機動戦艦ナデシコ 時に抗いし者




  機動戦艦ナデシコ
  〜時間に抗いし者〜








  第六話   解き放たれる力《後編》










カイトがナデシコを離れてからおよそ1時間後




「さて・・・無理を言って出てきたのはいいけど・・・大丈夫かな・・

まだ遺跡って確か・・・・」


そしてカイトは自分の記憶している場所、遺跡がある場所の近くへと到達したが


そこには・・・・・



「やっぱりか・・・」


見渡す限り一面の氷が広がっている


「あげくチューリップが5か・・・

いっそボソンジャンプの使用を諦めるって言うのもありかも・・・・

あっ、でもそうするとナデシコごとジャンプしたら僕だけ置いてきぼりなのかな?

・・・・・それは困るよね・・・・」


そう言いながらも、カイトは敵に悟られないように慎重に遺跡へと近づく


「どうする・・・いくらなんでも掘り進むってのは無茶だし・・・

こんな時にジャンプが出来れば直ぐなんだけど・・・

それが出来ないから今、苦労してるしね・・・」


周囲に気を配り、慎重に近づいていた時、視界の端で動き出したものを捉える


「マズい、近づきすぎたか!」


カイトが捉えたものはバッタの姿だった





その時


「何っ!?」



唐突に光がアールナイトを包み込む


そして一瞬後には光は消え、静かな雪原だけが広がっていた





センサーで熱源を感知したはずのバッタはそのまま再び眠りに着いた





























「ここは!?」



カイトは光が晴れた後、先程とは全く違う場所に居た


先程カイトを包んだ光は、見紛う事無きボソンの煌めき


それによって導き出される答えは1つ



「遺跡に・・・・・・引き寄せられた?」



カイトの目の前にあるのは忘れる事など出来ない遺跡の姿だった


カイトはそれを確認するとハッチを開け、アールナイトを降りる


そして自らの足で遺跡へと近づき、


手を伸ばせば触れられる距離までくると、その足を止め、言葉を紡ぐ



「どうするか困っていた所だったから助かりましたよ

記憶に関してもこの通り無事に・・・・・・・?」


カイトを過去へと導いた遺跡に対して感謝の意を示すと共に、


現状を報告していた最中に、カイトはその違和感に気付いた


「意思をまるで感じない・・・・・中からじゃないと気付けないのか?」



そして遺跡に手を伸ばし、その手が触れた瞬間


「!!なんだ・・・・・ぬ、抜けない!?」


触れた指先が遺跡へと深く埋まり、抜こうとしても抜けなくなる


それだけでなく・・・


「グッ・・・・・・引っ張られる・・・・このぉ!!」


全力で踏ん張るが、それでも全く状況は変わることなく、


カイトの左手は一定の速度で遺跡へと引き込まれていく


そして左手首まで遺跡に埋まった時・・


「いい加減に・・・・しろ〜〜!!」


空いている右手で腰の刀を抜き、手首まで埋まった左手の直ぐ側に突き刺す


「ウワアァァ!?」


すると一瞬遅れて閃光が疾り、突き刺した刀ごと、カイトの手首は弾き出される



「はぁ・・・はぁ・・・何なんだ・・・一体・・・」


突然のトラブルに息を切らすカイト


もし刀を携帯していなかったら、抜け出る事は出来なかったかもしれない


「クソッ、訳が分からない・・・・」


なにより、触れた遺跡からは何も感じ取る事が出来なかった


「・・・・これ以上ここにいても・・・仕方ないか」


カイトは未だ痺れる左手をギュッと握り締め、呟く


「また・・・・来ます・・・・」



そうしてアールナイトへと戻り、ここに来た時と同じ方法


しかし今度はカイト自身の意思によってボソンの煌めきを纏って姿を消す







カイトが消えた後には、静かに遺跡がそこにあるだけだった
































「断言しよう、ナデシコでは木星トカゲには勝てない

だから君たちの艦には乗れないね」


ナデシコからエステバリスを借りて、自分の故郷を見るために


ユートピアコロニーにやってきたアキトと、それについてきたメグミ


2人がその地下空間で偶然出会った女性


この女性こそ、ナデシコの設計・開発を担当したイネス・フレサンジュであった


しかしイネスの見解は厳しく、火星に残された人を助けに来たというアキトに


真正面から否定の言葉を投げかける


「けど、オレ達はちゃんと木星トカゲを倒してここまで来たんだ!!

