さぁ、宴の始まりだ
「第2話・後編」
<PM8:43>
「はぁ、はぁ、はぁ、」
祭りの喧騒は遠く、荒い息が蒸し暑い夏の夜に滑稽なほど響き渡る。
完全に自分の油断だった。
でなければこんな傷を負うはずがない。
そんなことを考えていても事態は好転するはずもなく、傷の具合を確かめる。
傷はそれほど深いものではない、内臓にも達していない。
次に左手にべっとりと付いた血の味を確かめる。
やっぱり……毒か。
即効性の死に至る毒ではないようだ、もしそうなら既に僕はこの世の住人ではない。
となると、遅効性の筋弛緩系の薬物の可能性が高い。
「やっぱりその方法しかないか」
僕はそう呟き、
グジュリ
傷口を抉りとった。
「っっ!!!!」
わかっていたのだが、耐え難い激痛が脳髄を刺激する。
全身から脂汗が吹き出る。
しかし、これで傷は深くなるが毒が全身に回ることはない。
朦朧とした意識の中で僕はプロスさんの言葉を思い出していた。
<PM3:29>
「僕がSPですか?」
プロスさんの言葉に驚きながら僕は尋ねた。
「えぇ、そうです。いやはや今回のイベントに際してネルガルSSも総力を結集しているのですが、いかんせん祭りの規模が大きすぎる。治安維持や要人警護などやることは山ほどあるのですよ。ですから明日のコンサートに出演なさるアサミさんの周囲が手薄と言わざる負えない状況なのです。」
プロスさんは相変わらず飄々とした様子で僕に理由を説明する。
「それで僕に白羽の矢が立ったということですか」
「その通りです。アサミさんとしても見知らぬ人より親しい仲の貴方の方が安心できるでしょうし。なおかつ予算に多少の余裕が出来るのですよ」
プロスさん愛用の宇宙そろばんで素早く計算するプロスさん。いつもながらもの凄い速さだ。
「わかりました、アサミちゃんの警護は僕がやります」
「いやはや、助かります。どうもすみませんねぇ〜」
プロスさんは意外にホクホク顔だ、一体どのくらい予算に余裕が出来たのだろう。
「それじゃあ失礼します」
「あぁ、ちょっとお待ちを」
席を立とうとした僕をプロスさんが呼び止めた。
「アサミさんを守るだけではなく、貴方自身も守るのですよ」
「治療費もばかになりませんしね」
僕の軽口にプロスさんは一瞬表情を歪め、すぐさま表情を崩しにこやかに答える。
「えぇ、そう言うことです」
<PM8:49>
プロスさんは予感していたのかもしれない。
本当のターゲットは、僕だって事を。
始めから全て計算されていた。
一瞬の暗闇で僕がアサミちゃんに気を取られることも、警備が他に集中している事も、何もかも。
しかしこのまま隠れ続ける訳にはいかない。
隠れ続けたのなら他のターゲットを奴らは狙うだろう。
それを許すわけにはいかない。
<PM8:52>
ステージはフィナーレを迎えていた。
色鮮やかなライトがステージを照らし、明らかに火薬の量が多い花火も夜空を彩る。
幻想的な雰囲気のまま、舞台は終わりを告げる。
舞台袖に退き、みなさんに挨拶をする。
そこで気付いた。
いつもなら一番に来てくれるカイトさんの姿が見えない。
「あれ?マネージャーは?」
メグミさんも気が付いたみたい。
私は周りを見回して探していると。
「アサミ、急用だ。行くぞ」
ミカさんに半ば強引に私の手を取られて私はその場を後にした。
何か、とても嫌な予感がした。
<PM8:55>
夏祭り会場から近くに位置する、何もない草原。
夏祭りの喧騒は遠く、まるでその草原だけが現世から切り離された様な気分になる。
満月の光は、二人を照らし出す。
「捕り物劇は終幕か?」
編み笠をかぶった、まるで時代劇の登場人物のような男は愉快そうにそう呟く。
「逃げるのには飽きたんでね」
努めて軽い口調で僕は返す。
そうしなければ心を締め付ける何かに押し潰されそうだったから。
「ほう、記憶を失ったと伝え聞くが誠のようだな」
「昔のことはもう僕には必要ない」
こうして会話をするだけで全身から熱が失われ、編み笠の男から滲み出るような殺気が全身を犯していく。
しかしこの殺気に負けるわけにはいかない。
「しかしまだ足りぬ。その程度ではな」
「何が……言いたい」
暑い筈なのに噴き出る汗はひどく冷たい。
「アサミ、とか言ったか。貴様が執着している女は」
「ッッッ!!!!!!」
編み笠の男は愉悦を隠そうともせず顔を歪ませ笑う。
頭に血が昇っていく、冷静でいられるはずがない。
「アサミちゃんに何をしたっ!!!!!」
「知りたくば我を倒してみよ」
そして満月の下で、闘いは始まった。
<PM8:58>
「全く、雁首揃えてなに用だ」
コンサートが終わり、アサミ達と早々に引き上げようとしたらこの様だ。
スタッフの姿に変装している刺客が三人、周りを取り囲んでいる。
「アサミ・ミドリヤマだな?我らと共に来てもらおう」
下衆な殺気を放ちながらの陳腐な脅し文句。
