機動戦艦ナデシコ セカンドスト−リ−

無限の時空(とき)の中でみつけた、大切なモノ



―― ふたりで見つける場所へ (後編) ――










遥家の二階から … 少しふらつくように … 降りてきたルリは、そのまま台所へと向かった。


冷蔵庫を開けて … カイト特製の "はちみつレモン水" をコップに注いで、少しずつ呑み込んでいく。


「 … ふう … 」


… 寝汗をかいたのは、夏夜の暑さだけではなかったようだ。



水分をとると … ルリは … そのままそっと一階の和室へ足を運ぶ。

それは夜中に目を醒ました時の … 自分の気持ちを安心させるための … いつもの行動であった。


そっと襖を開けて、部屋の中で穏やかな息をたてている彼の寝顔を見る … すると、ルリは不思議と落ち着くのである。

時々 … その気配に気づいて … 目を覚ました彼と、そのまま朝方近くまで話し込んでしまうこともあった。

そして今日も彼に逢いにいったのだが ……



「 …!? … 」



月明かりが差し込んでいる薄暗い部屋に、いつもは寝ているはずの彼がいなかった。

蒲団はひいてあったのだが、寝起きした様子がみられない。



一瞬、ルリは … いつも側にいてくれた彼が自分をおいて何処かにいってしまった ……

… 闇の中へ、自ら飛び込んでいってしまったような … 気がして … 立ち眩んでしまう。



しばらく呆然としていたルリだが … ふと … なぜか彼の居る場所に思いつくと …

… 寝間着姿のままで、そっと家から出ていった。




















カイトは … 晴れた夜空の星を眺めながら … 河原の草を背にして寝転んでいた。





…… ボクがユリカさんに拾われた時も、ちょうどこんな状態だった ……







本当は、広い暗闇の中に一人で居る事に脅えてしまう自分なのに、今日は不思議と平気であった。





…… この暗闇のなかでも … 星の光が … 自分を照らしてくれているのだから ……





… 星の煌(きらめ)きは人の想(おも)い …







こうして心地良い夜風にあたっていると、自分の中にある不安や迷いも幾分か安らいでゆく気がする。





… 緩やかな川の流れる水の音 … 夏の虫たちは、短い生命の煌きをそっと奏でている …





… みんな同じ時間の流れで … みんな懸命に生きようとしている …







… かすかに馨る、暖かな芳香(かおり)を … 今 … カイトは穏やかな表情をして感じていた …










カイトもルリと同じように、ミナトの家に来ても、あまり良く眠る事ができなかった。

それでも明るく振る舞えるのは、きっとユリカとアキトと … ルリのおかげだとカイトは思っている。



あの日 … 二人を失ってしまった時 … ルリもカイトも、深い悲しみの中へ一緒に落とされた。

ルリの場合、大切に思えた暖かい場所が、突然奪われてしまったから。


カイトもそうだが … アキトやルリの悲しい過去も … 戦争で失った、大切な人々も …

決して忘れずに … すべてを抱(いだ)き … その悲しみを乗り越えて … まだ迷いながらも … カイトは今、進もうと決めていた。



… カイトはまだ、心のどこかで諦めたくはなかった。 … "絶望" を認めたくはなかった。



自分の大切な人が … まだ生きていてくれている事が … なによりも今の自分の心の支えであった。

自分にとって、唯一人の … 大切な彼女の悲しみをすべて取り除いてあげることは、今の自分にはできない …



…… でも ……



側にいることで、彼女の悲しみを分かち合うことはきっとできる。



自分の取り柄 …



ユリカの弟であると信じているし、どんなにつらくても決してユリカの明るい笑顔を自分は忘れる事はしない …

自分が大好きなモノは、決して見失ったりしない …


… と、カイトは信じていた。



決してめげない事。 … それが、今のカイトの "私らしく" であった。




















ふと、風の匂いが変わる。 カイトにとって、大好きな柔らかい芳香(かおり)。



「カイトさん …」



そっと顔を近づけて … 少し息が乱れた声で … ルリは "捜し人の名前" を呼んだ。



呼びかけられてゆっくりと瞼をあけると … そこには心配そうな表情をした … ルリの顔があった。



ユリカと同じように、カイトを拾ってくれたルリ。


「ルリちゃん … 眠れないの?」


カイトは、いつものように優しい声でルリに囁いた。










「どうしたんですか? こんな夜中に外に出るなんて。」


少し怒ったような声のルリ。


カイトは … 寝そべったままで … 彼女の瞳をしばらく見つめると ……



「… "暖かな星" を見たかったから …」





… あまりにも自然で穏やかな声に … ルリは、カイトの目をみて … 少し "キョトンっ?" としてしまう。