ここにいる人たちを連れて帰る事ぐらい・・」


「一体あなたは木星トカゲの何を知っているの?

私は火星で起こった戦闘を目の当たりにしているわ

高度な知能を持った無人兵器や戦艦が尽きる事無く出てくる・・・・

あなたは木星トカゲの力を甘く見過ぎている!」


アキトの言葉を途中で遮り、重みを感じる言葉をかけるイネス


その言葉の重さはここに居る殆どの生き残りの人々が身を持って体験しているのだろう



この言葉を聞いては流石に先程のように、ナデシコだから大丈夫とはとても言えない


なにせ、イネスはナデシコの性能を熟知しつつ、それを踏まえた上で


頑なに木星トカゲに勝てないと言っているのだ


下を向いてすっかり気まずくなってしまったメグミ


だがアキトは諦めずに口を開く




「確かにオレ達の力は奴らに比べたら小さいのかもしれないし、

ここでやられる可能性もある・・・・・・でも、帰れる可能性もあるんだ!

ここに残ったらその僅かな可能性も尽きるんだぞ!

それであんたらずっと木星トカゲに怯えて生きていくのかよ!


それで自分達の子供にもそんな思いさせるのかよ!!」



最初は静かだった声音も、感情の昂りと共に大きくなり、明らかに興奮しているのが分かる


しかしそれ故に、その言葉はその場にいた人達の心も揺り動かした


最初は興味も無さそうにしていた人々も、その殆どがアキト達に目を向け、話に集中している


アキトが話した内容もそうだが、何よりアキトの真剣な想いが彼らの注意をひいたと言えるだろう


少しの間、静寂が支配する


そして・・








ズズズズズズズズズズ







地鳴りのような重い音が地下スペースに響き渡る



何事かと表に出た3人が見たものは・・・




「ヤッホ〜、アキト!心配だから迎えに来たよ〜♪」



先程話題になったナデシコと、そこから聞こえてくる能天気な声だった




「「「・・・・・・・」」」




深刻な話の最中だっただけに、突然の乱入者に唖然とする3人





何はともあれ、少しばかり興味をひかれたイネスは


アキト、メグミに案内されナデシコの中へと入っていく事になった




























「つまりとっとと帰れ、という事かね?」


ブリッジにて火星の生き残り代表のイネスの話を聞くナデシコのクルー


その場にいる殆どの人間の表情は暗いか渋いかのどちらかである


それもその筈、火星まで来て、残された人達を救出しようとしていたというのに


要救助者は差し伸べた手を撥ね退けると言っているのだ


「そうよ、このナデシコ1隻だけでは火星から脱出する事は出来ない

だから私達は乗るつもりはないわ」



(もし火星にあるチューリップが5・・・・いえ3つもナデシコを狙ってきたら

確かに勝ち目は無いようなものですね・・・・

ここが敵地っていう自覚あったんでしょうか?)



オペレーター席に座るルリは冷静にイネスの言葉を聞いていた


確かに、現状で火星にある敵戦力に周囲を囲まれてしまったら、ナデシコは負けるだろう


いくら高性能の戦艦とはいえ、ナデシコの最大の武器のグラビティブラストは前面だけである


正面に対しては火力が高いが、そこ以外はエステバリスに頼るしかない


それも、エステでは手に負えないチューリップが正面以外に2つも来たら


逃げる事も出来るかどうか、といった所だ


敗北は必至だろう





ヒートアップする皆を後目に、そんな事を考えていたルリの元にオモイカネが情報を渡す



(敵!)



