機動戦艦ナデシコ

〜時間に抗いし者〜

 

プロローグ






「・・・・・・ぅう・・・こ、ここは?」

辺りを見渡してみるがそこは真っ白な世界、360度全てに何も無い世界だった。

自分が本当にここに存在するのかさえ疑わしくなるほどの・・・・・・

「ここはいったいどこなんだ?そもそも何でこんな所に?」

そしてここに来る前の出来事を思い出す僕。

「僕は木星プラントで死んだはずなんだ・・・・・・

取り戻した記憶と共に垣間見たあの光景を見て・・・するとここは死後の世界なのか?」

そう、僕は木星プラントに帰ってきて、そしてイツキと再会して、自分がミカズチであった事を思い出した。




そしてそれと共に垣間見たいくつかの断片的な映像・・・・



ルリちゃんと一緒に歩きながら他愛の無い会話をする僕



キッチンでルリちゃんと一緒に料理を作る僕



ルリちゃんが艦長のナデシコBで副長兼パイロットとして働く僕



そして編み笠をかぶった男達に誘拐される僕



度重なる実験を繰り返されて、次第に五感を失っていく僕



その後、火星の遺跡に組み込まれる僕



ルリちゃんとユリカさんを艦長にして火星極冠遺跡に僕を助けに来たナデシコBとその後継艦と思える戦艦



ルリちゃんにシステムを掌握され、負けを認める草壁率いる反乱軍



そして暴走する一人の研究者



光に包まれる火星遺跡と僕



周囲を巻き込み消える火星・・・・・






「僕が生きていたらあの光景が実際に起こるかもしれないし、そうでないのかもしれない。

でも僕はもしかしたらルリちゃんが死ぬかもと考えると・・・・その事を確かめる勇気が無かった。

僕が死ぬ事であの光景が起こらないのであれば・・・・・・

そう考えて僕は木星プラントで生命維持装置を含む全ての電源を落とし永遠の眠りについたんだ。」


自分が確かに死んだということを確認するように直前の記憶を思い出す。

そして出た答え、

「僕は死んだんだ。」

そう僕の中で答えが出た時、その声は聞こえた。

「また来てしまったのか、残念ながら君は死んでいないよ。」

その声にあわてて辺りを見渡す僕、しかし周りには誰もいない。

そこには真っ白な空間が広がっているだけである。

だがその声は語り続ける。

「どうやらまだ記憶が完全に戻っていないようだね・・・・

その為に二度目だというのに何も手出しをしない最悪の結果を生み出してしまった。」

「僕の記憶の事を知っているのか?二度目っていったい何の事なんだ?」

姿は見えない、だがすぐ近くにいる気配は感じる。

しかし隠れる所どころか辺りには何も無い、いったいどこから話しかけているんだ?

