機動戦艦ナデシコ
                   E I V E   L O V E
〜 The blank of 3years 〜
記憶のかなたで逢った人たち






 第1話 新しい『始まり』



 2198年 3月 火星極冠遺跡上空

 「だって、アキトはイネスさんに……アイちゃんに責任感じてるんでしょ。だから、私、時間を戻して……」

 「おまえ、そんなことのために?」

 「そんなことじゃないもん。私にとっては大事なことだもん」

 「ユリカ……」

 涙をいっぱいにためたユリカの瞳に、アキトは言葉を失った。

 「どうして来たのよ、アキト。ユニット飛ばしたいなら、イネスさんとキスすればいいじゃない」

 「バッ、バカ。遺跡なんてどうでも……いや、どうでもよくはないけど、俺は、その、おまえが……」

 「私が、心配だから?」

 「……そ、そうだよ」

 「やっぱり!」

 涙でいっぱいだったユリカの瞳が、まるで宝石みたいに輝いた。

 「アキトは私が大大だーい好き!」

 「そ、そうだよ。悪いか」

 怒ったような口調で、アキトは認めた。みんなに聞こえてないと思っているせいか、ようやくアキトは素直になれたようだ。

 「お、おまえは、どうなんだよ」

 「え、私?」

 「おまえは俺のこと、どう思ってんだよ」

 「うん。私はアキトが大好き」

 「……初めて聞いた」

 「ウソォ」

 「ホント」

 「ウソォ」

 「ホント」

 「ウ……」

 続くユリカの言葉を、アキトの唇がふさいだ。

 幼い頃、火星の草原でかわして以来の2回目のキス。

 驚いたように見開かれたユリカの目がうっとりと閉じられ、アキトはユリカの肩をやさしく抱き寄せた。

 二人の乗るエステバリスが激しく輝く光をまとい、ゆっくりとナデシコに降下していく。

 それにあわせて、ナデシコも輝きはじめる。

 戦闘中だった、リョーコたちのエステバリスも帰還してくる。

 そして、アキトのエステバリスを中心に展開しつつあるボソンジャンプフィールドに、ナデシコがゆっくりとすいこまれていく。





 ナデシコは飛んだ。

 火星から一番反対側の軌道上に……

 そして、ナデシコ本体とブリッジを切り離して遺跡にはどこか遠くへ行ってもらいました。

 『ルリちゃ〜ん、あたしのかわりに点呼とってぇ〜』

 「点呼、ですか?」

 『そう、前にならえ、いち!』

 『に……』

 アキトがそれにならう。

 「……さん」

 少しとまどいながらルリが言う。

 そして……





 「なんだとォ〜、一人多いぃぃぃ?」

 ブリッジに揚がっていたウリバタケが声を上げる。

 ボソンジャンプ前よりもひとり人数が増えていることが、先ほどのルリの点呼で判明。

 「提督を数えるの、忘れていたとか?」

 「オモイカネはそんな馬鹿じゃないです」

 ジュンの推測に即座に返答するルリ。

 「それよりもどこにいるの?」

 エリナが聞く。

 「食堂でお茶を飲んでいるみたいですよ」

 「「「「「「はぁ?」」」」」」」





 僕の目の前にお茶の入った黒い湯のみがある。

 ほかほかと湯気を立てている。おまけに茶柱まで立っていた。

 「縁起がいいな」

 ずずずっ〜〜〜

 ほぅ。思ったとおりおいしいお茶だ。

 しかし、何故僕はここにいるのだろう?いつ来たのだろう?

 辺りを見回す。

 知らない食堂

 「ちょっと、あんた」

 食堂以前に、ここってどこなんだ?

 「ちょっと、あんた」

 声をかけると同時に、肩をたたく。

 ようやく気付いた僕は声のかかった方向に顔を向ける。

 そこには、当たり前ながら知らない大柄な女性が立っていた。

 服装から見て、ここの食堂のシェフだろうか?

