機動戦艦ナデシコ セカンドスト−リ−

無限の時空(とき)の中でみつけた、大切なモノ



――― 闇への選択 〜開かれたパンドラの箱〜 知識の扉 ―――





―― 『ナデシコ C』 収容ドッグ ――





ミスマル・カイトが 『整備員待機室』 に来ている事を聞いたウリバタケ・セイヤは…

… 旧友(弟子)の仔犬顔みたさに …作業を一時中断したのだった。


「おお、元気そうだなカイト! お前さんもこいつの設計に一役かっていたんだってな。」

「はい、セイヤさんも…って、どうしたんですか、その "頬の傷" は?」


にこやかにセイヤを迎えたのだが… 彼の顔を見ると思わず …カイトは怪訝そうな表情となった。

だがカイトの疑問に特に動じることもなく、平然と明るく、燃えるような展開でセイヤは力説する。


「な〜に、男だったら気にする事など何も無い!! 消えない傷跡は、男冥利に尽きるってモンさ!

そう… 俺は友のため、俺様の力を必要とする者のためならば、こんなモノなど…」


「…やはり… オリエさんにつけられたんですね …その引っ掻き傷は…」



話を聞いているうちに… カイトの頭には …彼の奥(オリエ)さんの "泣き顔" が浮んでしまう。



「女房なんか放っておいても構わん!! やがて来る燃える展開 … そう、あの "名ゼリフ" をもう一度言うためならばっ!!」


「はぁ… ほんとうにすごいですね。 いつも感心するんですが…(…ボクにはとてもセイヤさんの真似はできません…)」



そのセリフだけは、同意できなかった。

自分だったら、セイヤの気持ちで同じ行動をすることはできないと想ってしまう。

彼には… カイト大原則(行動原則)のひとつとして … 主に従順すること …という思考があるからだった。(笑)



「そう、おまえならば解るはずだ! この情熱… これほど新たな謎を秘める技術を前にして、俺の熱い魂は黙っちゃいられね〜ってモンだっ!! ガハハハハッ!!」


…呆(ほう)け顔のカイトを意に介さず… セイヤは、独自の世界へと浸ってゆく。


「そうゆう所は、シゲさんとそっくりなんですよね。(笑) セイヤさんも…」


暴走していくその主張は、カイトにとっては既にお馴染みのモノである。

けれども、その様子を見て… 冷めたような目つきで眺めていても …不思議と微笑ましいような心地がした。

セイヤとは気さくにからかい合える仲なので、普段はボケ役であるカイトでも、冷静なツッコミができるからだった。

そして… その溢れるバイタリティから …カイトは元気をもらっているのだと彼に感謝をしていた。



「…とまあ、そういう訳だ。」


言いたい放題喋れたおかげで、一先ず気が済んだようだ。 御満悦状態である。


「ええ… そうですね。」


途中から話についてゆけずに… おもわず苦笑いをこぼしてしまう …困ってしまった仔犬のカイト。





「ところでな…カイト。 プロスさんから聞いたんだが… 会長から随分と苛められているそうだな?」


お互いに変わっていなかった昔の 『ナデシコ』 の雰囲気の中で、セイヤは唐突に "父親の顔" を見せる。


セイヤの悪友であった、コクブンジ・シゲル。

彼は、カイトを "自分の息子" だと言っていた。

そう、それは今は亡き友の意思を汲み取った、男気溢れるセイヤの思い遣りなのだった。



「いえ、そんなことは… 無いと思いますが …

(… 口説き文句のない "仔犬" は、必ず "飼い主" に忘れられちゃうよ、カイト君♪ … と言われた時は、ショックだったけど …)」


アカツキにも感謝している彼。 単に自分が "悪友の遊び道具" となっている、という自覚が薄いのである。 (笑)



「性悪のロンゲ男に泣かされちゃ〜整備班の "愛犬家" 達に申し訳が立たね〜からな! オマエに善い事を教えてやる。」



何気なくセイヤも "鬼畜発言" をしてしまう。



「今更何ですけど… やっぱり …ボクってそういう存在なんですね。」



本当は否定したい事実 … でも拒否できないジレンマに悩む … 純情少年 … もとい、天然おバカさんのカイト君、二十歳(はたち)であった。





「いいか… 今度何か言われたら… アイツの名前に "会長" を付けるんだ!」


そういうセイヤの目は血走っている。


「それって、何か意味があるんですか? 当たり前の呼び方にしか聞こえませんけれど。」


いたって冷静にボケッと返答する。


「まあ聞け。 …ポイントは "会長" を強調する事だ。 必ずヤツは怯むはずだからな…」


「どうしてですか?」


素直に応える純朴顔のカイト。


「ふふん♪それは、ヤツが…」


こういう時のセイヤは、ムフフッと漏らしながら得意満面顔となるのである。





悪友のアカツキに、悪のウリバタケ師匠。





…ルリがこれを知ったら、きっと "忠犬カイト" の "躾(しつけ)直し" は決定次項となるだろう…(笑)