「私を探しても無駄だよ、君のいる空間そのものが私だからね、君は私の中にいるんだよ。

しかしせっかくだから直接向き合って話すとするか。」

その声と共に突如目の前の何も無い空間にその人物は現れる。

「なっ・・・、あんたはいったい何者なんだ?」

その言葉には答えず、目の前の人物は僕の額に手をかざす。

何をされるか分からない・・・なのに僕は警戒する気にすらならなかった。

そして淡い光を放つ掌が僕の額に少しづつ近づく。

「記憶を取り戻せばすぐに分かる事だ、案じる必要は無いよ。」

そして額に添えられる手、その瞬間僕は自分の過去を全て思い出した。







火星極冠遺跡での戦闘の直前に完成した僕はすぐさま遺跡奪還の戦闘に加わった。

けれどダイマジンに乗っていた僕は遺跡を手に入れたナデシコのボソンジャンプに巻き込まれてナデシコの中に跳んだ。

その時に僕が取った手段が記憶喪失を装う事。ただ単に捕虜になるのは命にかかわるからだ。

けれどそこで出会った人たちは僕の考えを覆してくれた。

どう考えても怪しい侵入者にナデシコの皆は優しく接してくれた。

もともと完成したばかりで木連に未練の無かった僕は、ここでカイトとして生きていく事を選んだ。

気になる事があるとすれば、僕と同じように造られた存在で、潜在意識的に恋人とされていたイツキの事だけだった。

それも日々の生活を送るうちに段々風化していき、半年が過ぎて長屋生活が終わったころには

僕にも好きな人が出来ていた。

その娘は13歳で女性というにはまだ早いかもしれない少女だったが、僕の目には魅力的な女性に映っていた。

その後、僕とその少女ルリちゃんはナデシコで艦長をやっていたミスマルユリカさんの家で厄介になる事になった。

まぁ、すぐに同じくナデシコのクルーだったテンカワアキトさんの所に3人で押しかける事になったが・・・

それから僕はそこで半年ほど屋台の手伝いをしながら幸せな生活を送った。

その後、不穏な動きを見せる木星プラントの調査を行うということで僕とルリちゃんはナデシコBに乗る事になった。

木星プラントに到達した後、僕はこの事態の黒幕が誰かは分かっていたのでルリちゃん達クルーを説得し、

単身、プラントに乗り込んだ。

そこにいたのはやはりイツキだった。

僕は彼女を何とか説得し、一緒に来るか、とも訪ねたがイツキはプラントに残る事を選んだ。

そしてナデシコに帰り、心配していたクルーにあいさつを交わし、

その日、僕はルリちゃんに告白した。

ルリちゃんはそれを一筋の涙とともに受け入れてくれた。

その後、地球に帰り、6月にはユリカさんとアキトさんの結婚式と新婚旅行も行い、

それを機会に始めた僕とルリちゃんとの二人だけの生活、この幸せはずっと続くと思っていた。






しかし2199年8月、僕は火星の後継者を名乗る編み笠の男達に連れ去られた。

度重なる実験で失っていく5感、その実験ののちに僕は遺跡に組み込まれた。

その僕を助けるため、反乱を鎮圧するため、ルリちゃんは新造戦艦で元ナデシコクルーと共に火星までやってきた。

そして火星の後継者との最後の戦いに全システム掌握という異例の方法で反乱を鎮圧したルリちゃん。

けれど・・・・・・一人の研究者が暴走した。

遺跡に取り込まれている僕を仲介して、周りの空間を相転移させ、その日、火星とそこにいた人々は消滅した・・・・










「僕は・・・・僕はどうして忘れてしまっていたんだ!!

みんなを・・・・・・・何よりルリちゃんを自分の手で守りたいから戻ったはずなのに!!

クッソーーー!!」

僕は自分の手を強く握り締めていた、近くに殴る対象があればそれをコブシが壊れるまで殴っていただろう。

「こう言っても慰めにしかならんが、記憶を失くしたのは仕方ない事だった。

過去へのジャンプは本来あってはならない事。

火星遺跡である私の協力が無ければ過去へのジャンプ自体が難しい上、

例え戻れたとしてもタイムパラドックスを起こしてしまう可能性が非常に高いのだから・・・・

その程度のイレギュラーは起こってもおかしくない。」

「けれど・・・僕がここに居るということは・・・・考えたくは無いけど・・・」

「あぁ、再び悲劇を繰り返してしまった。それも今回の演算範囲は以前とは比べ物にならないぐらい広かった。

太陽系全て・・・・・この次はもっと演算範囲は広がっているはずだ。

おそらくは銀河系単位、もしかしたらそれ以上かもしれないな。

なんにしろ次は私が耐えられん、今度が最後のチャンスだ・・・・・・・やるんだろ?」

「もちろんです、今度こそ僕は必ずルリを、そして仲間達を護ってみせます。

でも・・・その前に聞きたい事があります。どうして僕はまた遺跡に取り込まれたんですか?

