『 撫子荘 』 逢部屋 『 204号室 』 別室その二




〜 仔犬の 『』 〜







ボクの名前は、『御統・快人(ミスマル・カイト)』 9月29日生まれの天秤座で、15歳。

『撫子学園 高等部 1年 C組』 の男子学生。

身長は150cmを少し超えるくらいで、華奢な体格。 そして、年不相応の童顔で、とどめは女顔。

おかげで周りの人からは 『仔犬』 扱いで、ペットかオモチャにされてしまう毎日を過ごしている。

他人から見れば情けない奴だと思われるだろうが、ボクには、有り難いことだと思っている。

人から無視される "無" の存在になることが、ボクには恐い。

それは、ボクのまわりから、誰もいなくなってしまう事に脅えているから。

『仔犬』 扱いをされていれば、少なくとも無視される事はないと思った。


だからボクは、卑屈な 『仔犬』 を演じているにすぎなかった。



人間社会では…人は、他人にみせる人格を無意識に演じる生き物です…



そんなボクを今支えてくれる大事な彼女が……迷える仔犬に……こう諭してくれた。





人に何かを贈る時、自分がイヤなモノを与えることは、不誠実なことだと思う。

でも、もしかしてそれは…格好をつけて、自分を良くみせようとする…ことなのかもしれない。

だから、つまらないことや細かいことに、つい囚われてしまう。


そういう理由なのかはよく解らないけれど、ボクは自分が好きじゃない。



そして、あの時のボクは…彼女の好意に応えることを…無意識に避けていた。





明るいボクが、本当の姿なのだろうか…



それとも暗いボクが、明るいボクを本当の姿だと想う夢を、見続けているのだろうか…











ボクには父と母がいた…



覚えているのは…セイヤさんと一緒に悪戯している父の笑顔と…研究員の母の優しい横顔…


名前は……まだ……思い出せない。


中学一年生の春休みに、飛行機事故で(両親の名前も)亡くしてしまった。



命日は、3月24日。



両親を空港で見送るボクは、その瞬間を見ていたから……





中学二年からは、生まれ故郷に戻って、地元の 『木連中学校』 に転入した。

故郷に住んでいた家は既に無く、『撫子荘』 の居候として、部屋をもらった。



後になって、ようやくみつけた 『撫子荘』 に住む家族達。



チチと呼べる、セイヤさん

ハハと呼べる、ミナトさん

真面目な兄の九十九さん

陽気な姉のヒカルさん

今は妹と呼べる、友達のユキナちゃん



そして、ボクの一番大切な……迷子の小猫ちゃん……(笑)





生まれてから故郷を離れるまで、ボクには親しい人達がいた。


父の実家、『御統』 父の兄の娘、『百合花』

母の実家、『天河』 母の兄の息子、『明人』


二人ともボクよりひとつ年上で、住んでいた家も近いことから両家はボクを通じて親戚つきあいをしていた。

二人とはこうして親戚同士となったので、自然とボク達は幼馴染になった。


アキトさんは、兄弟のいないボクにとって、とても優しいお兄さん。

ユリカさんも同じく、暖かくて柔らかなお姉さん。


三人仲良く遊んでいたら…ボクは…いつのまにかユリカさんに初恋をしていた。


…ユリカさんの名前で母の面影を見たからかもしれない。










最初はユリカさんだったボクの心に、二番目の "運命の出逢い" が訪れる。

母の仕事の都合で、両親は、身寄りのない一人の女の子を引き取った。


突然ボクに義理の妹ができたのだ。



"雪のような白い肌" と "白桃色の長い髪"