 「ここのお茶はおいしいっすね」

 「そりゃまあ、ここは地域限定のいいものばかりそろえているからね」

 まんざらではないような表情で答えてくれる。

 ずずずっ〜〜〜

 「とこでさ、あんた。どこから来たんだい?」

 「さあ、どこからでしょう? じつは、ここがどこだかよくわからないんです。何処なんですか?」

 「ここかい。ここは戦艦、機動戦艦ナデシコの中さ」





 いつの間にか食堂には人が集まっていた。

 みんな思い思いの飲み物を持ってテーブルに着いている。

 「あの、ここって……」

 「それはこっちの台詞だ。君はなにものだ? なぜここにいる?」

 「ちょっとまってください。それより、その怖い顔をアップにしないでください」

 マジで怖いんですけど。

 この人は、ゴート・ホーリーさん。この船の保安を担当している。しつこいけど、アップはやめてほしい。

 「それより、答えたまえ!」

 「えっと……僕は、僕は……僕はカイト。ここになぜいるのかは……あれ、名前以外何も出てこない……」

 「まさか、記憶喪失、と言う訳じゃないでしょうな?言い忘れていましたが、私はプロスペクターと言います」

 そう言うと、すっと名刺を差し出してくる。

 その名刺にはちゃんとプロスペクターと書いてある。

 「これって本名ですか?」

 「いえいえ、ペンネーム見たなものです」

 「ミスター、和んでいる場合じゃないだろ」

 自分を落ち着かせようとお茶を飲もうとすると、なにやら視線を感じる。

 「じー、駄目駄目。記憶喪失ってあたしが前に使った手」

 この子は白鳥ユキナちゃん。ここのシェフ、ホウメイさんにお茶の準備を頼んでいた子だ。

 そのお茶を勝手に僕が飲んだせいか視線が少し痛い。

 「あなたの場合、ばればれでしたけどね」

 「なによー、げしっ」

 「ひらりんっ☆」

 擬音と供に出されるユキナちゃんのつっこみにのって、擬音と供にかわすプロスペクターさん。

 しかも、椅子に座りながら。なんて器用なんだ。

 結構のりのいい人なのかな?

 「エリナさん、もしこのカイトさんがボソンジャンプでここに現れたのならテンカワさんたちの代わりにとはどうでしょうか?」

 ぼそんじゃんぷ? なんのことだろう?

 「それはいいかもね。ナデシコのボソンジャンプの直後にあなたがジャンプしてきたと考えられたらだけど」

 「あの、代わりとかって……」

 「あー、また、非合法な実験をしようとしてる。ねえねえ、この人たちの言うことなんか聞かないでいいんだからね。仕事が生きがいみたいな人なんだから、ぷんぷん」

 ひ、非合法?

 「あら、ちゃんとネルガルで身柄保証もするのよ。ちゃんとしたギブ&テイクじゃない」

 「うわぁ。えげつなぁい。同じお姉ちゃんでもぜんぜん違うわ」

 「ええ。どうせ私はミナトさんとは違うわよ」

 ぎゃーぎゃーぎゃー

 ユキナちゃんとエリナさんが口喧嘩を始める。

 ああ、止めてくれ。これ以上、頭が混乱すると痛くなる。

 「静かにせんか!これでは取り調べが出来ないだろ!!」

 ゴートーさんが大声で会話を止める。

 助かった、これ以上はさすがにつらかった。

 「とりあえず、君の身柄は拘束させてもらう」

 ……はぃ???

 「ちょ、ちょっとまってください。取り調べって言ってていきなり拘束ですか?」

 いきなり何だって言うんだ、僕が何をしたんだ。って、そう言えば不振な侵入者か。

 「まあまあ、別にそこまでしなくてもいいのでは?」

 プロスペクターさんがフォロをいれてくれる。

 「しかし、ミスター」

 「どうせ逃げ場はないのです。外に行こうにも真空の宇宙。このくらい大丈夫ですよ」

 信用されてるのか、されてないのか。

 内心、苦笑をする。

 「どのみち何かをすれば、ルリさんとオモイカネが知らせてくれます。あなたも何も知らない状況では何も出来ないでしょ」

 至極当然の意見だ。

 僕はプロスペクターさんにうなずく。

 「ひとまずここは解散ということで。外にいる艦長たちが戻ってきてからまたお話することにしましょう。カイトさん、あなたはどうしますか?」

 「う〜ん……何かあったら困るので館内を案内してくれませんか?」

 このままここでじっとしているのも退屈だ。それなら、気晴らしに少し体を動かしたほうがいい。

 なんていっても、それ以上に好奇心がうずく。

 それとも、記憶が抜けている部分を補おうとする代償行為だろうか。単に僕が能天気なだけなのか。

 すると、

 「それなら、このナデシコ副長、アオイ・ジュンが」

 「えー、ジュンちゃんだけ? 心配だからあたしもいこっ」

 アオイさんがユキナちゃんの一言でうなだれる。

 副長なのに信用がないのだろうか?

