機動戦艦ナデシコ セカンドスト−リ−

無限の時空(とき)の中でみつけた、大切なモノ



――― 白い心 再び花が開く時 ―――





連合宇宙軍少佐『ナデシコ C』艦長、ホシノ・ルリ。



タ−ミナルコロニ−「アマテラス」の襲撃事件から "火星の後継者" の蜂起および、その叛乱鎮圧まで…

地球連合政権の転覆を図った、この軍事ク−デタ−の詳細について、彼女は既に報告処理を済ませていた。

連合軍で今回の事件の真相に最も近い位置にいた『ナデシコ C』とその艦長。

ルリは私見を挟む事無く、明確な事実と検証結果を記して提出をしたのである。


ただ一言… 一連の襲撃事件を起こした "謎の機動兵器" と "火星の後継者" との関係については不明である …として。


そして連合宇宙軍総司令ミスマル・コウイチロウも、ルリの報告書をそのまま受理したのであった。





『ナデシコ C』は、機体整備と実戦デ−タの回収も兼ねて、『ネルガル』のドッグへ収容される事となった。

臨時に集結した『ナデシコ』クル−も本来ならば、そこでお役御免となり解散となるはずだったのだが…

『ネルガル』より次の依頼が持ち掛けられると、多くのクル−がそのまま残る事を決めたのである。



その背景には…今回のク−デタ−によって、統合軍は多くの人材を失ってしまった事にあった。

"火星の後継者" 首領クサカベの主張に同調した反逆者の続出、そして抗争による多数の戦死者。

その結果、早急に優秀な人材を補充する必要に迫られた…正規軍である…連合統合軍は、士官候補生の訓練を宇宙軍にも要請したのである。



要請とはいえ実質的な権限があまり強くない宇宙軍にとって、これはほとんど命令に近いモノであった。

だが『ネルガル』としては… これに乗じて …新型エステバリスの運用を計り宇宙軍に協力する事を進んで提示したのだった。

ミスマル総司令も、この提示を受けて『ナデシコ B』による艦長候補生の訓練を、次の任務として決定したのである。

元々独立愚連隊のような『ナデシコ』のメンバ−達も、これにより一部を除いてそのまま残留を希望したのであった。



そしてルリは… 出航するまでの間に自分が抱えていた私情のひとつに …ある決意を下した。















廊下を歩く音がやけに響く。


…その足取りはまるで彼女の苦悩と迷いを顕わすように…


だが、次の任務(新艦長の補佐)に就く前に解決しておきたい問題が彼女にはあった。


そして私服姿のルリは … 目的地の前で一呼吸おき …意を決してドアを開けると… そっと部屋の中へ入った。















―― 連合宇宙軍付属病院 白い病棟の一室 ――





無機質な空間ともいえる白い病室。



窓際に置かれたベッドの上に半身を起こして窓の外を見つめている女性に、ルリは声をかけた。





「こんにちは… ユリカさん。」





だが… 彼女は振り返る事も無く …ルリの呼びかけに返事をする事は無い。


まるで、そこだけ時が止まっているかのようにルリには感じられた。




















『ナデシコ』に救助されたミスマル・ユリカ。


地球に戻ると連合宇宙軍提督でもある父親から事情を聞かされたのだが…



ユリカの夫、テンカワ・アキトはもう帰っては来ないだろう…と。



呆けたような顔をして聴いていた彼女… 否定しながらもその笑い声は乾いていた。

そんなユリカの不審な様子を伺った『ナデシコ』の仲間達… 彼等からそれぞれ慰めの言葉を貰うのだが…

…家族であったはずのルリの言葉さえ… 彼女にはもう届かなかった。



ユリカは一度感情を爆発させた… そして …そのまま "茫然自失" と化してしまったのだった…




















あれほど明るい表情を見せてくれた彼女は …もう笑うこともなく… 虚ろな眼差しを窓の外に向けている。

まるで、今でも彼女は幸せな夢を …追いかけて… 見ているかのように…


…つらい現実を認めようとはしない… 白い空虚な心の色 …


そしてルリは…そんな彼女の姿を…以前の自分の姿と重ねて見ていたのだった。





… 予想した通り、ユリカさんの反応は以前面会した時と変わらない …





それを見て… ルリは挫けそうな自分の心を抑えるように …花瓶に生けてある花を持って来た物と交換する。



「ユリカさん… お花、換えますね…」



特に萎れていたわけでもないのだが… 新しい花と換える事で …少しでもユリカの気持ちも変わることをルリは願っていた…





本当はユリカの側にいてあげたいというルリの本音。

だが、今の自分では彼女の心の支えになることはできない。





『ナデシコ』の艦長である今のルリは…非情とも言えるが…自分で選んだ居場所がある。

そして、自分の力が及ぶ限りその場所を支えることを決めていた。

ユリカ自身、見失ってしまった "希望の光" に気づかない限り、自分が側にいても意味がないのだとルリは知っている。


だからルリは …あまり彼女らしくない事なのだが… ひとつ "賭け" をしてみることに決めたのだった。

彼女のベッドの脇にある椅子に腰掛けると、ルリは携帯していたバッグからあるモノを取り出した。





「ユリカさん…これを…」





ルリは、自分の膝元で四つ折りのメモ紙を両手で開くと…


…依然として、窓の外を見ている…ユリカが振り向いてくれるまで待つ事にした。


決して無理に見せようとはせず… 彼女がそれに気づいてくれるまで …ルリは待ち続ける。















どこからか風が入って来たのだろうか… ルリが持ってきた白百合の花の馨りが …部屋の中に満ちてくる…





…そして… ふと …ユリカの目線が泳いで… ルリの手にあるモノに視線が止まる…










「!?」












感情を失ってから初めて見せた反応…ユリカはハッと目を大きくして驚きの表情を見せる。





「アキトさんから預かりました。 …アキトさんの "レシピ" です。」





事実を述べるだけで …あえて… その "隠された意味" までは口にしない。





それは、ルリにとって…自分の思い出の中にある "テンカワ・アキト" との "永遠の別離の証(あかし)" …



…二度と自分達の下には戻らないという "彼の決意の証(あかし)" …



…今のルリでは、ユリカに決して伝える事ができない "真実の言葉" …



そして今…自分のしていることが、どんなにずるい事なのかをルリは充分理解していた。

だが、果してユリカは、これをどう受け止めてくれるのだろうか?

ルリが願う "本当の望み" は叶うのだろうか?





