機動戦艦ナデシコ
                   E I V E   L O V E
〜 The blank of 3years 〜
記憶のかなたで逢った人たち






 第8話 忘れ物の『ある』出発



 「んっ〜。ランニング終了と。久しぶりに長距離を走った割には調子よかったな」

 トレーナー姿のカイトは軽く背伸びをする。そうしていると後ろから声をかけられた。

 「あら、カイト君。おはよう」

 「イネスさん、おはようございます」

 ここはカイト達の泊まっているホテルの物資搬入口。

 朝早くであるが、大型のトレーラーが何台か入ってきている。先日の会議で決まった遺跡探索用の物資だろう。

 「そういえば、今日は早いわね。どんな心境の変化かしら?」

 「僕だってたまには朝日を見たい気分になるんですよ……」

 無茶苦茶遠い目をしてカイトは答えた。朝日が瞳にまぶしい。

 「何となく事情はわかったわ。で、早く起きたついでに走ってきたの?」

 「ええ、気持ちよかったのでふらふらと」

 「それなら、私の手伝いをしてもらいたかったわね」

 「朝食が終わったら、みんなをこき使うんでしょ。それまで待ってくださいよ」

 カイトは苦笑を浮かべながら、トレーナーの袖で汗を拭く。

 「これを使ったら?」

 イネスはポケットの中から蜜柑の刺繍がはいったハンカチを差し出す。

 「あ、ありがとうございます。タオルを忘れてたからちょうどよかった」

 微笑みながらカイトはハンカチを受け取り、汗を拭う。

 「それじゃ、僕はシャワーを浴びてきますから。食堂で会いましょう」

 カイトはそのままホテルの中に帰っていく。

 「カイト君。ハンカチ返しなさい」

 「洗って返しますから、もう少し貸しててくださいね」

 カイトは振り向かずに手をひらひらと振って扉の中に消えていった。

 「もぉ」





 朝食も終わり、カイト達は前日の極冠遺跡探索命令にしたがって極冠遺跡に行くための準備をイネス指揮官の元、行っていた。

 しかし、費用はは新地球連合払いなのでいろいろと注文をしたものだからてんやわんやしている真っ最中。ちゃんと指示が行き渡っているかどうか怪しい。

 「イネスさん。これはここですよね……しょっ。しかしまた、なんで車なんですか? 船なら1日もかからない距離でしょ」

 「とりあえず、和平交渉の真っ最中ですからね。お互い火星の大気圏内で相手の戦艦を稼働させたくないのよ」

 カイトのとなりにいたエリナが説明をする。

 「それなら、各一隻ずつ出して飛べば良いんじゃないですか? それにどうしてこうお偉方は物事に順序だてて行動しないかな。まあ、コウイチロウさんの苦労もわかりますけど」

 「なに言ってるの。あなただって軍人だった可能性が高いのでしょ?」

 「だとしても、シュトゥールでしょ。軍隊の中でのベスト・オブ・すちゃらか部隊。自分達のしたいことから順を追って行動してますよ」

 カイトはにっこりと笑って言い返す。

 エリナはうっとした表情になり、二の句が告げられなくなる。

 周りからは苦笑が漏れる。

 「けどよ。やっぱカイトの言うとおりじゃねーか? どうせ会議も半月ぐらいで終わるだろうしよ。艦を使った方が物も多く持ってけるのによ」

 「そうだよね。やっぱり、部屋があった方が投稿用の原稿も書けるし」

 「そーだ。そーだ。アイスをのせればクリームソーダ」

 パイロット3人娘。リョーコ、ヒカル、イズミが思い思いに言う。

 「なーに言っているの!そこには宇宙の謎を解く鍵が埋まっているのよ。そんな大事なことが最優先でなくてどーするの!? それに、あの会議が半月で終わるとでも本気で思っているの?」

 イネスが科学者らしい意見を押し通す。

 「むりでしょ。火星古代文明の超技術をいかに平等に分配するかが、今回の和平交渉のキーポイントですから。まあ、相手に抜けがけされたくないし、ほっとくことも出来ませんから。とりあえず、先に掘ってしまえば何とやらです」