 確かに頼りなげな感じはするけど。





 はて、ここはどこだ?

 確か、ユキナちゃんとアオイさんに案内をしてもらってたはず……?

 辺りを見回す。もちろん、アオイさんやユキナちゃんはいない。

 どうやらここは居住区みたいだ。

 まあ、どこかの部屋に誰かいるだろうからその人に場所を聞けばいいかな?

 ぷしゅー

 「わっ」

 ノックをしようとした瞬間ドアが開く。

 「おっと、失礼。君は確か、記憶喪失君だったよね」

 「はっ、はい」

 出てきたのはロンゲの軽そうな男。

 でも、瞳だけが違う。まるで相手を隙なく見定めるような感じだ。

 それ以前に、なんで僕のことを知ってるんだ?

 「挨拶はないのかい?だったらこちらからさせてもらうよ。僕はネルガル重工会長のアカツキ・ナガレ。けして落ち目なんかじゃないからねえ、よろしく」

 「ナガレさんですか。こちらこそ。記憶喪失のカイトです」

 「そうそう、さっきのエリナ君の提案どう?こんなところでうだうだやっていてもしかたないんだし、僕らと手を組んだ方が後々いいと思うよ」

 なるほど、エリナさんから聞いたのか……

 「それは実験の話ですよね。でも、僕はその前に、僕自身のことを知らないといけないんじゃないですか。でないと、より高い可能性で実験は成功しないでしょ」

 「いってくれるねぇ。もちろん、こっちらと……うわっ」

 突然、爆発音とともに振動が襲う。

 僕とアカツキさんはかろうじて壁で身体を支えた。

 その直後、艦内の警報が鳴る。

 『敵木星トカゲ、敵影十数機前後確認。各自パイロットは戦闘配備についてください』

 いきなり目の前にウィンドが開く。

 「おいおい、ルリ君。ここは火星と正反対だよ」

 『事情はわかりません。でも、襲われているんです。アカツキさんも急いでください』

 「はいはい。了解。さて、カイト君、君も行こうか」

 「ちょっとまってください、なんで僕が」

 『記憶喪失さんもですか?』

 そうだ、僕は記憶喪失で戦ったことがあるかなんかわからないんだぞ。

 そう思った瞬間、アカツキさんが僕の腕を取る。

 「ほら、ここに立派にIFSがついでるじゃないの。君はパイロットだったんだよ」

 確かにナガレさんが取った僕の右手には痣のようなものがついていた。これがIFSなんだろうか?

 「け、けど。付いてるからって」

 「まずはこの場を生き残らなくちゃ。ここで死んじゃえば何を言っても意味がないんだよ」

 「けど……」

 「大丈夫、戦闘の一つや二つ。記憶、戻るきっかけになるかもよ」

 『アカツキさん、記憶喪失さん。どっちでも良いですから、急いで出動してください』

 ウィンドに出ているルリって言う少女が少し焦った口調で警告してくる。ウィンドから見えない場所からも声がする。

 「だったら、行きます」

 覚悟を決めた方がいいか。生き残らなきゃ何も始まらない。あんな小さな子供までがんばってるのだから。

 なぜかわからないけど、戦えるならそっちの方があっている気がする。

 「ルリ君、確かエステの予備があったよね。あれ、いけるかい?」

 『はい。しかし、ウリバタケさんがいろいろ改造しているのでどんなものか知りませんよ』

 「上等。さあ、行こうか。記憶と思い出すためと生き残るために」

 僕たちは話し終わる前に格納庫へ走りだした。





 格納庫には戦闘状態特有の空気が立ちこめていた。

 目に見える機体は……青い機体と所々色がはがれている白い機体の2機だけだった。

 「おせえぞ、落ち目の会長さんよ。女子の皆さんとラブラブな人たちはもう戦かってんだぞぉ。しかしよ、ルリルリから連絡はもらってるが、あれは普通に乗りこなせるようなセッティングにしてねーんだぞぉ!」

 今怒鳴ってる人は、整備班長の人なのだろうか? 軽い興奮状態みたいだけどちゃんと機体のことを教えてくれるところがうれしいな。

 「堅いな、ウリバタケ君も。僕の腕をもっと信じてほしいな。良いから任せて」

 「それより、どういうセッティングなんですか?」

 「おまえか、急に現れた記憶喪失のカイトってのは。大丈夫なのかよぉ」

 「わかりませんけど……やってみます。ノーマルと何処が違うんですか?」

 ……ちょっとまてよ。エステバリスなんか一度も使ったことがないのにノーマルのセッティングを聞いてどうする気なんだ?

