機動戦艦ナデシコ セカンドスト−リ−

無限の時空(とき)の中でみつけた、大切なモノ



―― 密約 ――





「やはりここは1つ、『ネルガル』 を頼り給え。 悪いようにしないから。」

「 … 『カキツバタ』 墜とされたくせに、何いってるんだか … 」

「えっ!!」


「いえ、子供の言うことですからお構いなく…」





…この時の言葉と彼女の表情を、カイトは今でも良く覚えている。

それは可笑しくもあり … 懐かしくもあり … 自分にとって … とても大切な思い出のひとつ。

彼女の事を思い出すと、いつも "ほのぼの幸せ仔犬顔" になっていると、よく周りに言われていた。





… アカツキさん、プロスさん、ゴ−トさん、月臣さん、エリナさん、イネスさん、セイヤさん、ラピスちゃん …



… 自分の顔を鏡で見てみたけど、ボクにはやっぱりよくわかりません(涙) …












カイトの天然ボケは、昔の 『ナデシコ』 に乗っていた時から、少しも変わってはいなかった。

自覚症状が本当に鈍いのである。 そのくせ、どうでもよい事?には、人並み外れて "勘" が鋭かったりする。

その原因 …15歳以前の記憶が全くなく、今でも自分の本当の素性は解っていないことにあった。

カイトにとって、それが最大のコンプレックスであり、いつも不安で… 躊躇って … 迷っていて … 闇を恐れていた。

そんな彼の姿を "迷仔の仔犬" と呼んで、今まで多くの人が彼を支えてきたのだった。


その好意はとても嬉しいのだが、自分には何も …お返ししてあげることが… できないと、いつも詫びていた。



… そうしたら、みんな笑いながら言ってくれた …





「おまえの "明るく元気でボケボケした顔" が好きなんだ。 いつのまにかみんなも勇気がでてくるのさ。


おまえが幸せならば、みんなもその顔を見るだけで幸せになれるんだ。 …心の傷が、癒されるのさ…」










カイトは、いつも明るい姉の義弟である事が、とても嬉しかった。


… 親愛する義姉が、みんなから誉められたような気がしたから …




だから自分も、どんなにつらい事があっても、姉のように頑張ろうと思っている。


そして、もしも自分が進む道に迷ってしまった時には、必ず一人の少女の事を思い出した。



…… 一番大切な彼女 …… 彼女の言葉 …… ボクにいつも勇気をくれる ……












「…カイト君…話、続けてもいいかい?」





――― 『ネルガル』 会長室 ―――





部屋の中にいるのは、アカツキとカイトだけである。


「あ、はい。 どうぞ…」


はっとした顔で、アカツキのニヤケ顔を見直すカイト。


「ホント、君はいつも "ほのぼの幸せ仔犬顔" だねぇ。 また、君の "飼い主" のことでも考えていたんだろ?