 「で、共同で遺跡の調査……でも、肝心のコアは、ナデシコごと宇宙の彼方でしょ? だったら、調べても肝心なことは解らないんじゃないですか」

 イネスとルリの説明をふまえて遺跡初心者のカイトが質問する。

 「説明しましょう。遺跡もしくは都市と呼ばれるボソンジャンプ演算機の中枢コアは、時間軸や物理的な物を演算する装置。故にそれらには縛られてないので……」

 「ストーップ! 先に荷造りをしましょう。研究に行けなくなりますよ」

 説明が長く続きそうなのでカイトは人差し指でイネスの唇を押さえる。

 「ま、とりあえず残されたあのプレートから、情報を引き出すための手がかりがほしいのさ」

 「もぉ。そろそろ、その指を離しなさい。あれが古代火星文明の記録媒体だとすれば、遺跡にその再生装置があってもおかしくないでしょ。前回はとてもじゃないけどゆっくり調査している暇なんか無かったけどね。で、カイト君。なんで涙目なの?」

 先ほどまで微笑みを浮かべていたカイトの顔は目尻に涙を浮かべ苦痛を耐えている。

 カイトは先ほどまでイネスの唇を押さえていた指を自分の足の方へ向ける。

 「そこの荷物を取ろうとしたのですが、カイトさんの足があったみたいですね。気付きませんでした」

 ルリはしれっと言うと、カイトの足を踏んでいるヒールをぐりっとねじりすたすたと行ってしまった。

 「ルリ〜。どうしたの? あ、行っちゃった」

 入れ替わりに入ってきたのはユキナ。本当にピクニック気分なのか、大きなリュックを抱えている。

 「で、なにしてたの?」

 「遺跡に行く事についてのレクチャーだよ。僕はそういった予備知識がないから、豆知識ぐらいはってね」

 「ふぅん。けど、ゴミ漁りに行くようなもんよね」

 ユキナの率直な物言いにカイトは顔に縦線を浮かべる。

 「ユキナちゃん、厳しい」

 「ほんと、ミナトさんに似てきたよね〜」

 端で聞いていたユリカとアキトがつっこむ。その後ろから、

 「ごめんね。手厳しい女で」

 買い物かごを2人の目の前に差し出したミナトが立っていた。

 「「あ、あはははっ」」

 こわばったままの表情でごまかすように笑う2人。

 「あ、ミナトお姉ちゃん」

 「お昼を買い出しに行こうと思うのだけど、ユキナも来る?」

 「行く行く〜。すささささ」

 ミナトの誘いかけにユキナは笑顔で答える。まるで、散歩に連れて行ってもらえる子犬のようだ。

 「ま、難しいことはイネスさんに任せるとして、毎日食べるものは必要だからね。お昼ごはんを買い出しに行ってくるわ」

 そう言いながら、颯爽と歩いていくミナト。

 それに遅れないようにユキナがちょこまかとついていく。

 「ほんっと、あの2人は良い姉妹ですよね。ミナトさんも颯爽としてかっこいいし、ユキナちゃんもあれで愛嬌があって何となく子犬を連想させるところも可愛い」

 のほほんと荷物を運びながら、カイトが2人の関係を率直に述べる。

 「君、ああいう子達が好みなの? 苦労するよ。悪いことはいわん、やめときたまえ」

 突然、ゴートが横からつっこむ。

 彼のアップは危険だ。

 「わっ、どっからわいて出てきたんですか? それより、ミナトさんもユキナちゃんを口説く気はないですよ。特に、ミナトさんは自立心がちゃんとした女性ですから。"俺の後ろをついてこい"とか"守ってやる"が通用する人じゃないですから」

 微笑みながらカイトは、ゴートの肺腑を容赦なく抉る。

 一応、カイトはミナトとゴートのオフィスラブについて知らない。知らないが故にとはいえ、男には遠慮しないようである。

 「……ごほんっ。アオイ君、念のためにミナト君達の護衛を」

 「あ、はい」

 話題を逸らすようにゴートは手短にいたジュンにミナトとユキナの護衛を頼む。

 「ジュンさんだけですか? 先日の奇襲を考えるといくらなんでも1人だけじゃ……」

 「ははっ。カイト君、大丈夫だよ。そこら辺のことは朝にうち合わせ済みだから」

 ジュンが背後からカイトの肩を叩く。

 「う〜ん、いつの間に。しっかし、このままだとイネスさんにこき使い倒されるのは目に見えてるから……」

 「こぉらぁ。朝ちゃんと約束したでしょ。もしかして、破る気?」

 ちゃんと話を聞いていたイネスがカイトにくぎを差す。

 「ぐっ。破りはしませんよ。ともあれ、ジュンさん気をつけて」

 カイトは心の中で、荷物に押しつぶれないようにと付け加えている。

 ジュンは軽く手を挙げてミナトとユキナを追っていく。

 「さて、それじゃあ作業を再開するわよ。アキト君はそれをあっちに、カイト君はそこの段ボールをこっちに。ウリバタケさんは機材をトラックに。あとは、あれをあっちにそっちをこっちに」

