機動戦艦ナデシコ セカンドスト−リ−

無限の時空(とき)の中でみつけた、大切なモノ



―― はっぱ煎餅(せんべい) …な出逢い ――





―― 『ナデシコ』 居住ブロックの、とある部屋 ――





『ナデシコ』 クル−1人用の部屋の中、彼はノ−ト型ディスプレイの画面とにらめっこしながら、

自分が乗っているエステバリスの戦闘サポ−トシステムのプログラムをしている。


彼は自分と他のパイロットとの今迄の戦闘デ−タを比較しながら、より効率の良いサポ−トシステムを検討していた。

なぜならば、他のパイロットが使用するアサルトピットよりも旧式のモノを彼は使用しているからだ。

試作機で初期タイプのエステバリスである。

その機体は、水中戦用フレ−ム開発の比較試験に使っていたモノで、他のフレ−ムとの相性があまり良くないことが、『ナデシコ』 が宇宙に出たことで解ったのだ。

戦闘時の彼の反応速度は優れてはいたが、IFSの制御がスム−ズに機体動作に結びつかない為、宇宙空間の戦闘では思ったよりも不具合がでてしまう。


予定していた彼の分の新型0G戦フレ−ムと予備の分は、デビルエステバリスとの戦闘によって失ってしまった。

残念ながら、しばらく本体の補給予定もない。


幸い今のところ木星蜥蜴の襲撃はないものの、このまま 『ナデシコ』 が目的地の火星に着けば…

間違いなく大規模な戦闘が始まるだろう。 火星のネルガル研究所も、過度に期待してはいない。


いっそのこと他のパイロットの予備の分を自分用に調整して使ってしまえばいいことなのだが、彼は頑なにそれを拒否している。

彼にとって、今使用している機体は単なる道具にすぎないという意識がないからだ。

出来る限りの事はしてみたいといっている。

仲の良い整備班班長は、そんな彼の甘い考えを心配しつつも、何故か否定できないでいた。

主点はそれぞれ異なるが、二人ともメカに対する愛着があったからだ。

そして今回彼は、戦闘サポ−トプログラムのデ−タの見直しを考慮したのである。


彼は 『カワサキ基地』 でテストパイロットをしていた時、予定を無視した自分の独断行動で 『ナデシコ』 に乗艦してしまった。

試験途中で空中戦フレ−ムに換装して勝手に出て来てしまったのだった。

でも出撃前に、彼用の機体を後で 『ナデシコ』 に手配してくれると言われていた。

そしてそれが、失ってしまった新型0G戦フレ−ムの事だったのだろうと、彼は結論していたのだった。


一応、自分が乗ってきた試験機とは別の機体も彼は試乗していたのだが、あえてそちらは選ばなかった。

完全独立タイプで換装不要の特殊戦闘型エステバリス。 新型0G戦よりも遥かに高性能ではあったが、

搭載制御システムが未完成で、開発スタッフがお祭り騒ぎ&趣味まるだしで楽しそうにしていたからだ。


… 完成したらまた乗せてやろう …と、開発主任のコクブンジ・シゲルは言ってはいたのだが……





「ふう。 よし、こんなもんかな?」


IFSボ−ドから右手を離して手の甲からナノマシン紋様が消えると、それまで機械のように無表情だった顔が、

途端に幼い少年の表情へと変わる。


「明日また試してみよっ〜と。 さてと…(ぐぅ〜)」


カイトは、今日は作業をやめることにして、IDカ−ドを持つと…ふと、ある場所を思い浮べる。


「…まだ、食堂…あいているといいんだけど…」


少々小腹がすいたようだ。 艦内時間は……昼番と夜番の交代にはまだ時間はある。


「でも…もしかしたらまだ、テンカワさんが残っているかも…」


カイトは、少しためらいを覚える。



彼が作る料理が嫌い、というわけではない。 彼自身が大嫌い、というわけでもない。

ただ、親愛する義姉のユリカが、自分よりもアキトを追っかけている事を彼は拗ねているのだが…

カイトはその気持ちをアキトの方へ無意識に向けていたのだ。

彼とメグミの仲の良い関係も、カイトは見ている。



… まぁ、どのみちしばらくしたら、ブリッジで会うんだけど …



「…はぁ…自動販売機にするか。」



