機動戦艦ナデシコ
                   E I V E   L O V E
〜 The blank of 3years 〜
記憶のかなたで逢った人たち






 第3話 あなたの『行き先』はどこですか?



 2198年9月

 ナデシコのクルーが拘留されて約半年。とかいって、拘留されていようと拘留されてまいと『自分らしく』の精神は忘れていない。

 けど、今日はなんだか雰囲気が違うみたいだ。

 ここはサセボ基地第一大会議所。朝遅いナデシコクルーが全員集まっている。

 興味津々に何が起こるのかを話すものや、待ちくたびれて寝始めているものもいる。しばらくすると……

 「やあ、みんな待たしたね」

 気楽な口調で登場したのはアカツキ。普段ここに来るときはお忍びの意味もあるのか私服であるが、今日は背広である。

 「なんだよ、落ち目の会長さん。こちらはまだ眠いんだけどよ」

 ウリバタケが不満を言うと、それを口火にブーイングが飛ぶ。

 「おいおい、せっかくいいことを教えようと思って集めたのにそれはないんじゃないの?」

 「なら、なんなんですか?」

 ブーイングも吹く風といわんばかりの態度のアカツキにルリがたずね返す。

 「このたび、地球側と木連側とで休戦条約が結ばれることになったのよ」

 『休戦条約!?』

 エリナに先を越されてアカツキは少し不満だったが、みんなの反応を見ておおむね満足そうになる。

 「ま、もともと同じ人類に。昔のことはきれいさっぱり流して、仲良くやりましょうやってことさ」

 後ろの方で「よく言うぜ」「白々しい」などの声もあがるがアカツキは無視して話を進める。

 「実際の条約締結は今月末ぐらいになりそうだけど、今回は確実だろうね。まあ、何があったのかは公開発表まで待ってちょうだい」

 「はんっ。どうせネルガルが裏で手を回したんだろ?」

 「ノーコメント」

 リョーコの疑問にエリナは目元を悪戯っぽくしながら答える。

 「とにかく、遅かれ早かれ地球側と木連側とは休戦条約は結ばれる事になったでしょうね」

 「そうそう、誰かさんが戦争の目的をどこかに跳ばしちゃったからね」

 少しばかり恨みがましくユリカを見るアカツキ。

 当のユリカは停戦といった時点で話を聞いてなく、隣にいるアキトと「このあと、どうしようか」と相談している。その姿は、とても戦争を一隻で実質的に終結させた艦長には見えなかった。

 「質問、このあと私達はどうなるのでしょうか? このまま拘留ですか、それとも正式に軍法会議にかけられるのですか?」

 ルリが挙手をし、ごもっともな質問をする。

 「まさか。正式に処分したらボソンジャンプを皆々様に公開しちゃうじゃないの。それだけはこちらもあちらもさけたいからね」

 「大人の都合ですね」

 「いいんじゃないのたまには。それで無罪放免になるんだから」

 アカツキは芝居がかった風に答える。

 「無罪放免か……というとここを出てもいいんだな」

 アキトが横から口を挟む。

 「まあね。しばらくは軍の監視がつくけど、とりあえずは自由の身さ。ボソンジャンプのことを公言しないって条件が付くけど、決して悪い取引じゃないだろ」

 取引。アキトはあまりいい印象を持たなかったがようやっとはれて自由になれることを考えれば決して悪い取引ではなかった。

 「諸君。このあとの就職先がなかった場合ネルガルが斡旋するから、よろしくね。でも、女の子限定だから」

 アカツキの声は「自由」の一言でわき上がるナデシコクルーに完全に無視されていた。

 わき上がる中、ただ1人だけは表情こそ喜んでいるが途方に暮れていた。





 事が決まれば行動が早いのがナデシコクルー。

 引っ越し先やら再就職やアキトとユキナの戸籍などほったらかしていた事後処理ごとも条約締結までにすませなければいけない。とかいえ、もともと性格はさておき各分野においては超一流のナデシコクルー。再就職にはさして苦労はしていなかった