だから僕もつい、苛めてしまいたくなってしまうんだよなぁ。」


「アカツキ "会長" さんっ!!」


少し赤い顔をしたカイト。


カイトは、アカツキがからかうと、呼び名に "会長" を入れて反撃するのである。



… "落ち目のスケコマシ" …という意味を、セイヤから教えてもらったからだ。



「いや、失敬失敬。 まあこちらとしては、君が協力してくれたおかげで計画の予定を大幅に短縮することができて… 本当に感謝しているよ。」


アカツキは… カイトのパイロットとしての有能さ … 作戦立案能力と計画遂行能力 …

… そして彼だけが所有するモノ …に対して自分と会社の利益に大きく貢献した事を素直に謝礼してるのである。



その言葉を聞いた途端にカイトの顔が "無表情" と化す。 だが、瞳の輝きは決して失ってはいなかった。



アカツキは、その変化を "カイトの純粋な意思表現" だと理解していた。


普段は、穏やかな顔 … 幸せな時は、ほのぼの顔 … そして今は … 深い悲しみや憎しみを乗り越える強い意志の顔 …

常人ならば、耐える事ができない事実を、彼はすべて受け止めて乗り越えてきたのだ。


プロスペクタ− … ゴ−ト … 月臣 … 皆一様に彼の存在に助けられていたと、アカツキは聞いている。





… 彼にはすまない想いをさせてしまった。 だが、それでも彼はよくここまでやってくれた …


… こんな風に想うなんて、僕も彼に影響されたんだな、これはきっと …





アカツキは、カイトの姿を伺いながらそう感じていた。

なにせ、もうすぐ自分も "道化" を演じる予定なのだから … でも、悪くはない。 自分らしいとさえ思っていた。


… そういえば、エリナ君も僕のことを …ああ… 言っていたな …


ふと、アカツキはカイトと目があってしまう。





「…で、どうだい。 アレが終わっても、このまま 『ネルガル』 に残ってくれないかな?