全く、三下というのは吐く台詞まで同じかと思うと煙草まで不味くなる。
「で?」
私は不機嫌さを隠そうともせずそう問いただす。
「何?」
「で、何をする気なのかと聞いているんだ」
どうやら言語理解能力まで三下らしい。
「貴様!我らを愚弄する気か!!」
「だったらどうだと言うんだ」
もう会話を交わす事すら煩わしくなってきた。
「貴様らもミスマル・カイトとじ運命を辿らしてやる!!!」
「カイトさん?」
くだらぬ負け犬の遠吠えにアサミが反応してしまう。
「我らの隊長が八つ裂きにしているはずだ!」
ほう、この時代錯誤の阿呆共の隊長といえばあの時代劇馬鹿だろう。
今のあいつでは少々役不足だな。
……仕方あるまい。
「美月、アサミを連れて先に行け」
「でもカイトさ「五月蠅い。美月、連れて行け」
ごちゃごちゃとした押し問答をしている時間は無い。
アサミは美月に連れられこの場を離れて行く。
「朧、他に数人ウロチョロしているはずだ、行ってこい」
「まるで便利屋だな」
そう呟きながら闇に消えていく朧。
「神無、琴月、適当に遊んでやれ。私は子守だ」
「へいへい」
『わかりました』
気怠そうにこきこきと首を鳴らしながら前に出る神無、琴月もそれに続く。
「このようなガキ共で我らの相手が務まると思っているのか?」
薄汚い笑みを浮かべてそう呟く三下共。
神無と琴月が相手と思いちっぽけな自尊心が満たされたらしい。
『ガキじゃありません!!』
琴月はぷんぷんといった様子でいつものスケッチブックを掲げている。
そういえば琴月はいっちょ前に自分の幼児体型を気にしていたな。
これ以上三下共の相手をする気は無い。
私はその場を後にした。
<PM9:02>
草むらの中にうずくまりながら、なんとか体制を立て直そうとする。
しかしそんなことを許すほど編み笠の男は甘くない。
シュッという音と共に目にも止まらぬ速さで男のつま先が僕の腹部に深々とめり込む。
がはっと血と吐瀉物をまき散らしながら僕は吹き飛んだ。
錆びた鉄のような、血の味が口の中一杯に広がる。
二転三転と地面を転がりながら勢いを殺し、なんとか座り込むような体制をとる。
体中が異常を訴える痛みを休み無く脳髄に送り続ける。
それは、迫り来る死の足音。
「弱いな、この程度では到底足らぬ」
禍々しい殺気を放ち続けながら、つまらなそうに呟く編み笠の男。
いつの間に傷が出来たのか、額から血が垂れてきた。
視界が……朱に染まっていく。
ドクン
「貴様の実力はその程度では無いはずだ」
だんだんと、音が遠ざかっていく。
遠く聞こえていた祭りの喧騒も今は聞こえない。
ドクン
聞こえるのは、自分の鼓動のみ。
ドクン、ドクン、とやけに大きく、うるさいぐらいに鳴り響く。
何も……考えられない。
ドクン
「〜〜〜〜〜」
編み笠の男が何を言っているのかさえ聞こえない。
ドクン
全てが紅く染まっていく。
アカク、アカクソマッテイク。
ドクン
<PM9:04>
「さぁ〜て、さっさと合流するか」
あっけないほど決着は簡単についた。
ぶっちゃけ俺は何もしていない。
三下は三人とも顔面に角材を打ち込まれ伸びている。
やっぱり三下は何人いても三下だったってことだ。
むぅ〜〜〜と唸りながら、琴月はまだその辺で拾った角材を振り回している。
血のこびりついた角材をぬいぐるみが振り回している光景はなかなかにシュールだったりする。
「いつまで唸ってんだ、行くぜ」
俺の呼びかけにも依然として琴月は答えない。
「そんなにガキって言われたのが気に入らなかったのか?」
『胸なんておっきい方がおかしいんです!!』
愛用のスケッチブックをこちらにこれでもかと見せる琴月。
微妙に質問とは違う答えなのだが、正直どっちでもいい。
「そのうちでかくなんだろ、そんなもん」
『そんなもんじゃありません!!!』
「わかったから機嫌直せよ、チェリーパイ作ってやるから」
『ミントパイとパンプキンデニッシュも』
がばっという感じでスケッチブックを見せる琴月。
「へいへい、お望みのままに」
こういうところがガキって言われる理由だと思うんだがなぁ。
<同刻>
思考がクリアになっていく。
あれほど煩かった鼓動も今は何も聞こえない。
その代わりに、香るような血の匂いが脳髄を刺激する。
誰だって良い。
この狂おしいほどの欲情を静めてくれるのなら。
何だって……良い。
「どうやら目覚めた様だな」
あぁ、いるじゃないか。
こんなに、こんなに魅力的な奴が。
もう抑える事なんて出来やしない。
ただ解放するだけだ。
「さぁ、始めようか」
満月の下で、殺しあいが始まった。
<PM9:06>
祭り会場に一番人が溢れ出す時間帯に、人混みを縫うように駆ける絶世の美少女二人。
つまり私とアサミ姉様の事なんだけども。
何?自分を絶世の美少女なんて言う奴は大抵そうじゃない?