 僕の気持ちを知ってかどうだか、ウリバタケさんは答えてくれた。

 「IFSの反応制御のリミッターを切ってるのが主に違うぐらいだ。ちょっとしたことでも過剰に反応しちまうから注意しろよぉ! あと、武器はラピットライフル。接近戦が出来ると思ったらフィールドランサーもおまけ付きだ!!」

 「わかりました!」

 エステバリスのコクピットにはいる。

 IFSの輝きとともにモニターがクリアになる。それにあわせて意識が研ぎ澄まされていく。

 『それじゃ行くよ、カイト君。フォロは任せて』

 『おらぁ、ちゃんと生きてかえって来いよ!』

 機体をゆっくりとカタパルトまで運ぶ。

 「カイト機、行きます!」

 『続いてアカツキ機、行くよ』

 カタパルト加速で緩和しきれないGを心地よく感じながら僕は、光る宇宙へ飛び出した。





 視界が一気に広がる。

 あちこちで光の点が現れては消えていく。

 『なになに〜、今までと動きが違うよ〜』

 『なんだこいつら! パターンが全然読めねぇ!』

 『嫁無いものは独り者……けっ』

 既に戦闘状態に入っている3機からの通信だ。

 見える。

 敵の動く先が見える。

 そう感じた瞬間、僕はラピットライフルの引き金を引く。

 ぱぱぱっ

 命中。3機を包囲していたところに一点の穴が出来る。

 その隙を見逃さずにその3機がすばやく残りの敵を落としていく。

 『誰か知らないが助かったぜ。こっちはもう大丈夫だ』

 『ホント、すっご〜い』

 『やるね……』

 三者三様のお礼が帰ってくる。

 ちょっとは得意になっていいのかな?

 『アカツキさん、カイトさん、ナデシコ下方でテンカワ機が完全に包囲されています。早く援護に行って下さい』

 確かこの子はルリさんだったかな? 子供なのにあまり慌てた風もなく通信してくるなんて。

 『はいよ、待っててお熱いお2人さん』

 「こっちも了解。えっと、ルリさんだったっけ? オペレーターの人と変わってもらえないかな?」

 ちょっと驚いた表情でルリさんが僕を見る。何か変な顔をしているのかな?

 『はい。オペレーターは私です。それとカイトさん、私の事はさん付けないでかまいませんよ。そう呼ばれるの慣れてないですから』

 「ごめん、てっきり通信士だとばっかり思って」

 『かまいません。私、少女ですから』

 『ちなみに私が通信士のメグミ・レイナードです』

 『おまけに操舵士のハルカ・ミナトよ。よろしく、カイト君』

 そばかすをつけた子がメグミさんで、こっちのお姉さんがミナトさんか。

 「メグミさんにミナトさんですね。こちらこそよろしく、カイトです。じゃあ、ルリちゃん。ナデシコ全域での敵の動きを全てモニターに表示させて」

 『了解しました。急いでください』

 「ありがと、ルリちゃん。これよりテンカワ機の援護に向かいます」





 あれか。

 ナデシコの下方で包囲させている機体が見える。

 ルリちゃんからデータが届く。各個撃破を目的としたいい配置だ。

 奇跡的な回避で避け続けるテンカワ機。

 けど、よくここまで囲まれてて回避ができるもんだな。正直、下手なのはうまいのかわからない。

 『アキトー、どうするのー。これってかなりまずい状況なんじゃない?』

 『黙ってろユリカ、ここはおれに任せて』

 『任せるって言っても全然こっちの攻撃当たらないじゃない!』

 『いいから黙ってろ、うまくコントロールができないだろっ!』

 『黙れ黙れって、アキト私のことほんとに好きなの?』

 『なに言ってるんだよ。好きとか嫌いとかの問題じゃないだろ!!』

 せ、戦闘中に痴話喧嘩……?