 一番忙しいのはプロスペクター。今までの勤務査定や引っ越し先の斡旋やその手続きなどで大慌てである。そのせいか1人助手がついたようだ。

 「プロスさん、お昼ごはん持ってきましたよ」

 「おや、いつもすみませんね。カイトさん」

 今は少し遅い昼時。1時を少し回ったところ。このくらいになるとカイトは食事を持ってプロスペクターのところで手伝いをしている。

 「別に気にしないでくださいよ。何しろ暇ですから」

 「はっはっはっ。それでは私は食事にします。そこの書類の方をお願いします」

 プロスは食事を始め、カイトは与えられた書類をてきぱきとまとめていく。

 (こうしてる方が落ち着く)

 10月も半ば。大半のクルーの行き先は決まっている。知人のコネ。身内。気合(?)。個人それぞれのやり方で行き先を決める中、カイトは何も出来なかった。何も分からない自分。その自分を無条件に受け入れてくれたナデシコを離れるのを怖がっていた。

 「……カイトさん、カイトさん」

 「ああ、すみません。ぼっとして。今日の分はもう終わりました」

 「いえいえ。手伝ってもらっているのはこちらですから」

 プロスペクターがやんわりと言う。

 開いていたウィンドを閉じ、書類をファイルしていく。

 「ほとんどの人のが決まりましたね。あとの人も仮決定はしてますし。残るはルリちゃんの行き先ですね」

 「そうですな……さすがにこればかりは」

 2人とも苦笑する。

 ルリはもともとネルガルがナデシコのために引き取ったようなもので、そのナデシコがなくなれば用がない。

 そのため普通は行き先がなく施設にはいるはずだが、ナデシコクルーの全員が引き取り手がないなら私が引き取る、と言い出したために収拾がつかなくなってしまったのだ。

 そのため、プロスペクターとカイトが走り回り説得して身を引いてもらうようにしてもらっていた。大半の人はその説得におおじてあきらめてもらっているがユリカとミナトは断固として引かなかった。

 「プロスさんが決めちゃうってわけにもいかないですよね」

 「そうですな。みんなが納得した上で決めないと」

 「前途多難ですね……」

 ふぅと、溜息をつきふとプロスは、

 「そう言えばカイトさんも……」

 「用が終わったんでもう帰ります。それじゃ、また」

 プロスペクターに最後までしゃべらせないようにカイトが別れを告げ、走り去る。その後ろ姿を見ながらプロスペクターが呟く。 「やれやれ、彼もまた、前途多難のようですな」





 「何やってるんだかな……」

 カイトは歩くのをやめてふと辺りを見回す。どうやらかなり走ったらしく、サセボ基地の本部近くまで来てしまったようだ。

 「おや、カイト君じゃないか。こっちに来るのは珍しいね」

 カイトの後ろから声をかけたのはジュンだった。ユリカがいないところを見ると拘束終了後の進路で話をしに来ていたのかも知れない。

 「ジュンさんですか。そう言えば、軍に戻るんでしたよね?」

 「ああ、ユリカも一緒に。ミスマル提督の薦めもあってね」

 軽く談笑をしながら長屋の方に歩いていく。

 「そういえば、昨日ユキナちゃんから相談を受けたよ。このままミナトさんについていくか、それとも木星に戻るかって」

 「それは初耳ですね。で、どうするんですか?」

 カイトはてっきりユキナはミナトの所へいくのだとばかり思っていた。裏の情報で木連側の指導者が徹底抗戦派から穏健派に変わったことを知っていたのでそれも関係あるのかと思ったが口には出さなかった。

 「どうもミナトさんの所に行くみたいなんだけど踏ん切りがつかないみたいなんだ」

 「それは何でですか? ミナトさんはもうその気になってますけど?」

 ジュンは少し周りを気にするように小声で話し始める。

 「どうやら、木連側の指導者が替わってそれに白鳥九十九さんの友人がなったみたいなんだ。それで、白鳥さんの罪もはれて元通りなったんだよ。それで、地球で暮らすのも大変だろうし、その人が友人を救えなかった贖罪も込めて自分が引き取ると言ったんだって」