カイトはそう結論すると部屋から出た。




















―― 『ナデシコ』 居住ブロック販売機設置通路 ――





通路の角をまがって目的の販売機に近づくと、そこには先客がいた。


「よい…しょ…」


瑠璃色の髪をツインテ−ルにしている少女が、販売機のモノを袋一杯に詰めて持ち上げる。

そこを目撃したカイトの姿を彼女の瞳は不意にとらえる。


「はっ…!? カイトさん…!」


彼女がカイトのことを "ミスマルさん" と呼ばないのは、艦長のユリカと区分するためである。

口数の少ないカイトは、彼女と(戦闘指示を受ける以外に)話をしたのは一度しかないため、彼女の行動に特に動じてはいなかったが…



「…みてしまいましたね…」





少女は自分の予想外の行動を見られてしまったことに、つい動揺してしまった。

無言で立ち竦むカイトと彼女との距離は、いつのまにか縮まっている。

少女は、穏やかな顔で自分をみつめるカイトにつられて、つい自分の持っている袋の中身を説明してしまう。


「これは、"はっぱ煎餅(せんべい)" です…」


そういう彼女の頬は赤くなっていて、カイトは彼女の反応に不思議な印象を覚えた。










ユリカがお篭(こも)りし始めた昨日、カイトは状況も居場所もわからずユリカを捜していたのだが、

ブリッジに入るとメグミの隣にいた彼女…ホシノ・ルリにそれを教わったのだ。

それが、いま目の前にいるルリとの初めての会話であった。


ブリッジ待機のシフトがほとんど違うし、どちらかというとカイトは… 機体整備等で格納庫にいるか …

… 戦闘シミュレ−タ−室での訓練やトレ−ニングル−ムで汗を流したりするとか … 部屋でプログラム設計をしたり …

… ユリカの後を追っかけたり … ジュンを癒してあげたり(笑) … セイヤに捕まったり … 趣味の料理の研究をしたり…

…とまぁ 『ナデシコ』 に乗艦してからはあまりルリとの接触がなかったのである。

だからカイトは、愛想のない顔で淡々とした口調の彼女の印象を、"歳の割にはずいぶんと冷めている少女" としてとらえていた。










現状を説明しても特に反応のないカイトの温和な雰囲気に … いつもは冷静なはずの … ルリは、なぜかますます慌ててしまう。


そう、余計なことを口に出してしまう。



「…人にはそれぞれ演じるキャラクタ−がありますよね。 そこからはずれてないかなっ? て…」



ルリは、他人の目から映る自分の姿が不意に気になってしまった。

ルリが他人を観察することはあっても、逆に見られているという意識が、今迄あまりなかったからだ。

そして、カイトのことを … 無意識にルリと少し似ている人物として … 観察対象にしていたからだった。



自分の今の姿を "鏡" で見てしまったルリ。





「私…見た目ではそういうキャラクタ−ではないので、知られたくはありませんでした…」

「…はぁ。 そうなんですか…」


カイトは、いまいち要領を得ていない顔で、ルリに返答する。

カイトにとって、ルリが "はっぱ煎餅(せんべい)" を食べても特にどうということもないからである。

しかも、自動販売機は二人のすぐ側の所にあるのだからわざわざ説明をしなくても…


「消費量では一番が私で、テンカワさんが二番…カイトさんは、その下の三番目にランキングされています…」

「ふ〜ん。 ボクって、消費量ベスト3に入っているんだ…」

「ええ、そうなんですよ…って、こんなこと聞いてませんよね。 カイトさんは…」


カイトが会話に乗って来たので、そこで初めてルリは、ハッとする。

ルリは自分の感情をうまく表現ができないので、動揺して話題をすりかえていた事に漸く気づいたのだ。


「くすっ。 うん、そうだね。」


カイトもやっとルリが照れ隠しで自分から会話をしていたのだということがわかった。


確かに彼女の体型と抱えた袋の中身の量が、釣合ってはいない。

"美少女=小食" のイメ−ジをもつルリが、こんな状況を人に見られて恥ずかしくない訳が無い。


