『敗北宣言』




清々しい空気に澄み切った秋晴れの空。
久しぶりに家族4人全員が勢ぞろい。
そろってお休みの完全フリーな日曜日。

茶碗にご飯をよそうアキトさんも、お箸を片手にせかすユリカさんも、
焼き魚の香りに騒ぐお腹の虫をなんとか抑え込んでる私自身ですら、
『今日一日をどう過ごそうか?』― そんなソワソワする思いに溢れていた朝ご飯時に、
珍しくたった一人仏頂面していた我が家の記憶喪失さんことカイトさん。


「あのさ。ルリちゃんは僕のこと好き?」


本日の平穏はこの台詞で破られた。


「…………………………は?」

予想外の質問に、一瞬自分の耳を疑った私の返事は数泊遅れた。
だがそれは、この人にとってあまり面白くないことだったようだ。
先程までの仏頂面の上にさらに不機嫌そうな色が覆う。


「だから。ルリちゃんは僕のこと好き?」
「え?えっと…」


普段にはない迫力…というよりも
怒りにまかせた暴挙のような気配の前に、さすがの私も言いよどむ。
カイトさんの暗い影は濃さを増し、いつもの穏やかな雰囲気は何処かになりを潜めていた。

何か悪いものでも食べさせられたんだろうか?
それとも、ウリバタケさんあたりに変なことを吹き込まれたり…?

と、考えた自分を誰が責められるのだろう。


「?ルリちゃん?」
「いえ…何でも。」


沈黙してしまった私の顔を、訝しげにカイトさんは覗き込む。
その呼び声に私は我に返った。

とはいえ、こんな状態のカイトさんなど見たことがない。
しかも質問の内容が内容だし…この場合何て答えれば…。

ていうか、こういうネタこそアキトさんとユリカさんの方が専門でしょう!
専門家としてちゃんと対応してください!

と、思わず浮かんだ『面倒事は他人に押し付けて逃げよう』思想のすがり先は、
仲良く口をポカンと開けたまま動きを止めていた。
どうやら異常事態に固まっていたのは私だけではなかったようだ。


頼りの2人が全く役に立たないことに軽くため息をつく。
それをどう解釈したのか、突然カイトさんの気配が崩れた。
先程までの迫力は消え去り、今にも泣き出しそうな気配は、まるで捨てられた子犬のよう…。


「ルリちゃん…僕のこと……き、嫌い?」


あぁ…もう…この人は…どうしてこう…。

こうも素直に悲しげな眼差しを向けられると、
こんな事で慌てていた自分がバカバカしくなってくる。


「嫌いじゃないですよ」
「ホント!?」
「はい」


今度の子犬は見えないしっぽを力いっぱい振り振りして、はしゃいでいる。

この人は…どうしてこう…。

かわいいんだろう―― 思わずクスリと笑みがこぼれた。
これが自分より五つか六つも年上の男の人なのかと考えてしまうと、
微妙なものを感じなくもないのだけれど。

――この人が笑っているのなら、まぁいいかな――

そう思えてしまうのは、カイトさんの人徳なのだろう。

凍り付いてたアキトさんとユリカさんも、
カイトさんの様子に平静さを取り戻し、互いにクスリと微笑んでいた。

結局何が何だかよくわからないが、これで良かったのだ。
食卓はいつもの明るさと穏やかな空気を取り戻した。
ほんの少し脱線した休日の朝は、これからいつも通りに始ま…


「じゃあ僕のこと好き?」
「………………」


再び停止する食卓。

この人は…どうしてこう…。

無邪気に微笑む子犬の瞳は『僕、期待してます』の光に輝いていた。
同じ質問のはずなのに、先程よりさらに窮地に立たされた気がするのは何故だろう。

横に視線をそらせばヒソヒソ話をしているカップルが。


(なぁ。カイトのヤツどうしたんだ?)
(アキトが何か言ったんじゃないの?)
(オレがぁ!? んな訳ないだろ。変なこと言い出すのはいつもユリカの方だし)
(えぇ〜!ユリカ変なことなんて言ってないよ)
(い、言うじゃないか!『アキト大好き〜♪』とか『アキトはユリカのこと好きでしょ?』とか…)
(変なことじゃないもんっ!大事なことだもんっ!)
(だ〜か〜ら!お前がそういうことを人前で散々言うからカイトが影響受けたんじゃないのかよっ!)
(え〜。だってユリカ、アキトだから言うんだよ!誰でもって訳じゃ…あれ?じゃあカイトくんてばルリちゃんのこと?)
(え…ならこれって…)
(『愛の告白』!?)
(……………………)
(……………………)


…役に立たない。
この二人は全然役に立たない!

怒りを込めた冷たい一瞥は、
すっかり盛り上がってこちらに熱い視線を送っている二人には全く効果がなかった。

渦中の子犬は、いつのまにかピシッと正座して真剣な面持ちで返事を待っていた。
こちらの視線を感じると、その顔には一瞬嬉しそうな表情が広がり、
それに気づいて慌てて真面目な表情を取り繕っている。

その背には、パタパタ揺れるフサフサしっぽの幻影が見えるようだった。
もはや可愛いを通り越して(どうしよう…コイツ)な域である。

『三つ』の『期待に満ちた視線』に囲まれて、私に逃げ場はなかった。


じー。
じーーー。
じーーーーーぃ。


…………………勘弁して。


長い長い沈黙の後。

「…嫌いではないです」

やっとのことで絞り出した当り障りのない返事では、
今のカイトさんの勢いを押し留めることはできなかった。



<続く>



























―あとがき―

途中までの掲載ですみません。
サンプルなのでどうかご容赦くださいませm(_ _)m

もう1年以上前なんですね、これ書いたの(汗)
Rin にしては珍しく 『強気な押せ押せカイトくん♪』な話となりました。
ぽけぽけと見せかけて実は策士なカイトに、
ルリルリが翻弄される様を書きたかったんですが
何とか上手くいったかな…という感じです。

ここで掲載してる部分は、本にして約3ページ分の分量です。
表紙・目次etc.を抜いて、本文が30ページくらいなので
……読み応えだけはあるんじゃないかと思います( ̄− ̄;)
少しでも楽しんでころがっていただけたら幸いです。

それではまた時をあらためて・・・。




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