 ととっ、気を取り直して敵の包囲網の隙を探る。

 ルリちゃんからのデータと自分が見て感じた状況を組み合わせイメージする。

 反対側に……か、時間がかかりすぎる。

 そう思った瞬間、身体が反応して最短ルートに向かう。

 「アカツキさん、援護お願いします」

 『おいおい、そんなぶ厚いところへ行かないくても』

 アカツキさんの返事を聞く前にラピットライフルを掃射する。もちろん気付いたバッタは回避にはいる。予定通り。

 隙あり!

 一気にスラスターを全開にしてすこし開いた包囲網をフィールドランサー振り回してこじ開ける。

 急な乱入者に対処しきれないバッタたちはもろくも陣形を崩していく。

 『すっごーい。誰なんですか、あなたは?』

 「事情はあとで説明します。テンカワ機、ついて来てください。攻撃は右側面を。アカツキさんは左側面と後方に注意してください。正面は僕がこじ開けます」

 『お、おう』

 『はいよ、任せてちょうだい』

 その後、敵を殲滅するのにはさして時間は限らなかった。





 「はぁはぁ……」

 僕の荒い息がコクピットに漏れる。

 怖かった。戦いが終わって落ち着いたからわかる。

 一歩間違えれば僕は死んでいたって事が。

 それ以上にある、生き残ったことに対する高揚感。ちょっとした興奮状態が治まらない。

 すでにオートパイロットに切り替えてあるので僕自身がエステバリスを操作する必要性がないのは助かる。

 『さすが見込んだだけあるね、カイト君。君の言ったとおりにしてたら、敵の動きがバッチリでさっきの通り……それよりテンカワ君、艦長、先ほどはお熱いところをどもう』

 『ヒューヒュー』

 『ひゅうひゅう、ひゅひゅう、おー寒い』

 『な、なんでみんなしってんだよ』

 『音声、映像流していました。全部筒抜けです。みんな知っています』

 る、ルリちゃん。あれって意図的だったんだ……

 ウィンドの先でテンカワさんかな? 彼はぶ然としていたが、隣にいる女性はまんざらじゃない顔をしていた。

 『も、もうやだな、ルリちゃんったらぁ。そんな事したらぁ、私達公認のカップルになっちゃうじゃないー』

 ぜ、全然いやそうにどころか幸せいっぱいって顔に見えるんだけど。

 けど、笑顔が見れるのはいいことだと思う。

 ぴっ!

 『それよりも、えっと、カイト君でしたよね。先ほどはありがとうございました』

 『そうだよ、さっきは助かったよ。ありがと』

 「いえ、無我夢中にやったことですから。助かってよかったです」

 少しだけど気分が落ち着いてくる。

 『それじゃ、戻ったらぱーっとお祝いでもしちゃいましょう』

 『なんのお祝いだか……』

 ルリちゃんがぼそっとつっこむ。

 僕は少し微笑みながら正面を向くが、

 「どぁぁぁぁぁぁ!!」

 すでにハッチの目の前だった。それも少しずれている。あ、オートパイロットが解除されてる!!

 あわててコントローラーを握るが時すでに遅し。僕の乗ったエステバリスはそのままつっこんでいき左右の壁にぶつかりながら格納庫へ進んでいった。

 そして、エステバリスが摩擦で止まったと同時に僕の意識も止まった。

 『えー、あれって余裕だったんじゃないの?』

 『たくだらしねえな。たくっ、最後に』

 『(カイト)も糸が切れればふーらふら』

 『……ばか』





 ここは医療室。別名イネス・フレサンジュの生体実験室。

 今カイトはここに収容されている。

 彼の周りには、医療室の主イネスを初め、アキト、ユリカ、ルリ、リョーコ、ヒカル、イズミ、アカツキ、プロスペクターがいる。

 「それでは、説明しましょう。この彼、カイト君は今エステのコクピットで頭を打って……」

 「「「「「「打って!?」」」」」」

 「ただの脳震盪状態よ」

 ずこっ!!

 ずっこける一同。

 だが、ルリだけは平静だった。

 「治療のついでに遺伝子調査もさせてもらったわ。身元のことは彼がもうすぐ麻酔が切れるから、起きてからでいいわね」

 何で麻酔を使ったんだ……?