それでもカイトは … 幸せそうな微笑みを絶やさずに … ルリの "金色の瞳" を見つめている …





ふたりの間に流れた時間は、そう長くはなかったのだが ……










…… "永遠に見守ってゆく未来" ……












… という言葉が … 不思議とルリの心に浮んだ。


「… そうなんですか。 カイトさんって、結構 "詩人" さん … なんですね。(微笑)」


「… そうかもね。 自分の心の音を表現する時、ついそういう言葉を使ってしまうんだ … やっぱ、変かな?」


「そんなことない …と思います。 私には、そういう言葉を使う事ができませんが … なんとなく、理解(わか)るような気はしますから …」


「… そっか … ありがとう … ルリちゃんにそういってもらえると …… とても嬉しいな …」



「………」



「………」










――― 穏やかな夏の夜風が、ふたりをそっと包んでいる ―――

















「ルリちゃん … "自分の居場所" は見つかりそうかい?」

「えっ!?」



カイトは不意に遠くの星を見ながら、隣に座ったルリに声をかけた。


ルリは … 急に現実の世界に戻されたような気がして … 一瞬戸惑ってしまう。



「ミナトさんの家 … ユキナちゃんという友達 … そして、新しい 『学校』 という環境 …」



「… まだ、よくわかりません …」



そう … ルリにとって、今の状況は決して居心地の良いモノではなかった。



「ボクは 『学校』 って行った事がないから良くわからないけれど、ミナトさんやユキナちゃんから話を聞くと…


… 昔の 『ナデシコ』 に似ているような気がしたんだ …」



思いがけないカイトの "言葉" に、ルリは驚いた。



「… 友達がいて … 先輩や後輩がいて … 先生がいて … 同じ空間の中で、同じ経験や思い出がつくれる場所 …」





ルリは、今の 『学校』 にそう感じたことがなかった …… が、カイトの "言葉" の意味を、漸く思い出す事ができた。










… ふたりで … 水の音を聞きながら … ルリの過去を語ると … 自分も記憶を取り戻したい … と言った時の … カイトの顔 …



… ふたりで … バ−チャルBOXに入って … 海岸でデ−トした時に … みんなで来ようね … と言った時の … カイトの顔 …



… ふたりで … お篭りしてしまったユリカを探して …『ナデシコ』 の艦内を歩いた時の … カイトの顔 …





… そして … 貰った "大切な小箱" … ふたり同じ輝きであるモノをみて … 微笑みあった時の … カイトと … 自分の顔 …















「カイトさん … 私 … "ここじゃない" ような … 気がします …」


俯いていたルリは … 顔を上げるとカイトをみつめて … そう呟いた。


「ここは、自分がみつけた場所ではない …… そんな気がします。

…… 私が大切にしている 『ナデシコ』 は、ここではないような気がするんです ……


…… "与えられた記憶" ではなく、自分で "勝ち取った記憶" …… それが、私の "大切な思い出" …… 」





ルリの白く淡い頬は、桜色に薄く染まっている。


ルリの言葉は、水の流れのように自然に出て来ていた。



そして … 金色の瞳には … 暖かな星の光が戻っている …





… その "光" は … カイトが求めて … 探し続けていた … 大切なモノ …

















「… 見つけられるかい?」


身体を起こしながら … カイトは、爽やかに微笑んだ。



… まるで、アキトさんのように純粋な顔で笑うんですね …


ルリは、思わず照れてしまう。



ルリは … 言葉にする事ができなかったが … 自分の想いを懸命に表情に出そうとした。





… ふたりでなら、きっと …





「そうだね … "ふたり" でなら見つけられるかもしれないね♪ … なにせ … ボクは "迷仔の仔犬" だからなぁ〜(哀愁)」



… おもわず "ドキッ" としてしまいました … カイトさん … あなたって ……







ルリは … 自分の想いを汲み取ってくれたカイトのセリフに … 更に動揺してしまう。

ユリカもそうだった。 … 戸惑う自分をアキトの側に一緒に連れてってくれたのは、彼女だったのだから …





「… あ … あの …… きゃっ!!」


揺れ動く心が、立ち上がろうとしたルリの足をもつれさせる。










ルリは … いつしか … いつもアキトの大きな背中を見ていた。


時々振り向いて自分に微笑んでくれると、今まで知らなかった不思議な気持ちが沸いて来た。

なのに … 小さな自分は … そんなアキトの側に近づくことをいつも躊躇(ためら)っていた。

ユリカやメグミがいつも隣にいたから、自分は無意識に避けてしまっていた。


でも、だんだん不思議な感情が芽生えてしまい、おもわず伝えてしまった。


"あなたの一番になりたい"


