リレー小説 『夏祭り!』 









<第4話>



 夏祭り期間中だけ運営本部としてネルガルが借り切っている、祭り会場近くの小さな旅館の一室で、アカツキとエリナが小さな机をはさんで向かい合っていた。

「こちらが、今回の件に関する中間報告書です」

「ん、ご苦労さん。……うん、なかなか順調じゃない。この分ならだいたい計画通りに進みそうだねえ。  ……ん? エリナ君、ここの部分はいったいどういうことだい?」

「……それについては、こっちの報告を見てちょうだい」

「どれどれ…………ははあ、なるほど。そういうことかい」

「ええ……これまでに起こった大小合わせて数十件の騒動の内、『彼』が中心人物の1人になっているものは5割近くに上るわ。中心にまでならなくても、何らかの形で関係しているものが約3割。両方合わせれば全騒動の7,8割に関わっている。これはその結果……といった所ね」

「ま、それだけ人気があるってことだろ? しかし、少し前ならこういうのはテンカワ君の役割だったんだけどねえ……」

「艦長と落ち着いちゃったからでしょ。それに、彼の方が良くも悪くもお人好しだし……」

「ふむ。まあしかし、このままにしておくわけにもいかないね。何か対策を考えないと…………そうだ! エリナ君、1つ面白いイベントを考えついたんだけど」

「……また何か妙な悪巧みじゃあないでしょうね? あなたが『面白い』って言うとろくなことがないのよ?」

「まあまあ、そう言わずに聞いてくれたまえ。実は……(耳打ち中)……」

「……(耳打たれ中)……って、ええっ! そ、それ本気!?」

「もちろん♪ 本気も本気、大本気だよ。それじゃあ、僕はみんなの説得にまわるから、準備の方よろしく!」

「準備って、たった半日でそんな……ハイハイ、わかりました。やっぱりろくなことじゃあないわね、全く……」

「そう言わない。うまくいけば一石二鳥……いや、三鳥も四鳥も取れる名案なんだから。さあ、あんまり時間もないことだし、早いこと取りかかろう!」

「……迷案でないことを祈るわ……」










「「「「「美人コンテストぉ〜!?」」」」」



 いつかのように、1つの言葉に様々な表情を浮かべる面々。ただし、いつかと違ってその場にいるのは女性ばかりだったが。

「そ、美人コンテスト。前にも一回やったでしょ? 題して『ミス・夏祭りコンテスト この夏の一番星は君だ!』なんてね」

 相変わらずの笑みを浮かべながら、やはりウィンク1つでそうのたまうアカツキ。

「……で? 今度いったい何を企んでいるんですか? ……それに、ここにいるメンバーを見ると、何か作為的な物を感じるんですけど?」

 口火を切ったのはやはり『電子の妖精』ホシノ=ルリだった。冷淡モードでのきつい視線と口調でアカツキを攻める。

 その場には、彼女の他にもリョーコやヒカル、アサミ、メグミ、ホウメイガールズ、……などなどの女性陣が集められていた。

「はっはっは、企んでるだなんて人聞きが悪いなあ。まあ、それについてはおいおい話すとして、まずはこっちを読んでみてくれないかい?」

 そのままアカツキはそれぞれに何かの紙を配り始める。見たところ、コンテストのパンフレットと参加申込書のようだ。

(しかし、よくもまあこれだけ集まったものだねぇ……)

 集めたのは自分なのだが、彼を巡る騒動に大なり小なり関わっている女性がこれだけいるということに、この元大関スケコマシは改めて彼に対する畏怖と戦慄の念を深めていた。

「おい、こんなもの配るってことは、オレ達に出場しろってことか? 言っとくけど、オレはイヤだぜ!」

「ええ〜、せっかくなんだからリョーコもやろうよ〜。ほら、優勝者には賞品も出るって…………あれ?」

 のっけから否定的なリョーコに対し、ヒカルが妙に楽しげに出場を薦める。しかし、パンフを再び見たところでその言葉が途切れた。

「……ねえねえ、優勝者の副賞に『ミスマル=カイトの1日独占権』って書いてあるんだけど?」



「「「「「ええっ!?」」」」」



「ホントだ!」「なになに、なんで!?」「どういうこと、それ!?」

 ざわめく女性達と、怪しく微笑みながらそれを見ているアカツキ。

 やがて、再びルリが発した声が、その場に冷たく響き渡る。

「……どういうことなのか、きっちりと話をしてください」

「ハイハイ、もちろんしっかりと”説明してもらう”よ」

「…………してもらう?」



「……説明しましょう!」



 バーン! ……とドアを勢いよく開けて入ってきたのは、説明といえばこの人、イネス=フレサンジュ博士。

 どうやら入り口の前で待ち構えていたらしい彼女を、アカツキは愉快げに、他のほとんどは呆れたように見ていたが、中にはやや戸惑っている者もいた。そんな中の1人、アサミ=ミドリヤマが恐る恐る口を開く。

