を出しちゃ。ぼく達以外は犯人との交渉を許す気がないのだから」

 驚きのあまり、思わず声を上げてしまったユキナの口をジュンが慌てて塞ぐ。

 はっとしたように、ユキナは自分でも口を塞ぐ。

 「しかし、いったいいつのまに」

 「チャンスは設営をしている1時間あまりしかなかったはずね」

 「しかも、怪しまれずにボクらのトレーラの側に近づいて、この封筒を仕込めたとなると……」

 「となると、護衛や随行のスタッフの中に、犯人の一味が紛れ込んでおりますな」

 プロスペクターは苦いものをかんだ表情になる。

 すると、向こうからサブロウタがやってきた。

 何も気付いてないようだ。

 「あれ。食事まだなんですか? 結構期待しちゃったりしてるんですけど」

 プロスへクターは、自然に封筒を懐にしまいながら、その場を取り繕うように言葉を紡いだ。

 「いえ、味見をし終わったところだったので、誰がタカスギさんを呼びにいくのかを決めていたところなのですよ」

 「ははっ。そりゃ、うれしいなあ」

 かなり苦しかったが、封筒は見ていなかったようなので誤魔かせた。

 「とりあえず、次の指示待ちだな」

 「了解」





 食事も終わりそろそろ眠る時間になった。

 カイトは警備交替時間まで休息を取っておかないといけないが、犯人からの脅迫状のこともあって寝付けなかった。

 仕方がないので、気分転換がてらに宿舎の外に出てみる。

 近くにある、タンクから水を出しひとくち口にする。

 「サブロウタさんがか……まず、違うと思うんだけど、ああ見えてみんなナーバスになってるからなぁ。とかいってそれを証明することは出来ないし……」

 カイトは残りの水を飲み干し、空を見上げる。まるで、人の思惑など小さな事だと思えるような星空が見下ろしている。

 「さてと。無理矢理にでも寝ようか」

 そうして、施設の方へ視線を向けると、人が出ていく。ユキナだ。

 ユキナは一直線に林の方に歩いていく。

 「ユキナちゃん、どこに行くんだろ。散歩かな?」

 カイトはそのままぼーっとユキナを眺めていたが、ユキナが林に入っていく時点で単独行動は危険だと注意しなくてはいけないのを思い出しだ。

 慌ててユキナの元に行こうとすると、ジュンが慌てたようにユキナの後を追いかけていくのが見えた。

 「……まあ、いっか」

 コミュニケを操作して、アキトとリョーコを呼び出す。

 「そっちの林の方にユキナちゃんとジュンさんが行ったから。気にしないで」

 『熱センサー確認。でもよ、気にしないでって今はヤバイだろ?』

 いぶかしげにリョーコは言う。

 「なに言ってるんですか、そのために2人がいるんでしょ? それに、強迫状を出した以上余計なことをして、こちらを怒らせないでしょうから」

 『リョーコちゃん、大丈夫だって。ジュンが付いてるし、俺たちがちゃんと監視しておけばいいだろ』

 「それじゃ、交替の時間までおやすみ」

 リョーコが何か言いたそうな顔をしていたが、カイトはウィンドを閉じた。

 そして、宿舎へ戻っていった。





 ジュンはユキナを追って林に入ったが、見失ってしまった。

 月明かりも十分でないので視界は数メートルぐらいしかない。

 ジュンはライトぐらいでも持ってくるのだったと思いながら辺りを見回す。

 しかし、ジュンは気が気でなかった。傍目からではわからないが、ユキナはミナトと離れて、かなり精神がまいっている。

 兄白鳥九十九と死に別れて、一番頼れたのがミナトだった。

 また大切な人を失いかねない状況なので突発的に何をするのかわからない。その不安がジュンの心を不安にさせた。

 ふと後ろから視線を感じる。そのまま振り返るとユキナがいた。

 「ユキ……」

 「お兄ちゃん」

 ジュンが言いきる前にユキナが言葉を発する。

 少しうつろな目。ジュンに白鳥九十九をだぶらせている。

 「ごめん。白鳥さんじゃないんだ」

 ジュンは正直逃げたい気持ちになった。ここまでユキナを追い込んだのは自分だからだ。謝って済む問題じゃない。

 ナデシコクルーは確かにジュンの落ち度はあるが、こちらの認識が甘かったといってくれる。

 情報が漏れなくてもああいうふうに逃げられてはイズミが狙撃することは出来なかっただろう。だが、責任感が人一倍思いジュンは自分を追い込んでしまった。

 「あ、ごめんなさい。お兄ちゃんじゃなくてジュンちゃんだったよね」

 ジュンの声に気付き、ユキナは我に戻った。

 「いいんだよ」

 ジュンはユキナの心中を考えれば考えるほどかけてあげる言葉が出てこない。

 「さみしいよぉ……」

 ユキナの目尻に光るものがある。

 ユキナの心はとても澄んでいたが、その堰はすぐにでも崩壊しそうだった。

 「少し、ここで話していかないかな?」

 ジュンは一握りしかないがありったけの勇気を持って話しかける。

 「うん……」