義妹の名前は、ラピス・ラズリ・御統(ミスマル)…



そして、今はもう…ボクの妹ではなくなった…ラピス(瑠璃)…





初めて出逢った妹は、無表情で無愛想、人見知りがとても激しくて…

義理の兄にさえ懐きの悪いラピスを…ボクは、疎ましく思っていた。

妹は…明らかに日本人ではない容貌と、その性格のせいで…どこへいってもイジメられていた。

そんなラピスのせいで母の実家へ移る事となり…ボクは、ユリカさん達と故郷とも離されてしまった。


せっかく移り変わったというのに……結局ラピスは、その風貌で周りとは馴染めなかった。


だから、なんの反応も見せない顔でイジメられていた妹を、ボクはあからさまに避けていた。



…本当は心の中で泣いていた彼女を、ボクは邪険にしてしまった…



……彼女の心の音を聞こうともせずに…





雪が溶けて春がくると、花の蕾がひらいてゆくように、漸く閉ざされた彼女の心にも次第に変化が訪れる。

自然に恵まれた環境の下……だんだんと……少しずつ、白桃の花を咲かせて……ボクに懐いてくれたラピス。


…その時初めて、自分の大切な義妹として思えてきた。



だからボクは……泣かせてしまったラピスを守るために……武術を習い始めた。

…妹が、友達やまわりに迫害されないように…



小さくて柔らかな妹の手を…優しく引っ張って…皆の輪のなかに連れて行ってあげた。



…ようやくラピスが嬉しそうにして、愛らしくボクに言ってくれた…



「 世界で一番、おニイちゃんが好き! 」



…その時の笑顔がなによりもボクには嬉しかった…





だからボクは、父と母が出逢い…結ばれたという… 『撫子学園』 へ…いつか二人で入ろうと約束をした。

…ラピスに、希望の光を与えてあげたかった…



それは、ボクの初恋の相手、ユリカさん達とみんなで同じ学校に通いたいという気持ちがあったから。

……敬愛する人と、親愛なる人と、最愛の妹と、いつまでも一緒に……










……でもその約束は、果たせなかった。



12歳のボクは初めて人の "死" にふれた。



"ラピス色" をしたボクの想いを、最愛の妹に渡せないまま…



…ああしてやりたかった…こうしてやればよかった…



身体の弱い妹は…ふとした事で風邪をこじらせて…ボクの側からいなくなってしまった。



……なぜ、もっと早く、もっと沢山の愛情をラピスに与えてあげなかったのだろうか……



…後悔と悔恨と自虐の心に溺れてしまう自分。



それを慰めてくれた両親も……ちょうど一年たった同日に……ラピスの後を追うように逝ってしまった……










……桜の花びらが散ってゆく……





……ただ……いつまでも寂しく空を漂いつづけて……舞っている……










自分の身体(成長)も止め(無にし)てしまえば……





いつまでも "愛する人達と同じ時間" を過ごせると、この時のボクにはなぜだか…そう、思えた…





……封印した身体と記憶を、心の闇の海へ沈めてしまえば……





……ラピスとの約束も一緒にして……










故郷に帰って気づいたのは、親愛なる人と敬愛する人が…恋人となって…いた事。



『御統』 も 『天河』 もボクの居場所ではない。



迷った仔犬のように、ボクは道を失ってしまった。



この時のボクは、『アキトさん』 を … 『アキト先輩』 …としか、呼べなかった。



だから、夢見る事も忘れてしまった…










ボクが学んだ、『 神星流(しんせいりゅう) 』 という、世に名も無き流派。

師父は説く。



―― 我が流派 ――

―― 我が武道の "武(たけ)" を 『力(ちから)』 とし、 その "道(どう)" を 『心(しん)』 とする ――

―― "道(みち)" なくして、"武(ぶ)" は、出(いで)ぬモノ ――






…迷った仔犬は、心も身体も冷めてしまい、義妹のために身につけた力を、誤った方法で使ってしまった。

脅えた野良犬は、自分と外を隔てる。

やがて自分に近づくモノすべてに、力を奮う…



…いつしか、さ迷い疲れてしまった仔犬のように…










…でも、見つける事ができた…自分に道を教えてくれる人達に…





「おまえさんにできることは、あの子との思い出を抱いてやることだ……そうして、みんなで前に進むンだ…」



……父さん……ボクは……まだ……進む勇気がもてない……





「最後まで、私の胸の中に残っていたもの……それは、友達…」



…母さんは……友達からでいいから……少しずつ始めようと…優しくボクを……抱きしめてくれた…





「遺された者にできることは、忘れないでいてあげること……悲しい事も、楽しかった事も……みんなさ…」



…兄さん……もう少しだけ、ボクに時間がほしい……まだ……記憶を封印していたい…






「ずっと悲しみに暮れていると、幸せもどこかにいってしまうから……ね!…元気を出してあげなくっちゃ!」



……姉さん…あの仔は…幸せだったんだろうか……





「大切なあの仔の命の灯火を、誰でもネェ…オマエが受継いだンだ。

だから……もう自分だけのモンじゃないんだぜ……って、ちょ〜っとクサかったな。(照)」



…親友のセリフ……うずもれた記憶の灯火……まだ、のこっている……自分の弱さがまだ好きではない…





「わたし、今日からあなたの妹になってあげるっ!」





…ありがとう……でも……それは……ダメなんだ…










大切な人達の灯火が少しずつ増えて……凍り付いていた心に……あたたかな風が流れて込んできた…



…少しずつ見えてくる…自分の進むべき道…たどりつきたい場所…

自分に道を教えてくれる人達に出会えたことを、ボクは素直に感謝した。



少なくとも 『約束』 を思い出して、その一つが叶った時…

ボクは…自分のことが好きになれそうな…予感がした……










そこでみつけたモノ……心の闇を明るく照らす、一番強い星の光が差し込んできた。





…彼女との、"運命の出逢い" …





『約束』 の少女と 『夢』 に……ボクは再会する。





自分がまだ好きではなくて……戸惑うボクは……彼女の前で、迷える仔犬。





それでも君が、ボクの前に現れてくれたことば……










…私…ここにいても…いい…でしょうか?…





再び妹となってくれた少女。





そして彼女は… "瑠璃色想い" を…ボクと一緒に受け取ってくれた。





……義妹さんは…あなたのそばにいて…

きっと……いつまでも……ずっと…幸せだと……私は…そう想います……(真心)






……君がボクに見せてくれたその心が、ボクに大切なものを思い出させてくれた。










もしも絆を結んでゆけたら、一番大切な夢が叶えられる。



…他人だった彼女……妹になった彼女……大切な家族…大切な人…





人の心を癒してくれるその名をもった、彼女と一緒に生きてゆきたい。

…側にいてほしい…





自分にとって、かけがえのない命の光。

……瑠璃の色……





自分が一番大切にする心の響き。

…ボクには、最も大事な名前…










……… ルリ ………








[戻る][SS小ネタBBS]

※飛鳥しゅんさんに感想を書こう! SS小ネタ掲示板はこちら

<感想アンケートにご協力をお願いします>  [今までの結果]

■読後の印象は?(必須)
 気に入った!  まぁまぁ面白い  ふつう  いまいち  もっと精進してください

■ご意見・ご感想を一言お願いします(任意:無記入でも送信できます)
ハンドル ひとこと