 ぱんぱんと手を叩きながらイネスがてきぱきと指示を出していく。

 「あの。一応俺たちイネスさんの護衛であって……」

 「それなら、私の肉体的疲労と精神的疲労からも守ってほしいわ。さあ、てきぱき働く働く!」

 アキトの控えめな意見はイネスの強引な意見にかき消された。なにあれ、ナデシコの女性は強い。もっとも、男が情けないという説もあるが。

 「あれ、そういえばイズミさんが居ないけど。どうしたのかな?」

 「あ、そっか。カイトは知らないんだったけな。イズミさんがジュンのサポートだよ」

 「ふぅん。そっか。じゃ、4人が帰るまではがんばろっか。さすがに帰ってきたらお昼になるだろうし」

 「そうだな」

 カイトとアキトは互いに顔を見合わせて作業に戻った。





 「ほんと、なにやってるんですかね」

 ルリは、もやもやとした気持ちのまま、作業もほっぽり出してただ当てもなく歩いていた。

 今朝からと言うより、火星に来た翌日から何か調子がよくない。別に風邪をひいているとか体調が悪いとかというわけでもない。

 ただ、何となくもやもやしたまますっきりとしない。

 もやもやしている原因はあの朝の一言だろう。だが、なぜかと言われると解らない。

 このまま歩いていても拉致もあかないので、道ばたのベンチに座り、空を眺めてみる。

 雲が気持ちよさそうに流れている。自分の心はどう流れているのかな……

 「ルリルリ、どうしたのかな?」

 「……み、ミナトさんですか。脅かさないでください」

 ルリは急にアップで現れたミナトに驚き、そのまま仰け反りそうになる。

 「ふぅん。お姉さんに悩み事を話してみてくれないかな?」

 「別にありません。ただ、朝から気分が優れないだけです」

 「私には、カイト君がでれでれっとしているのが、気にくわないのかと思っちゃった」

 「なんでそこにカイトさんが出てくるんですか!?」

 いつになく言葉が荒く言い返す。

 「なんとなくね。さっきも彼の足を踏んでたじゃない」

 「……」

 そのままルリはうつむく。

 (かなり重症みたいね。アキト君の場合は自覚せずに諦めちゃったみたいだけど、カイト君の場合は気付きかけてジレンマにか。ルリルリもちゃんと女の子になってきてるのね)