… 只今カイトに悪知恵を、師匠のセイヤが伝授しております …







「…そういう理屈なんですか?」


解ったような、解っていないような反応。

セイヤは彼の肩をポンと叩くと一言付け加えた。



「ま、一度試してみれば分かることだ。 あまりにもオマエさんが "ほのぼの幸せ仔犬顔" してるンで… 奴っこさん …僻(ひが)んでいるのさ。」

「あの〜 皆さんそうおっしゃいますが… 実際の所 …それって、一体どうゆう顔なんですかね?」

「おおっと! いつもの "天然" ときたか。(笑)でもまあそれが …オマエの良い所だし… オマエらしさだな。」

「はぁ、シゲさんも仲間達も、皆で笑いながらよくそう言ってくれました。」



深刻な悩み事を打ち明けるような …真剣な… カイトに、セイヤは …思わず… 冗談まじりなリアクションを披露してしまう。

そして… 単純で良い仔の愛弟子へ …お手軽に( "○カ" でも)解る助言を、最後に授けたのだった。



「自分の顔を "鏡" で見れば、いくら鈍いオマエでもすぐに解る!」

「あっ! そうですね… そうしてみます♪」



…どうやら今迄気づかなかったようである。





果して… 自他共に認める天然ボケの …カイトは、本当に "バ○" を卒業することができるのだろうか?




















―― 『連合宇宙軍地下ジャンプ実験ド−ム』の、とある一室 ――





… 待合室での再会 …



「お久し振りね、カイト君。」



部屋に入ると …席に着いて待機していた幼顔の少年を見て… イネス・フレサンジュは、懐かしそうな声で再会の挨拶をする。

A級ジャンパ−であるカイトは、今は "『ネルガル』 の仔犬" と呼ばれており、 "S(サレナ)計画" の重要人物でもあった。


「 "アイちゃん" の笑顔を失わずに済んで、ボクも嬉しいです… イネスさん …」


満面の笑みを浮べて、明るい口調で返答する。

すると思わず、動揺してしまうイネス。


… 普段は冷静なはずの彼女にしては、珍しい反応である …


「えっ!?(赤)……なんだか… 昔の口ベタ君にしては… 随分と変わった(気をまわしたような)挨拶の仕方ね…」

「アカツキさんに教えてもらいました♪ なんでも … 口説きのテクニックだよ … とか言われたモノですから。(笑)」


まるで尻尾でも振るような余りにも無邪気すぎる様子を目の当たりにして…



… 少し醒めたイネスは …やれやれといった感じである。



「ねぇ…貴方、"口説き" の意味を正しく理解して使っているのかしら?」

「実の所、良く解りません♪」

「あ、そう… やっぱりね… そうだと思ったわ。

(…カイト君にとって "口説く" というのは、単に "友達を増やす" か "飼い主変更" の意味としか意識がないのね…)」



その寝ボケたような即答は、どうやら予想通りだったようだ。

イネスの落胆を見ると、カイトは少し自嘲気味に弁明をする。


「まぁ、からかわれているんでしょうが… あの人流の "激励の言葉" として一応 …感謝をしています。」

「そういう所は相変わらずなのね。(笑)」


自然に出てきたその声を聞いて、ようやくイネスも昔の彼らしさを思い出せたようだった。



「いわゆるボクは… 仔犬 …ですから♪」



"『ネルガル』 の仔犬" という意味で発言している …天然ボケした… 明るい決めセリフ。

それを聞いたイネスは、すかさず悪意を込めて返答する。


「君の "飼い主" がそれを聞いたら、怒るわよきっと。」

「!?」


すると突然、その表情に影が差して …慌てたような脅えるような… 困惑のモノと化す。

闇の契約元 『ネルガル』 よりも、よっぽど本来の "飼い主" の存在の方が… 恐いのだろう。(笑)