……良い度胸してるじゃない、作者は後でドラゴン殺法フルコース確定ね。
とにかく、今私たちはお祭り会場の中を駆けてるって訳。
なぜか?それは追われてるからに決まってるじゃない。
美少女は悪役に追われるってのが摂理なんだから。
「あぁ、もう!!朧や神無はどこ行ったのよ!!私は頭脳労働担当で肉体労働は筋肉馬鹿にやらしとけばいいのよ!!!」
「美月ちゃん、それはちょっと酷いんじゃあ……」
「あら、私は事実を言っただけですわ、アサミ姉様」
そんなやりとりをしている間に三下Dに追いつかれてしまった。
ちなみにDっていうのは四人目だから。
「我と共に来てもらおうか、アサミ・ミドリヤマ」
「うっさいわね、あんた達どこまで時代劇やれば気が済むのよ!!」
三下Dの編み笠と私の迫力に周りの人たちも注目しだした。
しかしそれは時代劇か何かのゲリライベントと思ってのこと。
事実、祭りが始まってからこんな小さいゲリラ的なイベントはナデシコクルーの面々が頻繁に起こしているらしいから。
「大人しく来れば手荒なことはせぬ、ミスマル・カイトの様にな」
三下Dは表情を歪め、嫌な笑みを浮かべる。
あんなの見るだけで私の美貌が穢れるような気すらしてくる。
「カイトさんに何をしたんですか!!」
アサミ姉様はよほどカイト兄様が心配らしく三下Dに問いただす。
「今頃は隊長の手に掛かって八つ裂きよ!!」
アサミ姉様は今にも泣きそうな位の表情で両手を口元に当てている。
三下Dは本当に下衆な笑みを浮かべアサミ姉様を眺めている。
こいつらほんっとに下衆だわ。
「刃向かうならば容赦せん」
「か弱い美少女相手に何が『容赦せん』よ!!あんた恥ずかしくないわけ!!」
私の言い分に賛成なのか、周りのギャラリーからもブーイングが飛んでいる。
「どうとでも言え!!」
そういい放ち三下Dはこちらに向かって疾走する。
周りのギャラリーはイベントだと思いこんでいるから誰も助けに入らない。
こうなったら私の秘奥義『閃光魔術』で叩きのめしてやる。
と思ったその瞬間。
グゥオリ!!!
というヤバげな音と共に三下Dは首から上を向いてはいけない方向へと向けて崩れ落ちた。
こんな事が出来るのは……
「遅いわよ!!朧!!!」
「そう叫ぶな、聞こえている」
屋台の上からしゅっという音と共に藍色の着物が降りてくる。
「よくわかんないけどまたイカサマ武器使ったの?」
「イカサマではない、暗器だ。ついでに言うと名前は『勉蔵』だ」
朧は自分の使う道具に変な名前を付ける癖がある。
しかも付ける名前が昭和初期の人みたいなのばかりなのである。
「朧ちゃん、カイトさんに何が起こっているの?」
アサミ姉様は本当に心配そうに朧に尋ねる。
「わからない。正直無事かどうかすらもわからぬ」
「……カイトさん……」
両手を胸の前で組み、まるで祈るようにしているアサミ姉様の瞳から一粒の涙がこぼれ落ちた。
その瞬間、アサミ姉様が光り輝き、光と共に消えてしまった。
これは……ボソンジャンプ!!