「ごめんなさい。 私…ちょっと動揺しているみたいです…」


カイトに自分の心の動揺を見抜かれたことに観念して、素直にあやまるルリ。


「いえいえ。 そんなことは気にしないで。 ボクは平気だよ。」


カイトも素直な笑顔をルリに見せる。


「…そうですか。(ほっ)」



…が、カイトは気づく。

購入しようと思った、販売機の "はっぱ煎餅(せんべい)" がすべて品切れになっていることに…


…少し笑い声が乾いてしまった…


カイトの視線が販売機に移り、一瞬表情が凍ったのを見たルリは …再び沸き上がった恥ずかしさで…

…顔全部が真っ赤になってしまう。



カイトはそんな少女をみて、ようやく歳相応の反応をみせてくれたルリに親しみを覚えたのだった。















―― 『ルリ』 の部屋の前 ――





彼女の袋をカイトは、ルリの部屋まで持っていく事にした。

カイトがもてば、彼女が人に会っても変に見られないだろうと思ったからだ。

ルリは、そのカイトの提案を素直に感謝した。

案の定、部屋に着くまで2・3人とすれ違ったが、普通に挨拶をかわしただけですんだ。

そうしてルリの部屋の前に二人はたどりついた。


「あ… どうもありがとうございました。」

「ど〜いたしまして。 そういえば、今日の夜勤って確か…?」

「はい。 私とテンカワさんと…あと、カイトさんです。」

「ふ〜ん。 "はっぱ煎餅(せんべい)" 消費量ベスト3メンバ−勢揃いか…」


思い出したように少し悪戯っぽく笑うカイト。


「あ… それはもう忘れて下さい!」


自分からつい余計なことを言ってしまったことに後悔し、また動揺してしまうルリ。


「いえいえ。 そうじゃなくって、"はっぱ煎餅(せんべい)" パ−ティを企画したのかなぁ、と思って。」

「えっ?」


予想外のカイトの言葉に、キョトンとしてしまう。


「その量があれば、夜食の用意はいらないかなって。」

「夜食…ですか…」


カイトは、ルリが、夜勤当直要員の差し入れ分をわざわざ購入してくれたのだと説明をする。


「そう…なんですか?」

「あれ? 違いましたか?」


今度はカイトがルリに問い返した。 ルリは、カイトの意外な気遣いに内心驚いた。

そして、ルリが返答に窮している様子を見たカイトは、自分の勘違い(いつものボケ癖)にバツの悪い顔をする。


「まぁ…いいか。 そういえば、ホシノさんは、夜食は何にします?」

「え… 私は "はっぱ煎餅(せんべい)" でいいです。」

「ほえっ? でも、お菓子だけでは、足りないでしょ?」


このカイトの質問は、ルリが食事をお菓子だけで済ませる事はないだろうと…思ったからである。


普通の食事の後に、"嗜好品としてのおやつ" として摂取するのだろうと…



まさか、この量を一食で済ませるはずはないのだろうと…





そう、カイトは、知る由もなかった…

ルリが偏食もちで、ジャンクフ−ド好き。 主食の米・パンも含めて "人が作る料理" が嫌いな事。

それに、ルリは強化体質なので、あまり栄養のバランスというモノを考えたことがないのだ。


とどめとして、先ほど購入した量は、ルリにとって一食分でも大丈夫だということを…



…ルリという美少女は、歳並みの大食いではなかった…



「ええ…まぁ…」


とりあえず、曖昧に返事をするルリ。


「では、よろしかったら、夜食を用意しますよ。 一人分作るより楽しいから。」

「はぁ…」

「それじゃあ、あとで用意してもっていきますね♪」


ルリの困惑の返答を了承と勘違いしたカイトは …無邪気に笑いながら…



… まるで "尻尾" を振っているかのように … その場を離れていった。





自分の "溜息" を喜んで応じたカイトに… 少々罪悪感を感じながらも …ルリは冷静に評価をあたえるのだった…










「…カイトさんって…やっぱバカ?」






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