「冗談よ。本気にして、そんなにうろたえなくてもいいのよ。」


面(尾も)白いくらい動揺をみせているその姿に、苛め過ぎた感を覚えたイネスのフォロ−の言葉。


「ほっ… 良かった♪」


単純すぎる、カイトの反応。

どうやら彼の頭にある少女は、ようやく "優しい微笑み" を浮かべてくれたようだ。


「ふふふっ… 確かに "ほのぼの幸せ仔犬顔" が、貴方の最大の魅力なのかもしれない。」



瞳(め)を閉じて… 幸せそうに …柔らかく微笑むカイト。


そう、見る者すべて …不思議と優しくなれる… 暖かな空気に包まれるのだった。



「はぁ、何故かみなさんそうおっしゃいますが… ボクには良く分かりません。」


唐突に迷い顔(憮然としたような無表情)に戻り …頭に?を付けた… カイトは、それがどの様なモノなのか、今だに自覚できないでいる。



本人曰く … 永遠の迷題 … とのこと。





ころころとよく変化する、仔犬顔。


「本当… 興味深い反応をするわね。」

「エリナさんからも、それと似たような言葉をもらいまして… ついでに、なんかボクらしいとも笑ってくれましたが?」



実際の所… カイトは、みんなの密かな "お笑いの対象" となっている事実を、まだはっきりとは自覚していないのである。(笑)










「…会えたのでしょう…彼と…」



和やかにお茶を啜っていた再会の雰囲気が… 表情を曇らせたイネスの言葉で …現実の重苦しさへと変わる。



「ええ… 生きていた …その事実が分かっただけでも、本当に良かったです。 … それだけで気持ちが救われました …」



真心を満面の喜びで表しながら… 本当に落ち着いたような表情と声で … 感想を述べるカイト。

ルリと離れる時に伝えた言葉が、現実のモノになった事が何よりも嬉しかったのだろう。


… 彼女に話せなかった "暗闇のように響く囁きの声" と "不快で謎めいた悪夢" …


… その不安と苦しみから少し解かれたような様子をみせている。





「だからといって、お互い… 感動の御対面 …とは、ならないわね。 君は別として。」



カイトの現状を聞いているイネスは、自分が推測する状況を確認するために尋ねた。



「ええ、まぁ… てっきり、『本物の地獄はこんなモノじゃなかったぜっ!』 って、ク−ルに決めてくれると期待していたんですけど…」


「現実の彼はどうだった?」


「それはそれは、酷いモノです。(笑) 開口一番…『どうしておまえがここにいるんだ?』…ですからね。

… だから思わず反論しちゃいましたよ …

…『貴方の専用機を作るために呼ばれたんです! 貴方一人じゃできない事ですから!』…ってね♪」



明るくふざけたように喋るカイト。 どことなく寂しさが感じられる。



「そう… その時の彼の顔を見れなかったのは残念ね…

… そして現在 … 君は彼の悪行を叶える手伝いをしている … それは、カイト君の真意なのかしら?」


「人から見れば… 義兄さんが求めた世界は …間違っているのでしょう。 … 誰もが皆、あの人が行なった事実を責め立てるはずです。

でも、自分がその状況に追いやられてしまったとしたらどうなのだろうか? 自分の大切にしていたモノを他から強引にすべて取り上げられてしまったとしたら?