「状況が変わった。急ぐぞ」
朧は無表情に呟き、私の服の襟元を掴むと……
とんっとやたら軽い音をたてて、飛翔した。
「私は頭脳労働担当なのに〜!!!」
そんな私の叫びが聞き届けられるはずもなく。
屋台の屋根を跳ね回りながら、今日の満月は綺麗だと思うしかなかった。
<PM9:07>
肉が潰れる感触、骨が軋む感触、流れ出る血の感触、香るような匂い、肌に突き刺さるような殺気、そのどれもが極上の麻薬のように俺の脳髄を犯していく。
一瞬の油断が容赦なく己の未来を奪い去っていく。
そして己の腕で命を奪い去る瞬間、俺は俺を実感できる。
編み笠の男が地を這うような体勢でこちらに疾走してくる。俺はそれ目がけて右脚を振り抜く。しかしそれをさらにスピードを上げ右側に回り込みながら避ける編み笠の男。そのままの体重をかけた蹴りを放ってくる、狙いは俺の軸足。それを左脚一本で飛び跳ねそれを避ける。その際左脚から嫌な音が聞こえたが気にする必要もない。飛び跳ねながら上半身を捻り渾身の右バックブローを叩き込む。それをまともに喰らい編み笠の男は数メートル吹っ飛んだ。
そのまま追撃の為に疾走する。しかし編み笠の男は地面に着地すると同時に飛び跳ねるようにこちらに向かってくる。そのまま右の貫手の一撃を打ち込んでくる。しゃがみ込んで避けその右手首を掴み、伸びきった肘へ拳を打ち込む。しかしその前に編み笠の男の左膝が右脇腹にめり込む。肋がイカれる音と血の味を感じる。しかし俺は右手首を離さない。掴んだまま俺の体の方へと力任せに引き寄せ。
調子に乗るな
右の貫手を編み笠の男の顔めがけて放つ、そして。
「グァァアアアアアアアアア!!!!!!」
右目を抉りとってやった。
編み笠の男の右目、正確には右目だった所からはまるで噴水のように血が噴き出ている。
それが何故かおかしくてたまらなかった。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
嗤いが止まらない。
愉快だ、最高に愉快だ。
これほど殺しがいのある奴は初めてだ。
「貴様っ!!!!!」
片目になった編み笠の男からぶつけられる強烈な殺気すら心地よい。
もっとだ。
もっと、もっともっと俺に味わわせろ。
奪うことを、殺すことを、生きることを。
俺を……カイホウサセロ
<PM9:12>
「ほう、どうかしたかと思えば反転したか」
満月の下、殺しあいの場に私は姿を現す。
私の呟きを聞いて、まるで物の怪の類でも見たかのような反応をする北辰。
血だらけのミカズチは何故か無表情で私を見ている。
「北辰、貴様の顔も風通しが良くなって随分男前が上がったじゃないか」
私は侮蔑と嘲りを込めた笑みを浮かべながら不様な醜態をさらけ出している北辰を見下げる。
「貴様は……生きていたのか」
「生憎と、あの程度で死ねる程ヤワじゃなかったんでね」
私はそう呟きながら煙草に火をつけようとした。
「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!」
すると突然ミカズチは嗤い出す、腹を抱えて本当に愉快そうに。
「最高だ、最高だよ!!!そいつも良かったがあんたは特別だ!!!!!四肢を引き千切って肋骨をあばいて臓物をよじり出して、助けをこう喉を踏み潰して眼を噛み砕いて頭蓋を切開して脳髄をバターのように地面に塗りたくって、原型がわかんねえぐらいグチャグチャにしてやるよ!!!!!
