機動戦艦ナデシコ セカンドスト−リ−

無限の時空(とき)の中でみつけた、大切なモノ



――― "風の旅人" ―――





『ネルガル』会長室の中で …軍服姿のまま… ルリは来客席に座っていた。

アカツキが部屋に来る迄の僅か30分間が、彼女にとって永遠とも言えるほどの苦痛を与える。

その表情はいつも通りのポ−カ−フェイスを装っているのだが…

…カイトが見れば、彼女が何かに脅えていることにすぐ気付くだろう。

安堵の後に来た恐怖… それは …いつしか胸の奥にしまっておいた… 悪い予感。

それが、ルリの今の心境であった。


















































「…イキテルヨ…」



アキトとルリの近くで… "ちょこん" と椅子の上に …座っていたラピスの呟き。

ルリはラピスの言葉を耳にすると、改めてアキトに視線を向けて確認をする。

すると、アキトは頷いた。



「アイツが決めた事を、オレが無理に止めることはできなかった… だけどね、ルリちゃん… カイトは …オレとラピスにこう言ったんだ。

… ちゃんと帰るから、戻れる場所を作っておいてくれないか …とね。」


「カイト… ユビキリ …オシエテクレタ… キットカエル …ネボケタワライガオ… ラピスニミセテクレタ ……ラピスハ "コイヌ" ガスキ…(微笑)」


「ちょっと寄り道したい所があるから、そしたら帰ってくるんだって。 あんまりこうゆう事では、我が侭を言い張る仔じゃなかったし…

… よっぽどのことなんだろうな …でもね、ルリちゃん。 カイトくんは、ユリカの可愛い弟だから、絶対に大丈夫だよ♪」



ルリを囲んでいたユリカ達から励ましの言葉を貰う。


そこへ… 店の入り口近くに座っていた …プロスが補足説明するかのように、ルリに声を掛ける。



「実は、カイトさんと『ネルガル』の間に結ばれた契約が、まだ完了していないのですよ…

この件に関して私も確認しましたら… なんでも …彼の "有給休暇" という扱いで受理されておりました。

ですからルリさん… 今回、彼の心配は御無用ですよ。」


「みなさんはカイトさんと会えたんですか?」



先に来ていたメンツは、カイト本人から直接事情を聞いた上で話しているかのように、ルリには思えた。


「いや… 我々は君と別れた直後、そのまま此処へ来たのだが …彼は居なかった。 最後に会ったのは、テンカワとラピス…そして会長の三人だけだそうだ。」


ゴ−トはルリの疑問を否定する。


「でもさ…それならそうと、一言くらいルリルリに挨拶してから行ってもいいんじゃない?

