第4話 新しい『家族』と絆 前編
「君たちが、ルリ君とカイト君かね」
かこんっ
鹿威しの鳴る音がする。
「はい、お父様。こっちの可愛い子がルリちゃんで、黒髪でちょっと頼りなさそうなのがカイト君だよ」
がこんっ!!
ユリカの悪意無い言葉がカイトの頭を机に直撃させる。
「どうも、ホシノ・ルリです」
「は、はじめまして。カイトです」
き、傷ついたぞ
かこんっ……
「話はユリカから聞いておる。まあ、行くところがないなら決まるまで我が家とを思って住んでもかまわん」
ユリカの父、サリーちゃんパパヘアーをしたコウイチロウが宣言する。
「それと、カイト君だったな」
「はい」
いきなり名指しで呼ばれると思っていなかったカイトが緊張して答える。
「君の記憶は、名前以外覚えてないそうだな。しかし、名字がなければ不便だろう。記憶が戻るまでミスマルの姓を名乗るがいいだろう」
「ご厚意は嬉しいのですが、そんなことをして大丈夫なのですか?」
「なに。このミスマル・コウイチロウが信じられないとでも?」
すごみをきかせて迫るコウイチロウ。しかし、カイトは引かなかった。
「いえ、そうではなく。自分のことすらよくわかってない僕にそこまで計らっていただき、ご迷惑ではないかと言うことです」
「
コウイチロウの怒声がカイトの頭を貫く。その声で少しふらふらしているカイトを後目に、ルリはお茶をすすり、ユリカはにこにこしていた。女は強しといったところだろうか。
「お父様もこういってるんだから、いいでしょ?」
「カイトさん、周りを気にしすぎです。少しはユリカさんを見習ったらどうですか?」
「ルリちゃん、それどーゆー意味?」
「いえ、気にしないでください。少女のいうことですから」
ユリカのつっこみをさらっとかわして、
「提督のいうことも一理あります。暗中模索のあなたじゃ、10年早いといわれても仕方ないです」
「ルリちゃん、きびしい」
今度はユリカがルリにつっこむ。
しかし、長屋の一件のことを思いだしたカイトは素直にルリの言葉を受け止められた。
(二度も同じことを言われるなんて、思慮が欠けてるよな)
「それは、カイトさんが周りを気にしすぎているだけです」
「えっ!?」
カイトは少し考え込むようにしてルリにたずねる。
「どうして、考えてることがわかったの?」
「しゃべっていますから」
「うん。カイト君、ステレオになってたよ」
かこんっ……
鹿威しの鳴る音が静寂しきった居間に響く。
「こほんっ。では、改めて聞こう。どうするのかね?」
静寂を破って、コウイチロウが再びカイトに問う。
「ええっと……よろしくお願いします」
ちょっとばつの悪そうな顔をして、カイトはコウイチロウに頭を下げた。
ミスマル家にルリとカイトが居候しだして、半月ほど。
ユリカは軍務、ルリはオモイカネを使って情報検索など、カイトは家の家事手伝いをしていた。
男手がコウイチロウしかいなかったお手伝い陣としては、カイトの申し出は願ったりかなったりであった。それに人当たりもよく気配りのきくカイトは即座にお手伝い陣に気に入られた。
それがつまらないのはルリである。本人は自覚してないが、ナデシコ時代から何かとあれば誰かがかまってくれていた。そのせいか、朝はユリカがいるのでいいが、食後には軍に出勤する。オモイカネと話をしようにも、ミスマル家にはルリの技術に満足するほどの機材がないので、いつも通りのようにはいかない。アキトはラーメンの研究があるので気楽に遊びに行けない。行ったら行ったで、ユリカがごねるというのがあるのかもしれない。ミナトとユキナの所は、距離もあるし2人とも平日のお昼は家にいない。あとの面々も新しい生活があり、日々忙しい。となると、同じ場所に引き取られたカイトが残る。とかいえ、カイトはお手伝い陣に何かあると呼ばれる。お人好しというか、お節介焼きというかそういった性格のカイトだから、まず断らない。となると、あとは暇なだけである。
そして、今は昼時。
ダイニングには、カイトお手製のオムライスが並んでいる。数は無論、お手伝いさん達とルリとカイトの分である。
お手伝いさんはきゃいきゃい言いながら楽しそうに食べているが、ルリだけはぶ然と沈黙を守ったまま食べていた。
「ルリちゃん、さっきから顔が優れないけどまずかった?」
カイトが何も言わないルリを心配してたずねる。
「いえ、べつに。これ、先日アキトさんから習ったチキンライスですね」
「そうだよ。いろいろアレンジしてみたんだけどよくわかったね」
「へぇ、これってお嬢様の彼氏の味が元になってるんだ」