そしたら、そしたら俺は最高に楽しめる!!!!!!!」
ビリビリと大気が震えるほど凄まじい殺気を放ちながら、そう叫ぶミカズチの表情は恍惚に溢れていた。
まるで、子供の様に。
どうやら、こいつは完全に反転しているようだ。
まあ当然といえば当然だろう。
殺すことでしか生を感じられぬ者と守ることでしか生を感じられぬ者ではまるで対極だ。
そして、それはあっけないほど簡単に裏返る。
いや、この場合は表に還ったと言うべきか。
どちらにしろ、今私の目の前に居るのは超が付くほどのお人好しなあの阿呆ではなく、ただ血を求める出来損ないのような奴ということだ。
その事が……何故か無性に癇に障った。
ふと、気付けば北辰がいない、ミカズチのトリップに付き合っている間に消え失せたようだ。
しかし、そんなことはどうだっていい。
今はこの出来損ないをどうにかしなければならない。
私の奥底から滲み出る殺意を押し殺しながら、私はふと、至極簡単な事に気付いた。
私はこの出来損ないが癇に障るのではなく、この出来損ないがあいつの顔で存在していることが何より癇に障るのだということに。
<PM9:16>
ざわざわとした祭り独特の喧騒。
それを肌で目一杯感じながら、俺は屋台の長椅子に腰掛けていた。
横では琴月がまださっきの事を気にしているらしく、ヤケ食いを敢行している。
ちなみに琴月はまだ着ぐるみを着ている。
脱ぐように言ったのだが半ば意地になって着続けている。
どうにかしたいのだが。
「兄ちゃん、広島風お待ち!!」
「待ってました!!!」
そんなこんな考え事は今は後回し、うん、確定。
むわっと沸き上がる焦げたお好みソースの香り、ソースとマヨと青のりの絨毯の上でゆらゆらと舞い踊る鰹節、その下で俺に食されるのを今や遅しと待っている中華麺、ボリュームを与え広島風を広島風たらしめているキャベツ。
「あ〜、やっぱりお好み焼きは広島風に限る!!!」
これがわかんねえ美月はやっぱり味覚中枢がラリっているに違いねえ。
ばしんと両の手を胸の前で合わせ。
「いただきます!!!」
箸を割り、やっぱ屋台の箸は割り箸に限ると考えながら、魅惑のお好み焼き広島風を味わ……
「何くつろいでお好み焼きなんか食べてるのよ!!!」
見事なフライングドロップキックを喰らって吹っ飛んだ。
<PM9:18>
「あああ〜〜〜!!!俺の広島風が〜〜〜!!!」
「はん!!人が焦って探してるのにくつろいでるからよ!!!」
急ぎ祭り会場を飛び回り、やっと神無と琴月を見つけたと思ったらまたこの二人は始めてしまった。
まったく、事は急を要するというに。
「貴様ら、今は遊んでいる暇はない。わかったか?」
『勉蔵』から出したワイヤーを二人の首に巻き付け、薄く笑みを浮かべながら私は二人にそういい放つ。
二人は汗を大量にかきながら頷いている。
わかれば良し。
「琴月、いつまでも食べてないで行くぞ」
「む〜〜〜」
しかし琴月は私の胸の辺りを唸りながら睨みつけている。
……よくわからない。
「でもよ、行くってどこに行けばいいんだ?」
「カイトの性格上、人が溢れている祭り会場で戦うとは考えにくい」
『会場じゃなくて、人気が無い所?』
神無と琴月と話しながら美月の解答を待つ。
「多分ミカ姉様も一緒にいるはず……確か会場から北東に約1キロ地点に半径179メートル位の草原みたいなのがあるわ」
頭脳労働担当と自負しているのは伊達ではないと言ったところか。
「決まった、行くぞ」
しかし、今からで間に合うかどうかは微妙だな。
そんなことを考えながら私たちはその場を後にした。
<PM9:21>
「えっ?」
突然目の前にひろがる光景に、私はそんな声をあげることしか出来なかった。
その光景はひどく現実感が無く、まるで一枚の絵画を見ている様だった。
そこには全身を血に染め、獣のような唸り声をあげているカイトさんと、そのカイトさんを本当に冷たい瞳で見下ろしているミカさんがいた。
二人とも、まるで別人のようだった。
膝をつき、荒い息を吐いているカイトさんに、ミカさんがゆっくりと近づいていく。
格闘技とか闘いとか、全くの素人の私でもわかった。
ミカさんは、カイトさんを……殺す気だと。
そう思った瞬間、まるで全身を氷水に浸されたような悪寒が背筋を走った。
その悪寒を振り払うように、私は無意識に叫んでいた。
<PM9:23>
「ダメェーーー!!!!!」
突然のその叫び声に、一瞬気を取られた。
何故アサミがこの場にいるのか、あの四人はどこにいるのか。潜り込んでいた刺客共はどうしたのか、などの疑問が頭の中に湧き出てくる。
しかしその一瞬を見逃すほど、奴は出来損ないでは無かったらしく、一瞬後には私は数メートル後方へ吹っ飛んでいた。
何とか受け身を取り、起き上がると。
既に奴はアサミに向かって疾走している。
私もアサミに向かって疾走するも一瞬分遅い……間に合わん!