僕はプラントで死んだはずなんです。生命維持装置なしではカプセルの中でも半日も持たないはず・・・

なら、何故!?」

死んだはずの僕が何故遺跡に取り込まれているのか、それが今の最大の疑問だった。

プラントの電源を落としたのは自分、そして周りには誰もいなかった。

生きているはずが無いのだ。


「・・・時間(とき)の復元力・・・とでも言ったところかな。

あの後、生命維持装置だけが再び稼動した。君はあの程度では死ぬ事が出来ないという事だろう。」

そうだ、僕はあの戦争におけるトリガーだったんだ。ボタン一つで全てが変えられるわけが無い。

それこそ甘い考えだったんだ。記憶が完全に戻っていたなら銃で頭を打ち抜いていたのに・・・・

「君には今回の歴史がどう変わったか見てもらわないといけない・・・

やはり我々の介入によって一度目よりも被害が増えて、敵対勢力も力を増していたからな。

仲間達が消えるのを見るのは、君には辛いかもしれないが対応策を取るためにも必要な事なんだ。」

その言葉と共に何も無い空間から、映画館のような大きなウィンドウが現れた。

そして暗い沈黙を破り、ウィンドウに映像が流れ始める。







ドゴォォォオオオンン!!!!!





最初に画面に映ったのはアキトさんとユリカさんを乗せたシャトルが爆発したシーンだった。

「な!!こんな事って、だって一度目は二人とも幸せに・・・」

「これは二人が死んだわけじゃない、誘拐されたんだ。一度目に君をさらった連中にね。」

僕の言葉を遮って遺跡が説明を入れて、そして続きを見るように目で合図を送ってきた。

それに従い、再びウィンドウに目を向けると、

そこでは度重なる実験で以前の僕と同様に5感を失っていくアキトさんの姿が映っていた。

「そんな・・・・なんでアキトさんがこんなめに・・・」

「彼ら火星の後継者はボソンジャンプの研究をしていた、それは君も良く知っているだろう。

それでジャンパーであるテンカワアキトやミスマルユリカを誘拐してジャンプ実験を行ったんだ。

もっとも誘拐されたのは彼らだけじゃなく、ほとんどのジャンパーが、だがね。」

そして僕はこの後の映像を見て驚愕した。

「・・・ユリカさん・・・」

そう、そこには遺跡に人間翻訳機として取り付けられたミスマルユリカの姿があった。

これもまた僕が過去に受けた忌まわしい出来事の一つだった。

「ミスマルユリカは遺跡に人間翻訳機として取り付けられた。

この後テンカワアキトはネルガルのシークレットサービスに助け出されるが、5感は戻ることなく

ミスマルユリカを救い出すため復讐者となる事を選ぶ。」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「その後、力を手にした彼はミスマルユリカを助けるべく少ない情報を元に彼女を捜し求める。