「しー、それを言うと旦那様が逆ぎれするんだから。旦那様が帰ってきたらその話はなしよ」
「アキトはいい奴なんですけどね。おそらく、ユリカさんをまともに世話できる数少ない人でしょう。そんなことより、コウイチロウさんがユリカさんを取られるのが気にくわないんじゃないかな?」
「そうそう、あそこまで親ばかだと逆に尊敬できるわ」
横道にそれていくたわいのない会話。
ルリは、そのままオムライスを食べ「ご馳走様」と一言だけ残して1人そうそうに立ち去った。
さすがにばつが悪かったのか、お手伝いさん達は静まりかえる。
「お粗末様でした。……あの、どうかしたんですか?」
ルリの様子に気づいてか、気づかなくてか、お手伝い達のことを気にしてカイトがたずねる。
「といわれても。ルリさんのこと気にならないの?」
「ルリちゃんですか? 何か元気なさそうでしたけど、ちゃんとごはんは全部食べてますよ」
おひおひ、そういう問題じゃないでしょ。
心の中でお手伝いさん達がつっこむ。
「……そうか」
「そうそう、そういうことよ」
「そうですよね。ルリちゃんも女の子なんだから料理の作り方ぐらい知りたいですよね。それを教えようとしなかったのはまずかった」
ずしゃっ。
盛大にずっこけるお手伝いさん達。皿やスプーンもテーブルから音を立てて落ちる。
「どうしたんですか。何か変なことを言いましたか?」
「……本気で言っているわけ?」
「ええ、ずっこけるほどのことは言ってないですけど」
(本気で言ってるわけ?)
(結構、本気みたいよ)
(ここまでいくと、ルリさんが不憫ですぅ)
カイトに聞こえないようにひそひそ話へ突入するお手伝いさん達。会話から察すると、ナデシコ女性陣よりこういったことには思いやりがあるらしい。
カイトが聞こえない会話に悩んでいると、
「ひとまず、ルリさんの所へ行ってあげてください。最近、かまってあげてないのでしょ。それに料理も教えてあげないとずっとすねてると思いますよ」
「そういうものでしょうか?」
『そういうものです!!』
全員、寸分違わずユニゾンしてカイトに言い放つ。
さすがのカイトも少したじたじになる。
「え、えっと。それじゃ、皆さん食事も終わってるようですからかた……」
『さっさといきなさい。片づけは私達がやっておきますから』
「ひぃ!」
お手伝いさん達の異様な雰囲気にカイトは逃げるようにダイニングを飛び出していった。
(う〜ん、何がいけなかったんだろうか?)
カイトは、ルリの部屋の前で悩んでいた。カイトの思い当たる点といえば、先ほどの料理を教えずに話を横道にそらせたことぐらい。他に何かあったっけと悩みながらルリの部屋をノックする。
「カイトだけど、ルリちゃんいるかい?ちょっとさっきの続きで話があるんだけど」
返事は返ってこない。仕方ないのでもう一度ノックする。しかし、返事は返ってこない。
「なにしてるんですか?」
と、急に声をかけられたカイトの後ろにはルリがいた。
「え、えっと。そのあの、あのおああののののの」
ルリの急な登場であせるカイト。自分でも何を話しているのか全くわかってない。
「それより、そこ私の部屋なんですけど。なんか用ですか?」
眉ひとつ動かさずに鉄面皮の表情で答えるルリ。
「さっきの食事の時のことなんだけど」
「そのことですか。気にしてませんよ。カイトさんのあれはいつものことですし」
さすがにカイトの顔が引きつる。ルリはその表情を揺るがさない。
「なんか、ちょっと傷つくんだけど」
「仕返しです。気にしないでください」
「あ、あのね……」
「くすっ。本当に気にしていませんから」
ほんの少しだが表情を崩したルリを見て、カイトはまだすこし顔を引きつらせながら頬をかいた。
ルリが部屋のドアノブに手をかけたとき、
「そうだ、さっきの料理だけど。どうだった?」
「美味しかったですけど、アキトさんのと比べるとほんのりと甘いですね」
「まっ、そこがアキトとの味の違いかな。コピーは基本だけど、それだけだと意味がないからね」
カイトはよくぞ気づいてくれました、といわんばかりの表情で少し得意げになる。
「後で、みんなと晩ご飯を作るときにこのこつを教えるつもりだけど、一緒にやらない?」
「私、料理はしたことがないのですけど、いいのですか?」
「気にしない、気にしない。誰でも初めてはあるのだから。それにね、ルリちゃんが来ないと、お手伝いさん達が怖いんだよ」
「仕方ありませんね、つきあいます」
ルリは少しやれやれとした表情で、それでも少し嬉しそうに「また、後で」と言って部屋に戻っていった。