「あ、あの……イネスさん? いつからそんなところにいたんですか……?」

「そうね、10分ほど前からかしら。……それがどうかしたの?」

「はあ、そうなんですか……」

 助けを求めるように隣に座っているホウメイガールズの1人、サトウ=ミカコを見るが、ミカコは目を閉じて無言で首を横に振る。
 良くも悪くもナデシコに染まりきってしまったものと、そうでないものとの差だった。

「コホン……まあ、そんな話は少し置いておいて、さっそく説明の方に入るわね。まずは、全員これを読んでちょうだい」

 そう言うとイネスは数枚の紙束をそれぞれに配り始めた。

 最初にそれを手渡されたメグミが、不審そうな声をあげる。

「なんですか、これ?」

「読めばわかるわ」

「……そうですか。……えっ? これって……!」

 イネスの返答にやや憮然としていたメグミの表情が、渡された紙を読み進めるにつれてだんだんと険しくなっていき、最後のページを見て驚愕に変わる。他の面々もおおかた同じような反応を示していた。

「どういうことなんですか、これ!」

「……だから、読んでもらった通りよ」

「そんな!? だって……」

 ……イネスが一同に配った物は、ある人物の健康状態を検査し、その検査結果をまとめたものだった。初めの方では幾つかの外傷や、その治療経過などが書かれている。その辺りは全く順調で、とりあえず問題があるようには見えない。

 しかしその後に、疲労度やストレスなどの項目が続くと様子は一変する。身体面、精神面どちらも相当な疲れが溜まっており、特に精神的なストレスはいつ倒れてもおかしくないほど深刻なレベルにあった。



 そして、最後のページに書かれていたものは……





”被験者 ―― ミスマル=カイト”






「……というわけ。まあ、いくらカイト君でも毎日毎日周りであれだけの騒ぎを起こされたら、そりゃストレスも溜まるということね。もっとも、あの性格だから本人にも自覚はないかもしれないけれど。まさに『塵も積もれば…』という奴かしら。……以上、何か質問はある?」

 あれから約10分間に渡り続いたイネスの説明が、ようやく終わりを告げた。

 それを黙って聞いていた一同の中から、小さな手が上がる。

「はい、何かしら? ホシノ=ルリ」

「……カイトさんの健康状態が、その……あまり、良くないのはわかりました。でも……それがどうして、アカツキさんのいう『美人コンテスト』に繋がるんですか?」

「それは……」

「そこからは僕が話そう。……ドクター、長い説明どうもご苦労様」

 台詞を横からさらわれて不機嫌そうなイネスをなだめながら、アカツキが話し始める。

「さて、どうしてこんな企画をしたのかだけど……はっきり言ってしまえば、彼に少し休息してもらおう、ということさ。彼の疲労はほとんどが『気疲れ』から来ているものだからね。まあ、どこかでのんびり休むのもいいけれど、それよりも周囲に気を使わずに存分に祭りを楽しんで、心身共に多いにリフレッシュしてもらおう、と思ってね。
 こんなことは本来ならネルガルが関わるような問題じゃあないんだけど、さすがにお祭りの最中に倒れられたりでもしたらたまらないからねえ」

 一同はその言葉を聞くと、気まずそうにしながら俯く。

(う〜ん、予想以上に”効いてる”みたいだねえ……)

 その様子を見ながら内心で少し不安を感じるアカツキ。実は、先程イネスが話した内容は、実際よりも5割増ほど大げさに脚色されたものだったのだが……

(……ちょっと脅かしすぎたかな? まあ、このままずっとあの調子だったら本当にそうなってもおかしくはなかったから、まるっきりのウソ、というわけでもないんだけど……)

 やりすぎたか、と反省するアカツキに、どこか怒っているようなリョーコの声がかかる。

「そ、それならなんでわざわざ『美人コンテスト』なんだよ! 他のイベントだっていいじゃねえか!」

「そりゃあ、2人きりでデートする相手なんだから、どうせなら会場で一番の美人がいいだろうと思ったからさ。それに、ちょうどそろそろそういう盛り上がりも欲しかったところなんだ。ああ、ちなみにカイト君の方の承諾は取ってあるよ」



 ピクッ!