 ミナトは内心喜んでいるが、自分が引き取ったらこうまではなっていなかっただろうなと考えると寂しくも感じ、複雑だった。

 「気分転換に一緒に買い物に行かない? 今からお昼の買い出しなの」

 「もう少しだけ、ゆっくり考えてみます」

 「そういうときは、考えるんじゃなくって感じるんだよ♪」

 少しだけ微笑めたルリに安心したミナトは、「何かほしい物は?」と聞いてあとから来たユキナとジュンと一緒に買い物へ出かけていった。

 「私もこのままさぼってばかりはよくないですね」

 ルリは少しだけ気が楽になったことをミナトに感謝しつつ、荷造りに戻った。





 火星で数少ない復興コロニー、タカマガハラ。

 ミナト達はここの中央卸売市場に来ている。

 宿にしていた高級ホテル街より少し離れていて、人混みの多さが活気の良さを表している。

 それもそのはず、終戦と同時に木連側が火星に全員で移住してきたため地球側も負けずと移住を押し進めてきたからである。

 まだ、復興も始まったばかりなのでどうしても都市部へ人が集中しまう。

 その結果、このように騒然としている。

 人々が集まるせいか、様々な物がそろっている。

 野菜や果物などの食品はもちろんのこと、日常品や機械工具、裏では武器の密売までもあるらしい。

 それぞれの店が客を呼んだり呼ばれたり。

 復興は始まったばかりであるが、戦争を過去の物へと押し流そうとする勢いだ。

 その中、不幸の代名詞を持つ男の子は大荷物を抱え人並みに流されそうになりつつも、従者よろしく2人のお嬢様について行っていた。

 そのお嬢様方といえば、すいすいとまるで水をえた魚のようにあちらこちらの店を見回っている。

 「じゃ〜ん、ジュンちゃん。これね、ミナトお姉ちゃんにこつを教えてもらって、あそこの露店で値引きしてもらったんだよ」

 お嬢様その1のユキナがご満悦の表情で戦利品をジュンに見せる。

 「ユキナもよく頑張ったわね。次の目標はもう一割安く買うのよ」

 お嬢様と言うよりお姉様という方が正しいミナトもユキナの値引き交渉成功に喜んでいる。

 「ふ、ふたりとも。ぼくが護衛だって事を忘れてないかな?」

 従者もとい、ジュンが一応の抗議をあげる。

 「あ、そういえばジュン君はそうだったわね。忘れてたわ」

 「もぉ、お姉ちゃん。けど、ジュンちゃん1人だけってのは心配よね。さっきもお姉ちゃんが買い物をしはじめなかったら、完全にあたし達を見失ってたでしょ?」

 「そ、それはこんなに荷物を持っているから。人にぶつかったら謝らなければいけないし……」

 「男の子でしょ。そのくらい何とかしてみなさいよ」

 「はいはい、ユキナそのくらいにね。う〜ん、お昼の時間までにはまだあるわね。少し休んでいかない? ジュン君もそろそろ限界でしょ?」

 「あはははっ。助かります」

 「しかたないわね。もっと買いたい物があったのに〜」

 「また今度にでもね」

 ジュンは心の中でミナトに手を合わせる。これ以上何か持たされると、護衛はおろかホテルまで帰ることすら怪しくなっていたのだ。

 (ミナトさんに足を向けて寝られないな。誰かに向けて良いって訳じゃないけど)

 そうやってなぜか、純和風茶屋に向かう3人。さすがに復興途中であって、出店のお国柄の統一がない。

 「けど、ジュンちゃん。こんなにのんびりしていて良いの?」

 少し不安げにユキナが尋ねてくる。

 「もしもの時のさらにもしものためにイズミさんを気付かれないように配置しているから少しくらいは大丈夫だよ」

 ジュンは微笑みながら答えるが、

 『こら、なんのために隠れているのか解らないでしょ。壁に耳あり障子にメアリー……』

 耳に取り付けてあるインカムから、イズミの不思議と実在感のある声が聞こえる。

 「い、イズミさん。通信は非常事態だけだって……って、すみません」

 『わかればよろしい』

 とりあえず、言いたいことが言えたので通信は切れた。

 「じー。思いっ切りやばくない?」

 「ジュ〜ン君。おしゃべりな男は嫌われちゃうぞ」

 「すみません……」

 荷物を抱えたまま器用に小さくなるジュン。

 「イズミさんが、がんばってるなら仕方ないわね。戻りましょ」

 「え〜、ざんねんだなぁ。がっくり」

 「うふふっ。かわりに茶菓子を買って帰りましょ。3時にみんなで食べれば美味しいわよ」

 「わぁ〜い。けど、お金足らないよ?」

 ユキナはそういいつつも、期待の視線をジュンに向ける。

 ミナトは苦笑気味にその行為を見ている。

 「……つまり、ぼくにおごれってことだね?」

 「え〜、ジュンちゃん。あたしそんなこと言ってないよぉ」

 確かに口では一言も言ってないが、目はそう語っている。目は口ほどにものを語る。

 その後たっぷりと茶菓子を補給した3人は、帰路へつく。

 もちろん、ジュンが全額支払い、ついでにその茶菓子の大半も抱えている。

 昼前なのでさらに人混みが増えた中でも、2人のお嬢様はすいすいと進んでいる。従者は急いで追いかけるが、人にぶつかりいちいち謝っているので一向に差は縮まらない。

 そうしていると露骨に怪しい黒服の男がジュンの進行のじゃまをする。

 「どいてく……しまった!」

 「ミナトお姉ちゃん!」

 ジュンの視線の先には、じゃまをする黒服と似た格好の男がミナトを抱えて逃げだしている。

 すかさず、荷物を置き追いかけるが、この人混みの中上手く前に進めない。ユキナも同じようなものだ。

 「すみま……前を明けてください」

 その間にも誘拐犯はどんどん前に進んでいく。まるで人混みなど無いように。

 「お姉ちゃんに何するのよ! 離しなさいよ!」

 「イズミさん、ミナトさんがさらわれました。犯人を狙撃して足を止めてください!」

 急な事態なので体裁かまわず、コミニュケで伝える。

 『この人混みの中じゃ、外すとシャレんなんないわよ?』

 イズミはシリアスモードで答えた。

 「イズミさんの腕を信じていますから。早く!」

 『了解』

 ミナトを抱えた誘拐犯の向かってくる先にあるビルの屋上。

 イズミは覚悟を決めて、光学迷彩を解き、ライフルの銃口を犯人に向ける。

 (あとすこし……!?)