「正面より敵影を確認、チューリップが1、大型戦艦1、小型戦艦4」


オペレーター席からのルリの報告に振り向く一同


しかし、敵の数がそんなに多くない事を確認し、ホッとする


それは艦長のユリカも同じであり、安心し、いつもの掃討策を取る


「グラビティブラストフルパワーで!」


「了解、グラビティブラストフルパワー・・発射」


ユリカの指示の元、打ち出されるグラビティブラスト


それは今までと同じく、必殺の一撃・・・・・となるハズだったが


「敵損傷無し、なおも増大中」


ルリからの報告は敵にダメージが無い事を告げる


それどころか、後ろに控えたチューリップから続々と戦艦が出てきている


困惑するクルー、その中にはユリカもしっかりと含まれている


今までグラビティブラストで倒せない敵などいなかったのだ


「敵もフィールドを持っているのよ、お互い一撃必殺とはいかないわね」


「敵のフィールドも無敵ではない、連続攻撃だ」


イネスの言葉も踏まえて、ゴートが提案をしてくるが・・


「エネルギーが足りません」


「大気中では相転移エンジンの効率が悪いわ

グラビティブラストの連射なんてそうそう出来ない」


ルリの言葉にイネスが説明を付け加える


しかしイネスから聞かされるのは絶望的な情報ばかりだ


「直ちにフィールドを・・」


「待て!」


「待って、下には生き残りの人達がまだいるんです!」


フィールド展開の指示を出そうとした矢先にイネスとメグミから待ったがかかる


ナデシコの下には生存者達がいるのだ


「急速発進、この場から移動を開始してください!」


「ゴメン、一度着陸したら、しばらくは動けないの」


最後の手段の移動すら満足に行えないナデシコ


「・・・どうすれば・・・」


八方塞がりのユリカ、考えられる手は全て考えた


しかし、この事態を解決できる方法が見つからない




その時



プシュー



ドアを開け、走ってブリッジから出て行くアキト



「アイツ・・・・・・・ヘッ!」


「・・・・・・・・・・・・・」


「ちょ、ちょっと、私たちが出ても挽き肉にされちゃうだけだよ〜、もう!」


その走り去る姿を見て、後を追う様にブリッジから出て行くリョーコ


その後ろに無言で付いていくイズミと文句を言いながらもしっかり付き合うヒカル


彼らは皆、格納庫へと向かって走っていった



プシュー



再び閉まるブリッジのドア





しばし静まり返るブリッジ


その中で一番早く行動を起こしたのは、艦長のユリカであった


「エステバリスが時間を稼いでくれている間に、ナデシコは移動を開始します

ミナトさん、移動出来るまでにどれ位時間がかかりますか?」


「後5分あれば浮上出来るわ!」


ユリカの言葉に直ぐにミナトが返事を返す


既に移動に取り掛かっていたようだ


「分かりました、それまで戦闘はエステバリスに任せて、ナデシコは手を出しません」


「艦長!?それだとエステバリスが、アキトさん達の援護はどうするんですか!!」


ユリカの言葉に驚いて、メグミが大きな声を出す


「今ナデシコが手を出すと、敵の遠距離砲撃がこちらに来る可能性が高いです

そうするとフィールドを張らなければナデシコは撃沈されてしまいます・・・でも・・・」


フィールドを現状で張ると、下の地面が陥没して、生き残りの人達を殺してしまう事になる


あえて口には出さなかったが、ユリカの言いたい事はブリッジにいる全員に伝わった


そしてフィールドを張る指示を出すのは艦長のユリカなのだ


「ナデシコが移動出来るようになったら、浮上の後、直ちにフィールドを展開して

隙を見てエステバリスを回収し、この空域を離脱します

生き残りの方々は連れて行く余裕はありませんが、生きていればチャンスがあります!

皆さん、よろしくお願いします!!」


そうして皆に、なにより自分に言い聞かせるようにユリカは言葉を締めくくる





「りょ〜か〜〜い♪」

「了解しました」

「そういう事なら・・・分かりました」

「艦長、立派ですよ」

「うむ、異論は無い」

「見事な状況判断だな、艦長」


それに対してブリッジにいるクルーが返事を返す


(アキト・・・信じてるからね・・・)


それを聞きつつ、ユリカはここにはいない大切な人に心で語りかけていた
























シュイーン


リョーコたちより一足早く格納庫に辿り着いたアキト


ドアが開いた先では、一機のエステバリスが既に動いていた


そのエステバリスはアキトに気付いたのか、顔をそちらに向け


外部スピーカでアキトに話しかける


「おぅおぅ、遅かったじゃねぇかアキト!