 アカツキの台詞に、沈んでいた女性達の雰囲気が微妙に移り変わる。



(((((2人きりでデート…………)))))

(((((一番の美人…………)))))

(((((……………………)))))



 アカツキはその変化を見てとると、口元を微かにニヤリと歪め……

「実はもう既に、一般のお客さんからの出場申請も幾つか来ているんだけど……」



「「「「「やります(やる)!!」」」」」



(……作戦、成功♪)










 そして、それから数時間後……

「……というわけで! いよいよ始まりました『ミス・夏祭りコンテスト この夏の一番星は君だ!』。司会進行は私ウリバタケ=セイヤ、解説は元大関スケコマシこと、落ち目の会長さんでお送りします!」

「……落ち目は余計だっつーの」

「さて今回のコンテスト、応募人数が予定をだいぶオーバーしてしまったため、予めこちらで一次審査を行い、それに合格した総勢20名の女性達がエントリーされることになりました!」

「……元って付けないでよ」

「それでは、一次審査を通過した20名の美女・美少女達の入場です! 皆様拍手でお迎え下さい!」

「……そもそも名前が出てないんだけど」

 いじけているようなアカツキを余所に、おおおおおっ! と盛り上がるウリバタケと観客達。

「さーあ、入って参りました! いずれ劣らぬ美しい乙女達が一人、また一人とステージに上がっていきます! おや? 彼女たちのあの格好は……」

「…………僕、一応スポンサーなんだがね…………金持ちをなめんなよ

「解説のアカツキさん、彼女たちの姿はいったいどうしたことなのでしょうか?」

「はーい、どうも、解説のアカツキ=ナガレです。……ウリバタケ君、見てわからないかい? あれは『浴衣』だよ」

「ゆ……『浴衣』!?」

「そう、今は夏! そして夏の衣装と言えばやはり『水着』と『浴衣』! そしてこれは『ミス・夏祭り』を選ぶコンテストだ! というわけで、このコンテストでは出場者全員に浴衣での参加が義務づけられているのさ!!」

「……あんたの趣味か?」

「はっはっは、まさか。単に事前に行ったアンケート調査に則った結果だよ。まあ、とにかくそういうことだから、水着審査を期待した人達は残念だろうけど諦めてくれたまえ」

 ……等と2人がやり合っているうちに、ステージ上に並んだ20人の女性達は1人を残してその場を離れていってしまった。

 残った1人はなにやら準備を始めている。

「とか何とか言っているうちに、いつのまにやらそれぞれのアピールの時間になってしまいました!」

「いや〜、優秀なスタッフっていいねえ……」

「トップバッターはこの人、『マキ=イズミ』! …………って、マジか!? おい!!」



『どうも、マジ、イズミです……くっくっくっくっく』



 ヒュゥ〜…………



 何故か、夏には似合わない木枯らしが吹きすさぶ。

「か……解説のアカツキさん、彼女が1番手というのは……」

「あ、ああ……いや、彼女が出るとどうしてもその場が盛り下がるだろう? それだったら、途中のいいところで雰囲気を壊されるよりは、最初に出しちゃった方がいいんじゃないかって……」

「だ……大丈夫なのか?」

「…………たぶん…………」

「……………………」

「……………………」

「ええ……というわけで、まず最初は、マキ=イズミさんによる『一人漫談』です!! どうぞ!!」



 ベベンベン♪

『隣の家に……』



 ……………………



 ……それから5分間、会場の時が凍った……



(……やっぱダメじゃねえか……)

(……止めておけば良かった……)










 出だしこそつまずきかけた『ミス・夏祭りコンテスト』だったが、その後の流れは極めて順調に進んでいた。

 先程『アマノ=ヒカルの似顔絵講座』なるものが終了し、現在は前半最後となる10人目のパフォーマンスが行われている。



 シイン…………

 ……………………

『……………………はっ!!』

 シャァッ! ザン! ザン! ザシュゥッ!! ドサドサドサッ……

 パチン……!

『ふうっ……』

 おおおおおっ! パチパチパチパチパチ!!



「どうも、スバル=リョーコさんの『巻藁3連斬り』でした。いや〜、見事な腕前でしたね」

「そうだねえ。もっとも、居合い切りとミスコンがどう繋がるのかよくわからないけど……」

 ステージから下がっていくリョーコが「うるせえっ!」とでも言いたそうな視線を送る。

 真っ赤な浴衣姿と腰に下げた刀が何ともミスマッチ。

「え〜、それでは、前半の10人が終わりましたので、この辺りで少し休憩を取りたいと思います。後半の開始は10分後です。トイレなどに行かれる方はそれまでの間にすませてきてください」