そして後一歩のところで会う事が出来なかったのがターミナルコロニーシラヒメの襲撃。」

僕の目に映るモニターには復讐者となったアキトさんが

コロニーで死に逝く人たちには目もくれず、ただ二人の人物を追い求める姿だった。

一人はアキトさんの最愛の人 −ユリカさん−

もう一人はアキトさんが最も憎い人物 −北辰−

僕の知っているアキトさんとは程遠い彼を呆然と眺めていると遺跡が話しかけてきた。

「このシラヒメが襲撃を受け大破した事により最終決戦を危惧した火星の後継者達は戦力の増強を図ろうとした。

そして無人兵器を求めて木星プラントに現れた奴等はそこでカプセルに入った一人の男を発見した。」

「・・・・・それが僕だったんですね・・・・・・」

無言で頷く遺跡、僕は力の限りコブシを握り締めた。

目の前のウィンドウには北辰率いる編み笠を被った男達が、

僕が入れられたカプセルごとボソンジャンプをするシーンが流れていた

到着した先は先程思い出した記憶の中にあった場所、そして忘れる事の出来ない白衣の男・・・・







『いやぁ〜、本当にミカズチくんが戻ってきていたなんてねぇ〜。

前大戦で極冠遺跡からナデシコが消えた後に急にいなくなるから諦めていたんだけど、これは天が味方しているのかな♪

何にしろこれで彼らの勝ちは無くなったわけだ。

科学者たるもの常に最悪のケースは想定しておかなければいけないからねぇ〜♪』

『貴様がこいつで何を企んでいるかは知らんが、我の邪魔をするのは許さんぞ。』

ウィンドウの中の北辰の眼が鋭く光る。

だが白衣の男はそれにまったく動じない。

『相変わらず怖いねぇ〜、北辰君は。

まぁでも心配する事は無いよ、君の邪魔をする気は無いから。

むしろ君たちが万が一負けたときの後始末に近いものだからねぇ♪』

『フン、勝手にするが良い、だが我は負けはせぬ。いらぬ世話だ。』

それだけ言い残すと北辰は踵を返し、闇の中へと消えていった。

残された白衣の男はカプセルを眺めると誰に言うでもなく呟く。

『叛乱が成功すればじっくりと彼の研究が出来る。

失敗しても歴史的瞬間を作り出せる。どちらに転んでも僕に損は無いってね♪

さて、早速遺跡に組み込む準備をしなきゃぁな、

フフフフフ、アハ〜ハッハッハッハッハッハッハ』

人気の無いその研究施設に彼の笑い声だけが響き渡った。








「こうして遺跡に組み込まれた君は奴等の想像以上に遺跡と融合して

表面にはなかなか現れない深いところにまで取り込まれた。

そのため今流れているアマテラス襲撃の際にはミスマルユリカは姿を見せたが、君は表に出なかった。」

僕の目には至る所で爆発を起こし、崩壊していくアマテラスの姿が映っていた。

「この後、隠れ蓑を脱ぎ去った火星の後継者を鎮圧するため、ホシノルリ率いる新造戦艦ナデシコCは火星に向かった。

そして、依然と同様にハッキングによるシステム掌握により敵を鎮圧、

テンカワアキトも北辰との決着を付け、全ては終わったかに見えた。」

画面にはユリカが遺跡から助け出された所が映し出されていた。










『おやおや、やっぱり助け出しちゃいましたか。』

ユリカを助け出すためにナデシコクルーの皆が集まっているところに、陰からあの男が声をかけた。

『さすがは電子の妖精、予想以上ですねぇ、いやぁ〜参った、参った。

それに北辰君も黒い王子様に負けちゃったみたいだしねぇ。こりゃ完敗だぁ、あっはっはっはっは♪』

一瞬にして張り詰める空気、そんな中ルリの冷静な声が響く。

『ヤマサキヨシオ、あなたを逮捕します。抵抗は無駄ですよ。』

その声には冷徹な響きがこめられている。

だが、そんなルリの雰囲気を歯牙にもかけずにヤマサキは話し始める。

『僕は抵抗するつもりなんかは無いよ、ただ歴史的瞬間をこの目で見届けようと思って来ただけだからね♪

君たちがミスマルユリカ嬢を遺跡から切り離してから約5分、そろそろだねぇ♪』

そのヤマサキの声に反応するかのように、今まで無反応だった遺跡が一ヶ所に集まり、

再び以前と同じ、正方形状になる。

そしてそうなったのも束の間、遺跡が淡い光を放ち、それと共に中央から何かが現れる。


それは・・・・・・







『カイトさん!!』



ルリの悲痛な声、周りの彼を知るものも困惑をあらわにする。

『これは意外だなぁ〜、まさか君たちがミカズチ君と知り会いだなんてねぇ♪

あぁ、そうか、いなくなっていた間に知り合ったのかなぁ、まぁそんな事どうでも良いけどね。

実は彼にはある細工をしてあってね、それはユリカ嬢を遺跡から切り離す事によって発動するんだ♪』

実に楽しそうに話すヤマサキ、そんな態度に怒りをあらわにするナデシコの皆。

『ふざけんじゃねぇ!!てめぇ、カイトに何をしやがったんだ!!』

口火を切ったのはカイトを実の子供のように、親友のように接してきたウリバタケ、

他の皆もこれに続こうとするが彼女の一言に、その言葉に込められた思いに一同息をのむ。