オレ様はもう出撃準備バッチリだぜ!チンタラしてねぇで早く来いよ!!」


「ガイ!オレもすぐ出撃する!!」


既に準備を終え、今まさに出撃しようとしているガイの姿を見て


更に走る速度を上げるアキト


そしてコクピットに乗り込み、急いでエステを立ち上げ、カタパルトへと向かう


そこにはアキトが来るのを待っていたガイのエステバリスの姿があった


「くぅ〜、味方の危機に体を張って敵に立ち向かう!!

まさにヒーローだよな〜!そう思うだろ、アキト!!」


「あぁ!絶対ナデシコと火星の人達を守ってみせる!!」


「ヨォッシ!良く言った!それでこそヒーローってもんだ!!

足手纏いになるんじゃねぇぞ!!」


「分かってる!ガイ、行こう!!」


「そう、その意気だ♪ そんじゃあ、いくぜえぇぇぇ!!」


発進前に声を掛け合い、出撃する二人


重力カタパルトから飛び出した二人を迎えたのは


数えるのも馬鹿らしい程の木星トカゲの大群であった


未だナデシコとは距離が離れているが、動けない今のナデシコでは


遠からず包囲されるのが目に見えていた


「近くで見ると・・・なんて数なんだ・・・」


「ックウウゥゥ、燃えてきた燃えてきた〜!!」


その数にやや気圧されるアキトと、逆に闘争心が掻き立てられるガイ


その二人の下に、遅れて出撃したリョーコたちも合流する


「っかぁ〜、なんつ〜大群だよ、ったく」


「・・・ナデシコ一隻にトカゲ大集合ね・・・」


「いくらなんでもこれは無理だよ〜、時間稼ぎにしかならないよ〜」


ナデシコと木星トカゲの中間辺りで集合するエステバリス


それを見て、進軍が止まる戦艦の群れ


代わりに、戦艦より大量のバッタが射出され


その数は空の一部が黄色く見える程である


「おっ、ラッキー♪ どうやら敵さん、うちらを標的にしてくれたみたいだぜ

動けないナデシコよりも、うちらを脅威って考えてくれたみてぇだな」


リョーコの推測どおり、エネルギー反応の大分小さくなったナデシコよりも


より近くの機動兵器にターゲットを合わせるトカゲ達


敵が無人という事が幸いしたようだ


「そうは言ってもバッタちゃんスゴイ数だよ!しかもジャンジャン出てきてるし・・・

こんなの何時までも持たないよ!」


「大丈夫、オレ達はナデシコが動けるようになるまで時間を稼げば良いんだ!

きっとやれるさ、いや、やってみせる!


ヒカルの言う事も最もだが、アキトは諦める事無く、前を見つめる


「良いこと言うじゃねぇかアキト! っしゃ〜、そんじゃ行くぜぇ〜!