 「その人って、確か……秋山源八朗木連少佐?」

 「そうそう……って、なんでカイト君が知ってるんだ?」

 「ま、まぁ。その辺は気にしないでください。それよりユキナちゃんのことでしょ」

 「そ、それはそうだけど」

 冷や汗をかきながら必死にごまかすカイトにジュンは、これ以上言っても仕方ないかと言った表情になる。

 「あとそれに、ミナトさんがルリちゃんを引き取ることを引かないって事も原因にあるみたいなんだ」

 「ユキナちゃんがよくそこまで話しましたね」

 「ただ、僕が暇だったからだよ。本当はカイト君に話そうと思っていたらしいけどね」

 苦笑気味にジュンが答えるがカイトとはいたってまじめな顔で言う

 「そんなことありませんよ。結構ユキナちゃんはいい目をしてますから。信用されてるんですよ」

 「そ、そうかな」

 まんざらではない表情になるジュン。ころころと表情を変えて忙しそうだ。

 「けど、ジュンさんにも似たようなことがあったでしょ。って、これはユリカさんとアキトから聞いたことなんですけどね」

 「確かにそうか……自分のいたい場所は自分で決めるしかないか。とかいえ、何でこんな事まで聞いてるんだぁ!」

 「あらかたナデシコが動き出すころからは聞きましたよ」

 焦るジュンを後目に、しれと顔のカイト。

 「ともあれ、ユキナちゃん自身から自分がどちらにいたいからを言わせることでしょうね。誰かが言ってくれたかじゃない、自分が本当にどうしたいのかを」

 「そうだね……」

 しばし無言で歩き続ける2人。

 そう歩いていると、長屋が眼前に見える。

 「あれはユキナちゃんかな。ちょうどタイミングがいいから話をしてきたらどうです?」

 よく見るとユキナが歩いているのが見える。

 「でも、いきなりだと」

 「大丈夫ですよ。人の心は計画通りにはいきませんし。ユキナちゃんは心からの素直な言葉の方がいいと思いますよ」

 そういってぽんとカイトはジュンの背中を押す。

 「ととっ。強引だな、君は。けど、やってみるよ」

 そういってジュンは小走りにユキナの所へいく。





 「おっしゃ!!!!」

 娯楽室にリョーコの勝利の叫びが木霊する。

 無論、勝った相手はカイト。

 カイトがふらふらと歩いているところをリョーコに見つかり「暇だったらつき合えよ」と言うことで、カイトも気晴らしにと言うことで勝負するが僅差のところで負けてしまった。