「いいね〜、僕たちも休憩はあるのかい?」

「ねえよ。俺たちはその間この場を繋ぐの。……さて、ここまでの10人を見てどう思われますか? 解説のアカツキさん?」

「そうだねえ、どれもみんな個性的だった……と言っておこうか。優勝は後半のメンバーを見てみないとどうなるかわからないけどね」

「……そりゃそうだ。ええ、後半のメンバーというと……なるほど、『ミスマル=ユリカ』、『ホシノ=ルリ』、『J−MESH REVOLUTIONS』のメンバー5人、『メグミハラ・レイナ』、『アサミ=ミドリヤマ』、それと……」

「そうそうたるメンバーだよ、全く」

「では、アカツキさんは優勝はこの中の誰かだと?」

「いやあ、それがそうとも限らないんだなあ」

「?? ……どういうこった?」

「それじゃあ、順番にせつめ……おっと、『解説』をしていこうか。まず一人目、ミスマル=ユリカ嬢だが……」

「ふむふむ」

「果たして、既に『旦那』のいる女性が『ミス某』なんてものに選ばれると思うかい?」

「おおっ、なるほど!」

「まあ、まだ婚約の段階だから、一応『ミス』の条件には当てはまるんだけど……うっ!」

 舞台袖から、何か怒っているような雰囲気が漂う。

「つ、次の、ホシノ=ルリ君だが……」

「彼女には、以前ナデシコで行われたコンテストで、幻の優勝を果たした経験がありますが?」

「あれはナデシコの中という特殊な空間だったからさ。ここに集まっている人はほとんどが一般のお客さんだ。中には今日初めて彼女のことを知ったという人も多いだろう。あの時ほどの好結果は期待できない……はぅっ……!」

 今度は、無言のまま背筋に氷を放り込まれるような、そんなプレッシャーがかかる。

「となると逆に、残る現役のアイドル達はだいぶ有利なのでは……?」

「そ……そして、『JMR』の5人だが……彼女たちの人気はたいしたものだけれど、彼女たちはあくまで5人グループ」

「……と、言うと?」

「今回競われるのは彼女たち一人一人の魅力。アピールも投票も5人別々にしてもらうことになっている。したがって、5人グループである彼女たちは人気も5等分されるというわけさ……ぐはっ!!」

 さらに、不機嫌そうだったり、悲しげだったり、多種多様なオーラが襲ってくる。

「だ、大丈夫か? なんだか顔色が悪いぞ?」

「ああ……平気平気(……この程度にしておかないと、この場で殺されかねないな……仕方ない)

 ……それに、このコンテストの場合、人気があるのが必ずしも有利とは限らないからねえ」

「あん?? どうしてだ? 人気はあった方がいいだろう」

「ふふふ、その秘密は今回の優勝賞品にある!」

「優勝賞品?」

「正確にはその副賞だけどね。……まあ、実際に見てもらうのが手っ取り早いかな」

 そう言ってアカツキがパチンと指を鳴らすと、にわかに会場にスモークがたかれ、ステージ中央から”何か”がせり上がってくる。

「あれが今回の優勝者に送られる賞品さ!」

「おおっ! って、煙でよく見えないぞ!? ……ああ、ようやく少しだけ見えてきた。あれか、その賞品てえのは!」

 おおおおおっ!! ウリバタケとともに盛り上がる観客達。

「どれどれ、どんな代物が……? ……なんだ、ありゃあ……?」

 おおお……おお…………お? 観客達の声もだんだん小さく消えていく。



 ステージから大きな小切手や何かの食料品詰め合わせ、いくつかの家電製品(ネルガル製らしい)等とともに上がってきたのは、パイプ椅子に縛り付けられてぐったりしている青年だった



「……………………」

 ……………………

「ふっふっふ、どうやら驚いて声も出ないようだね」

 絶句するウリバタケと観客達を尻目にそうのたまうアカツキ。

「あ……あれがその”賞品”なのか……?」

「さっきからそう言ってるじゃないか」

「なんか、ぐったりしてるぞオイ」

「う〜ん、ちょっと麻酔が効きすぎたかな? 大丈夫、明日の朝までには目を覚ますって」

「……じゃなくて! なんでカイトの奴があそこにいるんだ!?

「だから、彼も優勝賞品の1つなの。正確に言えば、このコンテストで優勝した人には、明日一日、彼と2人きりでこの祭りを楽しむ権利が与えられるのさ。そのために我がネルガルが総力を挙げてありとあらゆる支援をする手筈になってる」

「……………………」

 ……………………

「ちなみに、あの副賞は受け取りの拒否も出来るんだけど……今のところそういった要望は受けていないからね。つまりこのコンテストは、夏祭り一番の美人を競うとともに、彼のデートのお相手を巡っての争いでもあるわけさ♪」

「……………………」

 ……………………

「人気があるからって優勝するとは限らない理由は、納得してもらえたかい?」

「あ……ああ。つまり、ファンの中でも、カイトの奴とのデートを阻止しようとして、本命以外に投票する人間が出てくるってことだな?」

「そういうこと」

「よくわかった…………ああっ! そこっ! ステージに物を投げないでください! 投げるなコラ! やっかむ気持ちはよ〜くわかるが、とりあえずステージを荒らすんじゃねえ!! そのステージには俺の作った仕掛けが色々と……!?」



 ポチッ♪

 カパッ!