 こんな事を聞くほどナデシコのクルーは野暮じゃない。

 言ったら言ったで命の危険を顧みなければいけないからという理由もある。

 「イネスさん、そう言うことは他に何かあったと?」

 と、プロスペクター、

 「そうね、これは確認事項になるんだけど、ナデシコのボソンジャンプ後に彼が現れたというのはオモイカネの記録から確認できたわ。そういうことはおそらく火星出身者ね。あと不思議なのはナノマシンの許容量が強化体質ぐらいある割には火星出身者の平均値にパイロット分をたしたぐらいなのよ。いまあるナノマシンの量をたとえるならアキト君とさして変わらないぐらい。でも、キャパシティーではホシノ・ルリ並み、もしかしたらそれ以上よ」

 「難しいことはよく分かりませんが、大した事はないんですね」

 ユリカがイネスの長い説明に区切りを付けるかのように話し掛ける。

 「ええ、本当に脳震盪だけだから後は起きるのを待つだけ。ふふふっ、本当は時間と設備さえあれば記憶をつかさどる前頭葉をいぢったり、実験じゃなくって検査をいろいろしてみたいわ。」

 ウフフ……、と不気味な笑みを浮かべるイネス。

 ぞぞぞっ。

 その光景にみんな後ろに引く。誰も生贄になりたくはない。

 その気配を感じたか、カイトの眉が動く。

 「あ、うごいた。」

 ルリの一言で皆の視線がカイトに注目される。

 カイトの目がゆっくりと開かれる。

 「知らない天井……」

 「それじゃ、カイト君も起きたことですし。ぱーっとお祝いをしちゃいましょう!」





 ナデシコクルー一同がブリッジに集合している。

 「あーあー、マイクテスト、マイクテスト、えーそれではナデシコ艦長ミスマル・ユリカから一言」

 あ、アオイさんが司会をやるんだ。副長って何でも屋なのかな?

 「えっへん、この度はわたしくナデシコ艦長ミスマル・ユリカとアキトのおかげで火星の遺跡も遠くにとんでっちゃってもらいました。ねえねえルリちゃん、これでよかったんだよね?」

 「何がよかったんだか……」

 それなりの事情があるんだろうけど。そんないい加減でいいのか? 事情の知らない僕が思うだけで、みんなにはそれなりの事情ってのがあるんだろうけど。

 「それではぱーっとやっちゃいま……」

 「あっ、でもその前に、カイトさんはどうするんですか?」

 そう言えばそうだった。僕はボソンジャンプってので現れたらしいからクルーじゃない。いきなり外へ放り出されることはなんだろうけど……

 「メグちゃんするどいっ!すっかり忘れてました。カイト君はどうしましょうか……」

 「そうですね。イネスさんからの話だと、DNA鑑定では分かりませんでしたし……難民ということでどうでしょうか、艦長。火星での戦いのどさくさ紛れたとでも理由を付ければいいでしょう」

 「それに決定! それじゃ、ルリちゃん早速だけどカイト君のことをちゃっちゃっと登録しちゃってください。ついでにお祝いが終わったらコミュニケも出せるようにしておいてね」

 「わかりました」

 「ありがとうございます。でも、そんなことしていいんですか?」

 行き当てのない僕にこうまでしてくれるのはうれしい。けど、こんな事して大丈夫なのかな? 一応軍艦みたいだし。

 「大丈夫です。一緒に戦った仲間なんですから。艦長の私に任せなさ〜い。ブイ」

 その根拠はなんだろう。とにもかくにもその心遣いはうれしかった。

 「それでは改めまして、私はナデシコの艦長を勤めるミスマル・ユリカです」

 「こちらこそ改めて、よろしくお願いします。ユリカさん」

 「そう堅くなるなよ」

 後ろから、テンカワさんが声をかける。

 「さっきはこっちが助かったんだから。おれはテンカワ・アキト。よろしくな」

 「私はイネス・フレサンジュ。ナデシコでは医療班と科学班を担当しているわ」

 「アキトさんとイネスさんですね。先ほどは助かりました」

 「そうそう、さっきのすごかったんだから。さあさあ、遠慮しないで」

 確か、この人はさっきのパイロットの3人組。

 2人がショートヘアの女の子を追い立ててるけど、どうしたのかな?