『カイトさんに・・・何をしたんですか?』

静かな、それでいて迫力のあるその声はその場の空気を凍らせた。

そんな中、終始笑顔なのはヤマサキただ一人。

『実はミカズチを作り出したのは僕なんだよ、正確には僕一人ではないけどね♪

その時に僕が独断で彼に行った事、それは発見された遺跡の一部を彼に埋め込むということさ。

そして、その実験は成功、後は戦闘に投入するだけだったのに、

君たちとナデシコが極冠遺跡からボソンジャンプした後にいつの間にか行方知れずになっていたんだ。

でも先日あるプラントを探索しているときに偵察部隊が偶然彼を見つけたんだ。

そして早速ユリカ嬢同様に遺跡に組み込もうとデータを取った所驚いたね。

彼は僕が知る彼よりも成長、いや進化していたんだよ。

それは遺跡に組み込む事で如実に現れた。彼の体の70%が完全に遺跡に融合したからね♪』

その言葉に一番の驚きを見せたのはイネスだった。

『そんな、融合だなんて、それじゃあ彼はもう・・・・』

周りにも暗い雰囲気が漂う、正確に理解している者も、そうでない者も、イネスの言葉から絶望を感じていた。

そんな中、まだ年も幼く、イネスを良く知らないハーリーだけが口をはさむ。

『この人も、今助け出したミスマルユリカさんと同じ様に助け出せばすむんじゃないですか。ねぇ艦長。』

図らずもハーリーは今最も話しかけてはいけない人に話しかけていた。

彼はイネスやヤマサキが言った言葉の意味も気付かず、ルリとカイトの過去の思い出も知らなかったのだ。

絶えかねたイネスが彼に説明しようとしたが、意外な事に先にルリがハーリーの質問に答えていた。

『ユリカさんをすぐに助け出せたのはユリカさんが遺跡に取り付けられていただけだから。

でもカイトさんは取り付けられたのではなく、融合、つまりその身を遺跡に取り込まれてしまった。

それでも、30%は確実に無事なのだからいつか助けだせるかも知れない。

でもそれは今の技術では無理、10年後、20年後、それ以上かかるかもしれない。

けれどそれなら彼が姿を見せる理由が無い。』

ルリは強い視線をヤマサキに向ける。そして一呼吸置いた後、再び言葉を紡ぐ。

『あなたはカイトさんに何をさせる気なんですか?』

満面の笑みを浮かべたヤマサキは一言だけ呟いた。

『・・・・・相転移・・・・・・』

その意味が分かったのは、ルリ、イネス、ウリバタケ、そしていつの間にか入り口付近に立っていたアキトだけだった。

『時間はユリカ嬢を切り離してから10分後、あと3分って所かな♪

演算範囲はイネス博士のほうが詳しいんじゃないかな?』

『今すぐ中止しろ、さもなくば殺す。』

右手に銃を構えて歩み寄るアキト、皆一様にそのアキトを見て驚くが、それ以上にこの状況が気になる。

『ちょ、ちょっとアキト君、どうしちゃったのよ、ユリカさんはもう助かったのよ。

復讐は終わったんでしょ、殺す事はないじゃない。』

以前に復讐者に代わったアキトと面識のあったミナトが真っ先にアキトに言い寄る。

だがアキトは何も語らない、ただ銃口をヤマサキに向けるだけだ。

ちょうどそのころパイロットの面々もこの場に集まっていた。

『ミナトさん、そいつは遺跡とカイトくんを使って周囲の空間を相転移しようとしているのよ。』

イネスの悲痛な声が皆に状況を説明する、そして場は混乱を極める。

『なによそれ、それじゃ早く逃げないと皆消えちゃうって事〜!?』

『か、艦長〜、早く避難しないと〜、ねぇ艦長、艦長ってばぁ〜!!』

だがルリの金色に輝く瞳は、再び再会を果たしたアキトにも、この状況をつくったヤマサキにも、

ましてやウルサク喚くハーリーにも向けられてはいなかった。

ルリの見つめる先にいるのは、上半身だけを遺跡からのぞかせたカイトだけだった。

『残念だけど逃げるのは無理よ・・・

例えボソンジャンプで地球まで飛んでもこの相転移からは逃れられない。

この演算範囲は太陽系全てを包み込んでいる。

そして止めるには遺跡に融合されているカイトくんを分離させるしかないけどそれも圧倒的に時間が足りない。

逃げ道は・・・・・・残されていないわ。』

そして語られるイネスからの最後通告。

その言葉は全員の胸に深く突き刺さった。

それを聞いていたアキトもヤマサキに狙いを定めていた銃をおろすと、いまだ眠りの中にいるユリカの元に近づいた。

『すまない、ユリカ、結局俺はお前を幸せには出来なかったよ。』

そう言ってユリカの長い髪の毛を優しく撫でるアキト。

するとユリカは不意ににこやかな寝顔を浮かべている。

その顔についアキトの顔も綻んでしまう。

そしてルリは・・・・・・・

『カイトさん、私、あの日からあなたの事を忘れた日は一日もありませんでした。

カイトさんはまだ私の事を覚えてくれていますか?』

いつの間にかカイトに触れる事の出来るほどの位置に近づいていたルリは優しくささやく。

それに答える事のないカイト・・・・










「バカ!!何で目を覚まさないんだよぉ!!