 首筋の方に冷たい物を感じる。おそらく刃だろう。

 「なんでここがばれたの?」

 この緊張下で誘拐犯を狙撃するのは無理だと判断し、ライフルの銃口を下げる。

 「よい判断だ。我らの目的は人殺しではないのでな。恨むなら、間抜けな護衛役を恨むのだな。彼の一言でここが容易にわかったよ」

 「アオイ君、帰ったらお仕置きだね……」

 (イズミさんはどうしたんだ……)

 自分の不注意がこの状況を起こしていることに気づいてないジュンは自ら銃を抜く。

 「みなさん、退いてください!!」

 さすがに銃撃戦が起こると思っていなかった民衆は慌てて道を空ける。

 (足下を……当たらなくてもせめて怯ませないと)

 その瞬間、誘拐犯はにやっと笑うとその周りに砂埃が舞う。

 その一瞬の間に誘拐犯は黒い忍び装束に身を変え、ミナトを抱えたまま飛び上がると消え去った。

 「消えた。それも忍者…………」

 「ミナトお姉ちゃん!!!!」

 ユキナの叫び声が悲しく木霊した。

 誘拐実行犯が消えたと同時にイズミの首筋にあった冷たい刃は消えていた。

 「こちらイズミ。ミナトがさらわれたよ」





 そろそろお昼になる時間だが、荷物の積み込み作業は一向にはかどっていないように見える。

 単に欲張りすぎなだけだろう。

 「おぉ〜い。アキトにカイト、それに落ち目の会長さんよ。こちらと来て、手伝ってくれよ!」

 「落ち目は余計だ。たくっ。お二人さん、ウリバタケ君が呼んでるぞ」

 「「うーっす!」」

 アキトとカイトは綺麗にユニゾンさせてウリバタケの元へ行く。

 「あ、もうこんな時間か」

 アキトがふと目を時計にやると、あと少しで正午となる時間だった。

 「あれからかれこれ三時間近く……ずっと荷物整理か。そういえば、ミナトさん達遅いね」

 「そうだな。いくらなんでも、まさかな」

 「そのまさかかも知れないよ。ジュンさん、つぶれてなきゃ良いけど」

 あたりから、失笑がもれる。

 皆、想像していたのだろう。

 ついでにジュンがどのような状態で帰ってくるのかを賭けていたのだが、みんな荷物に押しつぶされそうになって帰ってくるにしたため成り立たなかったのは余談である。

 と、そのときコミニュケのウインドが開く。

 『こちらイズミ。ミナトがさらわれたよ』

 「おいおい、冗談にしちゃあたちわりぃぜ」

 ウリバタケが半信半疑の顔でイズミに答える。

 『本当なのよぉ。ミナトお姉ちゃんがぁ……』

 別のウインドが開いて涙で目を腫らしたユキナが現れる。その横には慰めるようにジュンが居る。

 「え!!」

 事の次第の重要さがようやく伝わったのか、一帯が騒然となる。

 「おい、ジュン。どういう事なんだよ」

 アキトが、ジュンに詰め寄るがそうしたところで事態は変わらない。

 「先日の連中かも知れませんね。探しに行こうにも手がかりはないみたいですし、逆に誰かが探しに行ってイネスさんを狙われたり、二重誘拐に合うとまずいですから、戻ってきてから対策を練った方がいいでしょうね。

 どうです、ゴートさん?」

 顔に似合わず、冷静になるカイト。

 「カイトの言うとおりだな。アオイ君、至急戻ってきてくれ」

 『わかりました。さ、行こう』

 ジュンはユキナを促すが、

 『でも、お姉ちゃんは。お姉ちゃんを捜さないと!』

 『ユキナちゃん、カイト君の言ったとおりこのまま探しに行ってユキナちゃんがさらわれたらミナトさんが悲しむよ。だから、今は我慢して戻ろう』

 『うん……』

 ジュンの優しい言葉がとどいたのか、ユキナは大人しく戻ることにした。

 「イズミ君。引き続き2人を頼む。君自身もな」

 『了解』

 動揺が走る中、カイトは冷静に事の深刻さを考えていた。

 (ミナトさんを……おそらくユキナちゃんでもよかったはず。となると誰でも狙われるな)