メモを自ら受取ったユリカ。


大切なモノを扱うように、彼女の指先は優しくそれをなぞっている。





「…懐かしいな…… ユリカが幸せだった時の ……アキトの……」





そして、自ら現実の世界に戻ってきてくれたユリカ。


彼女の呟きは涙と共に震えている。



感情を取り戻してくれた彼女を見て、ルリも目頭が熱くなってきている事に気づく。


でも、涙はまだ流せなかった。





ユリカは、感情が高ぶるままに声を出している。



ルリは、彼女の涙を優しい眼差しで見守ってあげたのだった。










どれだけ時間が経ったのだろう … 次第に落ち着いた様子となっていく。










「…アキトは…… どこへ行っちゃったのかな ……戻ってきてくれるのかな?」










冷静さを取り戻したユリカの言葉。 どこかあきらめたような感じの響きが含まれていた。



「ユリカさんは、アキトさんの気持ちを信じていないのですか?」



ようやく出逢えたその姿に、ルリは敢えて冷淡な口調で応えた。

かつてのアキトに憧憬の念を抱いていたルリ。

だが、ユリカのその態度に対して、自分が無意識に嫉妬しているとは自覚していない。



ルリの少し怒ったような口調を耳にすると… ユリカは視線を …彼女の "金色の瞳" に… 向ける。





「前にね… ユリカとアキト… それにルリちゃんとカイトくん… みんなで楽しく暮らしていた頃…


…私ね… アキトの "本当の気持ち" がわかんなくなっちゃった事があったの。」


「えっ!?」


これを聞いて驚いたルリ。


いつも自信満々に "大好き宣言" していた彼女にしては、あまりにも "らしく" ない事実だったからだ。


ルリの反応を確かめると… ユリカは目線を外して遠くを見つめる。






「私はアキトが大好きだけど、アキトはいつも 『くっつくな−っ!』ってユリカを拒否しちゃうから…


ホントはユリカの事が…もう嫌いになったのかな…って…想っちゃったんだ…」



「そう… なんですか…」



「うん… でもね …そんなユリカの悩み事をカイトくんが聞いてくれたの…」


「…カイトさんが…」





その名前が出てくると… 二人の間に暖かな気持ちが浮んできた。





「カイトくん、そんなユリカの話を全部聞いてくれて…そうしたら "ニッコリ" 笑ってこう教えてくれたんだぁ…










『アキトさん、単に照れているんですよ。 ユリカさんがとても明るくて "ハッキリ" と言うもんだから…

…きっとアキトさんも恥ずかしくなって、ついそんな風な態度をみせてしまうんです。

…だから、気にしなくても大丈夫です♪


…元気なユリカさんのほうがやっぱり… ボクの姉さんらしくて …とっても素敵ですよ♪』 」










カイトの言葉を語りながら本当に嬉しそうな表情を見せるユリカ。


ルリもその時の様子が目に浮んでみえて来る。


なぜなら …大切な気持ちを忘れない彼とその笑顔を… 今でもよく覚えているからだった。





だが、暖かさを取り戻せたかのようにみえたユリカの表情が不意に曇る。





「でもね… 正直言って、"今のアキトの気持ち" …また、よくわからなくなっちゃったんだ…」





そう言ったユリカは身を乗り出すと… ルリの小さな身体にしがみついた …





…彼女の声も再び震え出している…










「ルリちゃん…… アキト …もう帰って来ないのかな…… ユリカの事 …忘れちゃいたいのかな…」










ユリカの口からでた悲愴な気持ちは "あの時" ルリが想ってしまったモノとまったく同じであった。


裏切られたような不快感… それでも否定したくて信じたいとおもう惨めな気持ち …迷い惑わされてしまう不安。