アキトは、最後でユリカを選んだ。


… 自分の一番の人として …


でも … そんなルリを … ユリカは、アキトの側に連れてってくれた …

そしてルリは … そこで初めて … アキトとは別の "大切なモノ" を見つける事ができた。


彼は … いつも自分の側にいて … 暖かい瞳で見守っていてくれたから ……


自分の想いを見失っていたのは … 彼があまりにも穏やかで … 自然とルリの側にいてくれたから …




















…… ルリが、カイトの小さな背中にもたれかかっていた。





カイトはその暖かな命の重さを心地良く感じている。



… そのまま彼女の好きなようにさせてあげたい … と想いながら …





ルリは … 不思議と "恥ずかしい" とは思わず … 安心できる理由を漸く見つけて …


カイトの背中に、顔をうずめていた。





大切な場所を失って … 漸く初めてルリは … 金色の瞳に自分の想いを浮べることができた …





… 暖かな涙が流れている …





… "アキトやユリカの事を忘れなくてもいいよ" … と、カイトの背中は … ルリに … 囁いていた …




















「… よいしょっ … と …」


カイトは突然ルリを背中にかかえ(おんぶす)ると、そのまま家に向かって歩き出した。


ルリも急に恥ずかしくなってしまい … 思わず慌てた声を出してしまうと … カイトの耳元へ囁く。


「きゃっ!? … カイトさん! 私、自分で歩けますから … 降ろして下さい …」

「今日はダメで〜す! "お姫様の騎士(ナイト)" になりたいんですから … 降ろしてあげません♪」


悪戯っ仔みたいな口調で、飄々とした声で、ルリの訴えに反論するカイトだったが ……


「今は "ルリちゃんの騎士(ナイト)" になりますから、許してくださいね。」

「それでしたら ……」


ルリは … カイトの "お姫様の騎士(ナイト)" という言葉に … 動揺しつつも … 思わず命令しようとしてしまう。(笑)


「プレミア国王から、ちゃんと "白騎士" の称号をもらってますから …(赤面)」


ルリの反論を待たずに … 言いながら自分でも照れてしまったカイトが … 説明をした。


「えっ!?」


「… ボクが大切にする 『ナデシコ』 を守る "盾" を意味するそうです。


… 王様がその "信頼の証(あかし)" として、ボクに与えてくれました。」


ルリの実の父の名が出たので、ルリは … 言葉をとめて … 彼の横顔を見ながら … じっと聞いてしまう。



「… ルリちゃんがこれから見つけようとする 『ナデシコ』 が、今のボクのモノと同じだと想ったから …



… 今のボクは "白騎士" を名乗ります …




… 未来へ進もうとした "白い小さな姫" を守る "騎士(ナイト)" として …」





カイトは顔を真っ赤な林檎のようにしながら …… 真剣な表情で前を向いて、歩いていた。



そんな彼の瞳を見つめてしまったルリは … 金色の瞳を閉じて … カイトの背中に身を任せていった ……










「 …… はい …… カイトさん …… 」






















学校が夏休みに入ると、ルリとカイトは、ミナトの家を出る事にした。


ユキナは … 納得できないような顔だったが … ふたりの顔が少し穏やかになっていたので、文句が言えなかった。


「いいわ … 私、カイトちゃんの手料理を注文するから、絶対ふたりで持って来てちょ−だいね!!」


ミナトも、ふたりが決めた事に文句は言わず、優しい目で見送ってあげたのだった。










その後、ミスマル・コウイチロウの計らいで、ふたりは 『連合宇宙軍』 に復帰した。





―― ホシノ・ルリ少佐 ――

―― ミスマル・カイト中尉 ――







『ナデシコ B』 にふたりで乗艦する。



< お久し振りです ルリさん カイトさん >



「…… オモイカネ ……」



ふたりは、お互いの "親友" と再会することを決めたのだ。





「 ただいま 」














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