それくらいの事も出来ない能天気なカイトくんって… きっと、愛想を尽かされる危機感ってモノがないのよ。

…女がいつまでも待っていてくれる… なんて都合の良い事を考えているから、やっぱりいつまでたっても "お仔様" なのよねぇ…」


「違うよ、ミナトお姉ちゃん。 カイトちゃんは… ああ見えても … よ〜く躾られた、お利口さんな "仔犬" だよ♪」

「そうだな、きっとアイツの事だから… 腹でも減ったら …意外と早く帰ってくるンじゃね〜かな〜 "飼い主" の所にさ。(笑)」


ユキナもセイヤも、カイトの存在を "可愛い仔犬" としてしか見ていない。


「あの仔のことだから …帰り道で… 迷仔になっていないと、いいんだけどね。(笑)」

「いくらなんでもカイト君にだって "帰巣本能" くらいは備わっているはず…と、一応は思いたいわね。 フフッ。」


イネスも、ホウメイの … "迷仔の仔犬" としての… 気掛かりを完全には否定できないようである。


「でも、まさかアキトと一緒に居たとは考えてもみなかったよ。 彼は 『ネルガル』 の開発支援スタッフとして派遣されていたんだからね。」

「艦長… お可哀相に… せっかく "ご家族" 揃って再会できると、あんなに喜ばれていたのに…」

「そう考えられるオマエさんは、まだ幸せモンだ。 それにしてもアイツって、本当に "畜生" 扱いされているンだな…」

「そこがカイト君の長所なんじゃない…あっ、これって漫画のネタとしては結構イケるかも♪」


「そこを知らずに…仔犬のカイトが悔しがる… "オイ(怒) チクショ−!" …クククッ…」


「イズミのギャグは、相変わらずよく解ンね〜よ。 カイトもボケボケしているから、何を考えてるンだか…

でもま、昔の艦長みたいに元気なアイツのことだから、心配しなくてもちゃんと帰って来るだろうけどな。」



… ジュン、ハ−リ−、サブロウタ、ヒカル、イズミ、リョ−コ …



カイトに対する見方は違うが、仲間としての好感と信頼を皆それぞれ持っていた。


夕闇に染まる街の風景 … 明るい光が漏れている『天河食堂』


アキトが帰ってきた喜びで賑わう店内は、更なる盛り上がりを見せてゆく。


どうやらカイトを話のつまみにした事で "アットホ−ム" な雰囲気が増したようだ。










その状況を …何故か… 冷めた表情で見ながら、厨房付近の席に一人離れて座るルリ。

嬉しいはずなのに …皆の和の中に入って… 素直に喜ぶことができなかった。

そんな彼女の様子を見兼ねたのか… 隣の椅子にエリナが腰掛けると …他の人には気づかれないよう、小声で話し掛けて来た…



「…ルリちゃん、あなたには申し訳ないけど… 彼の事情は私からは話せないことになっているの…

…どうしても知りたいのなら… 会長から直接聞いたほうがいいわ…

…これは会長から貴方への伝言でもあって、あなたの都合の良い時に…って、あ…ちょっと、ルリちゃん!?」



エリナが話し終わる前に、ルリは『天河食堂』から出ていってしまった。

突然慌てたように走り去った彼女の姿に、皆呆然としている。


だが …その後ろ姿を見送ると… プロスペクタ−は、渋面顔で一人事を漏らす。





「やれやれ… "会長" も本当にお人が悪いですな…」


















































「やぁ、おまたせ…と謝った方が良いのかな? まさか君が、こんなにも早く僕の所に来てくれるなんて思ってもみなかったんでね…」



部屋の扉を開けて、颯爽と登場したアカツキは …宵闇時の急な来訪者を… 軽薄な笑顔と口調で迎えた。

どことなくその態度に… 口説き落とせなかった女性がようやく自分の手の内に入ったような …愉悦感が漂っている。(笑)



