機動戦艦ナデシコ セカンドスト−リ−

無限の時空(とき)の中でみつけた、大切なモノ



――― 闇への選択 〜開かれたパンドラの箱〜 最初の扉 ―――





「いやぁ、よくきてくれたね。こんなにも早く、君が素直に来てくれるとは思っていなかったから…

ま、正直に言えば… 来てくれること自体 … "半信半疑" ってところだったんでね。」



「… "命令" ですから…」



白のス−ツに灰色のシャツ、そして黒いネクタイを着こなした、キレ長で若手実業家風の男。

明るい声で歓迎しているようだが、男の眼は笑ってはいないように見える。


そして、その正面に立っている …軍服姿の無愛想な表情と暗い声で呟く… 幼顔の少年。



… "半分" は期待してくれていた…ってことで、納得しよう …



素直がとりえの彼には珍しく、目の前にいる男の言う事を丸ごと信用してはいなかったようだ。

どこかお互いに皮肉めいた二人の会話。


なにせ、会長席に座っている人物…着ている服の色が、その性格を表している様に彼には見えたからだった。



「立ち話もなんだから、座って気を楽にしてくれたまえ… そう …僕は、いつも君が魅せてくれる明るい笑顔が見たいからねェ。」


「それって、アカツキさん流の "口説き文句(=お友達になろう宣言)" なんですか…」

「そうそう(笑)君もこれくらいの事が言える様になれば、もっと多くの女性にモテるように…」

「おほんっ! …会長は彼と話すと、どうしてそういうふざけた話になるのですかっ!」



悪ノリがすぎる二人の会話をアカツキの横に立っていた会長秘書のエリナ・キンジョウ・ウォンが制する。



「な〜に、僕は本当に彼を口説いて(=可愛い仔をナンパして)いるのさ。 "仔犬" である彼…をね。」

「生憎ですが "飼い主" を変える気は、まったくありません。」



冷淡な声で即答する少年は、アカツキの "鬼畜発言" を自ら認めてしまう。(笑)