 「ゴートさん、エリナさんが見えませんけど、どうしたんですか?」

 「エリナ君なら、今は宇宙港だよ。護衛にはプロス君と軍関係者がついているから大丈夫さ」

 その質問にはアカツキが答える。

 「そうですか。ユリカさんもルリちゃんメグミさんも出来ればイネスさんの近くにいた方がいいです。もちろん、リョーコさんとヒカルさんも」

 急に話をふられたユリカはきょとんとしている。

 「う〜ん、なんで?」

 「無差別に誰でも狙われる可能性があるので、まとまっていると護衛がしやすいから、ですよね? カイトさん」

 「正解」

 カイトは表情を崩してルリの頭をなでる、だが瞳までは崩していなかった。

 3人が戻ってきたのはそれから5分後だった。





 夜。地球連合軍と木連軍の兵士達が武装したまま、お互いを威嚇するように二手に分かれて歩哨に立っているホテル前。

 本来なら、すでに旅出ていなければならないトレーラはそこに鎮座したままだった。

 大広間にはカイト、アカツキ、エリナ、プロスペクター、ウリバタケ、ユリカ、ルリ、ユキナ、メグミとサブロウタが沈痛な思いで集まっていた。

 「黒ずくめで忍び装束で怪しげな術を使うとくれば……木連秘密諜報部の特殊部隊の連中だな」

 「タカスギ君。そっちの調べでどうにかならない?」

 お手上げ状態なのかアカツキは早々にサブロウタを頼る。

 「いえ、特殊部隊の存在は最重要機密になっていて、指揮系統どころかその存在すら書面化されておらんのです。いったい誰が背後で糸を引いている事やら……」

 さすがにここまでくると、木連優人部隊出身のサブロウタでも存在はわかっても詳しい指揮系統まではわからなかった。

 「しかし、ミナトさんをか……なめたまねをしてくれる……」

 「そりゃしかたないさ。イネス博士には十重二十重と警護がはって居るんだから。相手もプロだ、馬鹿じゃない。だから、ミナトさんを狙ったんだろ」

 カイトの言わんとしていることを察したアカツキが推測を述べる。

 「それにナデシコクルーはお人好しですからね。脅迫に屈して"ミナトさんと引き替えに遺跡のデータとイネスさんを交換する"と踏んでるんでしょうね」

 エリナがアカツキの言葉に付け加える。

 「まあ、そんなところでしょうな。しかし、犯人から連絡が来ないことにはうかつに動けませんな……」

 プロスペクターがトーンダウンした口調で躊躇いを漏らす。

 「だからって、そんな取引を地球側も木連側も認めるわけにはいかんだろう。何せ遺跡の共同調査は、和平交渉の鍵となる条項だからな」

 「そう。何処かの誰かが独断専行しようともな」

 アカツキとサブロウタが政商、軍人らしい意見を出す。

 「そんな冗談じゃないわよ。お姉ちゃんを見殺しにはさせないんだから!」

 がたんっと椅子を蹴り上げて立ち上がるユキナ。動揺しているのがよくわかる。

 「落ち着きなさい、ユキナちゃん。もうすでにゴートさん達が独自のルートを使って調査しているのだから」

 「そうそう、今更誰彼に逆らうのが怖くてナデシコクルーがつとまりますかっての」

 エリナとアカツキがフォロに回る。

 納得はしていないが一応溜飲は下がったのか、ユキナは席に座り直す。

 「へへっ。やるね」

 「けど、サブロウタさん。木連からの派遣員としての立場はどうするつもりですか? 僕らはこうするのは当たり前なんですけど。よければ、黙っていてくれれば……」

 「何心配してんの。黙るも話すも、こちらと休戦から誰の味方でもねえ。"正義"の味方さ。へっへ……」

 控えめに言うカイトを後目に、サブロウタはにんまりとする。もちろん、はたからそんな命令などに従うつもりはない。

 「OK。こっちは話が付いたと。イネスさん、協力してもらえるかい?」

 イネスは少し離れたところでウリバタケと一緒にポケコンを叩きながら話していた。

 「イネスさん。イネスさん」

 カイトが呼びかけるが、イネスは一向に振り向く気配はない。

 「だめ、ですね。ああなったイネスさんは当分こっちの世界に戻ってきません。それに危険です」

 「る、ルリちゃん。そこまで言っちゃ駄目だよ。いくらマッドサイエンティスト紙一重だからって」

 「おひおひ。一理あるけど」

 ルリとユリカとカイトは聞いていないことをいいことに言いたい放題。

 「こまったね……問題は山積み。誰かがわかりやすく"説明"してくれると助かるんだがな〜」

 アカツキは白地らしくイネスの方向を向いて言う。

 それに対しイネスは振り向きもせずに答えた。

 「あのね。あなた達、聞いていないと思ってずいぶんと言ってくれるじゃない。ちゃんと聞こえているわよ。特にユリカさん、覚えてなさいよ。それに、今大事なところなの。あとにしてくれない?」