「率直に言います… カイトさんは、何処にいるんですか? …教えて下さい。

…それとも私には隠しておかないといけない "事件" にでも、彼は巻き込まれてしまったのでは…」



いつもの冷淡な口調。

アカツキが正面の席に …優雅に… 腰掛けると、彼の態度を意に介さずにルリは用件を切り出した。

てっきり自分の態度を詰問するかと期待していたようだが、予想に反するルリの冷静な応答を目の当たりすると、今度はカイトを嘲笑するように答える。



「いや、別に隠すほど大袈裟なモノでもないんだが… そう …彼の行動があまりにもバカ気(ゲ)ているんで…

…呆れ果てたというか… いや …まぁつい、面白いと思ってしまったんだな〜これが♪ … 実に彼らしい可笑しな思考 …というべきかな?」



それでも動揺を見せない彼女の眼をみると、今度は目付きだけを変える。

…口元に笑みを浮べながらの冷徹な目…


「…因みに "ルリ君" は… 彼のもう一つの "呼び名" をちゃ〜んと覚えているかい?」


だから、ちょっとしたクイズだよ…という言い方。










「… "風の旅人" …」










表情が曇る。

そう答えるルリの声は…忌むべき響きを含んでいる。





「そうそう、たしか君は… ネ−ミングが "ダサイ" と評価したんだよね…

『ネルガル』 会長の正体を僕からみんなにバラしたら… その後で …僕と噂の人物が、同一人物ではないとわざわざ言いに来てくれて…

彼は "天然ボケの天才" …いや、単に人並み外れた "大ばかモノ" …と、その時はルリ君も認めたはずだよね…」



口調の節々に "皮肉" な響きが見え隠れしていた。

昔のルリが、何気ない気持ちで言ってしまった事… そして、そのように彼を見ていた彼女を非難するように…



「…だが、彼はそれを拒否せずにすべてを受け入れた… カイト君にとっては "大切なモノ" だそうだ …」





「今は… 彼に申し訳無いことをしてしまった …と想います。」



その視線から逃れるように目を伏せると… 少し顔も俯いてしまった。


そしてルリは… 何故アカツキが、彼女一人で面会するように取り計らったのか …それでようやくすべてを理解した。





…それは、過去のルリが取った行動…





一度目は 『ナデシコ A』 の 『オモイカネ』 から…


噂を確かめようと興味本位で "LEDA" にアクセスした事があった。

カイトを守るはずの "LEDA" なのだが… 特に抵抗もなく …その正体と秘密会員規約を、すんなりとルリに教えてしまったのである…


… 結構(休眠中の)彼女もミ−ハ−気分だったのかもしれない …

… 信用できる人物にだけは …カイトに関する "隠匿の魅力" を共有して欲しいと "夢見る心理" …

… だがルリは、何も知らずに躍らされているカイトが "滑稽" に見えて… それ以上彼の "呼び名" を調べるのも、深く気にするのもやめてしまった…





そして二度目は 『ナデシコ B』 に乗艦して間もなくの事…


『ナデシコ A』 を離れてから、ルリとカイトは 『オモイカネ』 に会いに行ったことがあった。

けれどそれに対して、カイトは "ARU" と "LEDA" に一度も会いには行かず、更に軍に復帰してからも専用機を選ぶことがなかった。


そんなカイト(の淋しそうな決断)に懸念を覚えたルリは… 彼を心配するあまり …専用機の詳細をもう一度詳しく調べようと思い付く。

だが、半永久休眠状態モ−ドの "LEDA" にある "風の旅人" に関する項目は、何故かすべてが "LOST" となっていた…

不審に思った彼女… 今度は 『ネルガル』 のデ−タベ−スに思わずアクセスして見てしまう …





…そこに残っていたモノ…




















―― ある開発スタッフの "後悔" の記録の極一部 ――





… 我々が愛する仔犬のために作って与えたはずのモノ(傑作品) …



… 時と場合によって、過ぎた力は好奇と恐怖に晒されてしまう事実に私は気づいてしまった …



… 軽率な好意と行動が、後の禍根を生み出してしまう恐れを私はつい懸念してしまう …



… だが、光を失いたくはない … そう、彼を護るために我々の "祈り" を届ける事にしたのだから …



… "風の旅人" …彼だけの "最強" を願う …



… 我々だけが知る "友と息子" の "信頼の和の証" …



… そして我々が最後に出来る事は … 彼の無事を願い … 沈黙の掟を遵守するだけ …






















そう… ルリは興味本位で重要機密コ−ドの "プロテクト" の一部を外してしまったのである…





… それが後に "北辰率いる闇の実行部隊" の関心を引く事になるとは "この時" は思ってもみなかったのだった …










「カイトさんは… 私のせいで …戻れなくなってしまったんですね。」



表情にこそ出ないものの、苦痛の響きを漏らしている。



「いや、ルリ君が気にする必要は無いよ… "アチラ" さんにも優秀なハッカ−がいて "ウチ" の情報の一部を隠しきれなかったんだから仕方がない…

… もしも君から、天然ボケのカイト君に噂の正体をバラしてしまったら …

"闇の実行部隊" による問答無用の懲罰が、ルリ君に…って、まぁ…実際 "ウチ" にはそんなモノなど、はなっから無いとは思うけど…(笑)」










『ナデシコ A』 のルリなら、深い関心をもたずに "見過ごした事実"


『ナデシコ B』 のルリにとっては、深い関心を持ちすぎた為に "見誤ってしまった事実"


そして今 『ナデシコ C』 のルリは、その "隠された意味すべてを理解できる事実"










「かといえ、今は亡き "奇特な人物" である "星野財閥" 当主の影響力は厄介なモノ… 『ネルガル』 にとっても 『クリムゾン』 にとっても侮れない存在 …

だから僕も …カイト君に関する隠匿の件を… 敢えて黙認する事にしたのさ。

でも、ちょっと情勢がまずくなったんでね… "可愛い仔犬君" を保護する意味も含めて 『ネルガル』 のテストパイロットとして指名させてもらった、というワケ。」



アカツキは …調子良く… 茶化しながらカイトをルリから離した理由を語っていった。





… 知らず知らずのうちに招かれた … ルリ自身でも招いてしまった … カイトの苦難 …





… 黒い王子の苦悩に拒絶反応してしまった無意識の理由 …





… ラピスの記憶の中に残っていた、カイトの強さと優しさ …





悪い予感が的中してしまった。










「…といっても、ルリ君達 『ナデシコ C』の活躍のおかげで、今はとりあえず "アチラ" さんは混乱しているだろうし…

そうそう、彼って見かけによらず …アレでも結構強いんで… 自分の身ぐらい守れるだろうから、大丈夫だと思うよ… 彼専用の玩具も一緒だし …(笑)