 勝負の終わったところで、カイトは疲れたからと言う理由でヒカルとイズミの挑戦は断った。今は、リョーコへの挑戦状を懸けたヒカル対イズミのデスマッチが行われている。

 隣のゲームルームではユキナ、ジュン、ルリが対戦格闘ゲームをしていた。

 カイトは近くのベンチに座って3人を眺める。わだかまりが見えないところを見るとジュンの説得は成功したようだ。

 「心ここにあらずって感じね、カイト君」

 カイトがふと振り向くと後ろにはイネスが立っていた。

 「イネスさん。珍しいですね、こっちに来るのは。どういう風の吹き回しですか?」

 「ちょっとあなたに用があってね。隣いいかしら」

 聞くはいいが返事を待たずにカイトの隣に座る。

 ユキナのぼけにルリが冷静につっこみ、ジュンがその八つ当たりにあう。

 2人はしばらくこの光景を眺めていた。

 「用ってなんですか?」

 沈黙に耐えきれなくなったカイトが口火を切る。

 「用って言うのはこの後の事よ。あなただけ何も決めてないでしょ」

 「ええ、そうです……」

 歯切れ悪く答えるカイト。

 「確か、エリナ女史からネルガルに来ないかって話も入っているのよね」

 「ええ」

 イネスの質問に表情を微妙に歪ませるカイト。

 「私の用ってのはこれに関連したこと。私の助手と言うことで一緒に来ないかしら?」

 カイトは視線をずらし、ルリ達が楽しそうに遊んでいる方を見る。

 「どちらも乗れないって顔ね」

 イネスの指摘通りカイトは乗り気ではない。ただ、これ以外に道がないように思えるのも確かだ。

 「すみません」

 「まあ、いいわ。乗り気じゃない人を誘ってもいい結果にはならないだろうから。でも、気が変わったら声をかけてね」

 そう言い残すと、イネスは颯爽と去っていった。





 テンカワ部屋のいつもの夕食後の時。最近の話題はやはり長屋を出たあとのこと。

 カイトはいつものらりくらりとかわしているが、今日はそうはいかないようだ。

 「イネスさんとプロスさんから聞いたんだけど、行き先を決めてないのはカイトだけだってらしいな。2人とも心配していたぞ」

 「えー、カイト君って決めてなかったんだ」

 「まだ、迷ってたんですか?」

 アキトの少し困った顔、ユリカのびっくりした顔、ルリの微妙にあきれた顔がカイトに集中する。

 「な、ないこともないんですけど……」

 冷や汗をかきながらカイト。

 「なら、どうするんですか?エリナさんの言うように実験の手伝いをするのですか? それともイネスさんの助手になるのですか?」

 「それはっ!」

 ルリの厳しい言葉にムキになりそうなる気持ちを押さえ込むカイト。

 理屈では分かっている。どちらも今の自分がやりたいことじゃないことぐらいは。でも、なにをしていいのか。未だに自分の名前すら分からないカイトには、自分だけで進む勇気は持てなかった。でも、ルリは追い打ちをかけるように言葉を続ける。

 「分かっているなら、きっぱりと断るべきです。一歩でも進んでみようとすればどうにかなるものです」

 「は、はい」

 とうとうルリの剣幕に崩していた足を正座にして縮こまるカイト。

 「まあまあ、ルリちゃん落ち着いて。カイトが縮みこんでるよ」

 「けど、カイト君が心配なんだよね」

 アキトとユリカが苦笑気味に助け船を出す。ルリはちょっと照れたような表情をしてうつむく。

 「けど、カイト。オレだってルリちゃんと同じ意見だ。意外とどうにかなるもんだよ。オレがナデシコに乗ったのも、後先考えて乗ったわけじゃなくても、どうにかなってるんだからな」

 「え〜〜。アキトは私のためにナデシコに乗ってくれたんじゃないの」

 「バカ、あのときは写真を返しに行っただけなんだよ。それに今は、カイトのことだろ」

 そういって、アキトはユリカの頭をぽんぽんとなでて落ち着かせる。

 「う〜〜、そうだ。ねえねえ、カイト君。私の家に来ない?」

 アキトのおかげですっかり機嫌を直したユリカがたずねる。

 「え、でも、ご迷惑じゃ?」

 「なに言ってるの。艦長たるものクルーのことはちゃんと面倒見ます。ねっ、ルリちゃんも一緒に来るんだよね」

 ルリはいつの間にかいつもの冷静さを取り戻してお茶をすすり、肯定とも否定ともとれない表情を作った。

 「カイト、1人でできる事って知れてるんだ。それはパーティーを開いたときに分かってるだろ」

 カイトは、姿勢を正しユリカの正面を向いて、

 「ユリカさん、ご厚意に甘えてもいいでしょうか?」

 「何かしこまってるの。私達はナデシコの仲間でしょ。さぁ、頭あげて。艦長の私に任せなさ〜い。ぶいっ!」

 ユリカが胸を張って答える。

 どこからそんな自信がでるんだろう? ただ、根拠はないが安心感を与える。アキトがユリカさんを好きになった理由が分かるような気もする。

 「よかったな、カイト」

 アキトも自分のように喜んでいる。

 「ありがとうございます。アキト、ユリカさん、ルリちゃん、これからもよろしく」

 「うんうん。よろしくされちゃうよ」

 「別に大したことはしてませんから」

 両者らしい答えがカイトに帰ってくる。

 けど、なんかひっかかるんだよな……

 「おい、カイト。どうしたんだ、急に悩み込んで。まだ、何かあるのか?」

 「なんか引っかかることがあるんですよ」

 カイトは今までの会話を思い出す。記憶を失ってからというもの聞いたこと見たことの大半は覚えている。

 「ねえねえ、アキト。何が引っかかるのかな」

 「さあな。俺は別になんと思わなかったけど」

 「そうか。いつのまにルリちゃんがユリカさんの所へ行くことに決まったんですか?」

 今日の昼にはルリの行き先は決まってなかった。そのあと小一時間ほど空けてルリが娯楽室にいることは確認している。ユリカとミナトが、当事者無しで話を進めるとは思えないし、そんな短時間で話が付くなら等の昔に付いているはず。さらにいえば、噂になって耳にぐらいはいるものである。