てめぇら遅れんなよ!!」


「あぁ!」

「は〜い♪」

「・・・・・・・」

「てめぇが仕切んなっつ〜の・・・」


そしてエステバリス達はバッタの群れへと突き進んでいった

































「でぇりゃあぁぁ!!」



チュドオォォン



リョーコの渾身の一撃が最前線のカトンボを粉砕する


しかし、まさに焼け石に水というべきか、敵の勢力に翳りは見えない


「くっそ〜、キリがねぇ!」




戦闘が始まって10分


無事にナデシコは動き出す事が出来たが


それと同時に控えていた敵の戦艦がナデシコを標的にして動き出した


離脱を考えていたのだが、エステバリスが外に出ている以上、


あまり離れるとエステバリスがエネルギー切れになってしまう


かといって先にエステバリスを収容すると、多くのバッタが攻撃を加えてくるだろう


ディストーションフィールドの性質上、戦艦からのグラビティーブラストなら何とかなるかもしれないが


そこにバッタのミサイルまでとなると、どうなるか分からない


こちらがグラビティブラストを使えれば良いきっかけになるのだが


それだけのエネルギーは溜まっておらず


例え溜まったとしても、撃ってしまうと、ディトーションフィールドに回すエネルギーが少なくなって


フィールド出力が落ちてしまう






何か、ナデシコに頼らずに動く事の出来る、しかも敵の注意を引ける程の力





そう・・・・現状を理解している何人かは、カイトが戻るのを待っていた












しかし、そんな中でも敵の攻撃は休まりはしない


ナデシコは防御にだけ集中しているのだが、いかんせん敵からの攻撃が多すぎる


「再び、敵艦隊よりグラビティブラスト・・・来ます」


何度目かのルリからの報告


前線にてバッタとエステバリスが戦闘中の為か、一斉放火とまではいかないが


それでもかなりのカトンボ・ヤンマからグラビティブラストがナデシコへと降り注ぐ


初弾こそ運良く損傷を免れたが、度重なる攻撃にさらされ


ナデシコはもはや満身創痍と呼ぶに相応しい状態だった



「ディストーションフィールド最大出力で!! 防ぎきって・・・



祈りを込めたユリカの支持の元、ディストーションフィールドの出力が高まる





ズズズウウゥゥゥゥンン




直後、幾重もの重力の唸りがナデシコへと突き刺さり、艦体を大きく揺さぶる


ややあって揺れも収まり、今回の攻撃も防ぐ事が出来たが・・・


「左舷重力波ブレード中破、及び右舷重力波ブレードへのバイパス断裂

ディストーションフィールド展開出来ません」



その代償はとてつもなく大きいものとなった




「どぁちゃちゃ〜!!艦長、こりゃフィールド張るには時間かかるぜ!?」


ブレードの被害状況を確認したのか、ウリバタケがブリッジにコミュニケを繋ぐ


その顔には誰がみても分かる焦りが浮かんでいる


「大至急ブレードの修理を、最優先でお願いします!!」


眩暈を覚えるような報告が続く中、ユリカは戸惑う事無く支持を下す




「誰でもいい、誰かナデシコに向かったバッタを止めろ〜〜!!」




そんな中、絶叫のような言葉と共にリョーコのウィンドウが開く


戦術画面には味方エステバリスの隙間を縫う様に2機のバッタがナデシコに向かっている姿が映っていた


リョーコが、イズミが、ヒカルが、ガイが、そしてアキトが自分達が交戦していたバッタに背を向け


ナデシコに向かうバッタを追うが、戦線が拡大していた為、とても追いつける距離ではない


それを頭では分かっていても皆がナデシコを護ろうと懸命にバッタに追随する


しかし無情にも2機のバッタはナデシコのブリッジへと向かう






「・・・・・アキト・・・・・」





























バッタとナデシコを阻むものは何も無かった