カイト君が今も『ネルガル』に残ってくれているのは "風の旅人" として彼なりの "ケジメ" をつけたいんだとさ…

それが彼との…っといけない… つい調子に乗って、喋り過ぎちゃった。(笑)」





… 生きてさえいれば … 必ず逢えるから … 待っていて欲しい …





カイトの伝言は、既にルリの心に届いている。





… だから … どんなにつらいことがあっても … 挫けずに生きてゆくことが … ふたりの約束 …





彼の微笑む顔を思い出すと、勇気がでてくる理由。










…ルリがカイトを信じることができる本当の理由…










「ま、僕とルリ君との会談は …お互い… みんなにも …カイト君にも… 内緒にしておいたほうが良いと判断したんでね。

…さて… それじゃあ、今度は僕の "懺悔" をルリ君に聞いてもらおうか。」


「アカツキさんの "懺悔" ですか?」



突如出てきたその言葉は、ルリには不自然に感じられた。

何故、彼が …わざわざ… そんなことを自分に教えるのかが、予測できなかったからだった。















「… ゴ−ト君に頼んで …盗ってきてもらっちゃった♪ … 彼が肌身離さず持っていたモノをネ(笑)」



悪事をバラす時のアカツキ会長殿は、実に生き生きとした表情を見せる。

懐から取り出された小箱をみると …ルリは驚きの余り… 硬直してしまう。


「どうしてそれを!?」


その真意を計り知れないルリは、その呟きを口にするのが精一杯であった。



「あまり人を過信すると、こう言う裏切りもあるんだよ… という僕からカイト君への忠告さ。

だから、てっきり慌てた顔して戻って来るかと予想してたんだが… 彼のケジメの決心 …案外本物だったみたいだよ。」



さすがは、カイトの悪友である。





だが…それに憤りを覚えたルリは、これまで以上にキツく睨むと…



「アカツキさん… 貴方は極悪人ですね!」



…滅多に無いほどの怒りを露にしたのだった。










この行為はルリにとって、到底許せるモノではなかった。

人の大切なモノを平然と奪う者と、奪われた者の深い悲しみを知る今の彼女。

アキトの五感… ユリカの想い… そして、ルリの大切な絆…










「おおっと、そんなに恐い顔をしないでくれよ… 冗談だよ、冗談!(笑)」



「少しも冗談になっていません! 貴方は、カイトさんの優しさを悪利用しているにすぎない…


…彼を騙して楽しんでいるようにしか私には見えません…


…どうしてそんなに非道い事を… 平気な顔で… する事ができるのですか…」





今迄抑えてきたルリの感情が一気に爆発する。

… 他人に対する怒りと憎悪 … 自分に対する嫌悪感 … そして、悲しみ …

それは、決して他人に見せる事は一度として無かった、自分でも思うように出せるものでも無かった感情の露出。















「カイト君の事が本当に好きなんだね…ルリ君」



「えっ! あ… …う… 」





アカツキの瞳が優しく微笑んでいる。

まるで、漸く待ち望んだ反応が見れて満足したような笑顔。



ルリは自分の想いを見透かされた事で… 言葉を紡ぐこともできず …耳まで顔を赤くする。

以前の冷淡な彼女なら、他人からどう言われようとサラリと言い流すなり、彼女独特の皮肉で言い返したりするのだが…

こうした反応は… 良い意味で …カイトに影響されたといえるのだろう。



… 物解りが良すぎると、本当の感情が隠れてしまって上手く出す事が、ついできなくなってしまう …


… だけど、その感情を表現できずに無表情のままでいるよりも… 素直な気持ちと言葉を …自然と表情に浮べられるようになれたらいいね …



カイトがルリに伝えたことがある言葉。



…カイト自身も、そう望んでいたから…



実際 …感情を爆発させたおかげで… ルリもそれまであった辛辣な気分が嘘のように消えている。



人は感情が露出した時に本心が明らかになると、アカツキは踏んでいた。

だから彼女の本音を確かめる為… 今迄は …故意に意地悪く演じていたのだった。



「 "ルリ君" がそんなに "動揺する姿" を初めて見せてもらったよ… ホント、仔犬君は果報者だねぇ〜」



そのセリフを聞いたルリは… まんまと彼の "誘導" にはまってしまった事にハッと気付き …

そして… まだ顔を赤く染めながら …反抗するような視線を向ける。



「そんなに怒らないでくれたまえ… ならば、正直に言おう。

…実は… 僕も、彼の事が気に入っているんだ…って、変な "誤解" はしないでおくれよ。