 「な、なんだよ。オレの自己紹介よりこいつの記憶の方が大事じゃねえのかよ」

 「じゃあ、私先に自己紹介しまーす。ある時は漫画家、またあるときはコスプレイヤー、その正体は……ナデシコでパイロットをやってるアマノ・ヒカルちゃんで〜す」

 「次っ、リョーコ!」

 「ったく。こいつはイズミ、オレとヒカルと同じパイロット、腕は確かだからな。でも、こいつの言うことは気にしない方がいいぜ。そして、オレはスバル・リョーコ。よろしくな」

 「ヒカルさん、リョーコさん、イズミさん、こちらこそ、よろしくお願いします」

 「それじゃ、自己紹介もみんな終わったことですし、ぱーっとやっちゃいましょー」

 本当にらしくない艦長さんだな、ユリカさんは。

 僕は苦笑を浮かべた。





 なんだかよくわからないお祝いも少し落ち着いて……なんだか、今回の戦闘で活躍したからだってかなりもみくちゃにされたけど……少し、ナデシコのことを話してもらった。

 地球から火星へ。そこであったこと、木星トカゲは実は木連といい、地球をおわれた人類だったということ。そして、争いの原因"遺跡"。

 「地球やネルガル、木連はボソンジャンプのシステムとも言える、火星の遺跡を求めて取り合っていた。

 そのおかげでオレ達の家族や、たくさんの火星の人たちが消えていった。ここにいるユキナちゃんのお兄さん、白鳥九十九さんもその1人だった」

 「確か、ユキナちゃんが木連出身だから、木連の方ですよね?」

 「ええ、白鳥さんは木連の人で、最初は地球に対して敵意を持っていたの。

 でも、地球にも、正義を愛する人たちがいるっていうことを知って、アキト君達と木連と地球の平和を目指そうと協力することになったの。

 そのおかげで、双方話し合いの場を作ることが出来た。

 けど、木連の中には和平に反対の人もいて、結局、その話し合いの場で撃たれて……」

 「す、すみません。話辛いことを聞いて」

 ミナトさんは少し落ち込んだ顔をして目線を少し下げたが、

 「けど、大丈夫よ。確かにあのときはすごく落ち込んじゃったけど、ユキナちゃんがお婿さんになってくれるっていってくれたから」

 「だって、ミナトさん。あんなに真面目にお兄ちゃんのことを好きになってくれたし。それは最初、木連の人が地球の人を好きになるなんて不潔とか思ってたけど、すごく2人とも真面目だったし。けど、お兄ちゃんがあんな事になったから。あたし決めたの、ミナトさんを守るって」

 「ユキナちゃん、すごく優しいんだね」

 微笑みながらユキナちゃんにいうと、顔を赤くしてユキナちゃんは視線を逸らした。

 何か、変なこと言ったかな?

 「でも、もうこれ以上周りの人が死んでいくことなんて、なくなるかも知れない。

 遺跡を宇宙に彼方にとばして戦争が終わるかなんてオレにはわからない。

 でも、オレたちは自分が守る大切なもののためにやったんだ」

 「そう、アキトの言うとおり。この艦は私達が私達らしくいられる場所。だか、自分たちの思うようにしたいの」

 ユリカさんが最後にまとめる。私達らしくか……

 「最初はナデシコを自爆させて遺跡ごと爆破しようって言ってましたけどね」

 「そうだったっけ、ははっ」

 メグミさんのつっこみにとぼけるユリカさん。

 「でも、ボソンジャンプするのにキスする必要って、ホントにあったのでしょうか?」

 「それは……もぉ、ルリちゃんまで……」

 「うふふっ、ルリちゃんはあんなことを言ってごまかしてるだけなの。

 ホントは、感謝してるはずよ。ナデシコに乗ってから今まで自分たちが勝ち取った思い出をなくさずにいられたんだから」

 「私達らしくいられる場所……自分で勝ち取った思いでか……」

 「でも、キスまでしなくてもいいのに、ねえ、ルリちゃん」

 少しうつむくルリちゃん。何か思うことがあるんだろうか?