 その一言は過剰過敏になっているユキナの微妙なバランスで成り立っている感情を直撃した。

 「おばさん、お姉ちゃんが心配じゃないの!!」

 「今の私にはどーすることも出来ないでしょ。だから、自分に出来ることをしているの。わかれ、とは言わないから邪魔をしないで」

 「そんなの!!」

 そういうとユキナはイネスをぎろっと睨むと誰も止めるまもなく部屋を飛び出していった。

 気まずい雰囲気だけが残る。誰もが、どちらのことも解り味方しかねる。

 「イネスさん。言い過ぎですよ」

 「えぇ?」

 沈黙を破ったカイトの言葉にイネスは驚く。

 「理屈じゃ、イネスさんの言うとおりです。今は自分の出来ることをするのが一番ベターです」

 「そうよ。私は、私に出来ることを正直に言ったまでよ。責任とれないことは言わないし……言えないわ」

 その言葉にカイトはうなずくが、

 「けど、理屈です。たまには優しい嘘もいいんじゃないですか?」

 「でも、それでより傷ついたら……」

 「だ〜いじょうぶですよ。ナデシコクルーの性格はともかく、能力、人柄としては最高の人の集まりじゃないですか。それに、嘘も真実に変えてしまえば嘘じゃなくなりますって」

 カイトはのほほんと笑いながらイネスの肩をぽんぽんと軽く叩く。

 「まっ、ユキナちゃんが帰ってきたらごめんなさい、くらい言ってあげればいいと思いますよ」

 「カイト君……そうね、解ったわ」

 イネスは恥ずかしさを隠すために後ろを向き、ポケコンをたたき出した。

 「さってと、これからどうします?」

 カイトがアカツキに話を振る。普段は単なるすけこましだが、こういった場合では一番の指揮能力を発揮する。

 「そうだな……イネスさん。相手が人質交換を持ちかけてきた場合、貴女はどうするつもりですか?」

 「そうね。条件次第ね。そのへんのか駆け引きはあなた達に任せるわ」

 自分のことだというのにさらりと言う。普通ここまできっぱりと言える人間はざらにいない。

 どういう性格でもここにいる人間はナデシコクルーなのだ。仲間を見捨てるような人間ではつとまらない。

 アカツキはそれに納得して、背を向け表情を向けないイネスに対しこう応えた。

 「へいへい。化かし合いは任せてください。うちにゃ、古狸も女狐もそろっていますから」

 「「誰がです!?」」

 間髪いれず、該当する2人から不機嫌な言葉が返ってくる。一応自覚はあるようだ。

 気まずかった雰囲気がやわらいだのに安心したのかカイトは先のことを考え始めていた。

 「しかしやるね、あんた。それはそうと出ていったユキナちゃんを連れ戻さないとな。この警戒中とはいえ油断は禁物だから、カイトだったな。あんたも来るかい?」

 サブロウタはまるで、"散歩にでもつき合わないか"と言ったような口調で誘う。

 「そうだな。こっちでこれからのことは考えておくから。ユキナ君を捜してきてよ」

 アカツキもそれに賛成したように言う。2人ともカイトが表ではのほほんとしながら、裏ではかなりの焦りがあることを見抜いていた。

 「はいはい。それじゃ行きますか」

 カイトは2人の好意に従う。

 カイトとサブロウタが部屋を出ていったのを確認して、アカツキ達は明日からの計画を練り始めた。





 調査部隊の方は一向に進展はなかった。もともとこういったことのプロはゴートとプロスペクターだけだったので、ぽっとでの素人が加わったところでさしたる効果は上がらなかった。