頼みのディストーションフィールドも先程の敵の攻撃により機能を停止していた


護衛の騎士と強固な鎧を共に失った姫は抗う術も無く、ただ死を待つのみであった




ガキキンッ




そこに彼が現れなければ




音のした場所にはバッタの頭を握りつぶしたアールナイトの姿があった


「カイトさん!!」



最初に彼に気付き、声をかけたのは誰だったのか


それが分からない程に皆一斉に彼の名前を呼んだ


「カイト!!」

「カイトか!」

「くぅ〜、良い場面で登場しやがって〜」

「肝が冷えたね・・」

「ヒーロー登場ってか〜、う〜かっこいい〜!」


それに気付いたパイロットの面々も、敵と戦いながらも思い思いの言葉を口にする


ナデシコのピンチを救ったこともそうだが、カイトがいればもしや?という想いもあるのだろう



しかしそんな想いが込められた声も今のカイトには届いていなかった


「カイトさん、助かりました

現状は見ての通りです、ナデシコを敵から・・・・カイトさん?」


ルリの報告は最後まで伝えられなかった


彼女はウィンドウに映るカイトの異常に気付いたから


「カイトさん、どうしたんですかカイトさん!?」


カイトは・・・・・震えていた


顔を俯かせ、口の中で小さくブツブツと何か呟き小刻みに震えていた


しかしそんな状況は敵には全く関係の無いこと


後から後から湧き出るバッタの群れに、ナデシコへと迫る数も自然増える事となる


「敵接近してきます、艦長!」


「はっ!? 回避運動全速で! フィールドまだですか!!」


「まだに決まってんだろ〜!後20分はかかる!!」


ブリッジでユリカが慌しく指示を出していたその時



ガキィン キィン


ザキィン



金属の切り裂かれる音が響き、バッタが爆発の中散っていった


爆炎が晴れた後には、アールナイトが遠めにも分かる程鋭さを帯びた白銀の翼を真横へと拡げている姿だった


それも束の間、大きく拡げられていた翼は、まるで本物の生き物の様に自然な動きでいつもの形へと戻っていった


「うっそ〜、あれって動くの?」


「・・・・・綺麗・・・・・」



「カイトさん、返事をして下さい!」


一際大きなルリの声


陽光に照らされる白銀の翼に目を奪われていたブリッジの面々も


そのルリの声でカイトの様子がおかしい事に気付く


皆の意識がカイトに向いたその時、カイトに変化があった






カイトの震えが止まったのだ







「えっ?」


何かに気付いたルリが声を上げた直後




アールナイトの翼が激しい光を放ち、たちまち本体のアールナイトを包み込み


その姿を球そのものへと変える


さらに白銀であった外色が赤へと変わり始め、赤を通り越し、深紅へと変わった時点で変色が止まる


その後、今までで一番強く輝きを放ち、球が収束を始める


それは人型で形を保ち、変貌は終了した・・・・



「「「・・・・・・・・・」」」


言葉の無いナデシコのクルー達


それもそのはず、そこには自分達の知らない機体があった


アールナイトに甲冑を着せたような一回り大きい体躯


その外見は深紅に染まり、まさしく紅蓮の炎を連想させる


そこにはトレードマークであった白銀の翼は既に無く


変わりに普段はウイングに隠れている本来のスラスターが見えるが


それも赤く染まり、先ほどの影響を受けているのは一目で分かった


そんな全体的に変貌を遂げた中で、一際目を引くのがその腕


その拳には恐らく敵を引き裂くためと思われる三爪の爪が備えられている


特に右腕には腕を肩より更に上まで覆い、

長さに至っては変貌を遂げたアールナイト本体よりも大きい


爪と呼ぶには生温い、バランスをおよそ無視したモノがあった



「・・・何よ・・アレ・・・」


それを見たものはいったい何を連想しただろうか?


獣?鬼?死神?