ルリちゃんを護るために彼女との別れを決意したんだろ!!

ここで目を覚まさなくてどうするんだよ!!

なぁ、頼むよ、起きてくれよぉ〜・・・・・・クッソ〜・・・・」

しかしウィンドウに映るのは何の反応も示さないカイトの姿。

そしてウィンドウに映し出された過去の映像は止まらない。






 

『私・・・こんな状況でもカイトさんにまた会う事が出来て嬉しいんです。

もう・・・二度と会えないと思っていたから・・・だから今私は恐怖なんてありません。

カイトさんが・・・・傍にいてくれるから・・・』

そしてカイトの首に両手を回し、ゆっくりと顔を寄せ唇をあわせる。

そのキスに反応するようにカイトの閉じられた眼の下が淡く光り始める。





まるで涙を流しているように・・・・・・





そして光は次第にカイトの体、更には遺跡全てに拡がり・・・・・







そして・・・・その日・・・・・火星を含む太陽系は・・・・・消滅した・・・・















目の前のウィンドウはいつの間にか消えていた。

この何もない空間には、いまや二人意外誰も、何も存在していなかった。

「以上が君が眠りについてから起こった出来事だ。」

「・・・・・・・僕が・・・僕のせいで・・・・・」

その瞳から流れるのは涙、あの日、木星プラントから遠ざかる愛しい人を想い流したもの。

「君は罪の心に苛まれているようだな。無理もないが・・・・

そんな事では今度も同じ事を繰り返すぞ、次は無いのだからな。」

諭すような、突き放すような遺跡の言葉、その言葉はカイトの眼に光を取り戻させる。

「僕の罪は決して消えるものじゃない・・・

けど・・・・こんな事は二度とゴメンだ。絶対にルリちゃんを護るんだ、そのために僕は戦う!!」

大切なもののため、今再び決意を固めたカイト、その瞳には一欠けらの迷いもない。

「良い答えだ、では早速だが、前回と今回の一番大きな違いは何か君は分かっているか?」

カイトを値踏みするかのように問いただす遺跡。

それにカイトは迷いも無く答える。

「北辰の存在・・・いや成長・・といったところかな。」

「フム、よく状況を把握しているな、正解だ。前回との違いは幾つかある。

テンカワアキトやミスマルユリカを初めして、一度目よりも多くのジャンパーが実験台になった事。

その後、テンカワアキトがコロニーを襲い、多くの犠牲者が出た事。

相転移の範囲が異様に拡がったことなど、

他にも色々あるが、これは君がいない事でその代わりを求めた結果の事だ。

演算範囲については二度目の遺跡との融合により、以前よりシンクロした結果だろう。

それよりも、彼、北辰の成長のほうが問題だ。

おそらく彼は本来過去に戻った君の対抗存在として時間の復元力が影響を与えたんだろう。

以前も存在はしていたが・・・あそこまでの強さは持ち合わせていなかった。」

それを聞き、カイトも頷く。

実は一度目の時にもカイトは北辰にあっていた。

カイトを誘拐した編み笠の一味、その中に彼の姿はあった。

だが、7人の力は一様で、皆大差は無く、その時もカイトはとっさの襲撃にも拘らず3人は倒していたのだ。

だが、今の北辰はそれとは別人、万全の状態で、1対1でもどうなるか分からない。

それほど激変をとげていた。

「おそらく、これからもう一度戻ったときにはこれ以上の変化があるだろう。

どんな変化かは分からないが、気をつけることだ。

「はい、色々ありがとうございました。」

そして深々とお辞儀をするカイト、こんなところでも彼は礼儀正しい。

「気にする事は無いよ、それよりも君に伝える事が幾つかある。」

無言で頷くカイト、眼はその真剣さを物語っている。

「まず、君が戻る時間についてだ。君にはナデシコの初陣の日に跳んでもらう。

以前と同じ時間に跳ぶと万が一にも再び記憶喪失になる可能性があるからな。

続いて、君が乗る機体について、これはささやかながら私からのプレゼントとしてだ。」