 「あれ、そうだったけ?」

 「そうですよ。ミナトさんと話がついて無いじゃないですか」

 「だいじょーぶ。ミナトさんも私の家で暮らせばいいんだから」

 「そういうことじゃ、アキトも黙ってないで何とか言ってよ」

 さすがに、ユリカの天然ぶりについていけなくなったカイトがアキトを頼る。

 話題の人、ルリは素知らぬ顔で煎餅を食べていた。ここらへんはユリカとのつき合いの差だろうか。

 「はははっ。カイトも焦るなよ。プロスさんがいい案が思いついたらしくって、明日にはどうにかなるってさ」

 「私がルリちゃんを引き取るんだから。アキトは私の味方だよね。だて、結婚したらルリちゃんは私たちの養女になるんだもん」

 「な、何でそこまで決めてるんだよ!」

 「えー、アキトはルリちゃんが嫌いなの。もしかして、私と結婚するのがいやなの!?」

 「だから、何でそーなるんだ!」

 いつの間にやら、アキトとユリカの夫婦喧嘩になっている。カイトはどうしていいのやら迷った様子で二人を見ている。

 「カイトさん、ほっておいた方がいいですよ。しばらくしたらいつも通り終わりますから。いい加減慣れたらどうです」

 「たぶん、慣れるのは当分先のことだと思うよ」

 どうやら、この夫婦喧嘩が終わるまで眠れないようだ。





 午前十時の少し前、サセボ基地の運動場はすでにヒートアップしていた。

 『ホシノ・ルリ争奪戦 ミスマル・ユリカ VS ミナト・ハルカ』

 いつの間にやら、垂れ幕まで下がっていた。ここまでするとボクシングのタイトルマッチののりだ。

 よく見ると屋台まででている。すみの方では怪しいやりとりがされている。どうやら予想屋と賭け屋までいるみたいだ。

 「レディースアンドジェントルメン。皆様、お待たせしました。これより、ホシノ・ルリ争奪戦決勝 これより開催します」

 裃を着たプロスペクターがリングの上に立ち高らかに宣言する。

 『うおぉぉぉぉ!!!!!!』

 サセボ基地を揺るがさないほどの声で叫ぶ観客。気分は最高潮に達しようとしている。

 「それでは選手入場、赤コーナーナデシコ艦長、ミスマル・ユリカ。うぇ……」

 ぎんっ!!

 ユリカはリングから離れているところというのにすさまじい視線をプロスぺクターに向ける。女性に体重の話は厳禁だ。

 「……こっほん、続きまして、青コーナーナデシコ操舵士、ミナト・ハルカ」

 さすがに同じ間違えは繰り返さないようだ。

 両者、リングにあがり視線をぶつけ合う。火花でも散りそうな雰囲気だ。

 「ルリちゃんは、私達と暮らすんだから〜」

 「ルリルリは、私達と暮らすのよ」

 すでに彼女たちの勝負は始まっているようだ。

 「で、プロスさん、ルリルリはどこなの?」

 「そうそう、朝から見ないんだけど何処にいるの?」

 「ここです。どうも」

 リングの中央が開き、そこからルリがせり上がってくる。

 「じょ、じょうだんきついわ」

 「ほ、ほんとに」

 「ほっほっほ、驚いてもらえましたか?」

 したり顔でにんまりとするプロスペクター。2人は引きつった笑みを返す。

 「さて、勝負の方法ですが」

 『ですが!?』

 みんなの視線がリングに集中する。ユリカ、ミナトも気を取り直している。

 ルリは……いつも通りクールな風をよそおっている。

 「ルリさんをふたかたで引っ張り合ってください。勝った方が引き取り手です。それでは準備はよろしいですか?」

 「よぉしっ、負けないぞ! ルリちゃんは私と暮らすんだから」

 ユリカは気合い十分にルリの手を握る。

 「それはこっちの台詞よ、艦長。私達と暮らした方が絶対にいいんだから」

 ミナトもいつもの何処か力の抜けた感じはなくルリの手を握る。

 「がんばれー、艦長!!」「ミナトさん、ふぁいと!」

 そこらかしらから声援が飛ぶ。かえゆえに声援をするもの、純粋にどちらかについたらいいと思っているもの。人の思いそれぞれの声。そして、プロスペクターが高らかに宣言する。