 ヒュウゥゥゥゥッッッ……




 ……………………



「い……いったい今、何が起こったんだい? カイト君がステージの下に落っこちていったように見えたんだけど……」

「……誰かが投げこんだ空き缶か何かが、瓜畑印参拾六のギミックその弐拾七『永遠の落とし穴・ミリィちゃん3号』のスイッチを入れやがったんだ……」

「……他に35個もあんな仕掛けがあるのかい?」

おうよ! どれも即座に使えるよう、ワンタッチで起動する仕組みになってるぜ!」



 ……………………

 観客達の騒ぎがぴたりと収まった。



「……とりあえず、今すぐ全部封印してきてくれるかな?」

「……わかったよ。ちっ、仕方ねえな……」

 しぶしぶ……と、司会席を離れてステージに向かうウリバタケ。

「……………………。
 ……おっと、どうやらそんなことをしているうちに、休憩時間の10分が終わってしまったようだね。それでは今から後半戦に突入……」

 そこでいったん言葉を切ると、空き缶やら空のプラスチック容器やらが散乱し、ウリバタケがあちこちを弄りまわしているステージを見る。





「……その前に、休憩時間をもう10分延長しようか」

 反対する人間は、どこにもいなかった。










 そうして、その後もコンテストは続き……どちらかというと一発芸的な出し物が多かった前半とは違い、後半の出場者達はみな『歌』で自分をアピールしていたため、さながら同ステージにて数日前に行われたコンサートのような様相であった。