そう言うと、カイトの背後の空間に、機動兵器が現れる。

その姿はエステバリスに酷似しているが、一箇所明らかに違うところがあった。

「なんですか?あの大きな翼は・・・」

そう、その背中には本体と同じぐらい大きな天使のような翼がついていた。

「あれは私のコピー、すなわち遺跡のコピーをあの形にとどめているんだよ。

そしてあれこそがこの機動兵器の最大の長所であり、最も危険なもの・・・」

カイトは何となく理解したが、今ひとつ分かりかねるといった顔をしていた。

一息ついて遺跡は話し始める。

「君は私に二度取り込まれているな、そのせいで君の体の組成はきわめて遺跡に近いものに書き換えられている。

そんな君しか使えないもの、それがあの〈ウイング〉だ。」

「ウイング?」

「そうだ、あの翼の事だ。メインとなる機体事態は極めて高いIFS処理能力があれば動かす事が出来る。

例えば、ホシノルリを初めとするIFS強化体質なんかはな・・・

だがウイングを起動できるのは遺跡に同調できるもの、つまり君しかいない。

だが今の君では100%の同調は無理だ。逆に体が浸食を受ける事になるだろう。

今の君ならせいぜい50%程だろうな。それ以上を求めると遺跡に取り込まれた状態、

すなわち、浸食を受けた部分は彫刻のように動かなくなるだろうな。

まぁ体内の処置が追いつけば次第に直っていくだろうが、お勧めはしないな。」

「・・・・・・・」

諸刃の剣、そんな事がカイトの頭には浮かんでいた。

「続けるぞ、このウイングは基本的に本体を強化するような仕組みになっている。

ウイングはシンクロ率を上げることでより強い力を発揮する。

そこら辺の細かい事は後でアクセスすれば詳しく分かるだろう。

そして最後に君の体の事だが、体の組成が遺跡により近くなった事で少々瞳や髪の色が変わってしまった。

さらに言うと、過去に戻る事でその時期の君の体と融合するわけだから君の体はある程度若返るはずだ。

その二つの事の確認は・・・・・・後で鏡でも見てくれ。」

自分の体がある程度若返る、そういわれてもカイトにはまったく想像がつかない。

彼は意識が覚醒したときには既に成熟した体で存在していたからだ。

自分のそれ以前の姿など考えた事も無かった。

少し考えを巡らせていたカイトはそのうち分かる事と考えるのを止め、改めて遺跡に礼を言う。

「色々すみません、お世話になりっぱなしで・・・・・なんとお礼を言えばいいか・・・」

それを見て遺跡はわずかに微笑む。

「ふふっ、気にする事はない。だが今度が本当に最後なんだ。今度こそは無事に彼女達を救って見せるんだぞ。」

それを聞き、カイトは決意を含んだ微笑を浮かべる。

「えぇ、必ず。新しい未来を切り開いて見せますから。」

それを聞いた遺跡はカイトに向けて手をかざす、するとカイトと機動兵器は光に包まれ、この空間から姿を消した。









残された遺跡は一人つぶやく。

「強い者だ、目の前の悲劇に押し潰されるでもなく、その事を否定するわけでもない。

しっかりと正面から受け止めて、それを乗り越え前に進む。

彼ならやれるかもしれんな。」

そして遺跡も姿を消し、明るかった空間は徐々に光を失い、全ては闇に包まれた。











あとがき

ついに書いてしまいました。お初にお目にかかります、EXEというものです。

たいしたものではありませんが読んでいただけると嬉しいです。

さてこの後にカイトくんがナデシコに乗り込むわけですが

なにぶん遅筆なもんで長い目で見ていただけると光栄です

今回はプロローグなので他の設定は後々語っていこうと思います

それでは読んで下さった方、どうもありがとうございます

次回もぜひ読んでください(^о^)では♪




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