しかし、何故か奴はアサミの目の前で一瞬立ち止まり。
「……何故……生きている……」
頭を抑えて苦しそうに、まるで呻くように呟く。
しかしアサミは質問の意味が分からない様で困惑している。
「何故また俺の前に姿を現す!!!また俺の邪魔をする気なのか!!??そうなら今度こそ完全に息の根を止めてやるよ!!!イツキィィィ!!!!!」
「させるか、阿呆が」
ドガッ!!!
再びトリップしてアサミに向かう奴に私は蹴りを叩き込む。
先ほどの私より遙か遠くに吹き飛んでいく奴。
やられたら数倍返しが私の流儀でな。
「さっさと逃げろ」
まだ困惑しているアサミに簡潔に言い渡す。
ぐだぐだとくだらん事を言う気はない。
しかし返ってきた答えは予想外だった。
「嫌です!」
「ここにいても邪魔だけだ!」
まさか断られるとは思わなかったので、自然と声が荒くなる。
しかしこうなってしまったアサミは凄まじく強情だ。
さて、どうするか。
「あの人はカイトさんです!!!」
「今は違う。奴はもうカイトじゃない」
「違います!一瞬だけどカイトさんに戻ったんです!!」
「……何?」
戻った?先ほどの一瞬に?
……そういうことか!
私がその考えに行き着いたと同時に吹き飛んでいた奴がむくりと起き上がる。
ゾクリとまるで背筋を鷲掴みにされたような言いようのない悪寒が走る。
陽炎の様に奴の周りがゆらぐ。
それほどの強烈な、まるで全てを喰らい尽くすような殺気。
しかし、今はこの強烈な殺気は好都合だ。
傾けば、傾くほど、還りやすい。
問題はアサミを庇いながら仕掛けれるかだが、奴相手に出来ぬ訳がない。
……私が、私である限り。
<PM9:56>
グツグツと鍋が煮える。
今日の具はその辺の屋台で売っている物を適当に。
だしは今日は昆布だし。
周りで妙な目で鍋を見ているがかまう必要なし。
「あぁ〜〜〜!!!それは俺のお好み焼きだ!!!」
「そんなの早い者勝ちに決まってるでしょ〜♪」
「琴月、牛乳をそんなに飲んでもいきなりは大きくならんぞ」
『おっきい人におっきくない人の気持ちはわかんないです!!!』
そろそろ鍋が良い具合になってきた。
蓋を開けるとなかなかの匂いが漂ってきた。
今日の鍋はなかなかの様だ。
「お邪魔しますよ」
と無粋な者が私の鍋の時間を邪魔しに来た。
「何用だ、プロスペクター」
私は憮然とした表情で尋ねる。
「琴月、止めろ!それもう六本目だぞ!!!」
「もはや誰にも止められぬ……」
「いえいえ、すぐに済む事ですので」
相変わらず飄々とした風貌のプロス、こいつは裏で何考えているのかいまいちわからん。
「あぁ、八本目を突破したわ」
「二桁まで後二本か……」
「とりあえず今回はお仕事をしていただいてありがとうございました。おかげで随分と予算が浮きましたよ。」
「私は今回は何もしてはいない、最後はアサミに持っていかれたよ。貴様の仕事は毎回妙な事をさせられるがな」
私はプロスにかまわず鍋をつつく。
「大丈夫、琴月!?なんか青くなったり黄色くなったりしてるわよ!!!」
「既に限界は過ぎている。越えて見せろ……限界を」
「朧!!妙なことを吹き込むな!!!琴月も真に受けるな!!!」
何か微妙に大変なことになっている気がするが無視。
「あちらの方々、大丈夫ですか?」
「いつものことだ、気にするな」
椀を啜りながら、もう少し濃味でもよかったと思い鍋に味を足す。
「ところで、あの時代劇阿呆は逃がしたのか?」
「えぇ、流石にうちのSSでは太刀打ちできませんよ。今回のことは皆さんには秘密にしておきます。でなければうちのSSの面子は丸潰れですからなぁ」
苦笑いを浮かべながら答えるプロス、どうにも駒不足は深刻らしい。
「琴月!!口から何か出てるぞ!!!」
「エクトプラズマー!?」
「しかし、カイトさんに何があったのか。貴方はわかっていらっしゃるのでしょう?」
「さぁな、どうでもいいことだ」
私は再び椀に集中する。
あっちはとうとう逝ったようだ。
「貴方も強情ですな。まぁ貴方らしいと言えば貴方らしいですが」
「五月蝿い、貴様も一言多いのは相変わらずだな」
ほっほっほっと薄笑いを浮かべるプロス。
「そうそう人は変わりませんよ、私も、貴方もね。それでは失礼します」
そう言い残し、すぅっと人混みの中に消えていくプロス。