 「おふたりとも準備はよろしいようですね。それでは、ホシノ・ルリ争奪戦、レディーーー」

 「「ゴー!!」」

 自らのかけ声でルリを引っ張り出す2人。勝負がつくまでは時間がかかりそうだ。

 2人のかけ声がかかる少し前に長屋から運動場には知って向かう姿があった。カイトである。

 「はぁはぁ、間に合ったかな。ふぅ、寝起きで走るのは辛い」

 「お、カイト。やっと来たな。こっちに来いよ」

 アキトが運動場の入り口で立って待っていた。

 「アキト、なんで起こしてくれなかったの?」

 「なに言ってるんだよ、久しぶりにぐっすり眠れたくせに。行き先のことが持ち上がってから満足に寝たことがほとんどなかっただろ」

 「うっ……」

 図星。ばれないように気を配ったはずなんだけどな。

 「ルリちゃんにはばれてたぞ、オレも言われて何となく分かったけどな。まっ、感謝するのはあとにして、早くしないと終わってしまうぞ」

 「そ、そうだったね」

 かけだしていく2人。その先ではイネスが待っていた。

 「遅いわよ、2人とも」

 「イネスさん、おはようございます。ここで見学ですか?」

 「そうよ、アキト君にたのまれて場所取りのついでにね」

 「どうも、ご苦労様です」

 微笑みながら頭を下げるカイト。

 イネスは、

 「べ、別にいいのよ」

 と照れた表情を浮かべる。

 「おいおい、2人とも。始まるみたいだぞ」

 その場を知ってか知らぬかアキトはリングの中央に視線を向けさせる。

 カイトもイネスがなぜ照れたのかな、と思いつつもリングの方に視線を向ける。

 さすが、2人とも鈍いだけはある。

 「どうやって、決着をつけるんですか?」

 「引っ張り合いで決めるって、いってたけどなんでそうするんだ?」

 「アキト君、大岡裁きって言うのよ」

 「イネスさん、その大岡裁きってなんすっか?」

 アキトが大岡裁きに疑問を持つ。普通、この時代の人間がこれを知っていることはないだろう。

 「大岡裁きって言うのはずっと昔、1人の子供に対して2人が自分の子供だと言い張って、それを裁いた裁判官の裁きの方法を大岡裁きって言うんだよ」

 「ふぅん、で。どうやって裁いたんだ?」

 「ええっと……イネスさん、説明お願いします」

 「それでは説明しましょう。簡単に言えば、2人で子供を引っ張り合って子供が痛いと言った瞬間手を放した方が親だと判決を下したお裁きが行われたからこう呼ばれていたのよ。実の親なら、子が痛がることはできないだろっていうのが根底にあるみたいね。あと、カイト君。裁判官じゃなくって日本の江戸時代の奉行よ」

 「へえ、そういうこともあったんですか」

 「ふぅん、ならユリカが不利だな。絶対に離しそうにないし」

 この件はどちらかといえばユリカ側のアキトは少し困った顔をした。

 「そういった決着の付け方なら……僕の予想がプロスさんと一緒なら、ユリカさんだと思いますよ」

 少し悩んだような顔をしてはっきりと断言するカイト。アキトとイネスは怪訝な表情をする。

 「どうしてだ?」

 「引き取るというならユリカさんと言うより、ミスマル家です。マシンチャイルドを守れるだけの権力、経済力。本来、ネルガルに親権があるのだからそちらでも条件上はかまわないと思いますけど、何するかわからないからプロスさんは蹴ったんでしょう。ミナトさんだと、教師とはいえ初任給で2人を養うのは辛いでしょうし。無理をしたところでも2人が喜ぶとは思えませんから」

 少し残念そうに答えるカイト。本当はこういった条件や時間など関係なくルリの行き先を決められる方法があればと思う。

 「まあ、勝負がついてないんだからそんな顔をするなよ。どうなるのかわからないんだしさ」

 カイトの肩をたたくアキト。その顔には"自分で背負い込みすぎるなよ"と書いてあるような笑顔だった。

 「わかってるよ」

 カイトの荷が少し下りる。

 「でも、もう終わってるわ。どうやら、カイト君の予想通り艦長みたいね」

 「けど、大丈夫ですよ。ユリカさんだってミナトさんに負けないほどルリちゃんを大事に思ってるんですから」

 「そ、その点ではユリカは大丈夫だな」

 苦笑気味にアキトがいう。

 「それじゃ、オレはユリカに呼ばれてるから。また、あとでな」

 「じゃ、あとで」

 「あとでね、アキト君」

 アキトがユリカ達のものへ歩いていく。2人は余韻にふける観客達を見ていた。チケットを破いている者。大声で叫んでる者。いろいろ居たがだんだんと冷めていき静かになっていく。