「貴方も戯れ言を真面目に応えるんじゃないのっ!」


思わず切れてしまうエリナ。



そこを… 少年の後ろに立っていた …プロスペクタ−が、飄々とした口調で仲裁をする。



「まあまあ、エリナさん。これは御二人にとって再会の挨拶みたいなモノでしょうから、落ち着いて下さい。

それにしても、お久し振りですねぇ〜カイトさん。」


「ええ…ホントウに… お久し振りですね♪ プロスさん… エリナさんも♪」


「うっ…… そ…そうね… 半年ぶりかしら?」





どうやら …表情を一転させた… 無邪気な微笑みに … エリナは一瞬、当惑してしまったようだ。










カイトの笑顔は、周りの空気を和ませてしまう不思議な力がある。



「ほら… 僕がいった通りだろ? 彼の笑顔は魅力的なんだよ。 "天然" で "癒し系" ってヤツだね、これは。

口数の少ない彼に "口説き文句" が備わったら、到底僕なんかじゃ太刀打ちできない程の "男" になれるさ♪

ホント …彼の "飼い主" は幸せモノだよ… 素直に後を追いかけてくれるし、いつでも無条件でこの笑顔を拝めるんだからねェ〜

だから …彼の "ほのぼの顔" を見たら… エリナ君もきっと "飼い主" になりたくなるはずだよ。(笑)」



そう言うアカツキは意地悪を装って、エリナに話を振るのであった。


「なっ!? … 何ふざけたことを …言ったりするんですか…」


何故か頬を紅く染めてしまうエリナ。

気丈な性格の彼女にしては、珍しく動揺した口調である。


半年前まで… 自ら進んで …カイトの監視役を務めていた彼女。


当然 "ほのぼの仔犬顔" を目撃した事があったのだった。





カイトはカイトで、アカツキの "鬼畜説明" が自分の事だと…何故か気づいていない。

変なところで勘が鋭いくせに、緊張感のない普段のカイトは自分の事になると途端に鈍感となる。



「そこの天然君… そう、君のことを言っているんだよ … おとぼけ顔は "飼い主" の前だけにしてくれよ、ボ−ッとしているカイト君。」


「へ? ボクの事ですか?」





ある意味で、ルリは …やはり… "不幸な少女" と言えるのであった。










謀議を行なう 『ネルガル』 の会長室には似つかわしくないほどの穏やかな雰囲気…





だが暫くすると、カイトは …その表情を転じて… 自然な口調でアカツキに尋ねる。



「テストパイロットが欲しい、との依頼ですが…

『ナデシコ B』 にいては、問題があるから… 直々に呼ばれたんですよね…

……ただのテストならば、ボクは必要では無いでしょうから……」



提督である父にも言わなかったが、カイトは自分の疑問 …信じた予感… を素直に述べる。


ルリには 『ネルガル』 の次世代機の開発援助とだけ言って来たのだ。



そう…これは "嘘" ではないから…



単純に考えれば、試験機を運用するだけなら今迄通り 『ナデシコ B』 の現状でも行なう事ができる。

本来、明晰な頭脳の持ち主であるルリであれば、気づく事もできるはず。

気がつけなかったのは … 彼女にとって … カイトの存在があまりにも大き過ぎてしまったからだった。





すると急に部屋の空気が変わる。





「フッ… こういう所の勘の良さは …さすがはユリカ君の弟ってところかな。」


「ええ… 彼は軍での功績においても、充分その資質は見受けられました。」


アカツキの感想にプロスが補足説明をする。


「でもそれは、ホシノ・ルリ …彼女の作戦指揮能力における成果… 艦長としての優秀さが評価されたモノでしょ?」


「いえいえ、内実としてカイトさんの補佐があったからこそ …

艦長としては、まだ経験の浅い彼女は … 彼が側にいる事で … 自分の能力を十二分に発揮できたのですよ。

昔の 『ナデシコ』 の艦長であるユリカさん … そして …

まぁ、言うなれば … ルリさんの "精神安定剤" の役割 … ですかな?