"今のユリカ" は、まさしく "あの時の自分" と同じなんだとルリはようやく理解できた。















ルリは… そのまま姉を … 優しく抱きしめてあげると …そっと彼女の耳元へ囁いた…




















「…私、カイトさんと "約束" しました。 "約束の場所" へ "ふたり" でまた "一緒" に行こう…と。」





思い出の草原の中で微笑むカイト。



心地良い青空の中… 暖かい日差しに包まれた風と一緒になって …ルリの後を追いかけてくれたカイト。





「私は、あの人との "約束" を忘れません。 いつか必ず帰ってきてくれると…信じています。」





ルリは …ルリの母のように愛してくれた人へ… 自分の信じる想いを伝えてあげた。















「… カイトくんのこと …信じてあげているんだね。」





ルリは無言で返答する。





「そっか… そうだね …ユリカもアキトのことを信じてあげないと…ダメだよね♪」










… 花瓶に差した白百合の花が、瑞瑞(みずみず)しく咲いている …



彼女の瞳も心も、再び輝きを取り戻す。





そうしてユリカは、ルリに満面の笑顔を見せたのだった。



…ルリの白い頬に暖かなモノが流れている…




















「ユリカさん… やっぱりカイトさんとは "姉弟" なんですね ……おんなじですよ…」








































『ナデシコ B』に向かうルリの表情はいつも通りの無表情である。



公私のケジメを …無意識に… つけるクセを身につけている彼女。



だが… 冷静であれば …冷静になるほど、自分の心理にも冷酷な判断(分析)を下すようになってしまってゆく。










黒い王子となってしまったアキトさん…


彼の事を想うと、私は悲しい気持ちとなる。


彼は私達のために大切な "家族の絆" を断ち切ってまで、別れの言葉と過去の証を残して去った。



そして思わず私から拒絶してしまった、アキトさんの苦しみと悲しみ…



解ってあげることができなかった… 解ってあげようともしなかった …





なのに… 自分だけの都合で彼に戻って来て欲しいと …私は今でも願っている。










そう… 私の悲しみは … 自分勝手な願いをしている私自身に後悔を続けているにすぎない … 心の闇 …










後になって気づいた …ずるさを思い知らされる… 自己分析の結論。















… でも、すくわれる想いを感じることもできた …










ラピスと同調した時に、あの人の優しさとまた逢う事ができた…





… ラピスと私を助けてくれた …





あの時、私の中にある心の闇に暖かい光を与えてくれた…





… 貴方の笑顔が私に勇気を与えてくれる …










だから、アキトさんの側に貴方はいてくれるんですよね…















…ありがとうございます…… カイトさん …















そして… 明るさを取り戻した部屋から立ち去ろうとした時… ユリカが教えてくれた "言葉" が何よりもルリには嬉しかった…










「…御礼を言うついでに、今度はカイトくんの "願い" を叶えてあげたくて聞いてみたの…


…そしたら、カイトくん… "優しい仔犬の笑顔" でこういったんだよ…






























『 "家族" みんなで "幸せ" になりましょうね♪ 』














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