 しかし、この中でジュンだけは違った。成果は全くなかったが、自分で考えつくことをやりすぎたため疲労が著しかった。

 同行していたアキトの方も疲れていたが、ジュンと比べると明らかである。

 「おい、ジュン。あんまり気を張りすぎると明日から大変だぞ」

 「……ああ」

 アキトの慰めの声も聞こえていない。よほど目の前でさらわれたのがショックだった。根が真面目な分かなり思い詰めている。

 2人はその後無言で歩いていく。もうすぐホテルの入り口だ。

 「あれ、あっちに歩いて行ってるのはユキナちゃんだよな」

 「え、あ、そうだね」

 薄暗い街灯にも目立つユキナの黄色いヘアバンドが、ホテルの庭の方に消えていく。

 「今は危ないから、ぼくが見てくるから、テンカワはみんなに報告を頼むよ」

 「ま、あんまり無理するなよ」

 男のことだと多少は察しのいいアキトはジュンの気持ちを優先させるように、足早にホテルに戻っていった。

 ジュンは静かにユキナに近づく。

 「ユキナちゃん……」

 ユキナはその呼びかけにびくっとしながら振り向く。その顔は必死に泣くのを我慢していた。

 「ジュンちゃん……みんな、酷いよぉ。ミナトお姉ちゃんのことをなんと思ってないみたいで……」

 「中で何があったのかは解らないけど、絶対そんなことないよ。みんな、ミナトさんのことを心配している。ぼくらは決して仲間を見捨てない」

 「うん……」

 ユキナの顔は完全にはれないが多少の気は落ち着いたようだ。

 だが、ジュンには自分の不甲斐なさがこの結果を招いたことを再度痛感させられた。

 「ごめん。ぼくの不注意さでこんな事になって……」

 頭を下げてすむことではないが、下げなければならなかった。

 だが、ユキナはそれを気遣うように、だが痛々しいが笑みを浮かべる。

 「うぅん、あのときは仕方なかったよ。そのくらいは解ってるから」

 その笑顔を見るのは心苦しかったが、ジュンの心の焦りは少しだけ和らいだ。

 「ありがとう。……そろそろ部屋に戻ろうか。みんなも心配しているだろうから。それに君までさらわれると大変だからね」

 「うん……けど、あたしは大丈夫。お願い、あともう少しだけ1人にさせておいて……」

 ジュンは軽くうなずくと側を離れたが、ユキナが部屋に戻るまでばれない位置で護衛を続けた。





 「あれ、カイト君とタカスギさん。ユキナちゃんを探しに行ったんじゃなかったんですか?」

 部屋に戻る廊下でジュースを買っていたメグミは手持ちぶさたで戻ってきた2人を不思議に思った。

 「ちょっといい雰囲気だったからよ。な、カイト」

 「ええ。シークレットサービスの方もいましたし、大丈夫でしょう」

 「ふぅ〜ん。なんだか解らないけど、大丈夫そうなのね。あ〜よかった」

 事情の解らないメグミは頭の上にはてなマークを浮かべるが、大丈夫そうなので安堵した。

 「そういえば、メグミさんだけ他の人と違った目でユキナちゃんを見てましたよね。どうしたんですか?」

 「ちょっと昔のことを思い出してね。あたしもユキナちゃんみたいなことを感じたことがあるから」

 メグミはそのときサツキミドリのことを思い出していた。あのとき、みんな冷静で人の死を何とも思ってないような態度に傷ついたあのころ。そのときの自分と今のユキナを重ね合わせていた。

 「なら、なんでそのときに言ってあげなかったんですか?」

 「う〜ん。やっぱり同性からじゃ駄目かなって思ったの。それよりカイト君こそ、何か言いたそうだったじゃない」

 「お、カイトもロリコンか?」

 「そうかも、ルリちゃんにも手を出してるのでしょ?」

 「ちょっとまった。それってどーゆーことですか?」

 「みなまでいうでない。俺たちだけの秘密にしておいてやるからよ」

 「そうそう。3人のひ・み・つ」

 サブロウタがカイトの肩と組み、メグミがいぢわるそうな笑みを向けながら部屋へと戻っていった。

 「ちがうってば〜〜〜〜〜」





 翌朝、楽しい出発となるはずだったが予定は変更となり、ユリカ、ルリ、メグミ、エリナは残留。本音はユキナも残留させたいのだが、勝手な単独行動を起こすよりは連れて行った方がまだ安全だという理由で同行させた。

 かくして、いつ地球側と木連側のはみ出し物達が襲ってくるか解らない極冠遺跡への旅は始まった。












 雑談会その8

 アカツキ:やれやれ。今度はボクかい?

 ひ〜ろ:よ、元大関すけこまし、現在落ち目の会長さんのアカツキ・ナガレさん

 アカツキ:落ち目は余計だ! しっかし、このままで大丈夫なのかい?

 ひ〜ろ:大丈夫だ。際限なく株価が落ちている君の会社よりは。

 アカツキ:(ぐっ)一週間も遅れた君には言われたくないな。

 ひ〜ろ:やめよう。不毛だから。

 アカツキ:だな。で、アオイ君とカイト君にロリコン疑惑がついて回ってるけど次回はどうなるんだい?

 ひ〜ろ:さあ・・・

 アカツキ:さあってね、きみ。

 ひ〜ろ:ひとまず極冠遺跡にはいるまでかな。次回のタイトルは!

 アカツキ:タイトルは?

 ひ〜ろ:やったら「やりかえせ」 〜 深き闇 〜

 アカツキ:並み線の部分が意味深だねぇ。

 ひ〜ろ:あんまり深くないさ。そんじゃ、また次回に♪

 アカツキ:自分で建てた計画は守りなよ。

 ひ〜ろ:君まで言うか〜〜










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