その後、珍しく夕方に帰ってきたユリカが調理場に乱入することになる。
さすがにユリカの料理の腕を知っていたカイトは、その料理の生け贄にコウイチロウとジュンを選んで、自分とお手伝いさん達はルリの料理を選んだのだが、天は公平なのか、1人だけ逃げたカイトを逃がさないようにと恨んだ2人の男達の執念か、カイトも見事に3日ほど寝込んだ。
「み、見た目はましなのに……」
ち〜ん
「うぅぅ……さすがに今日は大丈夫みたいだな」
悪夢の日より4日目の朝。カイトは少し眠そうだが、ようやく自力で起きられた。
「おはよう」
そのまま顔を机の上にあるイツキの写真に向かって朝の挨拶をする。
癖なのだろうか、朝起きたら「おはよう」とイツキに向かって挨拶をしないと何かもの足らない。記憶が戻らない以上、理由を考えるのはやめたが自分にとってごく自然なこととして毎朝している。
「ふぁ……起きれたとはいえ、まだ眠いな。何しろ根こそぎ体力を取られたからなぁ……」
軽く背伸びをして眠気を追い出そうとするが、やはりまだ眠い。
(まあ、いいか。お昼には起こしてくれるし。寝よう)
なんだかとがめるような視線もあったような気がしたが、カイトは再び眠りの住人になろうとしていた。
こんこん……こんこん
(眠いのに。とかいって、無視するわけにもいかないしな)
「はい。起きてますよ。まだ、布団の中ですけど」
眠気をこらえて布団からでて、服を着替える。
しかし、訪問者は待ってくれずドアは開かれた。
「今、何時だと思ってるの。もう10時を……?!」
ドアを開けて現れたのはエリナ。そして部屋にはパジャマのズボンを脱ぎかけていたカイトがいた。
「「………………………………」」
絡まる視線、そしてそこにあるのは気まずい沈黙。
「……お、おはようございます。エリナさんが来るのは珍しいですね」
ズボンを脱ぎかけの体勢のまま首だけを向けて、話しかける。その頬には汗が流れていた。
エリナは無言でドアを閉めた。その頬は真っ赤に染まっていた。
5分後。
カイトは床に正座をし、エリナは椅子に座っていた。あのハプニングのあとのせいか、2人とも顔を合わせづらいようだ。
「きょ、今日来た理由はね。わたしがあなた達の監視役になったことを伝えに来たのよ」
「……記憶は思い出せないのでなんですけど、監視されるようなことをしましたっけ?」
一通り、記憶を思い起こして考えてみる。しかし、思い当たることはない。
う〜んっと、なやみこんだカイトを見て、
「あのね。あなたもナデシコに乗っていたでしょ。だから、監視がつくの。サセボ基地を出るときにしばらく監視がつくと言ったでしょ」
半分あきれた顔でエリナ。
「ああ、そういうことも言われてたような気が。すっかり、忘れてました」
あっはっはっと笑いながら、カイトは頬をかいた。不思議と嫌みのない笑顔。エリナも表情を崩す。
「しょうがないわね。ネルガル会長秘書のわたしが監視してるのだから、変なことはしないようにね」
「変なことはしませんよ。記憶が戻ったら変な奴だったかも知れませんけど」
「かもしれないわね。いきなり突拍子もないことを思いつくのだから」
「ひどいなぁ。こういうときは否定するもんでしょ」
口元に手をやりエリナは笑うと席を立った。
「もう、帰るんですか。そろそろお昼だから一緒にどうですか?」
「さぼりの会長を支える会長秘書は忙しいのよ」
いやなことを思い出したのか、エリナは少し引きつっている。
「相変わらずですね、ナガレさんは」
何だか、その姿が想像できるのでカイトは笑った。
数日後の昼下がり、カイトはアキトの部屋にいた。
午前中にウリバタケから呼ばれたカイトは訳の分からないものを修理させられ、その時に屋台を直しに来たアキトにお昼を呼ばれてゆっくりしていた。
そのついでといっては何だが、ラーメンのスープの味見と気付いた事をアドバイスもしていた。
しばらくすると、明日のスープを作るための鶏がらがなくなり、アキトはその買い出しにいき、カイトはスープのあく取りをしていた。
「しっかし、長屋にいたときより随分とスープの味はあがってる。さすが努力家だよな……後少しであくがなくなるかな?」
エプロン姿でキッチンに立つ姿も結構様になっている。
カンカンカン
その時、外の階段を上ってくる音がする。音から察するにおそらく3人。
(アキトかと思ったけど、違うか。まだ30分はしないと返ってこれないだろうし。外は大人2人に子供1人ってところかな? 重い荷物を持っているのかな?)