ただ、共通して皆が思った事がある・・・



あれは破壊をもたらすものだと・・・・



「・・・・・セント・・・・・」


「えっ?何、ルリちゃん」


ルリの小さな声を聞きとめたユリカが問いかける


「100%・・・・そう聞こえました。それに・・・」


「100%?それに・・・何?」


ルリとユリカが話しているその時


変貌を遂げたアールナイトが動き出した


右腕を大きく後ろに構え、真っ直ぐに敵が一番密集している中央へと急加速していった


ブリッジにいる皆がその存在感に度肝を抜かれていた


その間にもアールナイトはその強固なフィールドとエステバリスでは有り得ない速度で次々とバッタの群れを破壊していく



「それに・・・・それに逃げて・・・って・・・」




瞬間、前方で大きな爆発が起こる


見るとヤンマが爆発し、それに巻き込まれる形で敵陣の中央にポッカリと穴が開いていた


その先には未だ増援を出し続けるチューリップの姿が見て取れた



「メグミさん、カイトくんと通信繋げますか?」


「それが先程から全く繋がらないんです」


ナデシコ自体が出来ることが殆ど無くなった今、ルリは戦況の把握に努めていた


が、とても一機の機動兵器の仕業とは思えない事がそこでは起こっていた


「・・・・敵チューリップ・・・カイト機が撃破しました、更に敵の掃討に移っています」


「こんな事って・・・」


敵の数は戦艦だけでも50近く、バッタに至っては数えるのも馬鹿らしい程である


にも関わらず深紅のアールナイトは数多のバッタを寄せ付けず、戦艦を屠り、挙句の果てにチューリップまで苦も無く破壊した


機動兵器一機で、視界を埋め尽くす程の敵を相手に圧倒するなど、はっきりいって有り得ない


有ってはならない出来事であった




















深紅のアールナイトがチューリップを撃破して数分後


戦況はあっという間に覆り、木星トカゲの軍勢は見る影も無いほどに蹴散らされていた


そしてまもなく


ズガアアァァン


「敵戦艦全滅・・・敵残存戦力はバッタのみです」


最後のカトンボが撃墜され、空を埋め尽くしていた敵の戦艦は無残にも藻屑となった


また雲霞の如きバッタの群れも、戦艦の爆発に巻き込まれ


あるいはエステバリス隊に撃破されてと、その数をみるみる減らしていた




「まさにカイトくんのお陰だね

あ!? まだカイトくんと通信繋がりませんか?」


安堵の息を吐くユリカ、アールナイトの変貌振りには驚かされたが


何はともあれカイトのお陰で無事危機を乗り越える事が出来た


そうして余裕が生まれたら、カイトとの通信が途絶えっぱなしである事を思い出す


「あっ、そういえば! ・・・・っとまだダメです、やっぱり繋がりません」


メグミもユリカと同じく忘れていたのか、再度カイトとの通信を試みるが、結果は先程と同じであった


「通信はアールナイト側から拒絶されたままです

エステバリス相手ならこちらから強制的に通信を開くことも出来るのですが・・・・」


戦況を確認しつつも、アールナイトへの通信を絶えず試みていたルリ


傍目には冷静に見えていたが、ルリの心中は不安が渦巻いていた


それは実質的にナデシコが安全となった今も変わっておらず


だからこそ何度も通信を試みているのだが、残念なことに接続までには至っていなかった






















・・・・そしてルリのその不安は形を伴って現われる事となった・・・・



「のわぁ! あっぶね〜な、何しやがる!!」


唐突に聞こえたリョーコの焦りを伴う声


それもそのはず、未だ深紅に染まったアールナイトが


リョーコ機の本当にスレスレの位置を猛スピードで通過していった




その数瞬の後



ガシャアアァァン



「ドワアアァァァァ!?」



通りすがり様に、ガイのエステの左足を半ばからその爪で切り裂いた


「カイトくん!? 一体どうしたの、そっちは味方よ!!」


「いったいどうしたというのだ!?」


「ヤマダさん、大丈夫ですか!?応答して下さい!」



突然のアールナイトの行動に困惑するブリッジ


当のアールナイトは、ガイのエステバリスを攻撃した後


そのまま速度を落とさずアキトの駆るエステバリスへ肉薄する




「ダメエエエェェェェ!!!」


それを見たユリカが悲鳴にも近い叫び声を上げる


そして・・・・・







アールナイトの右腕はアキトのエステバリスのフィールドに接するか接しないかの所で止まっていた



その直後アールナイトは大きく輝きを放ち、再度球の形状を取る


先ほどとは逆に深紅に染まっていた球が段々と色素を失い


本来の機体色である白銀となった時点で球は収縮した



そこには変貌を遂げる前の、いつも通りの姿があった


元に戻った途端、真っ逆さまに落下を始めるアールナイト



「カイト!!」



アールナイトが落下するのを見たアキトが慌てて追いかけ空中で捕まえることに成功する


見ると片足を失ったガイの機体もヒカルとイズミに支えられるようにしてナデシコに戻る所だった



「全部・・・カイトがやったんだよな・・・・」


そう呟き、アキトもカイトの乗るアールナイトをナデシコへと運ぶ














「セイヤさん、カイトは!」


自分のエステバリスから降りてすぐにアールナイトの元へかけるアキト


そこにはブレードの応急修理を終えたウリバタケとカイトを除くパイロット全員が立っていた


「おぉアキト、おつかれさん、お陰でナデシコは無事だったぜ!」


アキトを見るなり労いの言葉をかけるウリバタケ


「そんなことよりカイトは大丈夫なんですか!?」


しかしアキトはそれよりもカイトの事が気がかりだった


「やっこさん、コミュニケ切ってやがるんだよ、大声で呼びかけてもみたんだが返事がねぇ・・・

まさかとは思うが・・・」


ウリバタケの考えるまさかの事態を自分でも想像し、頭を振るアキト


「返事が無いのならなおさら急がないと!

