『カイトくんの衝撃』




「今夜…泊まってく?」


僕の腕の中から、彼女はからかうようにそう尋ねてきた。

灯りを落としたリビングでは、部屋のサイズからは不釣り合いに巨大なスクリーンが、
旧式の映像を静かに映し出している。今流れているのは、20世紀に流行ったという恋愛映画らしい。

『今や世の中リバイバル・ブーム!この流れに乗り遅れたら漫画家はやっていけないのよっ!』
そう力強く叫ぶ彼女が、次の連載のネタ探しにと山ほど借りてきたビデオの束は、
部屋のすみに積み上げられている。

昼からこっち、彼女の上映会に同席していたが、入れ替わり立ち替わりジャンルを問わずに流されっぱなしでは、
正直その内容を覚えているどころか真面目に観ているのさえ辛い。

途中から彼女の椅子役に徹した僕は、部屋を占める白い光を見るともなくぼんやりと眺めたまま、
心地のよい重みを受け止めていた。
そんな時に発せられた彼女の問いは、宙を漂っていた僕の意識を一気に覚醒させる。
眼鏡の奥で光る彼女の瞳は、そんな僕の様子を面白そうに映し出していた。



現在時刻、午後11時16分。
ここから一番近い駅のダイヤを思い浮かべて、僕は苦笑を漏らす。


「…今から帰れと言われても。
 この辺りじゃ、もう終電は間に合わないですよ?」

「カイトくんとこの宿舎なら歩いても行ける距離でしょ?」

「それはまぁ…できなくはないですけど…。
 じゃあ、帰りましょうか?」

「…………………やっぱダメ」


悔しそうにそっぽを向いた彼女の額に、僕はクスクスと笑いながら軽く唇を落とした。




◇◇◇




「やっぱり…意外かも」


そう呟いて見上げてくる『ヒカルさん』の目は、どこか信じられないように揺れている。
その視線はまるで何かを確かめようとするかのようで、僕は内心動揺しつつも黙って彼女を見つめ返した。


「ふ〜ん。なるほどね…」

「何です?」


わざとらしく顔を反らした彼女が、今度は妙に納得したように頷く様子に、困惑した僕は素直にそう尋ねた。
彼女は一転ニヤニヤと目を細め、僕に突きつけた人差し指をチッチッと振る。


「ん〜?別に。『あの噂』はホントだったみたいって思っただけ」

「へ?」

「ほら。『カイトくんが宇宙軍の女の子取っ替え引っ替え遊び回ってる』ってやつ?」


ぐはっ!

側頭部を横殴りされたような衝撃に頭がクラクラする。
そんな風に噂されていたとは知らなかった…。
実状とのあまりのギャップに涙が出そうだ。


「人聞き悪すぎです。そんなんじゃないって説明したじゃないですか!」

「だ〜ってねぇ。さっきのおでこのキスといい、カイトくんずいぶん女慣れしてるみたいだもん」

「たくっ…何で皆してそう言うかな」

「あ〜やっぱ言われるんだ?」


余計なことを言ったと気付いたものの、一度出てしまった言葉は取り消せない。
しぶしぶ頷くと、『2代目スケコマシ襲名ね』とケタケタ大笑いされてしまった。
この遠慮のない親しみやすさが、この人の良さなんだろうけど。

こっちは切実な問題なのに…僕は思わず深い溜息をついて嘆いた。


「て言うけどさ。実際、この半年で10人以上の女の子と付き合ってきたわけでしょ?」

「僕から誘ったり振ったりしたことはありません!」

「それはつまり…『女性の方から誘われて付き合った挙げ句に向こうから振られる』――と」

「ぐはっ!」


えぇ、そうです。その通りですとも…(涙)
あまりに的確な指摘に、回復の見込みのないような精神的ダメージを負う。


「確か長くて2週間。最短3日で振られたんだっけ?」

「……何でそんなことまで知ってるんですか?」


そこまで詳しく彼女に話した覚えはない。訝しげに眉を寄せると、


「ふっふっふっ! 漫画家の情報網を甘くみちゃダメよ!
 宇宙軍には昔の仕事仲間も結構いるからね。カイトくんの素行なんか全部筒抜けよ!」

「………」


冷たい汗が背中を流れ落ちる。
ビシッ!と指を突きつけて自慢げに胸をそらす彼女に、
どう受け答えして良いか分からぬまま僕は曖昧に頷いた。


「それはともかく…。カイトくんの方に原因があるってのが妥当な線かなぁ?
 心当たり全然無いの?」

「ありません」

「ホントに〜?」


心当たりがあったら苦労してないってのに!


「だから、その理由を見つけてほしいって、恥を承知で貴女に頼みにきたんじゃないですか!」

「わかってるって。
 そのためのお付き合い練習でしょ? まかせときなさいって♪」

「………」

「でも、何で私なの? ルリルリは?」

「ルリちゃんにはとっくに聞きましたよ。けど、そういう経験も無いし答えられないって。
 だから、僕のことをよく知ってる昔の仲間なら何か分かるかも…と思って」

「ふ〜ん、それでここに来たんだ」

「えぇ、まぁ…」


ここを訪れた当初のことを考えると、少し苦いモノがこみ上げてくる。
久しぶりに顔を合わせた瞬間、アシスタントとしてこき使われそうになった事実は、
彼女への信頼度を低下させる一方だった。
そんな僕の様子が余計面白かったのだろう。彼女は再び声を上げて笑い始める。
だが、そんな彼女が僕にとって最後の頼みの綱なのだ。


「本当に頼みますよ!ヒカルさんっ!」

「はいはい♪」


のれんに腕押し。柳に風。こちらの焦りも何のその。
いつまでも腹を抱えて笑ってる彼女の姿に、やっぱり相談する相手を間違ったかなぁ…と
不安が脳裏をよぎった僕であった。




<続く>





















―あとがき―

途中までの掲載ですみません。
サンプルなのでどうかご容赦くださいませm(_ _)m

他の人から見たカイト&ルリの自然体な仲の良さ…を表現しようと挑戦した話です。
なので…カイトくんが他の女性といちゃいちゃ(爆) してたりしますが、
最終的には、ちゃんとカイト×ルリになりますので。
ルリ以外ダメ!、な人はお気をつけください(汗)

ここで掲載してる部分は、本にして約2ページ半の分量です。
表紙・目次etc.を抜いて、本文が34ページくらいなので
……読み応えだけはあるはず、とは思います( ̄− ̄;)

少しでも楽しんでころがっていただけたら幸いです。
それではまた時をあらためて・・・。



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