背後の時計を見て時間を確認して、視線をスープに戻すと、
がちゃっ
「あーきと♪ あれ、いない」
「ユリカさん、せめてノックぐらいした方が良いですよ」
「よいせっと。しかし、不用心だな。せめて鍵ぐらいしておかないと」
(この声ってもしかして)
カイトはキッチンから首だけを出して、玄関を見ると予想通りユリカとルリがいた。あ、ジュンもか。
「そんな大荷物でどうしたんですか。まさか、家出?」
「そうです、そのまさかです」
「ぷんぷん、あんな分からず屋のお父様なんて。カイト君の荷物もちゃんと持ってきてるから安心して」
「えっ、僕のもって事はルリちゃんもですか?」
「分からず屋のお父様のところにルリちゃんを置いておいたら、ルリちゃんまで分からず屋になってしまうでしょ。だから、連れてきたんだよ」
笑みを浮かべてユリカが自信満々に答える。
「と、とりあえず、あがって下さい。事情はアキトが帰ってからでいいですね」
ひとまずカイトは、お茶の準備を始めた。
帰ってきた当のアキトというと。
……笑っていた。
「けどさあ、屋台を始めたばっかりだからたいした収入がないぞ」
「ですね。アキトさんの収入だけでは3人は養えないでしょうし」
「ぐさっ」
ルリの冷静なつっこみがアキトの肺腑をえぐる。
「そんなこと無いよ。アキトのラーメンは美味しいもん。それで可愛いあたし達が看板娘をすれば売り上げ倍増間違え無し♪」
ユリカがお気楽な意見を言う。
「あのな。屋台はだいたい2時頃までするんだぞ。そんな遅くまで、おまえはともかくルリちゃんを働かせるわけにいかないだろ」
「大丈夫、カイト君がいるんだから」
「ぼ、僕がですか?」
いきなり会話がふられてあせるカイト。
「うん。カイト君なら、ばっちりアキトの補佐が出来ると思うよ」
「そうですね。ユリカさんが作るより、格段に安全ですし。最低限、人の食べられるものです」
「ル、ルリちゃん……」
ユリカは涙目になってルリに訴えかけているが、鉄面皮は変わらなかった。まあ、この方が安全ではある。
(ルリちゃんも人のことは言えないでしょ)
どさくさに紛れてカイトは心の中でつっこむ。声に出したら、また、数日寝込まなくてはならなくなるだろう。
「ユリカ、ここはひとまずおじさんの所に帰って、もう一度話し合ってもいいだろ。テンカワだって、今の状態だと大変だろうし」
ずっと沈黙していたジュンが意見を出す。確かに、正論だが、
「だ〜め。あたし、お父様の所へは帰らないもの!」
ユリカは即答する。
「いいかげん諦めたらどうですか? ユリカさんの考えが変わるとは思えませんよ」
「カ、カイト君まで」
最後の頼みの綱のカイトまでにあっさりと否定されがっくりと肩をジュンは落とす。
「そう、落ち込むなよ。俺が何とかするからさ」
「て、テンカワ。おまえにだけはに言われたくないぞぉぉぉ!!」
アキトの一言にジュンはいきなり立ち上がると駆け出していった。
そのすぐ後に何かが転がる音が下、どうせジュンだろう。
「あいつ、どうしたんだ?」
「どうしたのかな、ジュン君」
「一途というか、あきらめが悪いというか」
「似たもの夫婦……」
思いは人それぞれ。
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