機動戦艦ナデシコ セカンドスト−リ−
無限の時空(とき)の中でみつけた、大切なモノ
――― 約束 ―――
… 緑の草原をゆっくりと歩く一人の少女 …
…そして… 元気良くはしゃぎまわる仔犬のように … 少女を追いかけてゆく少年
…
… ホシノ・ルリ …
… ミスマル・カイト …
…ふたりが出逢ってから、いつのまにか三年の時が流れていた…
今日は十月の心地良い晴天日。
… 天高く、萌ゆる秋 … byカイト …
「きっと、ルリちゃんの普段の行いが良いからいいお天気になったんだね♪ お日様も
"そうだよ" っていっているみたいだから♪」
まるで幼い仔供のように笑う顔と…お調子者みたいな、おバカなセリフ(笑)
世迷い事や根拠のない言葉は、理論的思考の持ち主であるルリにとっては 「バカ」
の一言で却下されるのだが…
こういう笑顔を見せるカイトの言葉は… 不思議と優しい気持ちになれて …拒否しようとは思えなくなるのだった。
… どちらかといえば … こうしたカイトさんのほうが … お日様笑顔 … って想えるんですけどね
…
ルリは、失ってしまった "家族" を時々想い出す。
親愛していたアキトとユリカと一緒に暮らした … "家族の幸せ" を感じることができた
… 暖かな日々。
今はまだ … 自分一人で思い出すと … 悲しみが少し溢れて来てしまうのだが…
こうしてカイトと一緒にいると、和やかな気持ちになれるのだった。
そう … 彼が側に居てくれるから … 私は大丈夫なのだと…
カイトは … 自分は、ユリカの明るさとアキトの優しさを決して忘れない … だから、二人を失った悲しみも無理に忘れないでいいよ
…
と…ルリに教えてくれたのだった。
そして … それは "言葉" ではなかった。
夏が終わって過ごしやすくなった涼しい秋風の下、久しぶりにふたり揃ってのおでかけである。
カイトの義父であり、連合宇宙軍の提督でもあるミスマル・コウイチロウが …
先日の功労に対して強引に … "特別休暇" をくれたのだった。
この時は …ふたりとも… 地球連合宇宙軍所属=試験戦艦『ナデシコ B』に乗艦していた。
乗艦する前は "オオイソ・シティ" の "ハルカ・ミナト"
の家で一時的な滞在をしていた。
そして、その間に彼がルリの14歳の誕生日を祝ってくれた。
だが、カイトの19歳の誕生日は、統合軍に代わって海底チュ−リップを撃破する任務があったため、
ルリは彼のためにきちんと祝ってあげることができなかったことを未だに気にしていた。
そのため、提督の計らいを快く了解したのである。
ルリの珍しい反応 … 本当に嬉しそうな表情 … が見れたので、当然カイトも素直に喜んだ。
… ルリが嬉しいと自分も嬉しい … 実に "天然" であった。
だがこの特別休暇は、カイトに親バカでもある父にとっては …ルリにとっても…
別の意図も含まれていた。
…艦長としてのルリと、いちパイロットでしかないカイト…
任務を終えて 『ナデシコ B』 に帰還すると…突然倒れたカイト。
その後、三日間意識が戻らなかったという状態であった。
医療主任によるとカイトの状態に特には異常は見られない…
… 病院への手配はせずに様子を見てみましょう …
… 強いて言えば "眼に見えない疲労" があったのではないのでしょうか
…との診断であった。
目醒めた後で、カイトは…
「誕生日にルリちゃんがボクの(側にいて)看病をしてくれたのだからそれで充分だよ♪」
…と嬉しそうに言ってはいたのだが…
だが、前兆はあった。
ルリは、カイトが "囁きの声" に苦しむ姿を 『ナデシコ B』 艦内で目撃してしまった。
いつもは冷静なはずのルリが、この時ばかりは艦長としての責務を放棄しても良いと想ってしまったのだった。
… そう … 今の私が "艦長" をしているのは … 彼が見せる "危ない行動"
…
… "迷仔の仔犬" … を制するために務めているにすぎないのだから
…
ルリは以前にもカイトがこうなった事を覚えていた。
… "記憶マ−ジャン" の時 …
IFS強化体質であるはずのカイトが、なぜ、あの場所に居なかったのか?