… 容易にその手段を選択するでしょうね …


だから、自分もあの人の想いが解ってしまった。」



昔と変わらない思考。 … だがそれは、カイトの甘い考え。



「何故…君はそれでも… "今の顔" を失う事はないのかしら?」



絶望を認めないカイトが、不思議に思えるイネスの質問。



「多分 … ボクは(クリムゾン家のアクアさんみたいに) "悲劇の主人公" にはなれないし、なりたくはないんでしょうね…

それだと周りの人が、みんな "ただの悪い人" になっちゃいます …

"罪を憎んで人を憎まず" … ボクが泣くよりもみんなで笑っている方が… 素敵だな〜って♪」



実にアッケラカンとした彼のC調フレ−ズに、少し呆れてしまうイネス。

損得勘定の見られ無い、彼の危険な思考(捨て身)を何故か心配してしまう。


「世の中そんな単純明快にはいかないわ。 それでは、貴方だけが泣き寝入りするのと同じ事。 もっと自分…」


するとカイトは… イネスの眼を真っ向から見据えて …彼女の説明を無言で中断させてしまった。





「では… 本当の理由 … 知りたいですか? … でも、後悔しますよ … 知らなければ良かった…って。」



こういう時の彼は … なぜかいつも楽しそうで … 自然と … "悪戯笑顔" になるのだ。



「私なら平気よ。(笑)…事実を認めずに説明してしまう方が後悔するわ…」



これは… かつて記憶喪失であったイネスにとって …自分の知識を広く深める事が、彼女のアイデンティティであるからだろう。

大人になれば… 知って後悔したモノは、ただ忘れてしまえば善い事なのかもしれない… という理屈を、カイトは無意識に感じている。



「それでは、ボクだけの答えを教えちゃいます♪



…自分にとって "大切なモノ" を決して見失わなければ "大丈夫" と想っているんですけどネ…



どんなに疲れ果ててしまったとしても、あの人のために暖かく迎えてあげられる "帰れる場所" を作ってあげたかったから…


気づいてほしいけど… これは自分の我が侭にすぎない …


例え気づいてもらえなくても、彼のために何かがしたかった… ただの自己満足に過ぎないけれど …


ボクの "迷仔の仔犬" の資質が、あの人の心の何処かに、"迷い" として生まれてくれるといいなって想っています…



…そして今では、やっと便利な道具として受け入れてくれましたから♪」










…… "あの忘れえぬ日々 そのためにいま 生きている" ……







それは … あの時と変わらないカイトの気持ち … カイトの 『ナデシコ』 …










「ゴメンなさい… やはり聞かなければ良かったわ …今の私に貴方と同じモノを持てというのは、無理な注文に近いわ。」



唯ひとつの見識にこだわりすぎては、柔軟な発想はできないからである。



「自分からあきらめたりしたら本当に終わってしまう。


だからといって、何も知らずに自分の価値観だけを強引に押し付けて本人の意思を屈服させたり…


想い通りに変わらなかったからと言って見捨ててしまったり…



そのどちらも出来なかったから…



彼は大切な "ボクの家族" だと想っていますから。


そう… 今のボクに出来る事を探しながら …でも、見守ってあげる事ぐらいしか実際には出来ないんですけどね…」





そしてカイトの真心。 それは …単純に善悪として区分する事が出来ない… 人としての永遠の命(迷)題 …





「カイト君…」

「大丈夫ですよ♪ なんとかなりますって …そう… これが、私らしく生きる … 大切な呪文です …」


無責任ともとれるフレ−ズを口にして、まるで穏やかに眠っていくように瞳を閉じるカイト。

いつも明るく言っていた人物を思い出しているようだ。



「ホント …不思議ね… その昔と少しも変わらない穏やかな笑顔 …どこかで逢ったことがあるような…」



懐かしそうに… 見失っていた自分の過去の表情を見るように… カイトの寝顔をみつめる、イネス。

ふと、何かに気づいたように目覚めるカイト。 恐る恐るイネスに確認する。



「もしかすると…それが、イネスさん流の "口説き文句" …ですか?」

「違うわよ! あんたのその突発ボケのせいで、全く別の誰かさんを思い出してしまったじゃないの!」

「姉の事ですね。」

「あら、今度は鋭いわね…って、嫌だわ…私ったら思わず貴方に失礼な事を口にして…本当にゴメンなさいね。」

「気にしなくても大丈夫です。 … ユリカさんも生きていてくれた事が解ったんですから …」



カイトにとって … ただ … 存在していてくれれば … それだけでいい … という、幸せの根源理由。





「記憶を失っていても、大切な家族と離されてしまっても、そう想えるなんて…( …貴方は強いのね… ) この状況で、最も考えられる可能性として…

…そうね、悲しみが深いあまりに性格がひねくれて (しまった野良犬のようになって) しまってもおかしくはないのに…」


「それに該当する人物に関しては、敢えてボクからはノ−コメント…としておきますね、イネスさん♪」



悪戯顔のカイト。

ルリがみれば 「…カイトさんって、意地悪ですね…」 と、冷たい声でつっこむだろう。


「うっ… 何だか悪意のある言い方よ…それは。」


どうやらイネスは、具体例に該当する人物に気がついてしまい…それを認めたくはないようだ。