 「イネスさん、昨日の話なんですけど」

 「アキト君から聞いたわよ。艦長の所へ行くんですってね」

 「はい」

 「でも、なぜかしら。よければ話してくれないかしら」

 手に顎を掛けて見つめるイネス。カイトはその色っぽい仕草にどきっとする。

 「えぇ……もう少し考える時間がほしかったんです。やっぱり、自分が何者かわからないってのは、一時期本気で割り切ろうかと思いましたけど、できませんでした。それに、何が自分に一番向いているかというのもわかりませんでしたから」

 なまじほとんどのことを器用にこなすカイトならではの贅沢な悩みだろう。それに、自分のことがわかってない以上外的要因から論理的な思考になってしまうが、不安定な感情が思考の妨げになる。

 カイトはしっかりイネスを見ながら。

 「正直、イネスさんが誘ってくれたときはうれしかったです。断ることになりましたが、本当にありがとうございました」

 「そういうことは承るときに言ってほしいわ」

 イネスは、一瞬、真剣なカイトの深く碧い瞳に吸い込まれそうになる。恥ずかしさもあってすぐ目をそらした。そしてまた、視線を戻したときにはいつもの黒い瞳だった。

 見間違えたのかしら? でも、あの碧い色見間違えるとは思えないわ。

 イネスの科学者としての心をくすぐったのだろうが、ここはひとまず押さえた。区切りよく話ができた今に水を差したくなかった。

 「イネスさん、どうしたんですか。風邪でも引いてるんですか?」

 「別になんでもないわよ。科学者が自己管理できなくてどうするの」

 科学者の心は抑えられても、顔の火照りまでは押さえきれなかったようだ。しかし、何とか冷静ないつもの顔に戻る。

 「そうですね。でも、季節代わりの時期ですから体には気をつけてくださいよ」

 「カイト君、あなたもね。早く、自分のやりたいことが見つかるようにがんばってね」

 「ありがとうございます」

 そういって2人は握手を交わし、これから行く場所への準備にかかった。





 その数日後、半年とはいえ慣れ久しんだナデシコ長屋は解体され、それぞれの居場所へナデシコクルーは歩んでいった。












 雑談会その3

 ひ〜ろ:いやまあ、書き終えるのに時間がかかったかかった。ふぅ、休むかぁ。

 ユリカ:アキトー、アキトはどこ?

 ひ〜ろ:君はやすまさせてくれないのかね?

 ユリカ:えぇ〜。だって、この雑談会はアキトと一緒だって聞いてたのに〜〜

 ひ〜ろ:どこで聞き間違えたんだ。君はアキトの次。読んでくれていらっしゃる希少な方々にはこの順番はばればれだけど。

 ユリカ:えぇ!!アキトと一緒がいいもん!

 ひ〜ろ:わがまま言うなよ、疲れてるんだから。

 ユリカ:さぼってばっかりだったひ〜ろさんが悪いんでしょ。ルリちゃんから、執筆期間に何やってたかぜ〜〜〜んぶ聞いてるんだよ。

 ひ〜ろ:げっ。ハッキング。むむむっ。電子の小娘め・・・プライバシーの侵害だ。

 ユリカ:ひっどーい。ルリちゃんは小娘じゃなくて可愛いのに。プライバシー全部ばらしちゃいますよ。

 ひ〜ろ:猫とお呼びください、ユリカお嬢様。そして、何なりとお申し付けください。

 ユリカ:それなら、今度はちゃんとユリカとアキトのラブラブな話を書きなさーーい。

 ひ〜ろ:らじゃ、それでは次回「新しい『家族』と絆」期待せよ。

 ユリカ:本当にアキトとラブラブなんでしょうね?

 ひ〜ろ:信用できない?

 ユリカ:うん。ルリちゃんが簡単に信用しちゃ駄目って。

 ひ〜ろ:ぐはっ








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