急にそんな …危ない人をみるような… ジト目はしないで欲しい…

信じられないかもしれないが …僕はこれでも "損得抜き" で… 彼の "親友" を自負しているだけさ。」



「その "言葉" は嘘臭いです。 アカツキさんにはそぐわない言い方…らしくないです。」



利益を追求するためには非合法な手段も黙認する経営者の彼。


「カイト君ならば、間違いなくそう言ってくれるはずだよ…どうだい、これで彼の "飼い主" でもある "ルリ君" もボクを信用する気になっただろう?」


カイトのやさしさを逆利用するアカツキ。


「その言い方は…ずるいです。」


「否定はしないよ。 ただ… 少しばかりの気掛かりがあるだけさ。」


「気掛かり? …それは… カイトさんと私の事 …という意味ですか?」


「御名答… 動揺していてもちゃんと話のながれをつかんでいるね …流石は "電子の妖精" "連合宇宙軍が誇る、美少女艦長" ♪」


「お願いします…もう茶化すのはいい加減にして下さい!」



アカツキのおどけたペ−スに付き合うのもいい加減ウンザリしてしまい… 今度は …静かな怒声を露にした。

するとアカツキも一転して真剣な表情となる。



「ならば真面目に忠告しよう…


…彼はやめておいたほうがいい…


…彼の優しい雰囲気に惑わされてはイケナイ…


カイト君は… 相手の気に自分を合わせる能力が抜群に優れている …まるで無我の境地を極めているみたいにね。


そして、人のペ−スを乱すスペシャリスト…まさに "迷仔の可愛い仔犬君"


だから近づく者は皆、彼の姿を見ると "自分勝手" で "勘違いな感情" を覚えてしまうのさ。」



カイトの素性を知るセイヤ。


カイトの存在意義を分析し、心配するイネス。


そして、アカツキはカイトの不可解な能力を表現してみせる。





「賢い君なら、僕が言っている事を理解できるはずさ…後で泣きたくないのなら尚更やめておいたほうが良い。


カイト君は人として重要なモノが欠けている… 自身の価値(重要性)をまったく知らない …そして自ら危険に飛び込んでいってしまう。

天然君であるが故、自分自身で気が付かないからダメなのさ。


そんな彼を同情や罪悪感なんかで好きになっても…それは偽善で不誠実な好意というモノにすぎない…

いずれ自分も相手も不幸になるだけ… だから彼とはつきあわない方が善い …という意味なんだよ。


その点、僕の方が… 彼よりも遥かに …気軽に付き合う事ができると思うよ…ま、安心して僕を頼ってくれればいいのさ…」





もっともな理由を語り… 今度は甘いマスクと、知的で大人の魅力をみせながら …ルリを誘惑するアカツキ。

自分に靡かない女性を口説き落とすのも、彼の "ナンパ心(=プライド)" に拍車をかけていた。(笑)




















そして、部屋の中に沈黙が訪れる…





時を刻む音だけが辺りに響く…










だが …しばらくして… 何かを想い出すかのように …ルリの表情が "ふっ" とほころぶ。










「アカツキさんの言いたいことは解りました。


確かに、カイトさんへの罪悪感が全く無い… と言えば嘘になります。


でも …偽善かもしれませんが… 今はそれをあまり気にしていません。



私は彼の本当のやさしさを… 覚えています …決して忘れることはしません。



なぜなら彼は… 私との "約束" のために… 私から離れてくれたのですから…」










ルリの口調は … いつしか普段の冷静さと暖かな響きをもって … 応えていた。





そして、表情もやさしくなってゆく。















… 何よりも … 自分の "本当の想い" を … 私は信じています …








































「はははっ… いや、参った参った。 ふぅ… やれやれ… 思ったよりも… 君も賢くはなかったようだね。(笑)」



ルリの返答と心情を再確認したアカツキは …両手を挙げると… 結構 …あっさりと降参してしまう。



「やっぱり君とカイト君をまとめて "口説く" のは僕には無理だったか…

…宇宙の宝… 君のような…高嶺の花の…美少女が、おバカな仔犬君と一緒になって、みすみす不幸になるのを見過ごせなかったんだが…」



どうやらカイトをダシにして、ルリを丸め込もうという画策もあったらしい。


…ルリが『ネルガル』に来れば、仔犬のカイトも …当然彼女の後ろを追っかけて… 残ってくれるだろうと…(笑)