『オモイカネ』 の記録では、自室で眠っていたという事実。
原因不明の昏睡状態。
いつも気になってしまう嫌な予感。
カイトは 『ナデシコ B』 に乗艦した後、自分が乗る機体として 『ネルガル』
が提供する試験機を選んだ。
『ネルガル』 に運用デ−タを提供する事にもなるからだった。
なぜ、カイトは自分専用の機体を選ばなかったのか…
けっして軍用兵器として、作られたモノではない…
昔の 『ナデシコ』 を守るための、自分の "鎧" …
作ってくれた人達に自分の感謝の気持ちと、自分を "息子" と呼んでくれた人へのせめてもの手向けとしたかった…
『ネルガル』 に守られて "夢見る子供" のように眠る 『オモイカネ』
の兄妹たち…
守られるだけではない今の自分… その力で、大切な人を守ってみたい …
そうルリに語ったのだった。
その時だけ… いつものカイトの顔が… ルリの知らない過去を初めて語ってくれたカイトは
… 少しだけ寂しそうに … 見えた。
… あまり自分のことを進んで話すことも無く、戻ったとはいえ "記憶を二度も喪失"
してしまったカイトさん …
… 彼が "みんなとの思い出" にこだわっているのは、私が伝えた言葉のせい
…いえ、もしかすると…
ルリが予感する "嫌なモノ" …
カイトの無意識の迷いは、そのまま機体の操縦に出ていた。
常人を超える動作と判断。
だがそれは "不確実な意外性" ともいえる "不安定なモノ"
を常に抱えていた。
カイト自身、忘れてしまったかのような "諸刃の行為"
戦場では確実に安全なモノなどないのだが、これは演習である。
だから… 一見鮮やかに見えるカイトの行動も …艦長としては未だ実戦経験の浅い…
慎重派のルリには危険と紙一重なモノに見えてしまう。
「カイトさん! 先程の演習での貴方の行動は、間違っています …作戦命令に背いてまで、とるべき判断ではありませんでした。」
「ですが、あの時の状況では… 自分にとってこの判断で間違いは無かったはずですが
…」
「艦長に逆らうのですか? … "クビ" にしますよ…(冷酷)」
カイトの反論をわざと冷淡に返答して制するルリ。
「はぅ …… ごめんなさい …( "飼い主" に逆らえない仔犬の反応)」
この様に、ここでの主導権(手綱)は、ルリのモノだった。(笑)
「カイトさん…来年は "成人の歳" なんですよね…」
とてもそうには見えない容姿の男性が …ルリの横で… 草を背にして昼寝をしている。
「…自分でも…あまり実感はないんだ…」
どうやら眠ってはいなかったようだ。
木漏れ日の下 …青空を眩しそうに見上げる… 少女座りのルリの呟きにそっと応える。
木陰で食事を済ませたふたりは … 穏やかな風の中 … 一緒に同じ安らぎを感じている。
「いつかはみんなで … こうした気持ちで … 海 … 見てみたいですね…」
「うん… そうだね…」
いつか、カイトが言ったセリフをルリが呟く。
「…また… ここに来ませんか… 一緒に …」
ルリにとって、初めて自然と言葉にできた想い。
「… うん … いいよ … ルリちゃんとの約束だね …」
カイトにとっても自然に受け入れてあげた想い。
… それはまるで、風のように見えない言葉 …
… カイトにとって … 唯ひとつの … 辿り着きたい … "希望の言葉"
…
だが、秋が過ぎると … ルリにとって … 12月の冷たい夜が来る。
… 外は折りしも雨 … それでも街は "聖夜祭" の雰囲気で明るい顔をみせている。
… 一年前の自分たちも幸せに包まれていた …
… "家族の幸せ" …