歓迎するよ。 悪いようにはしないから、僕を頼ってはくれないかい?」


アカツキは、カイトの優秀さも含めて、彼自身の事を気に入っていたのだった。

彼の "素直な言葉" に惹かれているのかもしれない。


"誘惑(笑)の決めセリフ" を口にするアカツキの顔は、昔や先程とは違い、今は結構 … 真剣な表情である。





「 … 『カキツバタ』 墜とされたくせに、何いってるんだか … 」

「えっ!!」


アカツキの誘いの言葉に、絶妙のタイミングで即答するカイト。 それに一瞬、耳を疑ってしまうアカツキ。


「いえ… ボクもアカツキさんも、本当に …ばか… なんだなぁ〜って思っただけです。(笑)」


一転してカイトの表情が明るくなる。



昔の 『ナデシコ』 で自分が言ったセリフを漸く思い出したアカツキは、急に可笑しくなって笑い声をあげた。


カイトも … アカツキの不安が消えた様子をみて … 一緒に笑い出した。










「…いやホントに君って、大したモンだよ。 僕が "落とせなかった" 女性と君は、本当にソックリだ。


…残念だが、仕方が無い。 判った。 君の "希望" 通り処理する事だけは、必ず約束するようにしよう。」



アカツキは、未だ少し微笑みが残る顔で、カイトとの "密約" を果たす事を誓った。


「…ありがとうございます。 アカツキさん…」


カイトもアカツキを信頼していた。 昔の 『ナデシコ』 の時とは違い、今はお互いの事を認めている。





「今でも不思議に思うんだが… 何故君は "愛しい想い人" と離れていても… そんなに元気でいられるんだい?」


アカツキの突然の質問。 …移転してから初めて面会した時も、彼にそれに近い事を尋ねたのだ。



その時のカイトは、ただ顔を真っ赤な林檎みたいにするだけで、何も答えてはくれなかったが……















…… 自分が "彼女" を追いかける事はあっても、義兄のように追いかけられた覚えが無かった ……










…… "本当の家族" として幸せに過ごせたから … 昔、姉が言っていたような … 自分の "勘違いな想い" を言葉にする必要はなかった ……










…… そして、"本当の家族" になれた事がなによりも嬉しくて … 家族になれたから一緒にいられるのだと思った ……










… でもまさか "彼女" を "泣かせて" しまうとは、想ってもみなかった。 しかも、あんなに悲しい声で …












自分自身の事には、とことん鈍くてズレているカイト… ようやくそれで … 自分の存在にも…

彼女にとってそれなりに …必要性があったのだと気がついたのだった。

つまり …哀しい事に… 気が抜けている普段のカイトは、己の存在価値を自分で認識することが単にできていないだけなのだった…





カイトは、彼女に対する自分の気持ちを 『ナデシコ』 に乗って、初めて見つけることができた。

そして、彼女の想い人が自分では無い事を知り、その理由もよく解っていた。





… 自分も義兄が大好きだったから …







告白もしないカイトの事を意気地なし … という人もいたが … カイト本人にとっては … どうでもいいことだった。










… 彼女が幸せならば、それでいい … 生きてさえいてくれれば … それだけで嬉しい …


… 人の幸せは、自分自身でみつけるモノ … たとえそれが相手とは違っていても … 決して消えるモノではない …







…これは、今まで自分を支えてくれた大切な人達が、カイトに教えてくれたことだった。





カイトは、自分の居場所を支えることを決めていた。


そこで求められたモノに対して … カイト自身の力が及ぶ限り … 頑張ろうと決めている。


…それが、カイトの役目 …







そして … 自分が信じる大切なモノを … 見守ってゆきたいと想っている。


… それが、カイトの幸せ …





…… "あの忘れえぬ日々 そのためにいま 生きている" ……












「生きてさえいてくれれば、いつか必ず逢える…と気づいたからですよ。」



アカツキの疑問に、カイトは穏やかな声で応えた。



「ふぅ… 本心でそう言える君が、実にうらやましいね。」



その言葉に自分以上の信念があることを理解すると、思わず溜息をついて感心してしまう。

あの計画の遂行に了解した理由が、漸く解ったからだ。



「きっと、アカツキさんも出逢えますよ。 "そうゆう風に想える人" に♪」


「…だといいんだけどね…」



カイトよりも遥かに多くの "星" を今まで見てきたはずだが、まだ出逢えてはいないらしい…アカツキ会長だった。





「そう … 彼女は決して一人ではないから … 彼女を支える人も … 彼女が頼れる人も … きっと、気づいてくれます。」



カイトの瞳は … まるですぐそこに大切な人がいるかのように … 優しく穏やかに見守っているようだった。















移転した時に初めて知った … アキトが … 生きていてくれた事 …


自分の意志で … 初めて迷わず … 跳んだ時に感じた … ユリカの気配 …


北辰が 『ネルガル』 の研究所を襲った時 … ラピスを … 救うことができた … カイト …


"α" のデ−タから … アキトの専用機を … 完成させて … テストパイロットをした … カイト …


暴走したアキトが … 乗った専用機を … "α" で制して … 守った … カイト …


無表情で … 脅えるラピスを … アキトの下へ … 優しく連れていった … カイト …



彼女の誕生日に … 思わず … 自分の想いを … 伝えてしまった … カイト …





―― 貴女がこの世界に生まれて来てくれたことが … なによりも … 幸せなこと ――







『ユ−チャリス』 … からアキトが出撃すると … "α" で艦を守った … カイト …



『遺跡』 に取り込まれたユリカ … でも … 生きていてくれた事が … 解った … カイト …



彼女が乗る … 『ナデシコ C』 の建造にも協力した … カイト …



アキトが … 自分の三回忌に … 出かけた時 … ラピスと見送った … カイト …



月基地で建造した 『ナデシコ C』 … ハ−リ−の姿を見た … カイト …





… 今の自分が … 彼女の側に居る事は … 彼女の生命をより危険にさらす事になる … と、気づいた … カイト …





―― … "白騎士" の名を捨てられずに … 本当の "呼び名" を認めた … カイト … ――







―― … "迷仔の仔犬" が … 伝説の … "風の旅人" である … ことを知った …… カイト … ――



























「カイト君。 君の "願い" が叶うように、僕も及ばずながら祈っているよ。」



部屋から 『月』 へ戻ろうとする彼の背中に声をかけた。


それは、あまり人に見せたことがない、表情とセリフ。



…アカツキの素直な言葉だった。










アカツキに顔だけ見せて、ふっと柔らかく微笑むカイト。










「ええ…… アキトさんの "復讐" を最期まで…見届けます。」










―― カイトは、寂しい表情と "風" を残して……消え去った ――



























「……もう二度と……ルリ君を、泣かせたりするなよ……カイト君……」












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