だが女性を本気で口説くにしては、どこか不自然な言い回しをしてしまったのが、どうやら敗因のようだ。





「余計なお世話です… はっきりいって無駄な努力ですよ、アカツキ "会長" さん。」





いつものルリらしい毒舌… それは、気持ちに余裕が出来た証拠 …

冷静になれて… いつものポ−カ−フェイスに戻った彼女は …その策略を見事に看破している。


そして、誰かが使っていた反撃のイントネ−ション。

悪の師匠… セイヤ直伝の技!



「あっはははっ… 本当に耳が痛いよ …その皮肉な響き… おかげで、つい誰かさんの表情を思い出してしまった。

ならば、そのお返しという事で… これを君に預けようか … 彼の忘れ物であるコレをね。(笑)」



アカツキは、カイトの小箱をルリに渡す。


「物は言い様ですね。」


少し口元が笑ったような無表情のルリは、それを返してもらうように受け取った。



「そういえば… ルリ君の親権はもう『ネルガル』にも無いけど… 君の本来の御両親にも挨拶に行くってさ。

…ふむ… 我ながら、なかなか意味深なセリフ …上出来、上出来♪」



丁度その時、ルリは蓋を開けていた。



「アカツキさん、これって…」



手に取った黒い小箱の中身を見て、ルリは驚きの表情と声を出してしまう。



「気に入ってくれたかい? …良ければ君が持っているモノもこれと同んなじ風(ふう)にしてあげるよ…

失礼な事をつい言ってしまったお詫びということで… あ〜決して僕を "いい人" とは "誤解" しないでくれ…


これは、無論 『ネルガル』 からの "サ−ビス" という意味。 …君に献身的なのは、カイト君だけで結構…

ま、僕が思うに… 仔犬君のためには …これを "首輪" にして、ルリ君が …強引に… "引っ張った" 方が良いかと思うんだけど… どうかな?(笑)」





気分爽快 … 愉快 … 痛快 … アカツキ会長殿は、ルリに最後の "嫌味" を与えたのだった…










「いえ、それは結構です……こちらこそ、いろいろとすみませんでした……ありがとうございます。」










ルリは『ネルガル』会長の "素敵なお節介" に…自然と謝礼の言葉を出していた。





… 思わず零れた …妖精のような… 微笑みとともに …










彼女の …幸せそうな… 笑顔を最後に見れた、一人御満悦状態のアカツキ会長殿は…


…こうして、スケコマシとしてのプライドとアフタ−ケアを… ク−ルに決めたのだった。















「ホント… 彼は羨ましいほどの …おバカさんで… やさしい果報者だネェ…」

























では… 噂のカイトくんの様子は? …というと…















「うぅ… ルリちゃんに逢いたいよぉ…」



実に情けないセリフをほざいていたのであった。(笑)