「これも気にしないで下さい。(笑) でも… 多分それとは少しちがうモノだと思います。」

「どうしてかしら?」

「自分一人では何もできないと実感したからです。


でも一人ではない…


今迄多くの人に支えられて来たからこそ、今の自分がある…


自分の存在を忘却されずに認めて貰えているからこそ、生きられるんだと…


そして "一番大切な少女" が生きていてくれているからこそ、ボクも迷う事無くいられるんだな…と想っています。


でもこれは、あくまでボクだけの価値観。 だから決して、他の人にまで押し付けたり強要してはいけない "大切なモノ" …」



あくまでも、他人の意志を尊重するカイトの性格。 お人好しもここまでゆくと立派なモノである。



「極論で言えば、自分の力だけで生きている… ではなく、周りによって生かされている… という、意識の…」

「いいえ… 強いからという訳ではなく … ボクは自分勝手なので …両方一緒に感じています。 … それが嬉しいんですから … 」



イネスの長くなりそうな補足説明を遮ると … 申し分けなさそうに … カイトは自分だけの意味不明な結論を発言する。

難解な事象と人間の心理を明晰に分析するイネスにとって …カイトの思考は… 最早、彼女が理解する許容範囲外にあった。



「やはり君は "常軌を逸する存在" … 少なくとも … "賢く" はないわね。(笑)」

「はい、そうです。(笑) だから彼女の言う事は "正論" なんです♪」



ルリ は、カイトの存在と思考 … そして、アイデンティティ … を実に "明確な一言" で表現してくれるのである。










「最後に一つだけ… 聞いてもいいかしら? … 私としては … 何故かあまり深く考えてみたくはないあの事件… 今迄、聞けなかったのだけど…」


「 "記憶マ−ジャン" の時の事ですね。」

「… !? … この事に関しては、君自身に "自覚症状" があるのね?」



この即答は、イネスにとって驚くべきモノである。

カイトは "無表情な顔" で、淡々と過去を語っていった。



「あの時、ボクはジュンさんと…ユリカさんとの間にあった見えない席で、おそらく "無表情" で参加していたはずなんですけれどね。」


「だが、誰一人として君の存在を覚えていない… そして、カイト君の記憶は戻らなかった… やはり、矛盾した事実。」



あるはずがない… あってはならない… 不解明な事実。



これは以前、ルリが恐れていたモノ。





「 … 忘却は … 自分の存在の証 … を消してしまうこと … なんですよね … 」





…今まで誰にも見せなかった、沈痛な表情と暗い囁き声…





… ルリだけには決して言えない言葉 …







イネスは敢えて遠くをみながら、冷酷な推論と結論を告げる。



「悪く言えば、君の存在自体…」

「すみませんがそれ以上はやはり考えたくない事です。 …今は、自分自身が "迷仔の仔犬" になる訳にはならないのですから…」



絶望を認めるわけにはいかない理由。





「そう… そうね。 今は、貴方がここにいるのは間違いないのだから。 …少なくとも、私が保証してあげるから… 安心して頂戴ね。」



カイトの切実な想いを悟ったイネス。

その微笑みは、まるで母親であるかのようにみえる。





「… ありがとう …」





俯いていたカイトは、涙声で感謝をした。





「あの … 最後にひとつだけ … 自分で決めた事があります。 … もし良ければ … イネスさんに覚えていて欲しいんですけれど …」



救われた思いを感じたカイトは、イネスに自分の決意を認識してもらうように依頼する。

かつて記憶を失っていた彼女だから、覚えていて貰いたいのだろう。



「… ええ… 約束するわ …」



柔和な響き声。


イネスもその頼みを快く了解する。


彼の心情を察する事ができたのだろう。










「 … アキトさんの "本当の願い" が … ボクの存在を … 忘れたいと願ったら …… 彼の下から去る事にします … 」










それはまるで… "ケジメ" というよりも …彼の "遺言" のようであった。










あまりにも … 自然と … 穏やかな声で … その言葉を口にする … 彼の寂しい横顔を見つめてしまう。



「…… 哀しい言葉ね ……」


「… ごめんなさい …」



カイトの謝罪は何に対してなのかを、イネスだけが理解する。



「… いいのよ … 覚えておくわ … じゃあ、ひとつ私からも… 今日の君との会話における……そうね、感想… みたいなモノを言わせてもらうわね。」


「えっ!?」



故意に悪戯心をみせる彼女の姿に、カイトは戸惑いを覚えてしまう。



「…先程のお返し … カイト君だけ解っていて私には理解出来ない事が多いから … この言葉を贈ればきっと君は… 私の事で迷ってくれるはずよ。

そうすれば、私が知る許容範囲で貴方の反応がみられるから…」



そう言うイネスの目は、意地悪そうな光を瞳に輝かせている。

左手で口元を抑えているので、彼女の真意を図ることはできない。

普段の彼女らしくない様子を伺うカイトは、少し身構えてしまう。



「何だか随分と … イネスさんらしくない … 勿体ぶった言い方ですね。」

「ふふふっ… まさにそうよ …



… では …





( … 私からの感謝の気持ちと言葉 … )