オレ、エステでコクピット抉じ開けます」


そういって自分のエステに戻る為に振り返ろうとした時




シュン


カイトのコミュニケの画面がアキト達の眼前に表示される


「カイト!?無事なんだな?」


「カイトてめぇ〜、心配かけさせやがって〜

とっとと降りて来いよ、みんな待ってんぞ」


「カイトくん大丈夫?怪我とかしてない?お腹痛かったりしない?」


「カイトォォ〜、よくもオレのゲキガンガーの足をおぉぉ・・・

ふっ、だがヒーローとは過去には拘らないものなのだ

A定で許してやるから早く降りて来いよ」


「カイトくん無事なんですね?良かった〜、ユリカ心配したよ〜」


「カイトさん・・・無事でなによりです」



その場にいた皆が思い思いの言葉をカイトに対して投げかける


それだけでなく、格納庫をモニターしていたのか、ブリッジにいるユリカとルリもカイトに対して言葉をかける


カイトはその光景・言葉をコミュニケ越しに見聞きし、自分も口を開く



「みなさん・・・ありがとうございます・・・・・

身体は大丈夫です・・・怪我もしていません・・・・ただ・・」


そこで一度言葉を区切るカイト


その後の言葉にその場にいる皆が耳を傾ける


「ただ・・・少しだけ・・・このままで・・・・・

・・・・・色々と考えたいことがあるんです・・・・お願いします」


珍しく消え入りそうなカイトの声


普段の彼からは到底考えられない気弱な声でそう語るカイト


それを呟いた数瞬後にはカイトのコミュニケの画像は閉じられていた


「一体どうしたんだよ・・・カイト」


「カイトさん・・・・・」


カイトの言葉を聴いた皆が、言葉の意味に思いを馳せたが


残念ながらカイト以外のものにその理由が分かる筈は無かった



「・・・・ばか・・・・・」

















覚えてらっしゃる方はおりますでしょうか?


非常にお久しぶりのEXEです 注)約2年ぶり(汗)


続きを書こうという思いはあるにはあったのですが


あっちの誘惑に負けたり、こっちの誘惑に負けたりと全く進めておりませんでした・・・


それなのに今更再開と言うのも虫の良い話なのですが、やっぱりカイト×ルリ小説は書き上げたい!


元々がルリちゃんが幸せになる話を作りたくて書き始めた小説です


私がルリちゃんを好きな間(多分一生・・・)は完結を目指してがんばろうと思います。


構想的には火星を去って連合軍との共同戦線までは出来ておりますので


そこまではそんなに長い時間がかからずに出せるハズと思っております・・・(多分)


とはいえ未だ文にも起こしていないのでそこからではあるんですが・・・


まぁ長〜〜〜い目で見守っていただければ幸いです。


それでは、読んでくださった方々、ありがとうございました♪

今後もよろしくお願いします m(_ _)m




最後に、私は『風の通り道』とRinさんに巡り合えてよかったです。


正直このサイト以外でナデシコ小説を書く気も起きませんし


このサイトに出会っていなかったら自分が書く側になど回っていなかったでしょう。


サイトの運営方法は今後変化していくのかもしれませんが、それでもここは私にとって一番のサイトです。


お仕事は忙しいとは思いますが、余裕が生まれたら、また小説を書いて下さい。


今ここを見てる人たちは10年以上たってもナデシコが好きな人ばっかりです


きっとこの先も変わらないでしょう


勝手ですが、楽しみにしてます♪










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