 本職のアイドル達はもちろんのこと、ルリやユリカらもそれに勝るとも劣らない歌唱力を発揮し、多いにコンテスト会場を盛り上げていた。

 そして今ちょうど、自分の最新曲を歌いきったアサミがステージを下りていく。

「はい、アサミ=ミドリヤマさん、どうもありがとうございました〜」

「う〜ん、みんないい歌声だったねぇ〜」

「それでは次、いよいよ最後の出場者となります! トリをつとめるのはこの方、『ミナヅキ=アイコ』さん!! ……って、誰だ? 俺は知らないぞ? そんな奴」

「なーに言ってるんだい。確かに今回の出場者にはナデシコの関係者が多かったけど、そうでない娘達だって何人もいただろう?」

「そりゃそうだが、あれだけ知り合いが続くと、最後が知らない奴だっていうのがなんとなく……まあいいか。

 それでは、エントリー・ナンバー20番! ミナヅキ=アイコさん、どーぞ!!」



 フッ…………



 その瞬間、会場が暗闇に包まれた。



「な、なんだなんだ!? また停電か!?」

「いや、マイクの声は入ってるんだ、単に照明を消しただけだろう」

「そ、そうか……でも、だったらなんでンなことを…………おぉっ!?」



 パッ! と、月明かりだけが差し込む会場の中で、ステージに眩いスポットライトがあたる。

 そこには、いったいいつ現れたものか、紺色の浴衣を纏った背の高い女性の姿があった。

 右手に扇、足には草履、結い上げた黒髪には幾つかのかんざしを挿している。

 やがて、何処からともなく笛の音が聞こえてくると、彼女はその音色に合わせてゆっくりと踊り始めた。



「こ、これは……『日舞』!? 日本舞踊かっ!?」

「しっ! 静かにしたまえ! 場の空気が乱れるだろう!」



 そんな彼らの声も全く気にかけず、流れるように、優雅に舞い続ける一人の『大和撫子』。

 観客達も皆、物音1つたてずにその舞に見入っている。

 スラリと伸びた腕に、綺麗に揃えられた指先。その細かな所作からは、女の色気と、少女の清楚さがともに感じられ……

 口元に扇を運び、何処へともなく流し目を送ると、誰かの喉が「「「……ゴクッ……」」」と鳴った。

 そして……



 結局、一言も話さないままにステージから彼女が下がった後も、たっぷり十数分の時が過ぎるまで、誰1人として口を開いた者はいなかった……





 優勝は……決まった。










 翌日、夏祭り運営本部の旅館の縁側で、のんびりとお茶を飲む青年の姿があった。

「ふう……」

 その青年の元へ、奥の廊下から一人の女性がやってくる。

「こんなところにいたの? ……朝からそんなだと、体なまっちゃうわよ?」

「あはは。朝といってももう10時近いですよ? それに、今日一日はのんびりしていろって言ったのはそっちでしょう? ……おはようございます、エリナさん」

「ええ、おはよう、カイト君。昨夜はよく眠れたかしら?」

 やって来た女性−エリナは縁側で座っている青年−カイトの隣に、ポットや急須などの載ったお盆をはさんで腰掛ける。

「そうですね、おかげさまで……今朝は8時過ぎになるまで目が覚めませんでしたよ」

「あらあら、普段起こしてくれる人がいないからかしら?」

「う〜ん、最近はそんなこともないし、自分で起きられていたんですけど……」

 アパート暮らしだった頃はともかく、戦艦の中で”誰か”に起こしてもらわないと起きられないようでは、さすがにパイロット失格である。その”誰か”は彼以上に責任ある立場なことだし……

「まあ、今日一日はこの旅館の中でゆっくりしていなさい。下手に外に出ると厄介なことになるわよ? 色々とね」

「そうですね。ああ、エリナさんも飲みますか? お茶」

「そうね、頂こうかしら……」

 その言葉を聞いて、カイトは自分の湯飲みともう一つ別の茶碗とに急須から茶を注ぐ。

 しばらくの間、ふうふうと熱い茶を冷ます音と、ズズッ……と啜る音が聞こえる。

「そういえば、昨日はすごかったわね。よく似合っていたわ。そうね……歌舞伎役者みたいで」

「……どういう意味ですか、それ? なんだか、褒められてる気がしないんですけど……」

「あら、立派に褒めてるつもりよ? それに、メイクをした子達も言ってたわよ。すごく仕事のしがいがあったって」

「……やっぱり、あんまり嬉しくないなあ……」

 そう言って、すぐ後ろの部屋をちらりと見る。

「あんなこと、頼まれたってもう絶対にやりませんからね」

「はいはい。……でも、良くいきなりであんなに上手くやれたものね。実は昔やってた、とか?」

「そんなこと言われてもわかりませんよ、憶えてないんですから……。でも、もし本当だったらやだなあ、それ。だいたいどうやって身につけたんだか……」

「でも、訓練した憶えがない技能なんて珍しくもないでしょう? あなたの場合。案外……」

「うっ……そう言われると……」

 言葉に詰まるカイト、クスクス……と微笑むエリナ。

 と、そこに「ピンポーン!」と玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえた。

「……誰かしら?」

 他にこの旅館を利用しているのは、やはりネルガルの関係者−アカツキやプロス、ゴート、その他SSや事務用の人間達だけで、彼らがいちいち呼び鈴を鳴らして入ってくるようなことはない。旅館の関係者などにしても同じことだ。

 不審に思ったエリナが様子を見に行くと、そこにいたのは……

「……ラピス?」

「ア、エリナ」

「……あなた、どうしてここに?」

「カイトヲ探シニ来タ」

「なっ……!」

 なんでここが!? 思わずそう叫びそうになるエリナ。

「か……カイト君なら、今頃は昨日の人と一緒じゃないかしら? こんなところに来ても仕方ないわよ。だいたい、ユリカさんは負けたんだから、あなただって今日は彼と会っちゃいけないはずでしょう?」

 昨日行われた美人コンテストだが、参加資格が『中学生以上』だったため、ラピスは出場できなった。そのため、女性では普段一緒にいることが一番多いユリカが、ラピスの代わりに出場したのである。