 ユキナはうなずくと近くにある倒れた木の上に座る。

 ジュンもそれに倣う。

 しばらく何も話せないまま時が流れていく。

 「「あの……」」

 同時に相手の方を見たので互いに顔を真っ赤にさせる。

 「じゅ、ジュンちゃんが先にどうぞ」

 「あ……うん」

 ジュンは、今にも口から心臓が出そうになるが何とか押さえて言葉を続ける。

 「慰めにならないかもしれないけど、ミナトさんはきっと助け出す。千載一遇のチャンスが来たからね」

 ぎこちなくだが微笑む。

 それにつられるようにユキナも微笑む。

 「でもね、あんまり思い詰めないで……」

 ユキナの瞳は潤んでいる。

 このときジュンは強くこの子を愛おしく思った。

 ユリカの時のようにあこがれのこもった感情でなく、ただ愛おしく泣いてほしくないと思った。

 その想いはユキナを抱きしめさせる。

 ユキナは驚いて身を少しだけ固くするが、次第に包まれる暖かさに委ねていった。

 しばらくして2人はふれるだけの口吻をかわした。





 一方そのころカイトは寝付けず宿舎の中の椅子に座っていた。

 導眠剤を貰いに行こうと席を立つが誰かが入ってくる。

 「あら、カイト君寝付けないの?」

 入ってきたのはイネスだった。

 「ちょっと気が高ぶって。イネスさんこそこんな時間までどうしたんですか?」

 「私も……ちょっとね」

 「ミナトさんのこと? それとも時間のずれのことですか?」

 「いぢわるく聞こえるわね」

 あっとした表情になって頬をかくカイト。

 「ふふっ。じょうだんよ。

 考えていたのは時間のずれのこと。ミナトさんのことは私が考えるより、アカツキ君達に任した方が良さそうだもの」

 「ずれの原因、やっぱりわかりませんか?」

 イネスは少しあごに手をかけて考え込む。

 「わからないわね。特にこのままずれ込んでいったらどうなるか? ってことがね。最悪、誰が誰だかわからなくなる可能性もあるもの。

 たとえば、突然私があなたの目の前から消えても、私が存在していなかったことになるのだから誰も気にも留めないでしょうし、いきなり時代がジュラ紀になっても不思議じゃないわ。そして、誰もそのことには気付かない。……もしかしたら、カイト君の記憶がないのも出生原因が怪しくなっているのかも」

 「そうなったら困るなぁ」

 本当に困っているのか疑わしい表情で頬をかくカイト。

 内心は、かなり揺らいでいた。確かに過去に跳んでイツキにあった。だが、それがこの世界の過去だったのだろうかと問われると自信がなくなる。

 「ご、ごめんなさい。安心して、もしそうだとしたらカイト君の記憶がないって感情自体持ち得ないものだから。

 ……私ってデリカシーがないのかしら?」

 イネスは気まずそうにうつむく。

 「なんて顔してるんですか」

 カイトはそう言うとイネスの頬を両手で優しく触れ、顔を上げる。

 「そんな顔をしてたら、暗くなるばかりじゃないですか。もう少し楽観的に考えましょう。ミナトさんも助かって遺跡に着けばどうにか出来ます」

 そう言うと、にっこりと微笑んだ。

 「も、もぅ。どっちが励ましているのかわからないじゃない」

 イネスは照れながらも、笑う。

 カイトはイネスの頬に手をやったままふにふにしながら、

 「イネスさんは凛としているときも良いですけど、笑ってる方もいいですよ」

 「こら、大人をからかうもんじゃないわよ」

 と言いつつもまんざらではなさそうだった。





 翌朝

 アキトとジュンは歯磨きをしていた。

 「ジュン。おまえ、なんか顔色変わったよな。よく眠れたのか?」

 「久しぶりによく眠れたよ」

 「おはよ」

 そこに比較的早く起きたカイトが後ろから声をかける。

 「おはよ、カイト。ほら、コップと歯ブラシ」

 「おはよう、カイト君」

 「んっ……ありがと。けど、先に顔洗うよ」

 まだ、眠たそうなカイトはアキトからコップを受け取りそのまま横に置き顔を洗う。

 しばらく男3人で並んでは磨きをする。

 朝日がまぶしい。

 「みんな、おはよ〜♪」

 そこにいつものように元気なユキナが現れた。

 アキトとジュンは挨拶をしかえしたがカイトは手を挙げただけだった。まあ、口に歯ブラシをくわえたままだから。

 しばらくして、アキトとカイトは食事の準備のために移動した。

 ジュンも移動しようとしたが、服の袖を引っ張られていたので動かなかった。

 「ジュンちゃん、昨日はありがと」

 服を掴んでいた子はその一言を言うと足早に駆けていった。

 ジュンはあの子のちゃんとした笑顔を取り戻すためにもミナトを絶対に助け出そうと改めて心に誓った。

 それから3日後、誘拐犯から次の手紙が来た。





 後編に続く……












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