 「にぶいわね、カイト君。ルリルリにはちょっと早かったかしら?」

 「そう言うことですか」

 一同の表情が和らぐ。

 けど、その思い出を共有してない僕は少し疎外感を感じた。

 ポンと僕の肩にアキトが手をおいた。

 「そう焦ることはないさ。世の中知らない方がいい過去だってあるんだしさ」

 「ありがとう」

 温かい手。この人がナデシコの中心なんだともう。

 ふと、アキトさんの視線が止まった。

 「んっ、おい。胸のポケットに入ってるのはなんだい?」

 視線をポケットにおろす。

 そう言えば、持ち物はひとつも調べてなかったな。

 「そう、それだよ」

 胸ポケットからそのものを取り出す。

 あったのは、一枚の写真だった。

 藍色の長い髪を額で切りそろえ、その大人びた少女は日の光を浴びては微笑んでいた。

 ずき……

 頭に鈍い痛みが走る。

 「この子は……あの時の!」

 「新入り!」

 「知ってるんですか!誰なんです! ナデシコのクルーですか?」

 アキトさんとリョーコさんに詰め寄る。

 焦る気持ちを抑えきれなかった。頭痛のことすでに気にならなかった。

 「以前、地球でオレと入れ替わりに配属されたナデシコのパイロットだよ」

 「地球で……」

 「ルリちゃん、彼女のデータ調べてみてくる?」

 「イツキ・カザマ、本名同じ 2179年生まれ 国籍日本。

 宇宙連合に入隊後、火星方面軍第一機動兵機大隊第三中隊「シュトゥール」にパイロットとして配属。

 その後、ナデシコに転属。カワサキシティのおいて敵木星トカゲ迎撃に出動。

 戦闘中、敵ボソンジャンプに巻き込まれ殉職……以上です」

 「……彼女が僕の過去を知っている」

 「知っていたんだの間違えだと思います」

 「……うん、確かに。とにかくありがとう……ルリちゃん」

 彼女にしては妙に力のは入った口調に聞こえた。

 メグミさん、ルリちゃんは自分で勝ち取った思い出を大切にしていると言ってたし。自分の過去に何か秘めるものがあるのだろうな……

 でも、落胆は否めなかった。

 ただ、沈黙した時間が過ぎていく……

 「ユリカさん、部屋を貸してもらえませんか? 少し疲れちゃったんでちょっと一眠りしたいんですけど」

 「え、ええ。ルリちゃ〜ん、空いてる部屋ってあったけ?」

 「テンカワさんの部屋ぐらいですね。あの部屋は相部屋ですし。ほかの部屋は何かしら荷物がおいてありますから」

 「アキト、別にかまわないよね?」

 「オレはかまわないけど、カイトは?」

 「僕はありがたいんですけど、アキトさんの方こそいいんですか?」

 「いいって。オレもここの片づけが終わったら部屋へ行くから。それまでゆっくりしててよ」

 「それでは失礼します。なんだか雰囲気をしらけさせてしまってすみません」

 そう言って、僕はブリッジをあとにした。





 アキトの部屋で寝転がり、ポケットの中の写真を取り出す。

 写真の中の少女は微笑んだままだった。

 ずき……

 また、鈍く頭がうずく。

 僕は誰なんだろう。そして、彼女は……

 僕は彼女に微笑んでもらえる資格があるのだろうか……

 こんな思いを抱きながらナデシコは地球へ。

 僕はどうすればいいんだろうか。












 終わったあとのお話タイム♪

 ひ〜ろ:どうもどうも。作者のひ〜ろです。ここまで読んでくれてありがとう(≧▽≦)

 ルリ:書き終わるまで長かったですね。

 ひ〜ろ:なんでルリさん、ここにいるんですか・・・

 ルリ:気にしないでください。

 ひ〜ろ:むちゃ気になるんですけど・・・

 ルリ:ところで作者さん、これからどうなるんですか?

 ひ〜ろ:さー。どうなるんだろうね・・・私、行き当たりばったりだし。

 ルリ:・・・そうですか。

 ひ〜ろ:安心しろ。一番最後には大団円だから。

 ルリ:一番最後って、どこまで続けるつもりなんですか?

 ひ〜ろ:さあ・・・NADESICO THE MISSIONまでは続くんじゃないかな。

 ルリ:遅筆なあんたがかけるんですか?

 ひ〜ろ:さあ・・・どうにかなるでしょ

 ルリ:・・・(立ち去っていく)

 ひ〜ろ:おーい、無視するなよ。せめて読んでくれた読者様に一言お礼ぐらい言って行け〜〜

 それじゃ、読んでくれたみんな、改めてサンクス(≧▽≦)ノ(ルリを追って走り去っていく)

 あ、出来れば感想くれるとうれしいです〜〜〜〜(切)








[戻る][SS小ネタBBS]

※ひ〜ろ さんに感想を書こう! メールはこちら[hirro@hicat.ne.jp]! SS小ネタ掲示板はこちら


<感想アンケートにご協力をお願いします>  [今までの結果]

■読後の印象は?(必須)
 気に入った!  まぁまぁ面白い  ふつう  いまいち  もっと精進してください

■ご意見・ご感想を一言お願いします(任意:無記入でも送信できます)
ハンドル ひとこと