 ユリカが優勝していれば、副賞のうち『カイトとのデート権』はラピスのものになるはずだったのだが……

「デモ、今日ハカイトハココニイルッテユリカガ言ッテタ」

「そ……」

「いやあ、ばれちゃったんなら仕方ないね。おはよう、ラピス」

「……カイト、オハヨウ」

 どうにかして誤魔化そうとするエリナを余所に、あっさりと姿を現すカイト。

「か……!?」

「? なんですか、エリナさん?」

「カイト君!! あなたが出てきたら駄目でしょう!!」

 激昂するエリナに対し、カイトは呑気にラピスの頭を撫でながら、

「仕方ないでしょ、ばれちゃったんだから。それに、たぶん大丈夫ですよ」

「……どういうこと?」

「え〜と……ラピス、ユリカさんだけど、僕がここにいるっていうほかに何か言ってたかい?」

「ユリカ? ……エット、『今日はアキトと2人きりになりたいから、ラピスのことよろしくね〜♪』ッテ言ッテタ」

「そうか、やっぱり」

「……だから、どういうことなのよ!」

 一人だけ納得しているカイトに、エリナが詰め寄る。その剣幕に、思わずラピスがカイトの陰に隠れた。

「なんて言うか……昨日のことは、ユリカさんには全部見抜かれちゃってるみたいですね。それと、ラピスを頼まれてくれないと、そのことを他のみんなにもばらすぞ、と……」

「……脅してるってわけ?」

「そういうことですね、たぶん」

「……全く、相変わらず妙なところで鋭いんだから……」

 呆れたようなエリナと、相変わらず呑気に笑っているカイト。ラピスはそんな2人を不思議そうに見ている。

「さて、と……ラピス?」

「ナニ、カイト?」

「今日はちょっと理由があって、この旅館から出られないんだ」

「ソウナノ?」

「うん。だから、一緒に遊ぶならこの旅館の中だけになるけど……いいかな?」

「……ウン、構ワナイ」

「そう、それじゃあラピスも上がって。ああ、靴はそこの棚に入れておいてね」

「ワカッタ」

 そうして奥へと戻っていくカイトと、それについていくラピス。

「はぁ……仕方ないわね」

 小さなため息を1つ吐くと、エリナも2人の後を追っていった。



 カイトの後を追って、縁側に到着したラピス。隣の部屋を見て首を傾げる。

「カイト……アレ何?」

 カイトは差した指の先を見て一瞬固まるが、やがて答えを返す。

「あれは……そうだね、『お芝居道具』ってところかな」

「オシバイドウグ?」

「うん、そう」

「……ソウ言エバ、昨日ノ女ノ人ハドウシタノ? 確カ今日、アノ人ト『でーと』ダッテ……」

「……それは……」

 カイトの背中を冷や汗が流れる。

 そこに、タイミング良くエリナの声がかかった。

「カイト君、ラピス、西瓜でも食べる?」

「ああ、食べます食べます! ラピスは?」

「……カイト、スイカッテ何?」

「ああ、西瓜って言うのは夏に取れる果物で……あれ、果物じゃないんだっけ? まあいいや、とにかく夏の食べ物だよ」

「……美味シイ?」

「うん。甘くて瑞々しくて……食べてみればわかるよ」

「ワカッタ、ワタシモ食ベル」

「ん、わかった。……エリナさーん! ラピスも食べるってー!」

 調理場の方から小さく「ハイハイ、少し待っててちょうだいねー」との声が聞こえた。



 そうして、縁側に並んで西瓜を食べる3人。その様子を、2階の窓から愉快そうに眺めている男がいた。

(おやおや、なかなかいい雰囲気じゃないか。ラピス君が尋ねてきたときはどうなるかと思ったけどね……)

 その男−アカツキは、窓から身を離すと、座布団に座り込んで懐の通信機でどこかに連絡を入れる。

(あの時はああ言ったけど、やっぱり休息するならのんびり休むのが一番だからねえ。もっとも、いつの間にかラピス君とあそこまで仲良くなっていたのは知らなかったけど)

 一昨日、カイトがラピスと2人で遊びに行ったことは、例の検査がそのさらに一日前だったことや、監視のSSが”何者か”にのされていたことなどから、昨日の次点では報告が来ていなかったのだ。

 そんなことを考えているうちに、相手との通信が繋がる。

「あ、ゴート君? うん、そう、例の件、予定通りに行ったから。そっちも昨日言ったとおりに……うん、よろしく頼むよ」

 そう言って通信を切り、再び窓の方に身を乗り出す。眼下では、カイトが西瓜の種を、ぷぷぷ……と飛ばしており、ラピスがそれを真似しようとしていた。エリナはそんな2人を呆れたように見ている。

(しかし……少しくらい、僕にも持ってきてくれたっていいんじゃないかい? ……仕方ない、自分で取りに行くか……)

 静かに部屋を出ると、調理場へ向かうため階段を下りていく。自分のことを全く気にかけてくれない秘書や、その原因を少しばかり恨めしく思うが……

(まあ、いいか。今日はせいぜいゆっくりしていってくれたまえ。明日からまた君には……

 特に”明日”は、ね……)

 くっくっく……、と、階下の3人に気付かれぬよう、アカツキは湧き上がる笑いを押し殺していた。




















<余談>

 その日、会長から特別な指令があるということで、警護中の者を除いたSSのメンバー全員がある場所に集結していた。

 最後の一人が到着して数分後、今回彼らの隊長を務めているゴートが現れる。

 集まったメンバーを確認すると、ゴートはいかにも重そうなその口を開いた。

「昨日の予定通り、今日は各時間いつもの半分の人数で警護を行う。会長が言うには『今日一日はゆっくりしてちょうだい♪ その分、明日からはまた頑張ってくれよ?』とのことだ」

