……『ユ−チャリス』 の 艦内を "黒い衣服を纏った男" が 無言で歩いている
……
… その背中に … 後悔 … と … 悔恨 … そして … "絶望の念" を負っているかのように
…
"復讐" を遂げた今の自分には、あの場所に残るわけにはいかなかった。
かつて愛した妻が今の自分をみれば、こう言うに違いない……
…… "黒い王子様" ……
… だから彼は… ユリカを助けた後、かつての仲間 『ナデシコ』 の下へ戻して
…彼女が目覚める前に立ち去った。
…『ナデシコ』 ならば、あいつは自分の幸せをもう一度見つけることができるだろう
…
…かつて "私らしく" …自分の "未来" をみつけたい…
と言っていたあいつならば…
… もう …血塗られてしまったこの手で、あいつの未来を一緒に見守る事は…
俺にはできない …
… 許されはしない …
…俺はあいつを守ろうとして、すべてを見失ってしまった…
… あいつが求めた俺は …
…決してあいつが望まない手段を選んでしまったのだ…
… その手段を成し遂げるために …
…ユリカを言い訳にして …
… 奪われた自分の五感と共に "大切にしていたモノ" をすべて捨てねばならなかった
…
……かつての俺ならば、そんな手段を選ぶ存在を一番許せないと解っていたのに……
……… そう …かつて 『ナデシコ』 に存在していた "テンカワ・アキト"
は …もう… 死んだのだ………
『ユ−チャリス』 のメインブリッジにつくと、そこには二人の人影が彼を待っていた。
「アキト… カナシイ …トテモ…」
薄桃髪の少女が… アキトの心をそう表現して …アキトに囁いた。
北辰というかつての復讐を終えた今… ラピスの意思を服従させる必要が、アキトにはもうなかった。
彼女の姿は… そのまま …彼の優しい妹のような娘に… アキトには見えていた。
「もう必要ない……お前は… 俺の… "復讐の" …道具ではないんだ…」
「ラピス……ワタシハ… アキトノメ … アキトノミミ … アキトノ …… アキト
……ノ…… コ… コ… ロ…」
「やめろっ、ラピス!! 俺の心を見るンじゃないっ!!」
「!!…?」
アキトが突然ラピスに向かって叫び声をあげたので、彼女はアキトに拒否されたことに驚き、呆然としてしまった。
アキトは、ラピスの無意識の優しさを …もう… 受け入れるわけにはいかなかった。
もうこれ以上 …まだ白く淡いラピスの心を… 自分の色に染めてしまいたくはなかった……
… 黒いアキトは …ラピスを拒絶してしまったのだ。
機動戦艦ナデシコ セカンドスト−リ−
無限の時空(とき)の中でみつけた、大切なモノ
――― 火星より 〜 復讐を終えて … ―――
「…アキトさん。 このまま予定通り、木星遺跡プラントに 『ユ−チャリス』
の進路を向けますね。」
今まで二人を見守っていた "幼顔の少年" は …無表情な顔で… そうアキトに語り掛けた。
「… "カイト" …お前もまだ今なら、戻れる… これ以上俺の "狂気"
に付き合う必要はない…
…ラピスを 『ナデシコ』 に帰して… 俺の代わりにみんなと一緒に見守ってやってくれ……
… おまえには … おまえの "未来" を見守れる … "少女"
が待っているのだから……」
それを聞いたカイトは …無表情な顔を… あどけない表情に変えながら … アキトに優しく囁いた。
「アキトさん。 捨ててしまったモノは、また自分で拾い直すこともできる …と…
ボクは… 信じているんです。
… たとえ "世界" が間違ってしまったとしても … それに後悔しても
… 」
「…詭弁だ。 …零れてしまった "水" は、もうすくいあげることはできない……
…俺はなにも救うことはできなかった… 奪われたモノを… "大切なモノ"
も… そして、自分自身も……」
アキトは、カイトの気持ちを理解することができなかった。
復讐を遂げた今の自分に出来る事は ……ただ、罪を償う事。
自分の罪を償う為に… "電子の妖精" を "火星の後継者"
の残党から守ることなのだ…
復讐を終えて、絶望したアキト…… 自分がまだ……『ナデシコ』……を無意識に守ろうとしていることに……
……気づくことはない…… それは ……アキトの小さな…… "優しさの灯火"
………
カイトはアキトの "想い" をすべて聞いてうけとめていた。
… ただ "穏やかな空気" をまといながら ふたりを包み込むように
…
「… たしかに … ボクの手も小さくて、すべての "水" をすくうことはできない…
… 小さなボクの… この手からこぼして無くしてしまったモノを元に戻すこともできません…
… でも、ボクの中にある "小さくて暖かな灯火" は、決して消える事はありませんから
…
… たとえ "光" を見失ってしまっても、見つけることができると…
信じているんです … 」
…… そう …… カイトの瞳は … とても優しく … アキトをみつめ続けている
…… アキトの背中を ……
『ナデシコ』 に乗ったとき、囮となったアキトをカイトは助けてくれた…
『ナデシコ』 に乗った後、ユリカの背中を追いかけて、カイトはアキトとぶつかった…
『ナデシコ』 でユリカがアキトを追って、その後に続いてカイトも追っかけてきた…
『ナデシコ』 でユリカとアキトが迷うと、迷仔のカイトが助けてくれた…
『ナデシコ』 でユリカとアキトが結ばれたとき、素直にカイトは喜んでくれた…
『ナデシコ』 を降りても、ユリカとアキトと一緒にルリを連れて、カイトは祝福をしてくれた…
『ナデシコ』 を失ってしまっても、絶望せずにユリカとアキトにカイトは会いに来てくれた…
『ナデシコ』 を失ってしまったアキトとラピスをカイトは助けてくれた…
… そう ……『ナデシコ』 を見失った復讐 … まで ……『ナデシコ』 をずっと一緒にもっているカイトだけが
……
… 俺を …… 絶対に …… 暖かさを失わずに …… いつも見守り続けてくれた
……
カイトの眼差しは… ただアキトの瞳を… やさしく … あたたかく … おだやかに
… みまもっていた…
「木星遺跡のプラントに、もしかしたらアキトさんの "本当の願い"
があるかもしれません♪」
そしてカイトは、アキトとラピスに明るい声で話し掛けた。
すると三人の間に流れていた空気も、凍り付いた心の闇も、暖かな風が通り過ぎて変わってしまう。
「カイト… バカ …?」
自分の理解できない感情を、ラピスはいつもカイトに向かって、こういうのである。
それを聞いたカイトは、かつての自分と "大切な少女" を思い出すかのように破顔する。
… 本当に幸せそうな顔となるのだった …
ラピスもそんな彼の顔が、無意識に大好きなのである。
復讐のアキトを唯一躊躇(まよわ)させて、ラピスに人の感情を与えてくれたのだから…
そんなためらいの感情を、アキトはラピスに自分の弱さだとして、否定をしてはいたのだが…
「俺の… "本当の願い" …?」
アキトはそんなカイトをまだ理解できないようだったが、不思議な感情が目覚めてきた…
アキトは …復讐の黒い王子となって絶望していても… なぜかカイトを信じた心の理由を
… 漸くみつけたのだから…
そうして… カイトは柔らかな笑顔でアキトとラピスに …こう教えてくれた…
「そこで、アキトさんの "未来" をひとつ …捜してみませんか?
… アキトさんの "失った身体" を … まず探して、みつけましょうね。」
アキトとラピスは… その言葉とカイトに "大切なモノ" をひとつ …みつけた気がした…
……… 希望の光 …… を …