言いたいこと言うだけ言って消えていったのが気にくわんな。
まあいい、あいつにどう思われようが別にどうでもいい。
私は私だ、そしてあいつはあいつだ。
ただ、それだけだ。
<PM10:41>
真夏の夜の暑さも幾分か和らぎ、柔らかな風が頬をなでる。
夏にしては驚くほど爽やかな風を感じながら、僕は閉じていた目蓋をそっと開いた。
開いた瞳には、深い深い月の蒼と、流れるように艶やかな紫が、鮮やかに写し出された。
月の蒼を一杯に受けとめた艶やかな紫はまるでこの世のものではない様に、光り輝く。
それは、本当に、本当に綺麗だった。
手を伸ばせば届くのだろうけど、手を伸ばせばどこかに、例えば月から遣いの人が来てそのまま月に行ってしまうような、何の根拠もない、何の意味もない不安を僕は漠然と感じていた。
そっと優しく、まるで大切な大切な宝物を扱うように僕の頬に手が伸ばされる。
僕は見上げたまま、意を決して話す。
「やっぱり怒ってる?」
「あたりまえです」
間髪入れずにの即答、どうやらこの見事なお月様は紫のお姫様を美しくするだけじゃなく、本能に正直にもさせているようだ。
「その割に扱いは悪くないような気がするんだけど……?」
今、僕は寝転がっている。それでいて見上げればすぐに綺麗な顔が見られるということは、頭に柔らかな、極上のクッションが当てられているということだ。
「これは眼を離すとすぐにどこかに消えてしまう困った人を捕まえる為にしているだけです」
口調とは裏腹に優しげに僕を見つめるお姫様の透きとおった、綺麗な緑色の瞳は少しだけ……赤く腫れていた。
どうやら、また泣かせちゃったみたいだ。
「ミカさん達は?」
この場にいない正体不明の黒い人の事を僕は聞いてみた。
「後始末をしてくるって言ってどこかへ行っちゃいました」
妖精のお姫様は心なしか不機嫌そうに僕の質問に答える。
その仕草で、今僕の目の前にいる少女は僕のよく知っている、ひどく不器用な、愛しい少女だとなぜか安心する事ができた。
それきり沈黙が場を支配する。
しかしそれは気まずい雰囲気ではなく、月明かりの下でずっとこうしていたいと僕は思った。
祭りのざわめきが聞こえる。
それはひどく遠く、まるで別世界の音が漏れだしてきたようにも思えた。
果てしなく長かったような、あっという間のような沈黙は僕の言葉で破られた。
「僕は、君の「言わなくていいです」
僕の言葉を遮ってお姫様は呟く。
その呟きは、優しさに溢れていた。
「大体わかってます。カイトさん昔の事を話すときは必ず哀しそうな瞳をしてたから」
どうやら全部お見通しみたいだった。
「それに……」
「それに?」
「昔の事なんか関係ありません。だって私が大好きなのは、今ここにいるカイトさんなんですから」
そう呟いたお姫様の笑みは、本当に、本当に涙が出るぐらい、綺麗だった。
生きていこう、自分を失わずに、自分を見つめて、生きていこう。
そう思えるほどに。
「このまま、少し眠らしてくれないかい?」
今はこの温もりに少しでも触れていたい。
すでに意識は眠る用意を万全に済ませているようだ、猛烈に眠気が襲ってきた。
「おやすみなさい、カイトさん」
薄れていく意識の中で、その呟きを聞き。
まるで転がり落ちるように僕の意識は暗い、どろどろした闇の中に落ちていった。
暗闇に落ちていく最中、何かが唇に触れた気がした。
<暗転>
「よう」
そう不機嫌そうに彼は言い放つ。
やっぱり僕に対してはあまり言い感情を持ってないらしい。
「そうでもねえさ」
「っ!?」
「考えてることが読まれたんで驚いてんだろ」
僕が素直に頷くのを得意そうに見る彼。
「ここはそういう所だ。俺にとっても、おまえにとってもな」
そう知ると、彼の意識が僕に流れ込んでくる。
色々な、本当に色々な感情。
「一度に全部知ろうとすんな。パンクしちまうぜ」
ぶっきらぼうな言い方だが、それは彼の優しさからの言葉だった。
「そうか、君は……」
「やっと理解したか、朴念仁が」
「でも何故?」
「今回は『俺』が望んでのことじゃねえ。あくまで外からの因子が原因でひっくり還っちまったんだ。だからあんな出来損ないが出ちまった。今回は『黒翼』がどうにかしたのと、出たのが出来損ないだったんで元に還っちまったが、次はそうはいかねえぜ」
「どうして次はうまくいかないんだ?」