 おおっ……! と小さな歓声があがる。つまり、今日の仕事はいつもの半分の時間でいい、というのだ。

「それと、それぞれに臨時ボーナスがある」

 おおおっ……! 歓声がやや大きくなる。

 ゴートは、懐から幾つかの茶封筒を出すと、それぞれに配っていく。

 全員に配り終えたのを確認すると、

「……開けて構わん」

 それを聞いて、いそいそと封筒を開く隊員達。出てきたものは……

「「「「「……………………」」」」」

 沈黙した隊員達。耐えきれずに中の一人が尋ねる。

「あの……隊長?」

「……なんだ」

「なんですか、これ……?」

 封筒から出てきたのは、幾つかの紙片が綴られた束。紙片一枚一枚には、アカツキの物らしきハンコがそれぞれ押してある。

「……金券、だ……」

「…………は?」

「だから、金券……だ。500円分の券がそれぞれ6枚ずつ、3千円。祭り会場の中なら、どこの店や屋台でも使えるようになっている……」

「「「「「……………………」」」」」

 ゴートの言葉に、言葉を無くす隊員達。

「それと……『お釣りは出ないから気を付けなよ?』……とのことだ」

「「「「「……………………」」」」」

「ま、まあ……折角ですし、もらえる物は、もらっておきますか……」

「……そうだな……」

 そう答えるゴートの声にも、どこか力がなかった。










<余談、その2>

 そして、その夜中……ちょうど日付が変わった頃、カイトはナデシコ長屋の自室に帰ってきた。

「ふう……ただいま、って言っても、ここじゃあ返事は返って来ないか」

「「「「「……お帰りなさい」」」」」

「えっ!?」

 慌ててカイトが灯りを点けると……

「ずいぶん、遅かったんですね?」

「……る、ルリちゃん?」

「こんな時間まで、あの人と一緒だったんですか?」

「……あ、アサミちゃん?」

「今日は……いや、もう昨日か。楽しかったか?」

「……り、リョーコさん?」

 他にも、数名の人影が……よくこの部屋に入ったものだ……などと、思わず妙な感想を覚えてしまう。

「「「「「カイト(さん)(君)?」」」」」

「ええと、その……」



 そして……





『ああ、中でもあの日が一番しんどかった。休みをもらった分なんて吹き飛んじまったよ、全く』(←SS隊員Aさん、談)










<余談、その3>

 某コロニーの某秘密研究所にて……

 スス……と、足音を全くたてずに男が歩いていく。編み笠をかぶったその男は、やがて、目的の部屋で止まるとドアを開く。

 プシュッ……と、圧縮空気の音とともに中に入ると、大きな画面の前で座っている白衣の男が一人。

「なんだい? 今いいところなんだけどね……」

 そう言いながらも、リモコンを操作して画面を止める。画面は、大柄な僧服の男が、やや小柄な美青年風の男を、涙ながらに打ち据えている(という感じの)場面で止まっていた。いずれも派手な衣装と化粧をしている。

「それに今は一応、勤務時間外なんだけど……おや、君だったのか」

 椅子ごと振り向いた男は、訪問者を確認すると目を軽く見開いた。見知った顔だが、あまり普段から顔を合わせたくはない。

「確か、地球に行ってると聞いていたけど……あれ? どうしたの、その目?」

「……土産だ」

 白衣の男の言葉を一切無視して、編み笠の男は懐から一枚のディスクを取り出す。

「あらまあ、君がお土産なんて珍しいね。どれどれ……『ミス・夏祭りコンテスト』? ……なんだい、これは?」

「……貴様の”人形”も出ている」

「…………なんだって?」

 それだけ告げると、編み笠の男は部屋を去っていった。足音もなく、来た道を再び引き返していく。

 しばらく歩くうち、完全防音の筈の部屋から……

「……おおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」

 編み笠の男は一瞬足を止めると、

(やはり、仕込んだのは”あ奴”か……)

 ……ニヤリ




















<つづく>














あとがき



 今回の主役はアカツキです、以上。

 ……………………

 ……………………

 ……………………

 い、いや、書いてたらだんだんそんな感じになってしまって……当初はもっと黒幕っぽくする予定だったんですけど……

 やっぱり、解説者を頼んだのが全ての原因か?

 というわけで、本来主人公の筈のカイト君はちと出番が少ないですが、どうかご容赦を……

 Morryさん、続きはよろしくお願いします。

 それでは……




[戻る][SS小ネタBBS]

※皆で感想を書こう! SS小ネタ掲示板はこちら


<感想アンケートにご協力をお願いします>  [今までの結果]

■読後の印象は?(必須)
 気に入った!  まぁまぁ面白い  ふつう  いまいち  もっと精進してください

■ご意見・ご感想を一言お願いします(任意:無記入でも送信できます)
ハンドル ひとこと