本当の意味で彼女を評価するならば、むしろこれから … といったところですな。」



エリナの意見に対して、カイトの存在理由を明確に表現したプロス。

カイトの懸念を見事に言い当てたのである。



カイトがこのまま "迷仔の仔犬" であれば、過ぎた依存は彼女にとっては害悪となってしまう。

最悪、戦場で共に命を落とす事になってしまうからだ。

過去の自分がそうであった。


盲目的にユリカを守る余り … 周りの状況を見誤ってしまい … その結果、ずいぶんとジュンに酷い事をしてしまった。

ユリカと距離をおいたことで、少し冷静になったカイトはパイロットとしての能力を開花させたのである。


稚拙な思考ながらも … 記憶喪失のカイトにとって … 僅か四年ほどの短い体験から学んだ事である。

ルリは… 一度冷静になれば …カイト以上に状況を理論的に判断する事ができるはず。


だから今の自分では、彼女にとって思考阻害の対象にすぎないと結論したのだった。


そう、カイトの行動原理は … 自分の感情よりも … ルリの存在を最優先事項としているのである。










「 … 単刀直入に言おう。 ウチで大事に預かっていたモノ …

… カイト君の所有物 … 君だけが起動できる … そして扱う事ができない … アレの技術が欲しい。 」



無機的な暗い表情をしていたカイトに、完全に笑みが消えたアカツキが本音を語る。





「 … 封印を解け … とおっしゃりたいんですね… 」





無表情の返答。


「あなたに拒否権はないわ。 そもそも、アレは 『ネルガル』 のモノなのよ。」

「エリナさん。会長は "彼の私有物" と言った上で、カイトさんに依頼しているのですよ。」


強要するエリナに、プロスはアカツキの言葉の意味を諭した。


「 … なんなら "本当の理由" を教えてあげてもいいよ。 そうすれば… 君は、きっと …断る事はできなくなるからね … 」

「会長っ!! それはっ … 」


プロスにしては、滅多に見せ無い驚きと憎悪を向ける姿。


依然として、動じる事の無いカイト。


エリナの表情は何故か強張っていた。


「プロスペクタ−君 … 君に言われる筋合いは無い。 既に秘密をバラしたのは君だからね。

過去に犯した父の悪事など、もはや公然のモノ。 脅迫元の "奇特な人物" も、もういなくなった事だし … 」


「ですが、会長。 彼にはただ … 次世代機の開発だけを協力してもらえれば … あっ!?」


「おや? エリナ君も結構、本気だったんだ? 彼に…」



エリナは一瞬だけカイトの顔を伺うと … 沈痛な表情のまま思わず顔を背けてしまう。



プロスペクタ−の目は、眼鏡のレンズに隠されて … 真意を窺い知る事ができなかった。





その状況からカイトの嫌な予感は確信へと変わっていった …










「 … どうする … カイト君? 今ならまだ戻れるよ … 君の "愛しい想い人" のもとへ … 」















… 今迄一言も発しなかった少年の口から出た言葉 …















「 … ボソンジャンプ適応者の謎の失踪 … 一見、それに関連性の無い誘拐事件の多発 … ヒサゴプランのシステムの謎 …


… 自分が "ジャンパ−" である事実 … ブラックボックス化されたデ−タ …


… 最近頻度を増して来た "囁きの声" と "謎の夢" … そして、自分の失われた記憶 …



… いつかは "LEDA" に教えてもらおうと … ずっと思っていました … 」





それを聞いた三人は皆一様に驚愕の視線をみせる。





「 … このまま何も知らずに "あの場所" にいれば、きっとボクはすべてに後悔してしまうと想ったから … ここに来ました。」





カイトの決意の言葉 … 覚悟 … を目の当たりにしたアカツキは、彼に対する今迄認識していた評価 "単純な甘い仔犬" を改め直す。




















「ならば、君のことを "風の旅人" と呼ばせてもらうよ … カイト君 … 」

「 !? 」


思いもよらない呼び名に初めて表情を変えてしまう。


「 … だが、この呼び名は、おいそれと名乗るべきモノではない。 何せ、多くの "信頼" と "犠牲" そして "危険" を伴う呼称だからね…」


この沈痛なアカツキの口調で、カイトは全てを理解した。



「A級ジャンパ−の失踪事件の事実を隠すために、敵は誘拐事件を偽装したの。」



「おそらく、それだけの目的ではありません。


『ネルガル』 において、重要な暗号コ−ドを解明するために、関係者とおぼしき人物を確認するために "身の代金不用の誘拐" をしたのですよ。」



「伝説の "風の旅人" … 秘密の暗号コ−ド … プロジェクト "α" … そして … "迷仔の仔犬" のもう一つの "呼び名" … 」





エリナ … プロスペクタ− … そして、アカツキの言葉。










「 … シゲさん … いえ … ボクのもう一人の "父さん" が … ボクに与えてくれた "大切なモノ" なのですね … 」










底冷えするような声で … 一言ずつ確認するように … 噛み締めるように呟く … カイト。










それは、予想を上回る最悪の真実。 心の何処かで認めたくは無かった … 迷い惑わせる … "闇への扉" の解放 …










カイトの無表情の頬に冷たいモノが流れ落ちた…










その姿を見たアカツキは … 自分が犯した過ちを … 不意に思い出してしまう。



以前、ムネタケに明かした悪事の心境よりも、アキトに真実を漏らしてしまった時よりも …


… 自分の中で見失っていた "良心" が痛む想い … ク−ルな悪役を何処かで楽しんでいた自分に対する後悔 …


… かつての自分も実感したことがある … 悲しみと憎しみ …





だが … カイトは三人に怒りも憎悪も無く … ただ … 親しき人達を失ってしまった悲哀と寂しさを漂よわせていた…





「 … カイト君 … 事実を受け入れてくれるのならば … 君が 『ネルガル』 に協力してくれるのならば …


… 君の "大切な人の命" を代わって守ることは、必ず約束しよう … 」










最早、カイトにこれを拒否する意思はなかった…





カイトは … 己にとって … 大切な呼称 … 忌まわしき呼び名 … を認めざるをえなかった…





そして、改めて気づく。










… 今の自分は … すでに … 彼女の側に … 戻ることは … 叶わない … 現実 …






























旧 『カワサキ基地』 に向かう車の中で、ボ−ッと外の風景を眺めているカイト。





あたかも夕暮れの街が … 過ぎ去ってゆく懐かしき … 幻影のように思えた。





幻想的な夕空 … 一番星の輝きが … カイトの黒い瞳に映っている…










そして … 呟きともいえる "囁きの声"






























「 … さよなら … ルリちゃん … 」












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