彼は僕の疑問を聞き、ニンマリと笑みを浮かべ、本当に楽しそうに答えた。
「俺がでるからさ」
何故か、その言葉を聞いて、無性に笑いたくなった。
「ふっふっふっふ」
「はっはっはっは」
二人で、意味もなく、ただ笑った。
本当に、愉快に、意味もなく、笑った。
ひとしきり笑い合い、彼が呟いた。
「それじゃあ俺はもう行くがな、一つ忠告だ」
まるで悪戯を思いついた子供のように笑いながら、
「アサミを大事にしろよ、あんだけの女はそうそういないぜ?」
「肝に銘じておくよ」
僕の返答でまたひとしきり彼は笑い、違う道へ歩き出した。
「それじゃあな、カイト」
「さようなら、ミカズチ」
そうして、僕らは別れた。
<AM11:13>
真夏の陽射しが眩しいほどに照りつけ、その光で目が覚めた。
体中に柔らかい感触、どうやら僕はベッドに寝ているようだ。
上半身をベッドから起こし、体中の痛みがそれほど激しくないことに驚いた。
「おや、起きられましたか」
プロスさんがいつもの飄々とした笑みを浮かべ部屋に入ってくる。
「体の調子はどうですかな?」
「悪くないです、というよりもっと悪いと思ってたんですけど」
体中の調子を確かめながら尋ねる。
「あぁ、それはミカさんが治療と称してよくわからないモノを飲ませてましたからそれが効いたのでしょう」
プロスさんはいつもの調子でとんでもない事をさらりと言ってのける。
「どんなモノを僕は飲まされたんですか?」
聞かない方が良いと本能が告げているが、この体の治り方は異常だ。
「なにやら緑色の泡だったモノでしたよ。ちなみにそれを飲んだ貴方の反応はとても口で言い表せるものではなかったとだけ言っておきましょう」
…………聞かなかったことにしよう。
「それと、ミカさんから手紙を預かってます」
どうぞと手紙を手渡すプロスさん。
「ミカさんはどうしたんですか?」
手紙を受け取りながら問いかける。
「朝一番で帰られましたよ。アサミさんやジュピターズの方々も一緒です」
そうですかと生返事を返しながら手紙を開いてみた。
その中身は……
人の所のアイドルを傷物にするな
するなら責任をとれ
以上
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身も蓋もない内容だった。
汗が一筋額に浮かぶ、プロスさんも同様だ。
舞台袖を見ていたのか?
いや、しかしあの時ミカさんは舞台に集中していたはず……
でも、どんな理由をつけてもあの人なら関係なさそうだから意味がない。
「さぁ、祭りはまだまだ続くのですから、カイトさんも早く起きて会場の設営に精を出してください」
何とか汗をかきながらそう言い放つプロスさん。
うん、だからこの手紙も見なかったことに……出来たらいいなぁ(泣)
「うぉ〜い、カイト〜!いつまで寝てんだ〜!!」
外からウリバタケさんの呼ぶ声が聞こえてくる。
「は〜い!!今行きます!!!」
さて、起きてがんばろうか、祭りはまだまだ続くのだから。
〜あとがきという名の言い訳U〜
星風「どもども、ようやくお届けしました後編でございますです」
???「おい、これは何だ」
星風「ふぇ?夏祭り第2話後編です〜♪」
???「これのどこが夏祭りなんだ。全然祭りの描写はないしバトってるしカイトは反転してるしオリキャラ多いしパクリも盛りだくさんだしクソ長いし」
星風「そりがどうかしましたか〜?(爆)」
???「開き直りおって、恥知らずめ」
星風「今回はオリキャラの顔見せという意味合いもありますし〜、新しい手法も試したし〜、そう言うことでお許しを(滝汗)」
???「やれやれだ、そもそも作品書くごとに世界観を微妙に変えるからこんな事になるんだ」
星風「全くですにゃ。ちなみに『罪と罰』とは繋がっていませんので、そのつもりで」
???「かといって『風の行方』とも繋がっていないくせに」
ごふっ!!!
星風「夏祭りという世界ということで許して(涙)」
???「オリキャラの登場も予定は立ってないくせに」
がふっ!!!
星風「そのうち……ね?(核爆)」
???「挙げ句の果てにはこれを書いてるうちに飛んできた電波を書く気漫々だし」
ぎくぎくぎく!!!
星風「私はがんばるよ〜(遠い目)」
???「やれやれだ」
星風「そんなこんなでひ〜ろさん〜♪後よろしくお願いしますにゃ〜!」