「でも… 今の …迷仔の仔犬の… ボクがこのままルリちゃんの側にいることは
…貴方にとっても… 迷わせてしまうことになってしまう。」
ふたりで過ごせる日に、突然カイトは "別離" の言葉をルリに告げる。
『ネルガル』への転属が正式に受理されてしまった。
… カイトさん本人が、既に了解をしてしまったから …
… なぜ … どうしてなんですか …
「一度距離をとることで … お互いに自分を見つめ直す必要があると … 想ったんだ
… 自分らしく … 私らしくみつける … 未来 …」
ルリにとって、この言葉を理解することは望むべき事実として認めることができなかった。
一度、エリナとの条件でカイトはルリの側を離れたことがあった … ボソンジャンプの実験体として
…
… その時に初めて感じたモノ …
ミナトの家で … 不意に … 夜中にいなくなってしまった事もあった。
… 喪失感 …
ふたりで一緒に … ふたりで見つけようと … ふたりでまた行こうとした …大切な
"約束"
… カイトさんは … "約束" を忘れてしまいたいと … 想っているんですか
…
心のどこかで …ユリカに… また認めたくない嫌な気持ちを覚えてしまう。
ユリカに甘えていた昔のカイト… ルリには …あまり見せてくれなかった… カイトの本音
…
… カイトさんにとって … 私は必要ではなかった存在 …
ふと、抱きしめるカイトの力が強まる。
「ルリちゃん … 貴方はボクにとって一番大切な存在です … 貴方が生きていてくれるから
… ボクも今 … こうして生きてゆける …」
初めて聞いた …力強い響きで囁く… カイトの告白
「だから … 生きてさえいればまた必ず逢うことができると … 信じてほしい
… ルリちゃんも … ボクも …」
… カイトさんが … 初めて言葉で語ってくれた … 私への … 自分の想い …
自分(ルリ)が好きなモノは決して忘れないカイト。
自分(ルリ)を一番大切な存在だと、初めて言葉で教えてくれたカイト。
自分(ルリ)もそうだったが、なによりも一番 "家族" を大切に想っていたのは、
"記憶喪失のカイト" も同じだった。
冷たい夜の雨の中を暖かい風が吹いて来る…
ルリの涙も、いつのまにか別の色に変わっていた…
ルリの声も、初めて出した悲しみの想いも薄れていった…
… お互いに普通ではない身元の存在 …
… これは … 普通の人からみれば … 恋愛ではないのかもしれない …
… でも … 幸せの形は … 人それぞれ違ってもいいのだと想う …
… 星の数だけ人がいて …… 人の数だけ想いもあるのだから …
幼い顔のカイトが、この時は自分よりも五つ年上なんだと実感するルリ。
なのに、悪戯っぽい表情でルリの頭を優しく撫でる。
まるで子供扱いするように…
そして、ルリに仔供のような笑顔をみせているカイト…
おそらくルリに言って欲しいのだろう…
… "元気になれるおまじない" …
… 照れ隠しが本当にヘタなんですね … カイトさん …
そう、カイトは "嘘" をつくのが下手なのである。
… ルリの前では …
カイトはルリが一番の女性だから、彼女に甘える事が下手なのだった。
不思議と今のルリにはそれが解ってしまう。
だから、ルリもお返しをする。
… 離れても忘れないように … "幸せな笑顔" をもう一度見るために
…
「…カイトさんって……ばか……ですね…」
そして見せてくれた… ほのぼの幸せ仔犬顔 …
…… ルリはその笑顔と言葉を素直に信じて … カイトが … 大切なこの居場所に
… 帰ってくるのを待つことにした ……