… カイト君の "願い事" がどうか "叶います" ように …ってね♪」


「!!」


「ほ〜ら、私の思った通りの "迷仔の仔犬顔" になったわ♪」



今の彼女は、すっかりと童心に戻っていたのだった。


そして、これが自分に対するイネス流の "復讐" だとわかったカイトは…彼女に励まされて元気になった気持ちを、素直に表現した。



晴れ上がった青空のような笑顔。










「あはは♪(涙) … どうも、ありがとうございます … "アイちゃん" ♪」



































―― 『ユ−チャリス』 収容の秘密ドッグ ――





「遅れました♪」


「…何をしていた…カイト…」


「すみませんでした、アキトさん…(…鏡の前でずっと悩んでいた…なんて、口が裂けても言えません!…)」


「…ボケイヌ…」



どこで覚えたのか、ラピスの呟きは… 一瞬にして …カイトの明るい表情を見事に凍らせたのである。(笑)





「…予定通り "アマテラス" を襲う。 奴等と逢えれば、今度こそすべてを終わらせてやるさ…」





特に動揺する様子も見られない黒い宣言。


だが … その彼の口元が … 僅かに歪む。



無表情に頷くカイト。



白く凍った表情のラピスは、視線だけをアキトに向けた。





三人の間に … 和やかな空気も必要以上の会話も … もう無かった。



これよりの作戦行動は、すべて事前に決定されている。










「…先行する。…指示を出したら、艦(ふね)で援護してくれ…」





専用機の黒百合(ブラックサレナ)に乗り込んだアキトは、要点だけをカイトに最終確認をした。

遊び心のみえる普段の(ボケた)カイトを、彼は信じてはいない。


黒い王子が求めるモノは … "特殊戦闘機械" … "無表情の機械" と化したカイトである。





「…艦のジャンプポイントは、状況によって適切に判断します…」



「…おまえの好きにすればいい…」





"無表情な機械" と化した、A級ジャンパ−であるカイト…



… 『ユ−チャリス』 をボソンジャンプさせること …


… 彼の専用機とシステムをリンクさせて、ラピスの補助に徹すること …



…これが今回の作戦の役割である。


カイトの役目はあくまでもサポ−ト(裏方)であった。










アキトは今… かつて、昔の彼を信じていた仲間がいる …目標空間(表舞台)へと跳んでいった。


変わり果てたその姿を晒す彼の心境を … カイトはただ感じるだけであった …










「 "LEDA" … 起きているかい?」


「はい、カイト様。 ラピス様とも順調にリンクはできております。 ご指示の通り 『ユ−チャリス』 の防衛を最優先としております。

アキト様の指令があれば、いつでも艦を跳ばすことが可能です。 次項、目標宙域の状況分析も正常に処理しております。」



カイトの依頼を的確に処理しながら現状報告をする "LEDA"



「… 『ナデシコ B』 が来ているんだよね …」



… 故郷と呼べる、懐かしき過去 … 遠くを見ているようなカイトの黒い瞳 …



「… また、伝えなくてもよろしいのですか? … カイト様 …」



"LEDA" にとっても "兄妹" といえる 『オモイカネ』 が、目標宙域に存在している。



そして、今の状況は昔の 『ナデシコ』 にいた "あの時" と少し似ている気がしたのだった。















「… 善悪を問うつもりはないし ……



… 格好をつけているつもりもない …



… ただ、求める "約束" の刻を見失いたくないだけ …





… だから ……





… アキトさんが無事に帰ってきたら ……」










「… 『ユ−チャリス』 に残っているリンクデ−タ(痕跡)をすべて回収して欲しい …」












それはまるで、ラピス(ルリ)と離れるような別れの呟き。










「… 本当に … よろしいのですね …」












無表情に頷くカイトは … "LEDA" の最終確認のメッセ−ジに … 無言で選択をした。




















「 … Yes … カイト様 … 」






























… カイトの心情を察することができる彼女は … 彼の望みをすくってあげることを … 再び決意をしたのだった …














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