「カイト様… ご無理をしては精神衛生上、良くはありませんわ… 過度のストレスはお身体を害してしまいます。」

「マスタ−・カイト… 私も、やはり一度お会いされた方が宜しいかと判断いたしますが。」



"LEDA" も "ARU" も、迷仔の心理状態に陥ったカイトの姿を心配していた。



「… いや… 半分は冗談だよ …こうでも言わないと… "大切な小箱" を失くしちゃった罪悪感に苛まされてしまうから…

昔、ユリカさんからせっかく貰ったモノも、ボクは失くしてしまったし…

だから… 貰った "呼び名" にきちんとケジメをつけないと、ルリちゃんの側にいるための "称号" を認めてもらう事はできないからね…」



彼一人で意味不明な結論をしている… かつて、イネスが彼の存在を "常軌を逸するモノ" として首を捻るのも無理はない。


「… カイト様 … それならば "私" が …」

「ごめんなさい! "それ" だけは…カンベンして下さい!(哀願)」

「お気になさらずとも宜しいのに…」

「貴女の "その行動" は… "今のカイト" にとっては逆効果のようです。」


"LEDA" の奇妙な行動を見るや否や、何故か脅えてしまう仔犬のカイト君。



しばらくして… 少し気を取り直すように …そっと… 一人囁く。



「アカツキさんは、ボクとの "密約" をきちんと果してくれたんだから…」



… カイトくんの "大切な家族" の安全は、僕が出来る限り保証してあげよう …


… "風の旅人の封印" も、出来る限りの協力はするよ。 勿論、君の "悪友" としてね(笑) …



「だから… みんなに御礼を伝えたら … "再会の約束" は … 必ず守ります …はい…」





…これがカイトの "素敵な自分勝手" であった。




















「眠れないの… ルリちゃん?」





―― 連合宇宙軍宿舎での共同生活 ――





不意に …夜中に… カイトの部屋へ来たルリは … 表情も暗く …何かに脅えているようだった。



「実は… 私… カイトさんに(…謝りたいことがあるんです…) …カイトさんと… カイトさんの(…専用機の…)ことで…」



どうしても声にならなかった(…言葉…)… 出せば間違いなく後悔するから …

伝えてしまえば、自分に何らかの災悪が降りかかる事となってしまう。

自分一人だけが被るのならばルリは後悔をしない。

だが、何も知らないカイトを巻き込んでしまう事… そして迷惑をかける事が恐かった …


真意を知らなければよかった… パンドラの知識 …


… 今のルリが何よりも一番恐れた事は … 彼と離されてしまうこと …





カイトはルリの不安な様子をしばらく伺っていたのだが…

ルリが言葉に詰まってしまうと… 安らかな表情を見せて応じてあげた …





「…言ってしまうと苦しくなるのなら… 無理にボクには言わなくてもいいんですよ … 選んでしまった言葉には …その力によって… 誤解も生みますから…


だけど… 言った方が楽になるのなら … その時は "素直な言葉" で教えて下さい。 …なにせ、ボクは "賢く" はないんで(笑)… 難しい事はダメなんです。」



「え?」




カイトがたまにみせる不思議な応答。


… まるでルリの気持ちをすくってくれたかのように …





「もしも、ルリちゃんが … また何か "恐い夢" を見てしまったのならば …


… "ボク" の事を … "忘れずに" … "覚えていてくれると嬉しい" な …」



「でも… それだと …カイトさんだけが…」



「"大丈夫だよ" …

"小さい事(=カイトの身長)に、囚われるな"

"罪(=記憶の喪失)を憎んで人を憎まず" ってね♪


だから… "ルリちゃんさえよければ" … "あの仔達" は起こさずに、そっとしておいてあげて欲しい…」





これは… カイトがいつも "口にするセリフ" …



「あの… 本当に… それでいいんですか …」



そして… ルリだけに魅せてくれる、ほのぼの "幸せ" 仔犬顔 …





… ルリの一番好きな笑顔 …





いつしかルリの不安と迷いも消え去っている。



彼が笑ってくれると… 罪悪感もイヤな気持ちも … そして … 過去の傷も …



… 何故だか薄れてゆく …



… やさしい気持ちになれる …





「ええ、そしたら何でも許してあげちゃいます♪ …だから… ルリちゃんだけには必ず約束しますよ …」





… これは … ルリとカイト … ふたりだけの "秘密の約束" …





… これは、知ってしまった嫌なモノを止めてしまって忘れるのではなく …





… (負い目を)背負うのでもなく … (罪を)優しく抱きあげて … 進んでゆく未来 …





だからルリも… 素直な言葉と笑顔を見せて …返事をする。





「ありがとうございます…カイトさん」




















ルリとの "秘密の約束" を想い出しながら… 少しほのぼのとなった表情を見せると …カイトは次の目的地へと向かう。



そして、ステルスモ−ドの "ウィングライダ−" は "白い雲" の中へ飛び込んだ…










… 今も昔も "風の旅人" を知るすべての人に、カイトは自分の気持ちを伝えたかった …





…だが、決して自らそれを "名乗る" 事はなく、みんなから学んだ "想い" を伝えていった…





… "出逢い" と "別れ" と "感謝" の "挨拶" を送る "モノ" …










―― そう、彼はただ "風" のように自然と過ぎてゆくモノ ――










―― それは "やさしさの贈りモノ" ――














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